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嗤うノウゼンカズラ2日目-昼03

 目が覚めると、そこは一面のパステルカラーの部屋だった。
 床も、天井も、壁もパステルグリーンやパステルブルーなどの色が使われ、置いてある大きなブロックや積み木、ぬいぐるみたちも、柔らかそうな素材である。そして、アランの向かいには扉が一つある。背後にはなにもなく、おそらく、その扉から出て仕舞えば、この空間から出られるのではないか――そうアランは考える。
 しかし、その扉の前には子どもが陣取っていた。ブリキの人形だろうか、デフォルメされたロボットを握りしめた子どもは、目を赤くして、ぐすぐすと鼻を鳴らしている。
 扉を開けるためにも、子どもには退いてもらわなくてはいけない。そう考えてアランは子どもの方へ足を伸ばす。子どもの正面までくると、アランは腰を下ろして、どうしたの、と声をかける。

「父さんと母さん、が、さあ、ぐすっ」
「お父さんとお母さんが、どうしたのかな」
「いつもさ、妹のこと、ぐずっ、ばっかりでさ」
「うん、うん」
「遊んで、えぐっ、くれないんだ。だから、さ、にいちゃん、遊んでくれよ」
「ええ……!? えーっと……」

 ぐずぐずと鼻を鳴らして話してくれる子どもの発言に、アランは思わず返答に詰まる。遊んだらここから出られるか分からないし、なによりこの子どもが何者なのか分からない状態なのだ。いい、とも、だめ、とも言いにくい。
 アランが返事に困っていると、だめか、と子どもは潤んだ瞳で見上げてくる。ぐっ、と喉を鳴らしてますます困るアラン。少しだけ考えた彼は、ここから出たら遊んでもいいよ、と返事をする。アランの返事に、子どもはみるみる顔色を変えていく。一瞬の怒り、そして広がる無感動。これは選択を間違えたな、とアランが慌てるよりも早く、子どもは嘘つき、と叫ぶ。

「父さんも! 母さんも! いっつもそうだ! 妹のあとで、あとでって! あとで遊んでくれたことないじゃんか!」
「ご、ごめん!」
「にいちゃんもそうなんだろ! もういい、もういい!」
「オレの話を、」
「死んじゃえ、死んじゃえ! みんな嘘つきだ!」

 嘘つきなんて死んじゃえ!
 爆発するかのように叫ぶ子どもの甲高い叫び声に、アランは悲痛さすら感じる。きっと、まだ目の離せない年頃の妹を見なくてはいけない両親は、背格好からして小学生中学年ぐらいの彼を放ってしまったのだろう。身に覚えがある、と言えば嘘になるが――アランの場合は、妹の面倒を見るのは自分だったからだ。両親は身を粉にして働かざるを得なかったから――寂しい気持ちをしてきたのは理解できる。
 幼いアランも両親と遊べず寂しい思いをしたが、それでも両親の気持ちを察するが故に話すことができなかった。そして、目の前で叫ぶ彼も同じなのだろう。妹の面倒を見ざるを得ない両親を察しているが故に、己の寂しさを飲み込んで、飲み込んで、飲み込んで――ここまで膨れ上がったのだろう。
 子どもを抱きかかえてあやそうとしたアランだったが、がしゃん、と後ろから部屋に似つかわしくない重たい音がして振り返る。
 そこにいたのは、青黒い西洋風の鎧を着た、両手にぎらりと白銀に光るサーベルを持った巨大な――背の高いベルクよりもなお大きいであろう存在だった。一言も喋らないそれは、サーベルを掲げると、がしゃん、がしゃん、と大きな足音を立ててアランたちに迫ってくる。

「に、にいちゃん、な、なにあれ」
「わからない! 君のフラッシュじゃないのかい?」
「わ、わかんない! おれのフラッシュ、この部屋に行くことだけだって、思ってたから……」
「そっか……分かった。とりあえず、こいつをどうにかしないと……」

