居酒屋 どりーむ①


「面接に来ました、竹内(たけうち)です!」
 店に入るやいなや、俺は喉に染み付いたでかい声を店内に響かした。しかし、店員は1人も見当たらず、返答もない。
 まさか、店を間違えたか? と思い、店の外に出て、店頭の看板を見る。看板には、「どりーむ」と書かれている。間違いない。

 埼玉のJRの駅から徒歩3分、3車線の幹線道路沿いにある個人経営の居酒屋「どりーむ」に俺は面接を受けにきた。この店で間違いない。俺はそう確信し、再び店に入った。
「すいませーん。面接に来ましたー、竹内ですー」奥にいるであろう店員に向かって、わざとらしく声を伸ばした。
「あ、ごめんごめん」と、男性店員が慌てた様子で奥から現れた。「そこのテーブルに座って」
 40代くらいの長身の男性店員に促され、俺は店の入り口に一番近いテーブル席に座った。

「えー竹内(たけうち)昌也(まさや)くんだね。あ、西大(にしだい)なんだ。僕も西大だったよ」男性店員は椅子を引きながら、俺がテーブルに出しておいた履歴書を見るなり、そう言った。
「あ、ホントですか! まさかの先輩だったとは!」
 先輩という単語を使って、男性店員との距離を一気に詰めようとしたが、「まぁうちのバイトの子は大体、西大生なんだけどね」と、坂本さんは俺が西大の後輩であることに特別感も何も感じてはいなかった。

 男性店員の左胸につけられた、居酒屋でよく見かけるマジックペンで書かれた名札を見る限り、その男性店員は坂本(さかもと)という名で、この店の店長のようだ。
 俺の目線が名札に向けられていたのに気づいたのか、坂本さんは、「自己紹介が遅れました。店長の坂本です」と自己紹介をしながら、名札を引っ張った。
 俺は身長が高い方であると自負しているが、その自分よりも坂本さんは身長が高く、体格からして何かのスポーツをしているようにも見える。喧嘩をしたらまず勝てないはず。とはいえ、出会って数分ではあるが、坂本さんの人相から人殴っているところは想像できなかった。
「表のバイト募集の張り紙を見て来たんですけど、本当に木曜日と日曜日だけでいいんですか?」
「うん。木曜と日曜だけでも働いてもらえるなら大歓迎よ」坂本さんは履歴書を見ながら返事をした。
 俺は昨日引っ越しが終わり、スーパーへ買い物に行く道中に、この店の前を通った。その時に見かけたのが、木曜と日曜の夕方から深夜まで働ける方大募集という張り紙だ。勤務時間が夕方から深夜というアバウトな表現が気になったが、勤務の曜日が木曜と日曜だったので、俺はこの店に面接に来た。

「俺、大学のサッカー部で練習とかで、木曜と日曜しか働けないんですが、それでもいいんですか?」
「サッカー部かー、いいねー。全然いいよー。時間帯は何時から何時がいけるの?」履歴書をテーブルに置くと、坂本さんはズボンのポケットに両手を突っ込んだ。
 普通なら週2日しか働けない、と他のバイトの面接で言えば大体相手に嫌な顔をされる。以前の居酒屋のバイトの面接で、週2日しか働けない、と伝えたら、面接担当の社員に露骨に嫌がられた。当時は人手が足りなかったので何とか採用してもらえたが、週2で働いている人なんて俺以外にはいなかった。けど、今の坂本さんは嫌な顔どころか、サッカー部であまり働けない俺を歓迎している。

「木曜と日曜は基本的に練習がないので、15時以降は空いてます」
「あーいいねー、仕込みとかがあるから、開店の17時より前に来れるのは有り難いね。上がりは1時とかでも大丈夫?」
「1時で全然大丈夫です」
 サッカー部の練習は講義の後だから、一限目の授業さえ受けなければ、夜遅いのは気にならない。前のバイトが2時上がりだったから、夜遅いのは何でもいい。引っ越しして、すぐにバイトが決まればそれでいい。

