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知的財産権の帰属条項に関する考え方|発明等の帰属

知財担当者が契約書レビューの際に一番気をつけているポイントは、知的財産権(発明等)の帰属に関する規定のチェックではないでしょうか。
ここでは、秘密保持契約や共同研究契約などにおける知的財産権の帰属の考え方をまとめておきます。

なお、本記事は、ファーストドラフトが相手方から送られてきた場合を想定して執筆しています。当社側からファーストドラフトを提示する場合には、この考え方を参考にしながら、今回の案件にとって最適なパターンを選択することになります(それぞれに応じた雛形が用意されている場合もあると思います)。


はじめに

契約書レビューで困るのが、契約書だけを渡されて、「当社に不利な箇所があればコメントしてください」という依頼です。事業部門や開発部門の担当者の立場で、不利な契約を避けたいという気持ちはよくわかるのですが、このような漠然とした質問に対して答えるのは難しいです。

私が契約書レビューで気にしているのは、「契約書としては一般的な内容ではあるものの、本件にあてはめてみると、実は当社に不利になっていないか」という点です。

まず考えてみたいのは、「当社に不利な契約」とは、いったいどんな契約内容をいうのでしょうか?
私の経験では、あからさまに相手方に不利な契約書(例えば、相手方のみに義務を課しているのに対し、自社は義務を免れるなど)を出してくる会社は、そうそうありません。見るからに一方に不利な契約の場合には、契約書レビューに慣れていない人でも読めばわかるはずで、部門担当者が自ら気づいてほしい(というか、気づくべき)と思います。そして、このような契約書を平気で提示してくるような会社と信頼関係を構築するのは難しそうに思いますので、契約はやめたほうがよいと考えることをあわせてコメントします(契約するかどうかは、こういう事情などを考慮して、事業部門に判断していただきます)。

むしろ厄介なのは、担当者がお互いに深く考えていないために、悪意なく、自社の雛形をそのまま提示してきた場合です。こういう場合こそ、しっかりとレビューしないと、当社の不利益を見抜くことはできません。
そのためには、まず、どんなビジネスを想定しているのか、共同研究・共同開発の役割分担はどうなるのか、などをしっかりヒアリングすることが重要です。そのうえで、契約書の内容が、本件にとって妥当か否かを判断することになります。

規定のパターン

権利帰属の規定は、大きく分ければ3つ、細かくわけると5つのパターンに分類されると思います。これらを組み合わせるパターンを加えた4つに分類して、それぞれのパターンについて、順に解説していきます。

  • 協議によって決定する(パターン1:先送り)

  • 発明者に帰属する(パターン2:発明者主義)

  • あらかじめ権利帰属を定めておく(パターン3)

    • すべて共有にする

    • すべて一方当事者に単独帰属する

    • 内容等に応じて、いずれかの当事者に単独帰属する(棲み分け)

  • これらの組み合わせ(パターン4)

パターン1:協議によって決定する

よくある規定の一つは、双方の協議によって、知的財産権(発明等)の帰属や取扱いを決めるというものです。

第〇条(知的財産権)
甲及び乙は、本検討の過程で発明等が生じた場合、相手方に通知し、当該発明等の帰属及びその取扱いについて協議のうえ決定する。

一見すると、双方にとって平等ですし、発明等が生じたときには協議して決めることができるので、不利益はなさそうに思われます。
しかし、この規定は、結論を先送りしているだけで、実は何も定めていないに等しいと思います。できるだけ早い段階で、相手方と権利帰属について協議して合意に至っておくのが好ましいと考えますので、このように「別途協議」としておくパターンは、できるだけ避けたほうがよいと考えます。

そして、このパターンで本当に問題ないと言えるかどうか、知財担当者としては、もう少し踏み込んで判断すべきと考えます。

この契約内容でまず気になるのは、当社が権利を確保できることが保証されていないことです。仮に、協議の場で「すべての権利が相手方のみに単独で帰属させたい」と主張された場合に、それを跳ね返すことができるかを考えたほうがよいと思います。また、発明等が生じた場合には、当該発明等に係る特許を受ける権利は、原始的には発明者に帰属することにも留意すべきです。
つまり、当社の権利をしっかりと確保しておくことが重要な場合にはこの契約では不十分で、先送りするのではなく、当社に権利が帰属することを担保しておくべきだと考えます。

