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特許権の抵触判断 ②均等侵害(均等論)

他者特許との抵触判断の場面において、均等侵害を検討する必要が生じることがあります。均等論に関する考え方をまとめておきます。

なお、侵害判断に関する基本編については、こちらをご参照ください。


均等侵害の概要

均等侵害とは

特許発明の技術的範囲を、特許請求の範囲との文言的意味での同一ではなく、法的観点から同一とみることができる範囲まで拡張する概念

趣旨

特許発明の実施に該当するためには、対象製品が特許発明の構成要件すべてを充足する必要があるところ、対象製品等と特許発明の構成要件に相違点がある場合には、技術的範囲に属さない(特許法70条)。
しかし、特許出願の際に、将来のあらゆる侵害態様を予想して特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、特許発明の一部を置き換えることで権利行使を免れることができるとすれば、発明の保護・奨励を通じて産業の発達に寄与するという法目的(1条)に反し、衡平の理念にもとる結果となる。
そこで、法的観点から同一とみることができる範囲(均等物)についても、技術的範囲に属すると扱う。

判断基準

特許請求の範囲に記載された構成中に、対象製品等と異なる部分があっても、以下の1~5の要件を満たすときは、対象製品等は特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解される。

  1. 異なる部分が、特許発明の本質的部分でないこと(非本質的部分

  2. 異なる部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、かつ、同一の作用効果を奏するものであること(置換可能性

  3. 異なる部分を対象製品におけるものと置き換えることに、当業者が対象製品等の製造時点において、容易に想到することができたものであること(置換容易性

  4. 対象製品等が、特許発明の出願時における公知技術と同一又は当業者が出願時に容易に推考できたものでないこと(公知技術からの非容易推考性

  5. 特許製品等が、特許発明の出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる等の特段の事情がないこと(意識的除外等の不存在

特許権侵害訴訟において、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下 「対象製品等」という。)が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断するに当たっては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を確定しなければならず(特許法70条1項参照)、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合には、右対象製品等は、特許発明の技術的範囲に属するということはできない。しかし、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。けだし、(一)特許出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部を特許出願後に明らかとなった物質・技術等に置き換えることによって、特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するばかりでなく、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるのであって、(二)このような点を考慮すると、特許発明の実質的価値は第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び、第三者はこれを予期すべきものと解するのが相当であり、(三)他方、特許発明の特許出願時において公知であった技術及び当業者がこれから右出願時に容易に推考することができた技術については、そもそも何人も特許を受けることができなかったはずのものであるから(特許法29条参照)、特許発明の技術的範囲に属するものということができず、(四)また、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないからである。

最判平成10年2月24日(ボールスプライン軸受事件)

第1要件(非本質的要素)

異なる部分が、特許発明の本質的部分でないこと

「本質的部分」とは

置換された対象製品が特許発明の技術的思想の範囲内にあるかを問い、それが肯定される(=技術的思想の範囲内)のであれば、置換された部分は非本質的部分であったことになり、否定される(=技術的思想の範囲外)のであれば、置換された部分は本質的部分であったとされる。(技術的思想説)

  • クレームの記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する部分が、本質的部分とされる。

  • クレームを構成要件に分説して、構成要件単位で本質的部分/非本質的部分とに分けて判断するわけではない。

「本質的部分」の判断

  1. 特許発明における課題の解決原理を認定する。
    ここでの認定資料は、まずは①明細書の記載(特に、従来技術との比較)、明細書の記載が出願時の従来技術の記載に照らして客観的に見て不十分なときは②公知技術となる(明細書に記載されていない従来技術が参酌される)。

  2. 特許発明の構成と対象製品等との相違点を明らかにする。

  3. 当該相違点が、1で認定した課題の解決原理と抵触するか否かを判断する。抵触しなければ第1要件を充足し(=相違点は、発明の技術的思想の範囲外であり、本質的部分ではない)、抵触すれば第1要件を充足しない(=相違点は、特許発明の技術的思想の範囲内であり、本質的部分である)と判断する。

特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。 そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれ ば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり,そして,①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され,②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時(又は優先権主張日)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して, 当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。
また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には,特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で,本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく,上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。

知財高判平成28年3月25日(マキサカルシトール事件)

第2要件(置換可能性)

