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香港映画『非分熟女』観後感

香港行きの飛行機の中で見た映画の話。

『非分熟女』(The Lady Improper)。2019年4月に封切られた映画で、2000年代初頭に一斉を風靡したトップアイドルであるTwinsのアシャ(阿Sa;蔡卓妍;シャーリーン・チョイ)が主演を務める18禁映画、として宣伝されて大いに話題になっていた。

ジャケットとタイトルからもわかるように、性的な内容になっている。ちなみに、まだ30半ばのアシャが「熟女」なのに驚かれるかもしれないが、中国語では(おそらく日本のAV経由で入った言葉なため)だいたい日本での語感より少し若めで、30代くらいの女性のことをいうらしい。「非分」の方は読んで字のごとく”分をわきまえない”という意味で、「非分之想」といえば特に分不相応な恋愛感情を指す。それから広東語では「非婚」とも発音が似ている。

夫との性関係に問題を抱え、それが原因で彼に別れを切り出されているアシャ演じる主人公の「小敏 シウマン」が、父親の経営する茶餐庁(香港式食堂・カフェ)の台湾ハーフの新任シェフ「家豪 カーホウ」(演:吳慷仁)とやたらとイケメンな常連客の「阿謙 アーヒム」(演:林德信)から言い寄られたり、ポールダンスに目覚めたりして自分自身を取り戻していく物語。

なのだけど、正直、その宣伝やあらすじから期待されるような映画ではなかった。でも他のところに魅力を感じたので、香港好きならそれなりに楽しめる映画にはなっていると思う。結局私も滞在中にDVDを買った。

(以下、軽いネタバレもあるレビューなので注意)


この映画には、二通りの評価の方法があると思う。

一つ目は当然、宣伝通りに「トップアイドルがエロ映画に!」という線だ。が、正直言って18禁映画といっても大したエロシーンがあるわけではない。ベッドシーン(といってもベッドの上ではなく茶餐庁の調理場で展開されるのだが)はあるけどフルヌードもなく、アシャの裸がそれほどはっきり映るわけではない。一番エロティックに映されてるのは家豪を演じる台湾人俳優・吳慷仁のキレイなお尻ではないかとすら思う。「三級片」(香港における「18禁」に当たるカテゴリー3映画)という言葉から、女優が特に何の脈略もなくバストトップを露出し、ついでに体の中身(内臓や血液)まで炸裂させたりする90年代香港映画の過激な映像表現を想像する方は大変がっかりするだろうし、実際、これがカテゴリー3だなんて香港の映画規制は保守的すぎると批判するレビューもある。

もう一つは、監督自身がしばしばインタビューで語っているように、女性監督が、まだまだ男性中心的な性議論ではなかなか語られない女性の性・性欲の問題を正面からとりあげたフェミニスト映画としての側面だ。確かに本作が扱うのは、日本でも『夫のちんぽが入らない』で話題になった女性の性機能障害というなかなかとりあげられない問題で、それ自体はすごく社会的な価値があると思う。それに理解を示さない夫、市場に食材を買いにいくついでに女漁りをするプレイボーイな家豪、それとは正反対にピュアすぎてストーカー気質な上に理想の女性像を押し付けてくる阿謙といった身勝手な男たちを退け、主人公がポールダンスを通じて自分の体や性と向き合うという筋書きはとってもフェミニスト的で悪くない。エロを前面に売り出した戦略も、たとえ「羊の頭を掲げて犬の肉を売るようなもの」と言われたって、エロ目的の男たちを釣ってそういうイシューに気づかせる教育的な効果を思えば、まあ結構なことだろうと思う。