また、相手方に権利が帰属することが、当社の事業上の観点から適切とは言えない場合もあると思います。
例えば、当社側が重要な情報等を提示して新製品の開発の主要な役割を果たしたうえで、相手方は開発物の性能等を評価して採用を判断する場合はどうでしょうか。仮に相手方と権利を共有することになれば、当社にとっては不利な事態が生じかねません。当社に権利が帰属することを担保するだけではなく、相手方に権利帰属させないほうがよいという観点からも検討しておくべきです。

この規定で問題ないと判断する際には、その背景について、事業部門に確認しておくべきだと思います(あるいは、条件付きでの回答とするなど)。

【適切とは言えない場合】

  • 当社の権利をしっかりと確保しておくことが重要な場合(例えば、相手方と比べて、当社が提供する情報等の価値が大きい場合など)

  • 相手方に権利帰属する余地を残しておきたくない場合(事業上の観点で、相手方を縛っておく必要がある場合など)

【問題ないと考えられる場合】

  • 契約締結の時点で、発明等が生じる可能性が低いと考えられる場合(想定されないことについて協議する必要性が乏しい)

  • 発明者に原始帰属することになっても、問題が生じる可能性が低い場合(当社が発明に関与しないことが考えにくい)

  • 協議の場面で仮に損をすることになったとしても、できるだけ早期に契約締結することを重視する場合

    • 現時点で権利帰属等について相手方と詳細を詰めるよりも、ビジネスを進めていくことの優先度が高い場合(時間の価値を重視)

    • 相手方との力関係を比較したときに、当社のほうが優位にある場合(当社が提供する情報・技術の価値が大きいなどの理由で、協議を優位に進められる可能性が高く、協議の場面で損をする可能性が軽微)

    • 当社が提供する情報・技術の価値が小さいなどの理由で、権利帰属を譲歩してもリスクが小さい場合

パターン2:発明者主義

よくある規定の例の2つ目は、発明等をなした当事者に権利帰属させる旨の規定(いわゆる発明者主義)です。

第〇条(知的財産権)
本検討の過程で発明等が生じた場合、当該発明等に係る権利は、当該発明等をなした当事者に帰属するものとする。

これは、特許法の考え方を採用したものですので、法的な観点で問題が生じるケースは考えにくいと思います。

ここで検討すべきポイントは、発明をなした当事者に権利帰属させることが、本当に適切かどうかという点です。例えば、すべてを当社がおぜん立てした状況であっても、たまたま相手方だけで発明が生じた場合には、当社にはその権利が一切帰属しないことになります。
これについても、1と同様に、①当社が権利を確保できることが保証されていないこと、②相手方に権利が帰属する余地があること、を認識しておいたほうがよいと考えます。

【適切とは言えない場合】

  • 発明が生じる前提として、相手方と比べて、当社が提供する情報等の価値が大きい場合(当社の権利をしっかりと確保しておくことが重要な場合)

  • 相手方に権利帰属する余地を残しておきたくない場合(事業上の観点で、相手方を縛っておく必要がある場合など)

【問題ないと考えられる場合】

  • 発明者に原始帰属することになっても、問題が生じる可能性が低い場合

    • 当社が発明に関与しないことが考えにくく、必ず当社に権利帰属すると考えられる場合(ただし、相手方にも権利帰属する可能性があることに留意)

    • 当社と相手方の貢献に差がなく、共有も厭わない場合

パターン3:あらかじめ権利帰属を定めておく

よくある規定の3つ目のパターンは、発明等の権利帰属について定めておくものです。
権利の帰属先としては、以下のパターンが考えられると思います。
 (1)すべて共有とする場合
 (2)すべて一方当事者に単独帰属する場合
 (3)内容等に応じて、いずれかの当事者に単独帰属する場合

また、上述した1(協議)・2(発明者主義)のパターンでも、最終的には、当社単独帰属/相手方単独帰属/共有のどれかに帰結するはずです。

いずれの場合でも、今回の案件では、双方の貢献やビジネス形態等に基づいてどのような権利帰属に帰結するのがよいかを具体的にイメージしながら、レビューすべきと思います。

(1)すべて共有とする場合

第〇条(知的財産権)
本検討の過程で発明等が生じた場合、当該発明等に係る権利は、甲乙で共有するものとする。

権利帰属を共有にするのは、一長一短があります。私はデメリットのほうが大きいように感じており、できるだけ避けておきたいと考えています。そのため、相手方からこのようなファーストドラフトが提示された場合には、できるだけ(2)か(3)へ変更できないか検討します。
とはいえ、現実的には、相手方との関係などがあって、共有を受け入れざるを得ない場合も少なくないです。

