パロディソングで振り返る香港の2022年(前編) 【晴天林 SunnyLamまとめ】

あっという間に2022年が終わった。なんて記事を書こうと思っていたら、むしろ2023年も12分の1が終わってしまった。

去年の年末から、なんとか2022年の香港を振り返る記事が書けないだろうかと思っていたが、香港にいたわけでもない(2019年を最後に行けていない)、最新のニュースを常に追いかけていたわけでもない(特にこの半年間は博論執筆と映画上映イベントの準備に追われていた)私にかけることが思いつかなかった。

でもなんとか1年を振り返らないとどうもピリッとしないし、放っておくと忘れてしまいそうな(でも忘れてはいけなさそうな)出来事が近頃の香港では次々と起こっている。

あれこれ考えた挙句、この1年間のパロディソングをまとめれば、なんとなく色々な時期の「旬」のネタが振り返れるのではないかと思った。


さいわいにも香港には、最新ニュースを信じられないほどのスピードでハイクオリティな替え歌にして発表している「晴天林」(SunnyLam)という歌い手がいる。

そこで今回の記事では、彼が2022年に発表した楽曲を参考に、2022年香港の各月のニュースを思い出してみたいと思う。

ちなみに彼自身がまとめた動画によれば、彼がこの年に投稿した替え歌動画は89曲。単純計算で4日に1曲ペースになるわけで、彼の創作がいかにハイペースかがわかるだろう。

この89曲の投稿日とタイトル、替え歌の原曲と、動画のタイトルに書かれている歌詞の元ネタとなった出来事(コピペなので中国語のまま)を表にまとめてみた。

全部を取り上げるのは大変なので、月毎にいくつかをピックアップしよう。

1月 オミクロン株の流行


香港の2022年は、世界で猛威を振るった新型コロナウィルスの変異株「オミクロン株」の大流行とともにはじまった。

それまでは感染抑制に比較的成功していた香港だったが、2021年末に初の陽性者が確認されたオミクロン株による「第5波」の流行は大規模なものになり、ピーク時には1日5万人もの感染が確認された(香港の人口は約750万人)。

晴天林も1月6日にさっそくこの第5波の流行について、特に最初の市中感染例とされた検疫規定に反してレストランで飲茶をしたキャセイのクルーについて、ネタにしている。

日本でなら、こういった感染者を晒し上げるような動画は嫌悪されるかもしれないが、香港では2020年初頭以降、一般市民が厳しい隔離やソーシャルディスタンス措置の対象となっているため、ルールを破る一部の人々への憎悪が高まりやすい。

そんな形でヘイトを集めた事件の最たるものが、香港の体制派政治家ら多数が関わった「洪門宴」事件だった。

ことの発端は1月3日に香港区全人代代表の洪為民が、参加者200人以上を超える盛大な誕生日パーティを開いたことだ。屋外での集会にすら人数制限が課され、テーブルの席数まで厳しく定められるコロナ禍の香港においては、完全に非常識な会だった。おまけに後の報道では、参加者たちがマスクをせずに密着し、カラオケなどを楽しむ様子まで伝えられた。

参加者のひとりから陽性者が確認されたことでこの会の様子が明るみに出ることになり、政府高官や大物体制派政治家も含む参加者たちは隔離施設に送られた。

2020年6月末の国安法制定以降、香港では政府批判や体制派政治家批判は大きなリスクを伴うようになった。しかしこのスキャンダルを受けて、林鄭月娥行政長官すら参加者に対して「失望した」と発言、トップのお墨付きを受けて好きなだけ政府関係者を非難できるボーナスタイムに香港ネット世論は沸いた。

晴天林も1月7日と8日に連続して動画を投稿し、事件をネタにしている。


第5波の感染流行時には、中央政府の求める「動体的ゼロコロナ」(動態清零)を達成するために香港政府がとった極めて厳しい措置の数々も話題を呼んだ。

1月18日には、ペットショップの従業員とハムスターからデルタ株への感染が確認されたことから、予防的措置としてハムスターを含む約2000匹の小動物が殺処分にされ、世界的な注目(と非難)を集めた。

晴天林は翌日の19日に、アニメ『とっとこハム太郎』の主題歌(香港で
は放送当時人気だったティーンアイドルのTwinsが歌っていた)

無故殺生 太多可悲 哈姆恨你
(故なき殺生 あまりにむごいよ ハムは恨む)
人類正苦 最想殺死 哈姆定你
(苦しむ人類 一番殺したいのは ハムか君か)
鼠兔傳人唔好掛 小生命從沒有say
(ネズミやウサギからの感染なんて 小さな命は声を上げられない)
無眼睇囉 冇得追究 下集是你
(目も当てられない でも追求できない 続編は君だ)

1月後半には、公共団地「葵涌邨」で多くの陽性者が見つかり、団地の複数の棟をロックダウンする厳しい措置も取られた。晴天林は1月25日、フェイ・ウォンのヒット曲『容易受傷的女人』(中島みゆき『ルージュ』のカバー)を元ネタに、このロックダウンを歌う楽曲を発表している。