「男子なら、夜中に変質者とかいても大丈夫だよね」
「戦うも逃げるも余裕ですね」
「いやー、助かるよー。この3月で木曜と日曜担当の子が辞めちゃったからさ」坂本さんは手を合わせた。
「まぁ、この時期だと学生とか辞めちゃいますよね。俺も辞めちゃった側なんで」
「前も居酒屋だったの?」
「そうです! チェーンの居酒屋でしたけど」
 俺がそう言うと、坂本さんは困惑を顔に浮かべた。「うちは個人経営だから、チェーン店みたいなハイテクなシステムとかはないよ、伝票とかも手書きだし」
「いや、全然大丈夫です。ハンディとかで注文間違えるとややこしいし」
 坂本さんは安心したのか、「そう言ってくれると有り難いね」と笑った。
「あ、でもお盆と年末年始は働けるか分からないです。それに試合とかで休みが欲しい時もあるかもしれないですけど」
部活生の宿命だ。長期休暇は部活がどうしても忙しくなる。前のバイトでも遠方での試合があると、誰かしらにシフトを代わってもらっていた。その代わりの誰かを探すのも一苦労だった。

「いーよ、いーよ。空いた分は誰かに頼むし、それがダメなら、うちは適当に休みにするから大丈夫よ」
 長期休暇に働けないってだけで、バイトの面接で落とされるのは、周りから聞いていたが、ここはそうでもないらしい、ずいぶんと雑なシステムだ。チェーン店じゃ考えられない。
「なら、よかったです! それと合否とかって、いつ――」
 俺がそう言いかけると、坂本さんは食い気味に、「あー合格合格。あ、でも無断欠勤だけは勘弁してね。無断欠勤は即クビよ」と、さっきまでの目尻に皺を寄せていた表情から一変、鋭い目つきになった。
「あ……はい。」
 自分が休むときでも特に代わりを探せとか言われず、いとも簡単に合格と言われたと思えば、即クビなんて言うもんだから、ひるんでしまった。
「まぁ急に休むことに対しては怒らないから、休むなら連絡頂戴ってことよ」
 坂本さんは再び目尻に皺を寄せた。
 
                 *
「えー、山下涼(やましたりょう)さんだね。そこに座って」
 私が店に入るなり、右手のカウンター席の向こう側から、私より遥かに背の高い男性店員が入り口左手のテーブル席を指差した。
 私の前に男性は座ると、「店長の坂本です」と笑顔でお辞儀をした。
 私は、「山下涼です」と、座っても尚、威圧感を覚える坂本さんを若干見上げながら言って、昨日のバイトの面接希望を伝える電話で、持ってくるように言われた履歴書を出した。
 履歴書を見るなり坂本さんは、「西大なんだ。僕も西大だったよ」と自分を指差す。
「あ、そうなんですね。私、経営学部です」
「まじ? 僕も経営だったよ! そっかそっかー」坂本さんはどこか嬉しそうにで履歴書を眺めている。

 坂本さんは優しい顔立ちだったので、身長と体格のせいで威圧感はあるものの恐怖感はなかった。おじさんとお兄さんの中間にいるような若々しさ、元気がみなぎっており、30代にも40代にも見えた。話し方は父親とは違い、歳の離れた兄を思わせるような親近感がある。子供と無邪気に遊んでいそうな、いいお父さんの雰囲気がしたが、大きな左手の薬指にはなにもついていなかった。それでも、若い頃は身長差のある女の子を守るようにして付き合っていたりしたんだろうなと思う。

「木曜日と日曜日のシフト希望でいいんだよね?」
 背中を丸めた坂本さんは、履歴書を持ったまま、私を覗き込むようにして聞いてきた。
「はい。固定のシフトと思って応募したんですけど……」
「あーもう固定、固定。本人が希望しない限りは他の曜日は入ってもらわないから。時間は何時から何時までいけるの?」固定、を強調するように坂本さんは両手を握りしめる。
「時間は16時位から閉店まで入れると思います」
「おー16時からね。いいねー。閉店が0時で、締め作業が1時位に終わるけど、それでいいかい?」
「あ、全然大丈夫です」

