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ひとりで吉野家を食べてたら親戚に見られた歌 【居心地の悪い本土主義: My Little Airport私論①】

「ひとりで吉野家食べてたら親戚に見られた」というタイトルの歌がある。

もう歌詞の中身は、そのまんまだ。主人公がひとりでおいしく吉野家を食べてたら、あんま会ってない親戚が同じ店内にいて、しかもこちらに気づいてしまうのだ。

「ひとりメシ」なんて言葉ができるくらい一人で外食するのも当たり前になったけど、やっぱり依然ハードルはある。気にせずできる人もいるけど、その場を知り合いに見られたりしたら、やっぱりちょっと気恥ずかしいはずだ。ましてそれが家族や親戚だったら。そしてその飲食店がファストフード、しかも牛丼屋だったら。

この主人公の感じた気まずさ、居心地の悪さは、誰でも想像できると思う。

意外かもしれないのは、こんな日本の人々にも余裕で通じそうな日常あるあるソングを作ったのが、香港のインディーズ・バンドであることだ。

そのバンドの名前は、My Little Airport。2004年以来、9枚のアルバムをリリースしている男女デュオで、メンバーは主に作詞・作曲を担当する阿Pと、メインボーカルを担当するニコルの2人。子供の鼻歌のようなニコルの独特な歌声と、それにのせて歌われる阿Pの風刺のきいた切れ味鋭い歌詞が特徴の人気グループだ。

香港の何気ない日常の場面を切り取る写実的な曲が持ち味のひとつで、香港でも大規模展開する吉野家*1 を舞台に、誰もが共感できそうな気まずさを描いた『ひとりで吉野家食べてたら親戚に見られた』(給親戚看見我一個人食吉野家)も、まさに本領発揮と言える。

歌詞は、もう本当にタイトルの通りで、吉野家をひとりで食べていた主人公(歌詞から直接はわからないが女性だろうか?)が親戚に遭遇してしまう、というもの。人違いのふりをする、テイクアウトにする、友達と一緒のふりをしてその分の席をとる、などの回避策を考えるけど、結局どれも実行できない。

給親戚看見我一個人食吉野家
(ひとりで吉野家食べてたら親戚に見られた)
差點想講句你認錯人吧
(人違いですよ と言おうとも思ったけど)
但我已經懂得怎麼說些客套話
(社交辞令くらい もうわきまえてるから)
即使想放棄牛肉飯趕回家
(牛丼諦めても 家に逃げ帰りたかったけど) 

早點看見他也可改叫外賣吧 
(早く気付いてたら テイクアウトにしたのだが)
他已跟太太一同坐下
(親戚はもう奥さんと一緒に座ってるし)
若假裝有同伴座位要留給他
(連れがいるふりをして その分席をとるとか)
講出來自己都嫌假
(いや自分で言ってても嘘っぽいし)

加えて、この奥様連れの親戚は、主人公と同じくらいの年だった。もう結婚している向こうと自分の違いに主人公ははっと気づかされ、親戚の集まりにいくたびに近況をきかれ、明に暗に結婚はまだかと尋ねられることなんかを考えてしまう。

給親戚看見我一個人食吉野家
(ひとりで吉野家食べてたら親戚に見られた)
記得童年曾與他同玩耍
(子供のころは 一緒に遊んだっけか)
我與他應該年紀也差不多吧
(年だってほとんど変わらないはずだ)
今晚發覺他已成了家
(今日初めて知った もう結婚してたのか) 

多年來踫到親戚我亦有點怕
(もう何年も親戚に遭遇するのがなんか怖い)
近況如何盡量講得不太差
(近況きかれても 無理していい感じって言ったり)
給親戚看見我一個人食吉野家
(ひとりで吉野家食べてるの親戚に見られたし)
還有什麼以後可以怕
(もうこれ以上 他に怖いことなんかない)

吉野家を舞台に独り身の自分に思いを馳せるこの曲は、『結婚適齢期』("適婚的年齡";2014年)というぴったりなタイトルのアルバムに収録されている。

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この曲のような親族からの結婚へのプレッシャーはある程度ワールドワイド(少なくともアジアでは)かもしれないけど、このアルバムにはもっと香港特有の結婚の悩みを歌った曲も収録されている。

例えば、『こっそりためてる頭金』("我在暗中儲首期")という一曲がそうだ。

この曲の男性主人公は、別の相手と結婚しそうな女性をつなぎとめるために、新居の購入計画について話す。

可否可否等我
(待って 待ってくれないか)
先把計劃說好
(まず計画をちゃんと話そう)
再決定穿婚紗跟他擁抱
(彼と結婚するかは それから決めてくれ)
(…)
我已快將首期儲好
(もうすぐ頭金はちゃんと貯まりそうだ)
小小單位勉強可供到
(小さな部屋ならなんとかローンで払える)
又或者繼續在工廈交平租
(それか工場ビルで安く借り続けてもいい)

