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【新歌推介】 COLLAR 《idc》:香港発ガールズグループの成熟を感じる新曲 【香港音楽】

曲名:idc
歌手:COLLAR
リリース日:2023/07/21

作詞:鍾說
作曲:Wilma Virinte, Karrinator, T-Ma
編曲:Karrinator
監製:T-Ma

2022年1月にデビューした香港の新人ガールズグループCOLLARの7枚目のシングル(広東語曲としては6枚目)。メンバーのSo Chingの脱退により7人体制となってからは、初めてのシングルとなる。

4th『OFF/ON』で切り開いた直球なガールクラッシュ路線をさらに進展させたような印象だが、2nd『Never-never Land』と同じ作詞家が起用されていたり、何かと”日本風”で話題になった3rd『Gotta Go!』と同様に、K-POP色のみならず、とりわけビジュアル面で日本色も取り入れられていたりと、過去の楽曲を思わせる要素も豊富で、グループとしての成熟も感じさせる。

ミュージックビデオは東京で撮影されており、ダンスはK-POPシーンで活躍する日本出身のダンサー/振付師のRENANが指導しているのだとか。


コメント/解説

男性アイドルグループMIRRORの大流行を経て、その「女性版」として待望されながら誕生したCOLLARのキャリアは、その期待感や注目とは裏腹に、順風満帆とは言いがたかった。2022年1月のデビューから間も無く、ジャパニーズ・アイドル風のフレッシュ路線を目指した3rdシングルにはパクリ疑惑も出て、香港では炎上状態となった。

7月にリリースされた4th『OFF/ON』では、メンバーのダンス能力、ラップ能力を活かしたK-POP風の王道ダンスチューン路線に再挑戦し、これで順調な再出発が切れただろうかと(ファンの一人としても)思ったのだけど、直後にMIRRORのコンサートで悲惨な事故が発生し、所属事務所自体が大きな危機に陥ってしまう。

事故で重傷を負ったダンサーは、COLLARのメンバーの1人So Chingと親密な関係にあった。そのためMIRRORはもちろん、COLLARも当面の間、本格的なグループとしての活動を行えなくなった。


So Chingの活動復帰後、今年1月にリリースされた6th『The Bright Side』(とその英語版である7th『Take Me Away』)は、このグループとしては異色のアコースティックなバラードで、MIRRORの復帰作『We All Are』と同様に、悲惨な出来事からの癒しや浄化(あるいは「禊」)を強く感じさせる内容だった。

しかし5月にはSo Chingが脱退を発表し(無理もないと思うのだけれど、事故の影響から立ち直れていない、というのが理由だった)、8人で出発したCOLLARはデビューから1年足らずのうちに7人での再出発を余儀なくされた。

そんな中、何度目かの仕切り直しの期待が込められているのが、この『idc』という楽曲だろうと思う。

サウンド

作曲家欄にはWilma Virintie、Karrinator、T-Maがクレジットされている。
これは4th『OFF/ON』と全く同じメンバーで、サウンド的には同曲の路線を踏襲した楽曲であることがうかがえる(Karrinatorは前作ではKarri Mikkonenとしてクレジットされているが、たぶん同一人物だと思う)。

Karrinator(Karri Mikkonen)はフィンランド在住のミュージシャンで、日本や韓国などのアーティストの楽曲を多く手がけている。Wilma Virintieもヘルシンキを中心に活動するソングライターらしい。

T-Maこと馬敬恆は、かつてAmplifiedというバンドでも活動した若手のミュージシャン(1990年生まれ)で、2018年にBlue Moon Productionを設立して裏方に転身、香港の幅広いアーティストの作曲、編曲、プロデュースを手がけている。

(Amplifiedは日本のデフスターからデビューしていて、デビュー曲の『Mr. Raindrop』はアニメ『銀魂』のED曲にもなった)

クレジットによれば、Karrinatorが基本的なバックトラックを作成し、T-Maが香港でボーカルトラックの録音やミキシングを担当したらしい。

冒頭から繰り返され、耳にのこる「たらたんたん たらたんたんたん」のフレーズや、展開の少なめな曲構成もあり、同じ作曲陣とはいえ『OFF/ON』よりもかなりキャッチーな印象に仕上がっていて、個人的にはとても気に入っている。

『OFF/ON』ではサビ前でいいアクセントになっていたSo Chingのパワフルボーカルが失われたのはかなり惜しいけれども、メンバーのパフォーマンスも全体によりこなれてきている印象で、ぜひ早くライブでのパフォーマンスも見たい。