 私は固定と聞いて安堵した。前の和食レストランでは、店長が独断でアルバイトの子達のシフトを変えていたから。最初の面接で伝えた希望のシフト以外の曜日に、平気に入れる店長に私は殺意をも覚えた。テスト期間は働けれないと伝えても、代わりを探せだの、他の子はテスト期間でも働いているんだよ、なんて、休もうとする私を非難してきた。
 だから、この3月、就職でバイトを辞める先輩たちに紛れて私もバイトを辞めた。その際にも、何か皮肉を言われたが、私は全て右から左へ流したので覚えてはいない。
「以前食べに来た時の店の雰囲気がいいなと思ったので」という【バイト 面接 応募理由】で検索すれば出てくる模範解答のような理由で、和食レストランで働こうとしたのが間違いだった。働き始めてから、もっとシフトの融通が効くところで選ぶべきだったと、悔やんだ。店員の客への対応が良くても、店員に対する店長の態度はろくなもんじゃなかったのだ。
 だから、今回はここを選んだ。家から駅の道中にあった、この店の張り紙に木曜と日曜の夕方から深夜まで働ける方、と書かれていたから。ここならシフトは固定なのだろうと思って、面接希望の電話をその場でした。
 店自体も、周りの店は築20年以上は経っていると思わせるような汚れた外観の中、この「どりーむ」は、黒く塗られた木を基調とした外観が、一見さんは少し身構えてしまうような雰囲気がある印象だった。内装も同じく落ち着いている。ガラの悪い客が多そうな大衆居酒屋とは違う雰囲気だ。下品で馬鹿騒ぎする大学生よりも、サラリーマンや大人の男女が、時折小さな笑い声をあげる姿の方が想像できる。それもあって、ここを応募した。

「帰りは大丈夫? 住所見た感じアパートで1人暮らしでしょ? この辺り変質者多いけど」坂本さんはテーブルに両肘を乗せて、表情をこわばらせた。
 私の地元に比べると、店から家までの道は街灯もあるし近いので、比較的安全だと思っている。家から店まで歩いて10分の距離。特に問題はない。前のバイト先も似たような距離で、似たような上がり時間だったし。それに深夜は変質者どころか、人1人歩いていないし。

「近いので大丈夫です。それと、姉と一緒に住んでいますし」私は坂本さんの表情を緩ませようと、明るく笑顔で答えた。
「そうなの? ならまぁ他の店員と一緒に帰ったら大丈夫か」坂本さんは何か納得したのか両腕を組んでいる。
「あのー合否は、いつわかりますか?」
 私がおそるおそる尋ねると、「合格合格、採用です」と坂本さんは歯を見せながら笑った。
「ありがとうございます!」
 まさかの即採用だったので、私は反射的に頭を下げて、自然に声が大きくなった。
「あ、でも無断欠勤だけはやめてね。無断欠勤は即クビね」
「即クビ」というワードに反応して、私が頭を勢いよく上げると、坂本さんは神妙な面持ちになっていた。
 坂本さんにつられ、私も神妙な面持ちになったのだろうか、そんな私を見て坂本さんはニヤリと口角を上げた。
「急な休みはいいけど、必ず連絡してねってこと」
「あ、はい。必ずします」
 前のレストランで無断欠勤こそはしなかったが、シフトの当日に、急用で休む、と電話をいれると、後日、出勤した時には店長に叱責された。それに比べると、ここはすごいシフトに優しそうだ。優しいと言うより緩いと言うべきか。
「それじゃあ、また電話するので、その時に初出勤の日を伝えるね」
「はい。よろしくおねがいします!」
 私は目を月目にした。

          *
「おはようございます!」
 時間は既に15時前だったが飲食店の業界用語なのか、暗黙の了解で染み付いていた挨拶で、4月の1週目の木曜日に、俺は初めての出勤をした。
 店内には誰も見当たらなかったが、「おはざいまーす」と、男2人の雑な挨拶が厨房の奥から返ってきた。
 カウンターの向こうの厨房に坂本さんが出てきて、「お、来たね竹内くん。このまま奥に進んで厨房入ってきて」と、手で招かれた。