共有に関する注意点などは、別記事で整理していますのでご参照ください。

(2)すべて一方当事者に単独帰属する場合

第〇条(知的財産権)
本検討の過程で発明等が生じた場合、当該発明等に係る権利は、甲に単独で帰属するものとする。

本件の状況に応じて、権利帰属先をどちらか一方に決めてしまう場合です。
例えば、パターン1で挙げた例のように自社側の貢献度が大きい場合には、相手方に権利帰属すると困るため、自社に単独帰属させたいところです。また、共同研究と銘打ってはいるものの、実際には委託研究に近い場合などでも、委託側にすべて権利帰属させたいケースも多いと思います。

一方、権利が帰属しないとされる当事者にとっては、この結論が妥当かどうかを検討することになります。
単に「権利が帰属しないのは気に食わない」といって共有を主張するのではなく、帰属しないとなぜ困るのかを具体的に検討すべきと考えます。権利が帰属しなくても、製品が相手方から納入されればよいのであれば、製品の販売価格を優遇してもらうことが考えられます。また、実施権を確保できれば足りるのであれば、権利帰属を譲歩する代わりに、無償(または有償)の実施権を認めてもらうのも一案です。

第〇条(知的財産権)
1 本検討の過程で発明等が生じた場合、当該発明等に係る権利(以下「本知的財産権」という。)は、甲に単独で帰属するものとする。
2 乙は、本知的財産権を、無償かつ非独占的に実施することができる。

(3)内容等に応じて、いずれかの当事者に単独帰属する場合

第〇条(知的財産権)
本検討の過程で発明等が生じた場合、当該発明等に係る権利の帰属は、次の各号に定める通りとする。
(1)A分野に係る権利は、甲に単独で帰属する。
(2)B分野に係る権利は、乙に単独で帰属する。
(3)前号に定めるもののほかは、甲乙の共有とする。

本件研究における両者の役割分担や取扱い分野などに応じて、権利帰属を定める場合です。
例えば、甲が保有する素材(甲のコア技術A)が、乙製品(B分野)に適用できるか否かを検討する場合で考えてみると、すべて権利を共有にするのではなく、素材に関する権利は甲に単独帰属させ、B分野における活用方法に関する権利は乙に単独帰属させるようなケースです。

実務的には、きれいに切り分けるのが難しいことも多いので、3号のように、どちらかに当てはまらない場合の取扱いについても規定されることと思います。なお、上記のサンプルでは共有としていますが、これは協議により定めるケースや、発明者主義を採用するケースもあろうと思います。

パターン4:パターン1~3の組み合わせ

第〇条(知的財産権)
本検討の過程で発明等が生じた場合、当該発明等に係る権利は、甲に単独で帰属するものとする。ただし、甲及び乙は、別途協議により、異なる取り扱いとすることができるものとする。

最後に紹介するのは、上記パターン1~3を組み合わせたパターンです。例えば、権利帰属の原則としてパターン2・3のいずれかを採用しつつ、例外的な対応の余地を残しておくケースも、比較的多くあるように思います。

上記のサンプルでは、原則としてパターン3(甲に単独帰属)としつつ、但し書きによって、後日の協議の余地(パターン1)を残しています。
これ以外の組み合わせもありますが、考え方としては説明した通りですので、割愛したいと思います。

さいごに

当社にできるだけ権利帰属させる契約のほうがよいと考える方もいるかもしれません。しかし、私はそのような対応には反対です。

短期的に見れば、確かにそうするほうが「有利」なのもしれませんが、長長期的な視点で見たときには、このように相手方に負担を強いる関係は、決していい関係ではないと思います。もし相手方が「騙された」と感じたら、パートナーとして健全な関係を維持するのは困難です。これから始めようとしている共同研究なりビジネスなりが、うまくいくとは思えません。
つまり、結果的には、そのような契約を押し付けてしまうのは、悪手ということになろうと思います。また、そういった悪評はすぐに広まるので、今後のパートナー探しにも苦戦することとなってしまうと考えます。

相手方にへりくだる必要はないのですが、どのような相手方に対してもリスペクトを忘れずに、お互いに敬意と品位をもって協議に臨みたいと思っています。

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