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生きるとは何か

…おはようございます〜。

昨晩ちょっと煙草を吸いすぎてヤニクラを起こしまして、倒れるように寝たはいいけど、早朝に目が覚めてしまったので文章を書いております。

生きるとは何か…本当はこんな重たくて難しいテーマで書く気はさらさらなかったんですが(ほんとは青春とは何かについて書きたかった)、なかとかくみこさんの「塩田先生と雨井ちゃん」という漫画の6巻を読んだら色々考えさせられてしまって、こっちのテーマを書きたくなってしまったのでしょうがない。

衝動に抗えなかったので、頑張って書いちゃおうかなーっと思います。

昼からバイトなので、早めに書き終えてもう一回寝たい。


行くぜッッ─=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ




生きるとは何か。

まずそもそも、心身ともに健康的に過ごせている人は、なぜ生きるのかなんて考えないと思うんですよね。

私だって鬱になるまで、自分がなぜ生きるのかなんて考えたこともありませんでした。

生きるって至極当たり前のことで、寝て目が覚めたら明日が来てるってことくらい当たり前のことすぎて、考える必要がなかったんですよね。

それまで生きるとは何かということを真剣に考えたことがなかった私は、ただ漠然と「誰かの役に立つことや幸せになること」それが生きるってことなんだろうなと思っていました。


そしていつしか大人になって、働いて、鬱になって、毎日毎日辛くて、明日が来るのが怖くて、「私ってなんのために生きてるんだろう」って思うようになりました。

生きる意味が見つかれば、もう一度生きる気力が湧くかもしれないという希望を抱くようになり、生まれて初めて、自分が生きる意味について考えてみました。

それで何日かかけて、かなり真剣に自分が生きる意味について考えてみたんですが、悲しいことに自分の人生において生きる意味がどうしても見出せなくて、生きる気力が湧くどころか、むしろ「生きてる意味が無いんだから、こりゃいよいよ死んだって構わないなぁ〜」と思うようになってしまいました。

鬱になってみてわかったことなんですが、もう死ぬか〜って思いながら生きるのってかなり辛いんだなあって。
周りの人は働いていて、社会の役に立っていて、誰かのために生きていて…それなのに私は誰の役にも立てず、ただただ毎日を惰性で過ごしているだけ。眠れず、一日中ずっと浮かない顔をしていて、親や友人や先輩に心配をかけている。

とにかく何か生きる意味が欲しくて、それを自分の未来や誰かに託そうとしたんですが、どれも無駄で無意味なことのように思えてしまって、それがすごく悲しかったんですよね。

あれー?ほんのすこし前まで思い描いていた将来の自分の姿は、楽しく、一生懸命先生として働いて、いつかは心から好きだと思える人と出会って、結婚して…っていうものだったのに。なんで毎日毎日死にたいって思いながら生きてるんだっけ?
…生きるってこんなに難しいことなんだっけ?

将来どころか、明日生きてる自分の姿すらうまく想像できなくなって、そんな自分が惨めで情けなくて辛かったです。

周りのみんなは、何であんな当たり前のように生きていけるんだろうって本気でずーーーっと考え続けていました。

そんな感じで、私には生きる意味がなくなったと思って絶望したものの、結局怖くて死ぬなんてこともできず、今日まで惰性で生きてきました。

でもそうやって惰性で生きているうちに、「生きるとは何か」という自分なりの答えを見つけることができました。


何か立派な答えを期待されていたら、大変申し訳ないのですが、

「生きるとは、ただの動詞にすぎない」

…これに尽きます。

これまで、生きるということには何か意味があるんだ、私たちは何かのために生きているんだって思って過ごしてきたんですが、そんなことはありませんでした。

例えば、誰かの役に立つとか、幸せになるだとか、それはあくまで、生きている過程で起こることであって、それが生きるという意味ではないということに気づいたんですよね。

生きるとは、ただ寝て、食べて、排泄をして…っていう生命維持の活動を指すのであって、それ自体何か高尚な意味をもっているわけではないんだなと。

私は今まで「幸せになるために生きているのだから、幸せでなければ生きる意味はない」とか、「何かの役に立てなければ生きている価値はない」とか、そういう自分が生きることに対して、すごく傲慢な考え方をしていました。

生きている意味なんて考えたってしょうがない。
だって、生きることの意味はただ生きること、それでしかないから。

寝て、起きて、食べて、歩いて、風呂に入って…。そういう一つ一つの活動を一日一日こなしていくこと。

仕事や愛や芸術や、そういう何かを自分の生きる意味にできる人は本当に幸せなことだと思うんです。
これこそが自分の生きる意味だ!と思えるものが人生にあるって素敵なことだと思います。
私にはまだそう思えるものがありませんでした。
これからも見つからないかもしれないし、まあそれはそれでいいなと思えるようになりました。

生きるとはただ死なないように過ごすこと。
生命維持の活動を今日も明日も…死ぬまで続けていくこと。

そこに意味はないし、生きているうちに見つけられたらラッキー☆くらいのテンションで生きていきます。

幸せでなければ生きている意味がないわけではないし、人の役に立てないからといって生きている価値がないわけではない。
生きることに意味を結びつけようとすると、どうしても苦しくなる気がします。

生きるとはただ生きること。
それ以上でも以下でもない。
こーーんな当たり前のことに気がつくのに23年もかかってしまいました。

一生懸命生きても、省エネモードで生きても生きるということで言えば一緒です。
生きるのが上手な人もいれば、絶望的に下手な人もいる。私は間違いなく後者の人間です。
でも、感じ方は違っても生きてるのは一緒。

ただ、生き方によって変わるものはあると思います。


なんかすごく当たり前のことを小難しく複雑に考えていて、自分で自分の首を絞めるのが大好きなドM人間のように思われるかもしれませんが、数ヶ月の間、至って真面目に苦しんで考え抜いた末に出した結論です。

ここまでもし読んでくださった方がいたのなら、特大の感謝を伝えたいです。
いつもの通り独りよがりの文章になってしまいました。


とりあえずバイトに備えて、寝ます。


BGM
・スピッツ「謝々!」
・Anne Hathaway「I Dreamed a Dream」
・THE RiCECOOKERS「波のゆくさき」


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