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香港のスゴすぎる漢字入力メソッド、「倉頡輸入法」の使い方

みなさん、パソコンやスマホを使うときの入力メソッドは何を使ってますか?

OSに標準でついてくるのを使っている人もいれば、ATOKとか有料のものを使っている人もいるだろうけど、思うように漢字が変換できないとイライラしますよね。

最近のものはだいぶ賢くなっていて文脈から推測してくれたり、よく使う傾向のある漢字を覚えておいてくれたりするけど、それでも変換のストレスの一切ない完璧な日本語入力メソッドは未だに存在しないはずです。

同じ読み方の漢字がたくさんある以上、いくつも候補が出てきてしまうのは仕方がないので、誤変換の悩みは日本語変換につきものです。

ただし、それは「読み方」から漢字を入力しているからです。

漢字の本場である中国語圏では、漢字を読みではなく「形」から入力してしまうすごい入力メソッドがあります。

それは1976年に台湾で開発された「倉頡輸入法」(Cangjie)という入力メソッドで、香港では今でもよく使われています。

キーボードにそれぞれ漢字のベーシックな要素が割り振られていて、たとえば「明」という字なら「日」(A)、「月」(B)と、「車」という字なら「十」(J)「田」(W)「十」(J)と入力します。

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形から入力するので、漢字のわかる日本語話者なら中国語が全くわからなくても習得することは可能です(たぶん)。

パソコンでもスマホでも多言語対応(というか中国語対応)のOSであればプリインストールされているので、使い方がわかればそのまま無料で使えます。

もちろんひらがなは入力できないので、日本語を入力するのに常用することはできませんが、読み方のわからない漢字も入力できてしまうので、習得してしまうと案外便利です。私も読み方のわからない日本の人名漢字を入力するときによく使っています。


倉頡輸入法のメリットとデメリット

倉頡が香港で主流である理由は、香港の主流の言語である広東語に対応した入力メソッドが普及していないからだと思います。台湾や中国大陸では、私たちが日本語でするのと同じように、漢字を標準中国語の読み方から入力する方法が使われているのですが、広東語と標準語では漢字の読み方が全く違うので、広東語話者は標準語中心に作られたそれらのシステムをうまく使うことができません。

しかし漢字を形から入力する倉頡は、当然そういった読み方の違いに関係なく使うことができます。また広東語の表記には標準語にはない特殊な漢字が使われることもあるのですが、そういった特殊な方言字も倉頡であれば問題なく入力することが可能です。

また、広東語話者以外にとってのメリットもあります。それは変換候補の中から適切な漢字を選択する必要が(ほとんど)なくなることです。

たとえば「明」という字を入力しようとすれば、日本語(「めい」)でも中国語(「ming」)でも「名」、「命」など同じ読み方の候補がいくつか出てきてしまいますが、倉頡であれば「AB」(日月)と入力すれば一発です。

厳密には全く変換が不要なわけではないのですが、主要な漢字のほとんどが一発変換できるので、理論的には読み方から入力する他の(中国語の)メソッドよりも速く入力が可能です。

理論的に、というのは形から入力する都合上、どうしても頭の中に漢字を思い浮かべる必要があることです。あまり使わない漢字だと、手書きをするときに「あれ、どういう字だっけ」となるのと同じことが起こるので、案外手間取ったりします。

あと、台湾/香港で使われる繁体字に最適化されているので、大陸で使われる簡体字や日本独自の略字は入力できないことはないですが、あまり入力しやすくはないです。

ただ最大のデメリットは、別にあります。「日月」=「明」のように簡単な例もありますが、アルファベットの文字数と同じ26のキーで膨大な数の漢字を表現するために、実は結構無理をしています。そのためいろいろ細々とした法則があり、そういったルールを覚えるのが結構面倒くさいのです。

以下、少し長くなりますが、できるかぎり丁寧にルールを解説していきます。

基本:倉頡輸入法で使うキーと入力順序

キーボードレイアウト(倉頡)

倉頡で使うキーボードは上のような配列になっています。

これらの26のキーのうち、「重」(Z)と「難」(X)は記号や特殊な構造の文字の入力にしか使われません。この2種を覗く24字が「字母」と呼ばれていて、ほとんどの漢字はこの24のキーの組み合わせで入力していきます。(なお「字母」は、上の色分けのように便宜上4つに分類されていますが、入力には一切関係ないので、この分類は覚える必要はありません。)

