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嗤うノウゼンカズラ 2日目-昼02

 灯台の近くにあったカフェに入り、チョコレートサンデーと、ランチタイムだからとパスタとオープンサンドを各々が注文する。チョコレートサンデーだけは奢りますけど、とアランがちょっとだけ恨めしい目で言えば、オープンサンドは自分で出すが、とはん、と鼻を鳴らすベルク。だったらチョコレートサンデーも自分で支払ってくれ、と思いつつも、サンデーを奢る名目でついてきてもらった以上、アランはその言葉を飲み込むしかないのである。

「結構ホテルから距離はあるけれど、綺麗な場所だよね、灯台」
「本当ですね! 美晴さんのショーも素敵でしたけど、風景がすごかったです!」
「ふふ、褒めてくれて嬉しいなあ」
「おかげでうるさくなったがな」
「ベルクさんはそればっかりですよね」

 文句を言いつつ、到着したコーラと、シュリンプとマスタードソースのかかったアボカドのオープンサンドにかぶりつくベルク。あれをやると誰でも射止められるからいいよね、と爽やかな笑顔を浮かべてペペロンチーノを口に運ぶ美晴。ナンパとかしてそうな発言ですね、とアランが言えば、そりゃするよ、と美晴はなんでもないように口を開く。
 ここのコーヒーよりうちのコーヒーの方がおいしいな、と言っている美晴を、アランはぽかんと見る。ベルクも少し驚いた様子で彼を見ているものだから、僕だって若い女の子にちょっかい出したい時ぐらいあるよ、とぷう、と頬を膨らませる美晴。

「おっさんがそんな仕草をするんじゃねえ、気持ち悪いな」
「ええ……なんていうか、美晴さんはそういうの笑って流すタイプだと思っていたので、なんていうか……やるんだ……ってちょっと引いてます……」
「なんで……いや、だって、あんなことできたら、きゃーかっこいーって言われ放題だもの。やるでしょう?」
「えー……いや、うーん……そう、なのかなぁ……?」

 美晴の存外に俗っぽい発言を聞いたアランは、大学の友人たちを思い浮かべる。アラン同様、女性に対してはシャイで奥手で眺めるだけが多い、いわゆる草食系男子たちには想像ができない世界だった。

「ロールキャベツ系男子ってやつですね……」
「ロールキャベツ? おいしいよねえ」
「あー、職場の女子が言ってたな。草食系のふりしてるくせに、ガツガツくる男のことだったか」
「意外なところから補足説明がきた……!? ていうか、そういう話わりとするんですね、ベルクさんの職場って」
「女は三人いるとうるさいからな」
「な、なるほど……」
「へえー。ロールキャベツ系男子って言葉もあるんだねえ」

 知らない言葉が増えたな、とペペロンチーノを綺麗に食べ終える美晴。アランは、もそもそとアラビアータを口に運びながら、この二人食べるの早いなあ、と少し慌てる。そのせいか、口元にパスタソースがついてしまう。それに気がついた美晴が、ついてるよ、と口元をぬぐってやる。誰にでもやるんですかそれ、と拭われたアランが美晴に尋ねると、誰にでもはやらないよ、と返ってくる。

「気になる子にはするけど」
「ツバつけとくってことか。よかったな、気に入られているみたいだぞ」
「ん? ん? どういうことです?」
「……残念だったなぁ、気がついてねえぞ、こいつ」
「残念だねえ」

 こういうところがある人間のほうが、燃え上がるってものだから、僕は気にしないけどね。
 そう言ってのけた美晴は、コーヒーをもう一口口に入れる。やっぱり僕の方がおいしい、と言ってのける美晴に、ベルクはアイスいれりゃどれも一緒だ、と返す。コーヒーを味わいましょうよ、とアランが呆れていると、ちょうどチョコレートサンデーが届く。
 デザートに、と届いたはずなのに、結構な大きさがあってアランも美晴も驚いてしまう。おお……と思わず感嘆のため息をこぼすほどだ。

「結構でかいですね」
「大きいよねえ、これ」
「やらんぞ」
「いりませんけど……ていうか、よく食べられますね……」

 さっきまでアボカドとエビのオープンサンドふたつも食べていたのに、とあきれるアランに、お前が食わなさすぎるだけだろ、とベルクはしれっとサンデーのソフトクリームをスプーンで掬う。チョコレートソースがたっぷりとかかったそれは、見ているだけで胸焼けがしそうだったのか、美晴は虫歯か糖尿病になるよ、と呆れたように言う。その傍らにはコップに入ったお冷やがある。