 4席ほどのカウンター席と4人がけのテーブル席4席に挟まれた店内を進むと、奥に個室の座敷が2部屋見え、その座敷手前の右手に短い暖簾がかかった厨房の入口があった。
 厨房に入ると、坂本さんではない男性が1人いた。その男性は、俺よりも身長は低く痩せており、黙々と細かい鶏肉を並べている。
「あ、この人、黒田康太(くろだこうた)さんね。うちの副店長? 社員? みたいな人」
 坂本さんに雑な紹介をされると「どうも、黒田です。よろしく」と黒田さんは作業を止めずに、黒縁メガネの奥の目で俺の顔をちらりと見て言った。見た感じは坂本さんよりも若い気がするが、愛想はなかった。声も小さく、黒田さんは大人しい人なんだなと、半ば強制的に大人しいという第一印象を植え付けられた。
「通称、黒子(くろこ)さんね。仕事すごいできるから」
 坂本さんが褒めても、黒子さんは表情ひとつ変えずに作業台で鶏肉を串に刺している。
「竹内です! よろしくおねがいします!」と、俺が元気よく自己紹介しても黒子さんは軽く会釈しただけで、ひたすら細かく切られた鶏肉を選びながら串に通していた。

「事務所はこっちね。事務所って言うほどのものじゃないけど」坂本さんは業務用冷蔵庫の隣のドアを開ける。
 たしかに事務所と呼べるほどの部屋じゃなかった。部屋にはディスクトップのパソコンが置かれた事務用の机と椅子が一つ、あとは靴箱と小さな鍵付きのロッカーが置いてあるだけだ。
「着替えはまた奥の部屋ね。男女兼用だから必ず鍵閉めてね。僕はいつも鍵かけ忘れて、着替え中に女の子によく開けられるから」
「女の人が鍵してなくて、開けてしまっても大変ですね」
「ね、変態扱いされるよ。幸か不幸か、僕は見られたことしかないけど」坂本さんは机の下のダンボールの中を探った。「サイズは適当にLにしたけど合わなかったら教えてね」
「はい。ありがとうございます!」
 制服と言っても、何もプリントされていないエンジの半袖シャツに、黒の前掛け、黒の作務衣パンツだった。

 適当と言われた割には丁度いい制服に着替えて、厨房に入ると早速坂本さんが、「んじゃ、場所の説明からしようか」と厨房の説明を始めた。
「カウンター席の前が焼き場、焼鳥とか焼く所。その後ろが揚場。鶏の唐揚とか揚げる所。あとはスープとかも揚場で作るかな。ほら、フライヤーの隣にコンロが2つあるでしょ? そして黒子さんが、今いるところは仕込みとか盛り付けとかする作業場。で、竹内くんの後ろの一番奥は洗い場。まぁ前も居酒屋だったら似た感じだと思うけど」
「まぁ、ほぼ一緒ですね」
「ちなみに、店の入口から入ってすぐ右のドアは、僕の家への入り口ね」
「それは、前の店にはなかったです」
「だろうね」坂本さんは得意げに眉を上げて、目を見開いた。「まぁ焼き場は基本的に僕がやってるから、実際、竹内くんは注文と配膳と会計がメインかな」
「今日は何からするんですか?」
「今日は、うるさいベテランの子を2人呼んであるから、その子達についていったらいいよ」
「はい! がんばります!」
 俺は気をつけの姿勢で言った。新しいところに行くとどうしても、体育会系の定めなのか、過度にかしこまって、でかい声になってしまう。そんな自分だから居酒屋には向いていると自負している。前の居酒屋でも、元気で愛想がいい店員で定評があった。

「元気いいねー。じゃあまずは串打ちだね。黒子さんが今してるやつ」
「はい!」
 黒子さんは俺と店長が話している間にも、黙々と生状態の焼鳥を量産していた。ほぼロボット。むしろそれ以上かもしれない。寸分の狂いなく、無駄なく動いている。
「んじゃ、黒子さん後はよろしくね。僕は鶏刺しの仕込みに入るんで」
 黒子さんは坂本さんに返事をせず俺に串を渡してきた。
「これと同じように作ってみて、個数と大きさも同じようにね。持ち手に近いところは小さい肉。後は厚さを均等にね」
「あ、はい」
 坂本さんの緩い感じとは違い、黒子さんは口数が少なく、生真面目な人のようだ。少しやりづらい。まだ、携帯ショップにいるロボットのほうが感情的で、おしゃべりな気がする。無機物よりも黒子さんは無機質だ。