2022年1月28日には料理研究家で、とりわけ2019年以降は民主派を批判し、警察や政府を擁護する言動で知られた朱庭萱(ボニー・チュー)が飲酒運転でを起こしたことが報じられ、翌日即座に晴天林に取り上げられている。

你飲到吹喇叭(ラッパ飲みをして)
你很愛惜國家(愛国者ぶって)
飲一晚酒精令你手震(一晩のアルコールで手も震え)
你乾了千隻杯(千杯飲み干した君は)
你衝向一個人(ある一人に衝突)
已差點互相出殯(あわやお互い棺桶行きだ)

普段から政治的理由でヘイトを貯めていた人物が、社会的に非難される不祥事を起こしたことで嘲笑われる、というパターンは「洪門宴」と同じだ。

言論統制が進み、政治批判が憚られる現在の香港では、このような「水に落ちた犬を打つ」タイプの言論が市民たちの不満の捌け口になっていくのかもしれない。



2月 ワクチンパスの導入

2月に入っても感染症の流行は治らず、2月8日には同月24日以降、ワクチンパスを導入すると発表。大部分の営業施設への入場時に政府の感染追跡アプリ「安心出行」をもとにワクチンの接種記録を提示することが求められるようになり、ワクチン未接種者は大幅に行動を制限されることになった

晴天林は2月12日『病毒流星雨』を発表してこの政策を風刺した。

元ネタは2001年結成の台湾のアイドルグループF4のデビュー曲『流星雨』。メンバーたちの長髪姿と、ワクチンパスの導入により髪を切れなくなってしまう未接種者の未来の姿が重ねられている(8日には10日から23日までヘアサロンを営業停止とする措置もあわせて発表されていた)。

不好意思沒打針不能去剪頭髮
(ごめんよワクチン打たなきゃ髪も切れないよ)
身體健康我才能飛髮  
(身体健康じゃないと理髪店にはいけない)
不好意思有安心都不能吃晚餐
(ごめんよアプリがあっても晩御飯は食べられない)
你會看見 長髮的瘦仔
(君は見るだろう ガリガリのロン毛を)

2月22日には、政府は幼稚園、小中学校で本来7月からの「夏休み」を3月からに前倒しすると発表し「夏」とはなんだろうと話題を呼んだ。

また3月末に予定されていた次期行政長官選挙も5月に延期することが発表された。


3月 さらなる感染拡大

3月に入っても感染拡大は止まらず、数万人の陽性者が確認される日が続いた。

この月には晴天林にも感染し、動画の投稿が一旦ストップしている。


その後は無事に復活。2019年以降愛国的発言を繰り返す歌手のマリア・コルデロ(肥媽)が、中央政府の支援で香港に設置された仮設病院(方艙醫院)の環境について、「私立病院より良い」と発言したことなどを元気にネタにしている(歌唱は肥媽の歌まねを得意とする他の歌い手)。

最愛住進方艙裡(どこよりも方艙に入りたい)
嘆過私家醫院裡(私立病院よりもくつろげる)
奇蹟十四日 感激中央送贈(奇跡の14日 中央の贈り物に感激)
大聲講 方艙 I Love You(大声で言おう 方艙 アイラブユー)


オミクロン株の感染は中国大陸でも広がり、3月末からは上海でも一部地区でロックダウンがはじまっている。



4月 やまない通知


4月4日、林鄭月娥行政長官が5月の行政長官選挙に出馬しないことを発表。晴天林は「誰の歳月」という楽曲を発表。2019年以降、林鄭政府で昇進を重ねナンバーツーに上り詰めていた警察出身の李家超、同じくナンバースリーの財政官、陳茂波の名前(あだ名)をあげながら、ポスト林鄭時代の香港を予測した。

香港の行政長官は市民の直接選挙ではなく、議員や財界人などからなり、親北京派が掌握する選挙委員会の投票で選ばれる。

当初から立候補に積極的な姿勢を示したのは李家超だった。早々に立候補を表明した彼は投票権を持つ団体を周り、支持を取り付けた。彼の挨拶回りには大量のメディアがついてまわり、訪問終了のたびに記者会見を中継したため、11日には半日官で10回も記者会見が繰り返され、市民のスマホの通知欄は各メディアからの「李家超が記者会見」という通知で埋め尽くされた。

晴天林は翌日『每天直播見記者』(毎日中継記者会見)という楽曲を発表した。

連環直播 無限直播(連続中継 無限の中継)
直播之後 又黎直播(中継が終われば また中継)
香港以後 常望見你(香港はこれから ずっと君を見る)
做記者 辛苦囉(記者の仕事は 大変だ)

彼がピカチュウのパーカーを着ているのは、李家超(リーカーチュウ)の名前が、香港版ポケットモンスターでのピカチュウの名称「比卡超」(ピーカーチュウ)に似ていて、以前から「ピカチュウ」が彼のあだ名になっているからだ。背景に置かれた「くまのプーさん」のぬいぐるみについては、説明するまでもないだろう。