「糖尿病予備軍だとかなんとかは、まあ、職場で散々言われているな」
「言われてるんですね……」
「体型だって、今は維持できていても、そのうち維持できなくなるんだよ。わかってるかい?」
「お前はママか? 運動量に見合ったカロリーを接種してるだけだ、こっちは」
「ちょっと、こんなところで喧嘩しないでくださいよぉ」
「喧嘩じゃねえ。自己主張だ」
「そうだよ、ちょっとした言い合いだよ」
「それを喧嘩って言うんじゃないんですかね!?」

 はあ、とため息をついて、トイレに行ってきます、と立ち上がったアラン。ちょうど、そのときだった。アランが、え、と小さな驚いた声を上げると同時に、姿を消したのだ。
 驚いたのはベルクと美晴だった。すぐさま立ち上がり、周辺を伺うが、満席に近かったテーブルの三分の一ほどが空席になっている。それぞれのテーブルには、まだ湯気の立っているパスタやピザが残っていたり、完食したあとの皿が残っている。飲み物のグラスだって、汗をかいたまま半ば飲まれた状態で放置されている。
 先ほどまでたしかに誰かが使っていたのに、突然消えた状態だ。一瞬のことに、ベルクは思わず大きな舌打ちをしてしまうが、大きくなった騒ぎの中で消されてしまう。周辺がやおらに賑やかになるなか、ベルクは美晴を見る。美晴もベルクを見る。

「お前、水を操る以外のフラッシュ持ちか?」
「フラッシュ二つ持ちだなんて、聞いたことないし、僕は水だけしか操れないよ」
「そうかい」
「君こそ、神隠しのフラッシュ持ちかい?」
「いいや。もっと使い勝手のいいフラッシュでね」

 そもそも、神隠しのフラッシュ持ちだったら、自分のしたことで驚いたりしないだろ。そう当たり前のことを言うものだから、美晴もそれもそうだね、と返事をする。

「そうなると、誰かのフラッシュかな……」
「集団転移系にしたって、範囲が広すぎるだろうよ。別の場所に飛ばされたか、亜空間に行ったか……」
「亜空間だと探せないからねえ。フラッシュの持ち主を特定して、なんとかして解除させないといけないし……」
「面倒なのが、亜空間タイプで、フラッシュ本人も亜空間に逃げた形だな」
「あー、それだとこっちから助けてあげられないものね」

 そして僕、だいたいこの手のフラッシュ持ちって亜空間に逃げるって相場が決まってるって知ってるよ。
 漫画で読んだんだ、とにこやかにそんな物騒なことを言う美晴に、二酸化炭素たっぷりのため息をつくベルク。

「まあ、アランもガキじゃねえんだ。自力でなんとかするだろうよ」
「なんとかできるといいよねえ」

 こちらがどうこうしてもどうにもならないと分かったベルクと美晴は、立ち上がった腰をイスに落ち着け直すと、お冷やを飲む。そして、そのままベルクはチョコレートサンデーを食べ始めたし、美晴はスマートフォンでSNSアプリを立ち上げる。SNSのトレンドタブには、集団転移やヘルトリープ灯台という単語がトレンド入りしており、さっそくこのことが話題になっている。
 トレンド入りした内容をよくよく読めば、ヘルトリープ灯台近くにあるカフェや土産物売りの商店で、この集団転移系フラッシュによると思われる神隠しは起きているらしい。どうやら、被害に遭ったのは相当数の人々のようだが、範囲は意外と狭く、三人が訪れたカフェとその隣にある土産物店だけだったらしい。

「よかったねえ。このカフェと、隣のお土産物やさんだけだってよ、被害範囲」
「そいつぁよかったな。あとは巻き込まれた人間がさっさと帰ってくれば、万々歳ってな」
「そうだねえ。早く戻ってこられるといいけれど」

 場合によってはずっとそのまま、とかもあり得るからね。
 そんな物騒なことをいう美晴だったが、ベルクもそのときはそのときだろ、と割り切った返事をする。溶け始めたチョコレートサンデーをスプーンで掬いながら、こいつが空になるまでに戻ってくると思うか、とベルクは美晴に問いかける。

「どうだろうねえ。君がそれを食べ終わって、待ちきれずに君が会計をするに賭けてもいいよ」
「よし、じゃあ俺は食べ終わって、待ちきれずにそっちが会計するに賭けるか」
「うーん、これって賭けになるのかな」
「さあな」

 そんなことを話しながら、ふたりは神隠し騒ぎのざわめきが消えないカフェで、場違いなまでにゆっくりくつろぎ始めるのだった。

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