 前の居酒屋でも焼鳥はメニューにあったが、チェーン店だったのもあり、すでに串打ちされた冷凍の焼鳥を解凍して、焼くだけだったので、自分で串打ちをするのは初めてだった。既に黒子さんが串打ちをしたものを見て、見よう見まねで作業台に置かれたタッパーに並べられた細かい鶏肉を選びながら、串打ちをした。
 俺が1本目の串打ちを終えて黒子さんに、「どうですか?」と見せると、「あぁいいね。その感じで、後9本くらいやって。その後はうずらとレンコンをやってもらうから」と、黒子さんは手を止めずに言った。黒子さんは俺の何倍ものペースで串打ちをしている。
「あ……はい」
 淡々と話す黒子さんに、俺は店に来た時の勢いはなくなってしまった。黒子さんには会話ができるスキがない。坂本さんは離れた場所で何やら鶏を切っているようで、坂本さんとも話せる雰囲気ではなかった。
 俺がうずらとレンコンの串打ちを終えて、シンクでレタスを洗っていると、「おはようございます」と店の入り口から女性の声が聞こえてきた。

                  *
 私は店の前に立つと、「どりーむ」と、白地の立て看板に黒い文字で書かれた店名を見て、最初はなにも思わなかったが、今更ながらネーミングセンスのない店名だなと思った。
 居酒屋なのに、「どりーむ」。まだ、「居酒屋 夢」の方が私的にはしっくりくる。そもそも、なぜ英語を平仮名にしているのかもよく分からない。そんなことを坂本さんに聞くと、入って1日の新人が店名にいちゃもんをつけている様に思われるので、言わないが。

 面接の次の日に、坂本さんから、「今度の木曜に来れる?」と電話で聞かれ、春休みで大学もサークルもない私は、「行けます」と即答した。
 面接の時とは違った緊張感で、店に入ると、カウンター奥の厨房で、腰をかがめていても相変わらず大きい坂本さんがいた。
「おはようございます」と、私が言うと、坂本さんは体を起こし大きくなり、「おはよう」と刺身包丁を片手に笑顔でこちらを向いた。厨房の奥からも微かに男性の挨拶が聞こえた。
「奥から厨房に入って」と言いながら坂本さんは厨房の奥に消えていった。

 私が暖簾をくぐり厨房に入ると、シンクで何か洗っていた大学生くらいの男性が、私に気づいたようで、濡れた手を腿の外側につけて、「おはようございます! 今日から入りました竹内昌也です! よろしくお願いします!」と自己紹介して、勢いよく頭を下げた。
「今日からお世話になります、山下涼です。よろしくお願いします」
 私は彼の勢いに押されながら自己紹介をすると、彼はなにやら腑に落ちないような表情で私を見てきた。彼も坂本さんには及ばないが背が高く、肌の色と挨拶の仕方から体育会系の匂いがした。あまり賢いようにも思えなかった。
「彼女は竹内くんと一緒の木曜と日曜担当の新人さんの、山下さんね」と、坂本さんが改めて私を紹介すると、竹内と名乗った彼は腑に落ちたのか、何かを理解したような表情になって、会釈をして私から顔を背けて、シンクで再び何かを洗い始めた。

 次に坂本さんは、ものすごい量のキャベツの千切りをしている眼鏡の男性を手で示して、「こちらは、黒田康太さん。通称黒子さん。黒子さんは僕のコピーみたいな人だから」と言うと、黒子さんなる男性は手を止めずに、「黒田です。よろしく」と会釈した。

 自由で軽い感じの坂本さんに、体育会系の竹内くんとは、黒子さんは違った雰囲気だった。落ち着いていると言ってしまえば、それでしまいだが、周りの男性陣との騒がしさの差が大きく、余計に落ち着いているように見え、私への対応も冷たく思えた。

 自己紹介を終えた私は坂本さんと事務所に行き、渡された制服に着替え、厨房の各場所の説明をされた後に、冷蔵庫の説明を竹内くんと共に黒子さんから受けた。
「右は鶏の刺し身とその他諸々のトッピングの材料。真ん中は野菜系。左は焼鳥が入ってる。まぁそれぞれのシールに名前が書いてあるから見たまんま」
そう言うと黒子さんは作業台の正面に並んだ3つの業務用冷蔵庫の、一番左の冷蔵庫を開けた。
 黒子さんの言う通り、中にはシールが貼られたトレイに生の焼鳥が種類別に並んでいた。焼かれた状態の焼鳥しか見たことがない私は、目の前の生状態の焼鳥を見て、居酒屋の裏側に潜入した気分に陥った。