なお2016年には、任天堂がピカチュウの香港版名称を中国大陸・台湾の「皮卡丘」に統一すると発表し、香港で大規模な抗議運動にまでなっていた。この名称は標準中国語読みでは「ピカチュウ」に近いが、広東語読みすると「ペーカーヤウ」になってしまう。この替え歌の中でも、この名称変更騒動がネタにされている。

而每過一天 比卡超見記者(毎日毎日 ピカチュウが会見)
又再有通知 比卡超見記者(またまた通知 ピカチュウが会見)
我發覺我快要叫皮卡丘 oh no(もうじきペーカーヤウに改名か Oh no)
只為幾分鍾多謝(たった数分の「感謝します」のために)

結局、4月14日の立候補締め切りまでに出馬表明したのは李家超のみだった。

晴天林はこれを受けて、孤独の喜びを歌う2020年の林家謙のヒット曲『一人之境』(一人の境地)を元ネタに『一人之競』(一人の競争)という楽曲を発表している。

一個人提名都可以盡興(一人の選挙もそれでもしっかり楽しめる)
都冇人來競爭怎比拼(競争相手もなしでどうやってガチンコになる)
成就振英 有林鄭的保証(振英に追いつき 林鄭のお墨付き)
快來全面接手 要感謝北京(さあ全面的に引き継ごう 北京に感謝)

5月 WeとUs

そんな選挙戦(?)の最中、5月2日には親北京派議員、李梓敬のTwitter
が複数のエロアカをフォローしていることをネット民が発見、祭りになった。
(李自身はフォロワーを増やすために、条件に合ったアカウントを、細かい内容をチェックせずに自動的にフォローしていたと釈明)

晴天林もさっそく翌3日に『愛國疏忽』を発表し、この騒ぎに参戦している。
(原曲は『瞳をとじて』の広東語カバー『閉目入神』)

I’m watching Twitter
你愛國 我要追蹤(君は愛国 フォローしよう)
我愛國 你要追蹤(僕も愛国 フォローしてね)
裸露着身軀 中國風(一糸纏わぬカラダ 中国風)
太愛國會有疏忽(愛国が行きすぎると粗忽もある)
鹹濕佬的過失(スケベ男の過失)

なおこの曲のMVはスマホの通知画面風になっているが、表示される通知の中には「李家超が記者会見」もあり、まだネタにされている。

その李家超は6日に大規模な集会を開催したが、会場で登壇の彼の背後に「我和我們」(私と私たち)、「We and Us」という標語がデカデカと映し出されており、中国語版も英語版もさっぱり意味がわからない、と話題をよんだ。この手の騒ぎを晴天林がネタにしないわけがない。

何はともあれ、李家超は8日の行政長官選挙に見事勝利し、当選した。

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この月には、香港のショッピングモールのおもちゃ屋で、子供が「テレタビーズ」のキャラクター像を壊してしまい、保護者が店側に3万3600香港ドル(約
55万円)を支払って弁償したというニュース
も話題となり、首がポッキリと折れた像の前で立ち尽くす子供の画像がミーム化した。


6月 沈没騒動

6月の香港でも様々なニュースがあったが、なかでも国際的な注目を集めたのが、水上レストラン「ジャンボキングダム」(珍寶海鮮舫)の顛末である。

観光客に人気を博し、様々な映画等のロケ地にもなってきた香港のランドマーク的存在だが、コロナ禍以降の経営不振により閉店していた。6月14日に曳航されて香港を離れ、東南アジアに向かったが、19日に外洋で沈没したと発表された

晴天林は21日に、セリーヌ・ディオンが歌った映画『タイタニック』のテーマ曲『My Heart Will Go On』の替え歌『My Ship Will Not Go On』を発表した。

処分費用に困った会社がわざと「廃棄」したのではないかなどの疑惑も取り沙汰されたが、24日には運営会社が「沈没していない」と発表するなど情報は錯綜した。

海鮮舫沒有下沉(海鮮艇は沈んでいない)
還是有神(まさに奇跡だ)
誰人係真 故事有底蘊(誰が正しいのだろう 何か裏がある)
沉於海底被困(海底に沈んでいる と言ったのに)
說沒法打撈 經已命喪海裡萬呎深(数万フィートの海底に沈み 引き上げ不可と)
現在說於西沙海中心(今では西沙海の真ん中にあるが)
不需再搵(捜索は不要と)
(…)
海鮮艇沒有內情 講果個懷疑腦霧(海鮮艇に内情はない 言う人はどうかしてる)
若是已冇價值 你冇好好保育我(もう価値がないなら 保護してくれなくていい)
變做垃圾永遠棄養著我(ゴミになって永遠に世話を放棄して)

真相は不明だが、街の象徴とも言える施設に起こった、なんともなんだかなーな最後であり、香港の一つの時代の終わりをまたさらに感じた人も多かったのではないかと思う。


後編に続く


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