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野球ヒーローストーリー『剛腕の 左のアンダースロー』第2話

■第2話 衝撃のデビュー

愛媛県松山市にある坊ちゃんスタジアム。その控室にウオームアップが終わったチームのメンバーがいた。11時からの本日2戦目の開始を待っている。
今日と明日全国からまあまあ強い草野球チームが8チーム集まり、まあまあ
まじめに大会が行われる。今日の土曜日は1回戦4試合。明日の日曜日は午前中に準決勝、午後には決勝戦が行われる。

監督兼キャプテンの高井が前に立って皆に声をかけた。
「今回ありがたいことに、こんな綺麗な球場で試合をさせてもらえる。前から言っている通りメインテーマは’3試合思う存分試合を楽しもう!”だ。今日勝って、明日の午前の試合も勝ち、決勝に行くことが目標。ところで西ちゃん、サブテーマはなんだっけ?」
「えーっと確か ’橘を目立たせてドラフト指名受けてプロ野球選手にさせる’ですね」
「そうそう。皆にはちょっと悪いけど橘のための試合でもあるから」
「監督、サブサブテーマもありましたよね?」
「ん?何それ?」
「発表しますよ、”橘がスーパースターになって稼げるようになれば、みんなにハワイ旅行をプレゼントしてくれるぞ!”だったはずです(笑)」
「おいおい・・・・・・・ 橘 一言頼む」

橘はその場で立ち上がった
「皆さん新人の私ごときのために、旅費使って松山まで一緒に来てもらって
 ありがとうございます。今日まで監督はじめ皆さんに協力してもらってピッチャーらしい仕上がりができました。そんでハワイですね。活躍して年俸5千万まで上がったら皆で家族連れて、ハワイ行きましょう!!」
「おおおおお!!!!」
「こづかいもよろしくな(笑)」 
「お1人様3千円のこずかい了解しました(笑)」

「少な!」「30万欲しい!」「こずかいいいからビジネスクラス!」
チームの面々からつっこみが入る。
「年俸は3億、そしてメジャーで20億 それが俺の目標」
最後に監督の高井から強めのつっこみがはいった。
「でも今日はリラックスしていけよ」

「プレッシャーかけてリラックスしろって・・・」
橘が小さめの声で反論した。
しかし、このやりとりで全員がリラックスできたことは確かだ。


変わってバックネット裏。3列目にスポーツ記者の上野がビデオとスマホを持って陣取っている。その5メートル後方の一塁寄り、つまり左ピッチャーを観察する上でのベストポジションに2人の男がいた。ベテランスカウトの後藤とピッチャー専門のスカウト歴がまだ3年目の大田原である。大田原はビデオを固定し、スピードガンを右手に持っている。

「無名のピッチャーを見るために飛行機乗るのは初めてかもしれんな。本当に左のアンダースローで147キロも出たんかな?期待はずれやったら部長に相当な嫌味言われるぞ」
「スポーツ記者の上野は、今日監督も務めるキャッチャーの高井との付き合いが長くて、嘘やはったりを言うやつではないと言うてるので、見る価値はあると思います。いい選手やったら今日いち早く唾を付けられますし。ただ、もともとスピードガンはそれほど信用できるものではないですし、心配はありますね」

「うーん。まあ来てしまったものは仕方ない。今日投げるのは5回メドやったな。はずれやったら、タクシー飛ばして道後に行かしてもらうからな。温泉つかりながらスカウト部長様への言い訳検討する。タクシー代はお前の奢りな」
「えっ!なんぼほどかかるんですかね。タクシー代。まあ分かりました。その代わり腰抜かすほどのいいピッチャーやったら経費で落としてもらって、晩飯も奢りですよ(笑)」
「大きくでたな、分かった(笑)腰抜かすほどいいピッチャーやったら即監督に連絡して、金一封もらうぞ。」

「出てきましたね」
試合が始まり、橘が小走りでマウンドに上がった。投球練習が始まる。振りかぶってオーバースローのような動作から沈み込んでアンダースローでストレートを投げた。
「おお!凄い!山田久のサウスポー版というのは確かにそんな感じ」
「それに顔も、スタイルも、投球フォームも華がある感じでいいですね」
「こんな力強いアンダースロー自体初めて見たかもな」
「なんかワクワクしてきましたよ。はよ試合始まれ」

