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現代日本社会におけるアジール(無縁の避難所)としての宗教の価値 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.794


特集 現代日本社会におけるアジール(無縁の避難所)としての宗教の価値〜〜〜宗教と社会の関係を考える(2)



宗教と社会の関わり合いについての論考の第二回目です。日本では1980年代の霊感商法事件や90年代のオウム真理教事件などから、新宗教への忌避感が異様に強くなっており、現代日本では語ることさえ誹謗中傷の対象になってしまっています。宗教という内心の自由も含めた多様性を尊重するはずの「リベラル」を名乗る人たちまでもが、宗教を排斥し中傷しバカにしているのは実に残念な事態でしかありません。


しかしわたしは、現代日本社会における宗教の必要性を強く感じています。それは信仰心というものが人類にとっては最も古くから存在する思念であるということと同時に、現代においてはもうひとつの側面もあります。それは「アジール」の必要性です。アジールは、ウィキペディアには以下のように説明されています。


『歴史的・社会的な概念で、「聖域」「自由領域」「避難所」「無縁所」などとも呼ばれる特殊なエリアのことを意味する。ギリシア語の「ἄσυλον(侵すことのできない、神聖な場所の意)」を語源とする。具体的には、おおむね「統治権力が及ばない地域」ということになる。現代の法制度の中で近いものを探せば在外公館の内部など「治外法権(が認められた場所)」のようなものである』


歴史学者網野善彦(1928〜2004)は著書「無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和」(平凡社ライブラリー、増補版1996年)で、アジールは世界に共通の概念だったと書いています。


「『無縁』の原理は、未開、文明を問わず、世界の諸民族のすべてに共通して存在し、作用しつづけてきた、と私は考える。その意味で、これは人間の本質に深く関連しており、この原理そのものの現象形態、作用の仕方の変遷を辿ることによって、これまでいわれてきた『世界史の基本法則』とは、異なる次元で、人類史・世界史の基本法則をとらえることが可能になる」


この無縁の原理は、人類がまだ狩猟採集段階で、小さな共同体で暮らしていたころには「潜在」的なもので表面化はしていなかった。自然に圧倒されている当時の人々には、抑圧とは自然そのものであって人間界のものではなかったのです。しかし人類が定住するようになり、族長が権利を持つようになると、無縁の原理が表に現れてくるようになる。


日本では、鎌倉後期ごろからアジールが社会に登場するようになり、室町時代から戦国時代にかけてほぼ完成していったといいます。

戦国期はしかし同時に、アジールの終末期でもありました。無縁ではない「有縁」の世界を固めた大名たちによって無縁の原理が取り込まれ、国家権力が人々の生活というプライベートな部分にまで侵入してくるようになる。西欧ではこれに反発するかたちで、無縁につながる自由・平和・平等の思想が生まれてきて、これがやがて市民革命につながったというのが網野善彦の見立てです。


さらにそれは、明治維新にまでつながっているという。「幕末・明治の転換期は、西欧の自由・平等思想の流入と、日本の『無縁』の世界の爆発にともなう、『無縁』の原理の新たな自覚化との交錯の中で進行した、とでもいえようか」「それ(西欧の自由・平等思想)の主導するところとなり、『無縁』の原理の日本的な自覚化は、ついに実らなかったこともよく物語っている。その過程が段階を画するためには、『有主』の世界から、『原無縁』を最初に組織し、その後も『無縁』の世界の期待を体現しつづけてきた主権=天皇との過酷な対決を経なくてはならなかったが、その課題に、ほとんど手をつけることなしに日本の『近代』ははじまる」


まさに網野史観!という感じの展開です。そしてふたたび潜在化してしまった「無縁」の原理は、決して日本社会から消滅したわけではありません。潜在化して今も潜んでいるのです。網野善彦はこう書いています。


「原始のかなたから生きつづけてきた、『無縁』の原理、その世界の生命力は、まさしく『雑草』のように強靭であり、また『幼な子の魂』の如く、永遠である。『有主』の激しい大波に洗われ、瀕死の状態にたちいたったと思われても、それはまた青々とした芽吹きを見せるのである」


「日本の人民生活に真に根ざした『無縁』の思想、『有主』の世界を克服し、吸収し尽くしてやまぬ『無所有』の思想は、失うべきものは『有主』の鉄鎖しかもたない、現代の『無縁』の人々によって、そこから必ず創造されるであろう」


網野善彦の革命的な結論にもかかわらず、いまの日本では「無縁の反乱」が起きているようには思えません。しかし実はそれは革命や反乱のような形式ではなく、よりささやかで小規模な抵抗として続いているのかもしれません。

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