しかし問題は、その肝心のプロセスがあまり丁寧に描かれていないためいまいち説得力に乏しいことなのだ。性に関する彼女の身体的・精神的問題は何だかあっけなく解決してしまう。ポールダンスも、同級生の経営する教室に見学にいってちょっと抵抗を覚えるところから、何も知らない阿謙をショーに招いて堂々たる演技を披露してドン引きさせてしまうところまで、あっという間に上達してしまうから全くカタルシスがない。性に関しては、『おとちん』でもそうだったように、女性だけの問題ではなく男性との相性の問題ということもあるようなので、確かに相手が変わればあっという間に解決することもあるんだろうけど、本家『おとちん』を魅力的にしている問題解決のためのガムシャラな努力や日常的な仕事などの悩みも含む心理的葛藤の丁寧な描写が見られないので何だか全体に薄っぺらい印象になってしまっている。もちろん、小敏が何らかの心理療法を受けているらしいこと、そもそも父の女性関係が原因で性に何らかの苦手意識があるらしいこと、出会い系サイトへの登録や大人のおもちゃの購入を通して様々な模索をしているらしいことを示すシーンはあるものの、それぞれが点として提供されるだけでいまいちうまく繋がっていないので問題解決が唐突に見えてしまい、結局のところ王子様のキスでお姫様が目覚めるおとぎ話と何ら変わらない印象を受ける。だから正直、女性の性を描くフェミニスト映画としても、「流暢だが粗雑な偽女性映画」と批判されてしまうのもやむなしな微妙な出来だ。

それでもこの映画を個人的に気に入ったのには二つの理由がある。ひとつは、これまで長々と書いてきて何だと思われるかもしれないが主演のアシャがカワイイ。心に悩みを秘めた暗い女性を演じる本作の彼女は、表情の起伏もなく口数も少なく、格好もいつもゆったりとした無地の服を着て、ひとことで言えば地味だ。でもそんな格好がとても似合って見えるし、茶餐庁のレジ係にこんな人がいたらまあそれはそれはびっくりするくらいカワイイ。後半のちょっと明るくなってからのはにかむような表情もいかにも彼女らしくていい。彼女の素朴な魅力は、本作に登場する2人の女性、セクシーな生姜売りを演じる顔つきもスタイルも派手な郭奕芯(同じく今年の映画『恭喜八婆』でも似たようなセクシー役をしていた)と、”MK”(モンコック)系の派手なポールダンサーを演じる談善言(野球映画『點五步』では清楚な女子高生ヒロインを演じていたのでギャップにびっくりした)とより対比的に際立っていて、そもそもそれほどスタイルがよくもなく、顔がとびっきり美形なわけでもなく、ついでに言うと歌もお世辞にもうまくないのにかつて香港中のティーン達を熱狂させた彼女の魅力はきっとこういう等身大な手の届きそうな素敵なお姉さん感にあったのだろうと思う。当時の彼女にあこがれたファンは、こんなお姉さんになりたいと思った少女も、素敵な女性だなとあこがれていた少年も、それなりに彼女の魅力を堪能できるんじゃないかな。後追いTwinsファンの私は少なくともそれなりに楽しんで見れた。

本作のもうひとつの魅力は、料理だ。きっと性欲と食欲の安易な比喩なんだろうけど、小敏は摂食障害らしき症状も抱えていて、食事のシーンや食べ物が重要なアイテムとして登場する(この問題もはっきりしたプロセスは描かれず魔法のように解決してしまうのだが)。しかも彼女が茶餐庁の娘の設定なので、香港ローカル感溢れる食べ物が堪能できて、茶餐庁好きには大変たまらなかった。香港食文化の象徴として近年内外で特に注目の高まる茶餐庁は、背景・舞台として登場することはたくさんあるけど、その内部をがっつり描いてくれる作品は案外少ない(気がする)。いっそのこと茶餐庁映画として作ってくれたらよかったのに。

ようするに名作ではないけど、「脱いだ元アイドル」ではなく大人になったアシャを見たい人、「深刻な社会派作品」ではなく香港色のある軽いドラマが見たい人ある程度楽しめる映画だと思う。

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