香港、というより多分中華圏では、借家ではなく持ち家を用意することが結婚の条件とされることがまだまだ多いようなのだけど、住宅価格が高騰を続ける香港で若者が分譲マンションを購入するのはかなり大変なようだ。土地の狭い香港の伝統的な「住宅すごろく」は、日本と違って「庭付き一戸建て」はハナから現実的なゴールではないけど、公営賃貸住宅、公営分譲住宅、私営分譲住宅、の順に豪勢になっていくものだった。が、今の若者が親元を離れて住む現実的な選択肢はもともとのアパートの1単位をさらに細かく分割した「劏房」(tong1fong2)と呼ばれる部屋か、あるいはこの歌詞にも出てくるような元工場ビルを改装した部屋などになり、しばしば狭くて古い住居へと「すごろく」を後ろ向きに進むことになる。

そんな現実に嫌気がさしたのか、この曲の2番で主人公は一転して文学的で非現実的な逃避行へと彼女を誘う。

可否可否跟我
(ついて ついて来てくれないか)
一起私奔到寶島
(一緒に台湾に駆け落ちしよう)
你不是卡列尼娜
(君はカレーニナ*じゃないし)
我沒佛倫斯基那麼糟
(僕もヴロンスキーほど酷くない)

*トルストイの『アンナ・カレーニナ』の登場人物。ヴロンスキーも同じ。

こんな風に、日常の様々な居心地悪さや気まずさを、時に文学的なイメージを引用しながら描く歌詞を、明るく浮遊感のある曲にのせて歌うのが彼らの魅力だ。彼らの歌には今の香港で若者が感じる日常的な悩みや不満が詰まっている、と思う。

ローカルな香港固有の文化や価値観のことを、今の香港では「本土」(bun2tou2)という言葉で形容する。日本語だと中国”本土”とか言ったりするので紛らわしいが、中国語ではメインランドでなく「ローカル」の意味だ。「本土主義」といえば中国内地(”本土”は紛らわしいのでこちらを使う)とは異なる香港の固有性を強調する立場になる。ローカルな題材を、広東語の口語やスラングを混ぜて歌うMy Little Airportの曲世界は、まさに本土主義と相性がいいものだ。

本土主義は、しばしば中国内地に対する排外主義や偏狭な民族主義と同一視されてしまうこともある。実際そういう側面があるのは否定はできないとも思うけど、本来は、大きな中国のナショナリズムの論理やグローバルな資本主義経済の論理が語らろうとしない、香港の人々の生活に密着した物語に注目しようとする思想が背景にある。今の香港の生きづらさを、愛着をもって、皮肉交じりに描くMy Little Airportの歌には、そんな排外主義に還元できない香港の独自性への注目が溢れている。

ここではそんな彼らの態度を「居心地の悪い本土主義」(awkward localism)と名付け、簡単に解説・考察していこうと思う。中国の一部なのか、イギリスに戻りたいのか、経済はどうなるのだ、自由や民主のために頑張れ、そういえばブルース・リーとかジャッキー・チェンとか好き。昔も今も、香港について外から語る言説はそんなのばかりだ。彼らの曲からは、そんな語りには現れない今の香港の若者が抱える生の不満や不安が——そして時におぼろげな希望も——見えてくる、はずである。

【居心地の悪い本土主義: My Little Airport私論】
次:②つらい仕事を乗り切る歌: MLAと日常

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*1 なんで吉野家かというと、香港では高級化しがちな日本系料理店の中でほぼ唯一と言っていいほど庶民的なイメージだからじゃないかと思う。牛角でもココイチでもサイゼでも香港に来るとあっという間に高級レストラン化してしまうのだが、吉野家だけはローカルな食堂と同じくらいのレベルの値段帯で戦っている。ランチとディナーの間にドリンク付きの軽食を安く提供する「アフタヌーン・ティー」(下午茶)という香港のローカル店舗ではおなじみのサービスも提供していて、メニューには香港人の愛する出前一丁もあったりする。ようするにローカル化にかなり成功していた、のだと思う。過去形にしたのは、昨今の逃亡犯条例をめぐるいざこざが、そんな吉野家に対する若者の印象に変化をもたらすかもしれないからだ。抗議運動のさなか、香港吉野家はFacebookページに警察を揶揄する投稿をして、炎上した。というより、抗議運動の参加者は当然その投稿を「いいね」しまくったのだが、会社の上層部がこれに怒りをあらわにして、投稿を行ったSNS担当者を解雇したというような報道がなされて、本格的に炎上してしまった。以降、デモが発生するたびに近隣の吉野家は自主的に閉店し、降ろされた店舗のシャッターにデモ参加者が付箋を貼りまくり、臨時の「レノン・ウォール」にしてしまう自体が続いていて、この動画にも「もう吉野家は食わん」みたいなコメントがつくようになってしまった。個人的には、香港滞在中に吉野家はよく(ひとりで)食べに行ってて、香港風にアレンジされたメニューがすごくお気に入りだっただけに、残念だ。


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東京なんちゃら大学博士後期課程で香港文化を研究中。自称ポップ・アンソロポロジスト。趣味は文房具と外国語学習教材の収集。研究の片手間で考えた(主に香港の)文化のあれこれについてここに書いている、はずなのだが、しばしば両手をそっちに使ってしまって本筋の研究は停滞しがち。
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