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特許権を共有にした場合の取扱い・注意点|発明等の帰属

知的財産権(発明等)の帰属において、特許権を共有にした場合の取扱いや注意点をまとめておきます。


特許法における原則(73条)

まず押さえておくべきポイントは、特許法73条に定められている原則的な取扱いだと思います。

実施(自己実施)

各共有者は、原則として、特許発明を自由に実施できます(73条2項)。つまり、自社で実施する分には、他の共有者の同意を得る必要もありませんし、対価(実施料)を支払う必要もありません。

ただし、契約で別段の定めをすることができますので、共同研究契約などで発明の取扱いを定めていれば、その契約内容に従うことになります。特許法の原則通りの取扱いでは不都合があれば、共有者との契約で取扱いを詰めておく必要があります。

また、下請け業者などを自己の「一機関」として実施させる場合には、権利者(共有者の一人)の自己実施とみなされ、他の共有者の同意は不要とされている点にも注意が必要です。具体的には、下記の3要件をすべて満たせば、その実施者は権利者の「一機関」と認められます。

  • 権利者(共有者)との間での契約関係

  • 製造についての権利者(共有者)の指揮監督

  • 製造した製品のすべてを権利者に納入し、他へ販売していないこと

よって、特許法の原則に従うと、特許権を共有にした場合には、他の共有者も自由に実施できることになるため、もはやその発明を独占することはできなくなります
独占できなくなると困る場合には、契約で相手方の実施を縛っておくことになります。とはいえ、相手方と間で交渉力に差があるなどの特別な事情がなければ、双方が同条件で契約することが多いでしょうから、自社の実施にも縛りが設けられることになろうと思います。

持分の譲渡

自己の持分を譲渡する場合には、他の共有者の同意が必要です(73条1項)。これは、上述のとおり各共有者は自由に実施できるために(73条2項)、他の共有者の経済力・技術力如何によって、自己の持分の経済的価値に大きな影響を受けることが理由です。ただし、合併などによる一般承継による権利移転は許されます(他の共有者の同意は不要)。
よって、共有にした場合には、第三者に対して権利を譲渡(売却)することは難しくなると考えておくのがよいと思います。

持分の放棄

自己の持分を放棄する場合には、他の共有者の同意は不要です。放棄した持分は、他の共有者の持分が拡張する形で、他の共有者に帰属します(民法255条)。なお、登録が効力発生要件です(98条1項1号)。
共有関係から離脱しようとする共有者から、権利の買取りを求められる場合がありますが、これに応じなくても、相手方が勝手に放棄してくれれば、結果的には同じ効果を得られることになります(三者以上で共有していて、すべての持分を自己に帰属させたい場合は、この限りではありません)。

担保権(質権)の設定

担保権(質権)の設定についても、譲渡と同様に、他の共有者の同意が必要です(73条1項)。実務上で担保権を設定するケースは、そこまで多くないように思いますが、考え方は譲渡と同じです。

第三者への実施許諾(専用実施権・通常実施権)

第三者に対して専用実施権または通常実施権を許諾する場合には、他の共有者の同意が必要です(73条3項)。なお、登録後の特許権だけではなく、特許出願中における仮専用実施権・仮通常実施権についても同様です(34条の2第8項、34条の3第12項)。
そのため、第三者から実施許諾の申込みがあった場合に、その特許権が単独所有であれば問題なく実施許諾できるものの、共有の場合には、共有者が反対すれば実施許諾ができないことになります。また、共有者の同意を得るまでに時間を要することとなり、ビジネス上では不利益になるように思います。

なお、共同研究契約や共同出願契約では、第三者への実施許諾により得られた対価(実施料)の取扱いについても定めておき、得られた実施料は双方の持分に応じて分配するとしていることが多いように思います。

権利行使

差止請求や損害賠償請求などの権利行使の場面についても、共有とした場合の取扱いを確認しておくことが必要です。

差止請求

各共有者は、自己の持分に基づいて、保存行為として単独で差止請求できるとされています。つまり、それぞれが自由に差止請求を行うことができ、相手方と共同で訴訟をしなければならないわけではありません。
ただし、自社が訴訟を望まない場合であっても、共有者の動向によっては、訴訟に巻き込まれる可能性があることに注意しておいたほうがよいと思います。

例えば、侵害が疑われる第三者(被疑侵害者B)を発見した場合に、当社では相手方との協議によって穏便に解決したいとの方針であるのに対し、共有者Aは訴訟によって解決したいとの方針を打ち出し、その方針が合意に至らなかったとします。
この場合、共有者Aは、自己の持分に基づいて、共有者Aのみが原告となって、被疑侵害者Bに対する特許権侵害訴訟を提起することができます。この訴訟の効力は、原告である共有者Aと、被告である被疑侵害者Bに及びますので、基本的には、当社には判決の効力は及びません。
しかし、被疑侵害者Bにしてみれば、共有者Aからの訴訟に勝っても、改めて別の共有者(この例だと当社)からの訴訟を受ける可能性があることになります。これだと、被疑侵害者Bにしてみれば、同じ訴訟を何度も対応しなければならず不利益が生じます。そこで、被疑侵害者Bは、訴訟告知(民事訴訟法53条1項)の手続きを取ることで、このような紛争の繰り返しを避けることができます。訴訟告知によって、他の共有者(当社)を訴訟に参加させることができ、他の共有者が参加しなかった場合にも、判決の効果を及ぼすことができます(同46条1項)。
自社が関与しない訴訟の効果が及ぼされるのはあまり好ましくなく、しっかりと自社の主張・防御を講じることが必要だと思われますので、結果的には、訴訟に参加せざるを得なくなることが考えられます。

損害賠償請求・不当利得返還請求

各共有者は、自己の持分に基づいて、単独で損害賠償請求・不当利得返還請求ができます
損害賠償請求権は金銭債権であるため、他の金銭債権と同様に、共有者が一括して請求しなければならないということはなく、自己の持分に応じた損害額について権利行使することが認められるからです。
なお、「損害額」の認定については、論点とされているようです。

まとめ(私見)

これらの点を踏まえると、共有のメリットはあまり多くなく、デメリットのほうが大きいのではないかと考えます。

自社にまったくなじみのない技術分野に参入する場合などでは、「実施できる権利がもらえるだけでありがたい」ということもあるでしょうし、相手方が探してきた実施許諾先から実施料の分け前がもらえるのはラッキーということもあろうと思います。
また、権利化業務や管理業務を共同で行うことができることで、期限渡過のリスクを避けることができることや、出願費用を分担してもらえることを、メリットと考える余地もあるかもしれません。

しかしながら、権利化業務や管理業務については、実務上は、手続きを主導する担当(幹事会社)をどちらかに決めておき、幹事会社の意向に沿って対応することが多いのではないかと思います。むしろ、共有先への連絡・回答期限管理などの事務負担が増えるため、あまりメリットは感じません。対応方針に関する見解等が分かれた場合に、方針を調整するのも大変ですし…。
また、自社による独占実施は難しく、第三者に対して実施許諾または譲渡(売却)するためには共有者の同意が必要となれば、特許権の活用にかなりの制限が設けられてしまうように感じます。
さらに、権利行使の面からも、共有者が暴走してしまった場合などを想定すると、かなりリスキーな印象を受けています。

共有に安易に応じてしまうことは、特に相手方との活用体制(ビジネスとしての協業スキーム)が見据えられていない状況においては、できるだけ避けておくほうがよさそうに思っています。

参考文献

  • 中山信弘「特許法 第五版」弘文堂 pp.337-345

  • 田村善之・清水紀子「特許法講義」弘文堂 pp.394-396

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