 震える子どもの左手を自分の右手で握りしめながら、アランは鎧を見上げる。間合いを詰めてくる鎧を二メートル外に追い出すのは、彼の異能を使えば簡単だ。だが、たったの二メートルだ。本体を二メートル外に追い出すまでに、サーベルがアランの首を刎ねる可能性だって十分にあり得る。
 そもそも、アランはこういったフラッシュを利用した戦闘を行ったことがない。スマートフォンを手元に引き寄せたり、ゴミをゴミ箱に捨てるためにフラッシュを利用することはあれど、それは生死のかかってない日常での話だ。
 振り下ろされたサーベルを、アランたちが浴びる前に鎧の上空に移動させ、鎧の首を刎ね飛ばすしかない。そう考えたアランだったが、言うが易しとは本当だよ、と内心で舌打ちをする。

「に、にいちゃ」
「だ、大丈夫。オレに考えはあるから……」

 子どもを安心させるように、手を強く握りしめる。鎧と向き合いながら、アランは自分の後ろに子どもを隠しながら、じりじりと横に移動する。少しでも鎧と距離を置こうとしてのことだった。
 じり、と後退すれば、じり、と鎧も迫ってくる。一進一退とはこの事だった。
 部屋を見渡しても、柔らかそうな素材でできたおもちゃが転がっているばかりで、武器になりそうなものは見当たらない。
 このままではジリ貧もいいところだ。頭を回せ。と、自分を鼓舞する。たとえば、ベルクのような――ボウガンの矢を分解してみせたように強力な異能であれば、そのまま立ち向かえるだろう。たとえば、美晴のような水を操る異能であれば、水圧を使ってひしゃげさせることだって出来るかもしれない。
 そこまで考えて、アランは気がつく。西洋鎧もパーツごとに分解できたはずだ、と。前に、友人たちに誘われて鎧の展示会にいった時にそんな記述があったし、図解もされていた。
 ならば――くるぶしの部分だけを転送させれば、転ばせることが出来るのではないだろうか。そうすれば、落ち着いてサーベルを上空に転送して、鎧騎士の首を刎ねることができるのではないか。

「ものは……試しだ!」
 
 そう考えたアランは、試すかどうか悩むことも――そんな時間は物理的に無いものだから、フラッシュを発動させる。鎧騎士が足を踏み出した瞬間、支えとなっている後ろ足のくるぶしのパーツだけを、彼のフラッシュ有効距離ギリギリの範囲外に転移させる。
 足首から先を失った鎧騎士は、グラりと傾き、仰向けにガシャンと大きな音を立てて倒れる。倒れてもなお、両手のサーベルは離さず、空を切り刻むように動かしている。
 立ち上がれるかは知らないが、立ち上がられる前にアランはもう一度フラッシュを発動させる。鎧騎士の肘からサーベルを握る手を、二メートルの高さまで転送させる。位置はちょうど、鎧騎士の頭部を守るメットと、プレートアーマーの境目。位置を固定したアランは、フラッシュを解除する。
 重力に従い、加速しながらサーベルが落下する。ごうっ、と空を斬る音と、がすんっ、とサーベルの刃先が鎧を貫通して床に突立つのは、ほとんど同時だった。

「こ、これでどうだ……!」
「に、にいちゃんすげえや……!」
「さ、さすがに、もう動かないでしょ……」
「多分だけど、おれも、動かないと思う!」

 にいちゃんすげぇや、すげえや。
 先程まで泣いていた子どもは、けろりとした様子で笑っている。どうやら、落ち着いたらしい。なにはともあれ、これでしっかり話すことができそうで、アランはホッとする。
 それと同時に、自分のフラッシュで暴力的なことができてしまったことに驚きを覚える。いつだって、彼の半径二メートルまでのものしか動かすことができなかったから、大したことはできないと思っていたのだ。だから、人型の――生命があるかないかはともかく、人の形をしたものを身動きできない状態にできるとは思っても見なかったのだ。
 いまだ、震える手を握りながら、お兄ちゃんとおしゃべりしようか、とアランは適当に転がっていたクッションに腰を下ろす。予想通りふかふかのそれに、すっぽり腰を下ろして話そうという空気を生み出すと、子どもも少しだけ躊躇ってから、アランの隣にクッションを運んで腰を下ろすのだった。

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