これらのキーを使って、漢字ごとに

(1)上から下へ :例)「車」= 十田十(JWJ) 
(2)左から右へ :例)「明」= 日月(AB)
(3)外から中へ :例)「甘」= 廿一(TM)

の順番で入力していきます。

1:字母と漢字の形の対応が複雑

ただし、字母となっている24の文字の形をそのまま使うだけでは漢字の形を全てあらわすことはできません。

たとえば以下の画像をみてください。

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これは「倉頡輸入法」という文字のそれぞれの入力方法を示したものです。「戈」が「倉」の字の「ヽ」や「法」の字の「ム」の部分に対応していたり、「輸」の「亅」を入力するのに「弓」が使われていたりするのがわかると思います。

こんな風に、倉頡では、ひとつの字母がいくつかの形に対応しています。たとえば「水」が「さんずい」もあらわすとか、「手」が「てへん」もあらわすとか、漢字の成り立ちから推測できるものも一部あるのですが、覚えないとどうしようもないものもあります。

それぞれの字母が対応している形を手っ取り早く示すと、以下のようになります。赤い部分が、それぞれの字母があらわしている形です。

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この対応を覚えてしまえば、大体の漢字は入力できるようになります。

注意が必要なのは「口」と「田」の違いです。中に何も入っていない四角形の場合は「口」を使いますが、国がまえのように中に何か要素が入っている四角は「田」を使って入力します。

はじめはこういう一覧を見ながら、入力しようとしている漢字の形に対応した字母を選択していけば、そのうち覚えられるはずです。

2:省略の法則が複雑

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再びこの画像をみてください。字の色が一部グレーになっている箇所があります。この部分は入力には使いません。倉頡では、画数の多い漢字の場合は、一定の法則にしたがって省略して入力します。省略の方法は、文字の構造によって若干異なります。

(1)1つの部分からのみなる漢字:例)車、角、鳥、倉など
 → 合計で4つの字母になるように省略します。
   5つ以上になる場合は、1、2、3番目と最後のパーツのみを入力します。

たとえば、上の「倉」という字は、本来全てのパーツを入力しようとすると「人戈日竹口」と5つになりますが、4つ目の「竹」を省略して「人戈日口」と入力します。

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(「戈」は省略して入力する)

*ただし、「外から中へ」入力していく場合には、なぜか外側のパーツを最後のパーツとして扱うことになっています。たとえば「図」の繁体字である「圖」です。

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本来の順序で言えば、「回」の内側の「口」(口)の部分が最後になるはずですが、その外側の「口」(田)を最後のパーツとして扱い、「田口卜田」と入力します。


(2)上下左右など2つの部分にわけられる漢字:例)網、想など
 → 最初の部分(赤)の最初と最後の字母2つ、二番目の部分(黄)の一番目と
  二
番目と最後の字母3つだけを入力

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たとえば、「車」という字は単独で入力する時は「十田十」と入力できますが、「輸」のように、車編として字の一部になっている時は、最初と最後の「十十」だけを使います。これに残りの「俞」の部分の一番目、二番目と最後のキー「人一弓」を足して、「十十人一弓」と入力すると、「輸」という漢字が変換できます。

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また、一見ふたつの部分に別れているとは思えない「摩」「氣」などの形も、倉頡では上下に分けて入力するので注意が必要です。

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*(1)の「圖」の例でみた「外から中へ」の場合は外側のものを最後のパーツとしてあつかう法則は、この2つの部分に分かれる漢字の場合にも当てはまります。

たとえば「雲」という字の上部の「雨」は、内側の「⺀」(卜)ではなく外側の「冂」(月)を最後のパーツとして扱い、「一月一一戈」と入力します。

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(3)3つの部分に分けられる漢字:例)講、賣、漲
         → 最初の部分(赤)の最初と最後の字母2つ、次の部分(黄)の最初の最後
    の字母2つ、最後の部分
(緑)の最後の字母1つを入力。