異なる部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、かつ、同一の作用効果を奏するものであること

作用効果の同一性

特許発明が従来技術の問題点を解決すべき課題として解決したものを、対象製品等も解決して特許発明の目的を達することができ同一の作用効果を奏すること

第3要件(置換容易性)

異なる部分を対象製品におけるものと置き換えることに、当業者が対象製品等の製造時点において、容易に想到することができたものであること

判断基準時

侵害時点(対象製品等の製造時点)
特許出願の際に、将来のあらゆる侵害態様を予測して特許請求の範囲を記載することは極めて困難であり、相手方がその一部を特許出願後明らかになった物質等に置き換えることによって特許権者の権利行使を免れることは衡平に反する。

第4要件(公知技術からの非容易推考性)

対象製品等が、特許発明の出願時における公知技術と同一又は当業者が出願時に容易に推考できたものでないこと

第4要件の趣旨

特許発明の出願時において新規性・進歩性がない技術については、何人も特許を受けることができなかったはずのものであるから、特許発明の技術的範囲に属するということはできない。

第5要件(意識的除外等の不存在)

特許製品等が、特許発明の出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる等の特段の事情がないこと

包袋禁反言と意識的除外の違い

  • 包袋禁反言
    文言侵害の場面で、対象製品がクレーム文言を充足するときに、クレームの技術的範囲を限定解釈する局面

  • 意識的除外
    均等侵害の場面で、対象製品がクレーム文言を充足しないにもかかわらず、特許権による禁止権を及ぼす局面。

意識的除外等に該当する場合

  • 特許請求の範囲を補正・訂正して減縮された発明(クレーム外となった発明)

  • 出願過程や審判手続きで提出した書面において、技術的範囲に属しないことを認めた発明

  • 出願時にその存在が知られていた他の材料を含むように当初から上位概念でクレームを記載することが容易にできたにもかかわらず、出願時にそうしなかった場合は、原則として意識的除外等に当たらない。
    ただし、出願人が、出願時に、クレーム外の他の構成を代替するものとして認識していたものと客観的・外形的にみて認められる場合(例:明細書内や、出願人が出願当時に公表した論文等に、他の構成等による発明を記載している場合)には、意識的除外等に当たるとされる。

特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない
なぜなら,①上記のとおり,特許発明の実質的価値は,特許請求の範囲に記載された構成以外の構成であっても,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及び,その理は,出願時に容易に想到することのできる技術であっても何ら変わりがないところ,出願時に容易に想到することができたことのみを理由として,一律に均等の主張を許さないこととすれば,特許発明の実質的価値の及ぶ範囲を,上記と異なるものとすることとなる。また,②出願人は,その発明を明細書に記載してこれを一般に開示した上で,特許請求の範囲において,その排他的独占権の範囲を明示すべきものであることからすると,特許請求の範囲については,本来,特許法36条5項,同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件等の要請を充たしながら,明細書に開示された発明の範囲内で,過不足なくこれを記載すべきである。しかし,先願主義の下においては,出願人は,限られた時間内に特許請求の範囲と明細書とを作成し,これを出願しなければならないことを考慮すれば,出願人に対して,限られた時間内に,将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を作成することを要求することは酷であると解される場合がある。これに対し,特許出願に係る明細書による発明の開示を受けた第三者は,当該特許の有効期間中に,特許発明の本質的部分を備えながら,その一部が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを,特許請求の範囲と明細書等の記載から容易に想到することができることが少なくはないという状況がある。均等の法理は,特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れるものとすると,社会一般の発明への意欲が減殺され,発明の保護,奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず,社会正義に反し,衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって,上記に述べた状況等に照らすと,出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない
もっとも,このような場合であっても,出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。なぜなら,上記のような場合には,特許権者の側において,特許請求の範囲を記載する際に,当該他の構成を特許請求の範囲から意識的に除外したもの,すなわち,当該他の構成が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと理解することができ,そのような理解をする第三者の信頼は保護されるべきであるから,特許権者が後にこれに反して当該他の構成による対象製品等について均等の主張をすることは,禁反言の法理に照らして許されないからである。

知財高判平成28年3月25日(マキサカルシトール事件)

主張・立証責任

  • 第1~第3要件
    特許権者(均等侵害の成立を主張する側:請求原因

  • 第4・第5要件
    被疑侵害者(均等侵害の成立を否定する側:抗弁
    特許権者としては、第4・第5要件の適用がないことを先に主張してもよい(先行して行う理由付き否認)

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