相手チームの1番打者が右バッターボックスに入り、試合開始。さあ、ここから伝説がスタートする。

初球ストレート。外角低め。ストライク。バッターは驚いた様子で見送る。
「138ですね。威力ありますね」
「うん、確かにキレがいいとか伸びがあるというより強さがある」
「ボール2個分程度シュートしましたね」
2球目。初球とほぼ同じところから沈んで、空振り。バッターはまた驚いた表情。
「133。ツーシームですかね。曲がりながら沈みましたね」
「ストレートの後だと有効だが、考えようによったら伸びが無い分普通のストレートに近いな。プロだと打ちやすいかもしれんな」
3球目。高めストレート。空振り三振。やっぱりバッターは驚いて首をかしげた。
「おおっ!!今のは凄いぞ。マジで凄い。アンダースローでこの威力は初めてかもしれん」
「141です。アンダースローの高めで垂れないストレート初めて見ました。今のはプロの一流打者でも面食らうんじゃないですか?」
「道後行くのやめた」
「結論早っ!でも良かったです。朝一の飛行機で来たかいがありました」

2番打者が左バッターボックスに入る。
「さあ、右にも左にも同じように投げられるか?それが試金石」
初球外角変化球。ストライク。
「132。カッターですかね」
「なかなかキレがいい」
2球目。ストレート。スイングに入ったバッターが最終的にのけぞりながら空振り。
「142。インハイストレート。今の相当えぐいっすね」
「立ち上がりに左バッターのインハイに堂々と速い球投げきれるのは、コントロールに自信ある証拠だな。益々いい」
「今のボール、バッターは真ん中インコースよりの絶好球と思って振り始めたら、実際にはインハイに来てのけぞったって感じですね。」
「バッターには、内角に曲がってきた上に相当ホップして見えるな」
3球目 再び外角変化球。初球より曲がりが大きい。今度はタイミングがずれて、腰砕けのような空振りで三振。
「127。初球より曲がりが大きく遅め。スライダーかカーブか」
「今のままでプロの左バッターに充分通用するな」

3番打者。右バッター。
「このチームは弱いですが、3,4番はなかなかいいらしいですよ。プロに行くのは無理でしょうけど」
初球 ツーシーム。空振り
「135。スピードが全体的に上がってきてますね」
2球目 真ん中から外角より高めストレート。空振り。
「142。」
3球目 外角高めストレート。空振り三振。バッターはお手上げのポーズをして引き上げていった。
「144。エンジンかかってきた~って感じですか?」
「うん。まさにミサイルのような下から上に突き抜けるようなストレートやった。それに三者三球三振じゃないか!コントロールがいいし、ハートも強い」
「そうですね。実質デビュー戦でしかもこんな大きな球場で我々が見てることも知ってるから、失敗が許されない状況で力発揮できるメンタル。こりゃースター誕生っすね」

「うーん。バッター3人相手にしただけで、軽々しくは言えないが、既に俺の中では育成指名ではなく、ドラフト5位だな」
「そのぐらいやと思います。高井の野郎、もっと早う言えよ(笑)」
「しかもまだシンカーという武器を使ってない。それも楽しみだ。」
「チェンジアップやスローカーブもまだですね。もしシンカーがプロで通用するなら長い回もいけますね。」


地方で行われるいわば2流の草野球大会ではあるが、明らかに今日伝説がスタートした。

観客は3百人程度であるが、気が付けば球場がざわざわしている。無理もない、目の肥えた野球ファンであれば、今までテレビでも見たことが無いタイプのピッチャーが鮮烈デビューしたのである。女性は女性で華のある橘にくぎ付けになる人達ががチラホラ。3百人ほどの観客は、ここからさらにピッチャー橘から目が離せなくなっていく。


<解説>
ピッチャーのボールは、早い、伸びがあるとともに角度があるボールが打ちにくいと言われる。高身長のピッチャーの低めのボールは投げる手のある高い位置からバッターの膝の高さに向かって、つまり上から下への角度が急なのでバットの芯で当てる確率が下がる。
これに対してアンダースローの高めのボールは下から上への角度が付く。ボールが浮き上がってくるように見えるため、ボールはバットの上を通り過ぎることが多くなる。
ただし、下から上に上がり続けるのではなく、バッターに届くまでに垂れる(下がり始める)。それでもピッチャーの手を離れた位置よりは高い位置でバッターに届くので、浮き上がって見える。

橘投手のストレートは、そこが異なる。バッターに届くまで上方向に上がり続ける。バッターからは、ボールが浮き上がるだけでなく途中から勢いが増してくるように感じるまさにミサイルのようなストレートである。オーバースローピッチャーの同じ速度のボールより10~15キロも早く感じるはずだ。

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<補足>
坊ちゃんスタジアムについて
https://www.cul-spo.or.jp/centralpark/fac_botchan/

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