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  例1)「語」=「言」(卜一一口)+「五」(一木一)+「口」(口)
  →「言」の最初と最後(卜口)+「五」の最初と最後(一一)+「口」で、
   「卜口一一口」と入力。

  例2)「衛」=「彳」(竹人)+「韋」(木一口手)+「亍」(一一弓)
  → 「彳」の最初と最後(竹人)+「韋」の最初と最後(木手)+「亍」の最後
   (弓)で、で「竹人木手弓」と入力。

*ただし、2番目の部分が1つの字母で入力できる時は、3番目の部分を2つ(最初と最後)入力します。

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  例)「漲」=「氵」(水)+「弓」(弓)+「長」(尸一女)
  →2番目の「弓」が1つで入力できるので、3番目の「長」の最初と最後を使っ
   て、「水弓尸女」と入力。


3:まだまだ細かいルールがある

これまでの字母と漢字のパーツの対応、省略のルールを覚えるだけでもなかなかになのですが、実はまだまだ細かいルールがいくつかあります。

(1)1つのキーで入力できるのは(基本的に)字母だけ
  → 1. の表で見たように、「小」の形は「火」の字母で入力します。しかし、 
   「小」という文字自体を入力する時は、「火」の字母1字だけで入力するこ
   とはできず、「弓金」と分けて入力する必要があります。これは、単独のキ
   ーで入力が可能なのは基本的に字母だけ、というルールがあるためです。

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   同じ理由で、「八」も「金」ではなく「竹人」と入力します。

   *「士」や「入」など、字母の「土」「人」と形が似ている字も同様です。他
   の字の一部として使われている時は「土」「人」で入力できますが、単独で
   入力する時には2つの字母に分けて入力する必要があります。

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(2)できるだけ少なく入力できる形に分ける
  →「王」は「一十一」ではなく「一土」と入力します。

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(3)最初のパーツをできるかぎり大きくする
  →「夫」は「十大」や「土人」ではなく「手人」、
           「米」は「金木」ではなく「火木」と入力

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(4)一部の字は日本のフォントと違う形で入力する必要がある
  →「反」は「一水」ではなく「竹水」、
           「起」は「土人尸山」ではなく「土人口山」と入力。

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例外:特殊な入力をする漢字

さらに一部、例外的な入力をする文字があります。

(1)特殊字:「大」「木」「火」の形を利用して特殊な順序で入力する字画像9

(2)複合字:特殊な2つの字母の組み合わせで入力する形画像10

特に「門」「目」「隹」あたりはよく使われるので要注意です。

(3)難字:「難」(X)キーを使って入力する形画像11

特殊な漢字の入力には「難」キーを使います。が、自分が難しいと思った時に使えるお助けボタンではなく、初めからこのキーを使って入力する形が決まっています。

まとめ:とにかく覚えるしかない

どうでしょうか。これだけルールがあるので、なかなか覚えられないですよね?

いちいち漢字をみながら、これらのルールにしたがって、「えーっと、これが「戈」で、これが「竹」で、最初と最後の部分だけ入力して……」と考えて入力していたら結局効率が悪いです。

倉頡がつかえる人は、これらの法則を覚えているというよりは、「香」だったら「竹木日」(HDA)、「港」だったら「水廿金山」(ETCU)というように、入力するキーをもう覚えてしまっていて、その通り入力しています。

なので、倉頡を覚えようとするのであれば、法則は頭に入れておきつつ、わからない文字の入力コードをその都度調べながら入力していくのが習得の近道だと思います。

入力コードは、それを調べる専用のWebサイトやアプリもありますが、Wiktionaryなんかの漢字ページにも実はこっそり書かれています。

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(Wiktionaryの「港」のページ。一番下にこっそり倉頡のコードが書かれている)

ちなみに香港で発売されている字典類にはたいてい倉頡のコードも載ってます。

オマケ:簡易版の「速成輸入法」

倉頡はやっぱり難しすぎるからか、簡単にしたバージョンの速成輸入法(Sucheng Input Methodまたは“Quick”)というのもあります。こちらは、入力に使う字母などは倉頡と同じですが、漢字の最初と最後の字母を入力するだけでOKです。

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簡単なのと引き換えに、変換候補が多く出てきてしまうので、倉頡と比べると入力効率は悪いです。



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