歌詞

作詞は、俳優としても活躍する若手女性作詞家の鍾說(俳優名「鍾雪瑩」)が手がけている。口語表現を活かしたリズミカルな言葉選びと、あっけらかんとした、楽天的で力強い自己主張を感じさせるメッセージが特徴的な作詞家だと思う。長らくベテラン男性作詞家の影響力が圧倒的で、格式ばった文語的な言葉で歌われる自己憐憫たっぷりな歌詞がメインストリームだったカントポップ業界ではなかなか異色な存在なのではないかと思う。

COLLARとは2nd『Never-never Land』ですでに1度タッグを組んでいて、この時も、グループのメンバーが醸し出す独特の抜け感というか、等身大で親しみやすい印象をうまく表現していた。

タイトルの『idc』は「I don't care」(どうでもいい)の略で、まあ要するに世の中の雑音に対して「私は気にしない」と表明する態度が歌われている。夢の世界への逃避を描いた『Never-never Land』とも似ているといえば似ている。

ちなみに今回の曲にはYouTube上の公式動画に英語字幕もつけられているようなので、細かい歌詞の意味が気になる人はそちらを見てほしい。

好刺眼太陽一表態(目を刺すような太陽が現れたら)
就寢 BYEBYE(すぐに就寝 バイバイ)
等到晚鑽研新境界(夜中になって磨き上げる新境地)
唔識交帶(責任感なんか知らん)
(⋯)
Hate me IDC(嫌われても 知るか)
想講一聲 IDC  (ただこう言いたい 知るか)
Yea Love me IDC(いや愛されても 知るか)
I Don’t care AT ALL (知るか知るか どうでもいいよ)
熱鬧 IDC(街の喧騒 知るか)
不喜歡 解釋 IDC (嫌い 説明 知るか)
門外面好得意(お外はとってもおもしろそう)
I Don’t care AT ALL(知るか知るか どうでもいいよ)
(…)

口語的かと思いきや、中盤のWinkaのソロパートの直後には突然「清淨六根」なんて仏教的フレーズも出てきたりして、緩急がおもしろい。

都不會太著緊(もうあんまり気にしない)
一拉閘 不心煩 妖魔絕跡清淨六根
(シャッターを閉じて 心穏やかにすれば 妖魔は退散 六根清浄なり)

COLLARには、どちらかというと、いわゆるアイドルらしい「かわいさ」や男性向けのセックスアピールを強調した楽曲よりも、こういうタイプの歌詞の方が似合う気がする。なんせ公開オーディションで集められたメンバーの背景は多種多様で、非婚主義を公表するメンバー(Marf)や、グループのデビュー段階で35歳だったメンバー(Sumling)もいる。他のアイドルグループには出せない、COLLARならではのメッセージをこれからも期待したい。


MV

見ればわかる通り、MVは日本(東京)で撮影されている。ちなみに日本でのMV撮影自体は、香港の音楽業界的には珍しいことではない(むしろ感染症対策の香港と日本の間の往来が容易になったこの1年ほどの間にリリースされた新曲の半分くらいは日本で撮影されてるんじゃないかと思うくらい、最近とても目立つ)。

この『idc』の場合、ゲーム画面風の演出が入ったり、衣装も屋上のシーンのものは日本のファンタジー作品風だったり、路上のシーンのものもどことなく原宿的なカラフルでキッチュな印象だったり、香港からみた「日本」の印象があちこちに反映されていそうなのも楽しめるポイントだと思う。
(ちなみにインスタでの反応を見てると、後者はあまりにもクセが強いためか、香港のファンからは辛辣な反応もあるようだ…かわいいと思うんだけどな…)

(Day:COLLAR公式インスタグラムより)

(Ivy:COLLAR公式インスタグラムより)


個人的に印象に残ったのは、日本要素を大々的にフィーチャーしたこのMVの中で、新しさよりもレトロ感、懐かしさが強調されていそうなことだった。ファミコン時代風のドット絵の演出もそうだし、ところどころ挿入される荒いフィルム風の映像も含め、全体にノスタルジックな印象に仕上がっている。

こういうレトロで懐かしいものとしての日本のイメージは、もしかしたら昨今の日本におけるレトロブームを参照しているのかもしれないし、あるいは香港の人にとっての日本イメージが、たとえば過去にある程度もたれていただろう最先端の流行文化の発信地的なイメージとは変わりつつあるということなのかもしれない。

なんにせよ、このMVが香港のファンたちからどう見られるのかも楽しみだ。

* * *

ちなみに日本で撮影が行われたこともあってか、今回のシングルのリリースにあたっては、積極的に日本メディアの取材を受けたり、会社としても海外(日本)でのプロモーションにも力を入れているようだ。
(実はこの記事もCOLLAR側から提供された資料を一部活用して書いている)

チームとしても相当な力を入れて送り出しているだろう本作は、今度こそ、COLLARの本格的な再出発と飛躍のきっかけになれるだろうか。


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