「あとは飲み物だけど」黒子さんはビールサーバーの方を向いた。「まぁあとで来る子に教えてもらったらいいかな。ビールとジュースはサーバーから出すだけだし」
「そうだねー、実際の流れを体感してもらうほうが一番早いかな」と事務所のドアにもたれかかった坂本さんが付け加えた。「配膳とかレジとかも見て覚えてもらうしかないよね。今日は暇だろうから、結構楽に覚えられると思うよ」
「はい! がんばります!」と、体育会系、バカ丸出しな大きな声で竹内くんが返事をした。何というか、元気だけが取り柄みたいな男だ。
 仕込みはもうないから、ということで、レジの使い方を黒子さんに教えてもらっていた時だ。

 店の入口の引き戸が勢いよく開いたと思えば、「おざまーす!」と大きな声を出しながら2人の若い男性が入ってきた。ここの若い男はうるさい人間しかいないのだろうか? 偏りがひどい気がする。

「お、新しい子だ!」少し太った同い年くらいであろう男性が私と竹内くんを交互に見た。
「早いとこ2人見つかってよかったですねー」私と身長が変わらない小柄な茶髪の男性がカウンターの奥にいる坂本さんに首を向ける。
「ほんとだよ」坂本さんは小柄な男性に共感する。「女の子が山下さん、男の子が竹内くんね」
 坂本さんに紹介されると私と竹内くんは頭を下げた。竹内くんは、「よろしくおねがいします!」と、大音量で言った。私の耳元で言うもんだから、耳が痛くなった気がした。
「僕は森下(もりした)。よろしく」小太りの男性がそういうと、「俺は小谷(こたに)。よろしくね」と小柄な男性も続いた。
「それじゃあ今日もがんばりますか」坂本さんは軽く意気込みながら、「どりーむ」と書かれた暖簾を持って、外に出た。

                 *
 バイト初日、ものすごいスピードで注文をさばく坂本さんと黒子さん、うるさい先輩2人に、俺と山下という新人の子は目が回りそうになった。実際は手が回っていなかった。
 特別忙しかった訳ではないが、開店以降、店の近くの会社帰りと思われるサラリーマンで店はあっという間に満席になり、新人の俺達は慣れない注文に振り回された。先輩の後ろについていただけだが、実戦でメニューを一気に覚えろという方が無理な話、1日で覚えられる量のキャパを開店1時間後には、ゆうに超えていた。
 ドリンクの作り方でも前の店との違いに戸惑ってしまい、居酒屋での経験が今の俺の足を引っ張っていた。

 山下も山下で、居酒屋でのバイトは初めてなようで、お客さんの、「これ、おかわり」と空のジョッキを見せつけられて、「え? おかわり?」と苦笑いで対応していた。居酒屋バイトへの、お客さんの無茶振りな注文という、洗礼を早くも受けていた。
 そんな目が笑っていない山下を救ったのは、黒子さんだった。山下がお客さんから空のジョッキを受け取り、「おかわりというのは……?」と、恐れ多く尋ねたところで、山下とお客さんの間に黒子さんが、まさに黒子と言わんばかりに、静かに割り込んで、「ハイボールになります」と呟いて、ハイボールをテーブルに置いて去った。
 お客さんは赤い顔で満足そうに、「おぉ、ありがとう」と、少し手を挙げ、ハイボールを飲んだ。
 黒子さんはもしかしたら、今どのお客さんが、どの飲み物を飲んでいるか全て把握しているのではないか、という疑惑が俺の中で浮上した。

 新人には忙しく思えた木曜は、夜の21時を過ぎると客足も落ち着くからということで、事務所で山下と賄いの焼鳥丼を食べてこいと、坂本さんに言われた。
事務所には、パソコンがある机の前に椅子が1つだけなので、山下にその席を譲ると俺は、事務所に積んであった瓶ビールの箱を裏返して椅子代わりにした。
 山下を最初見た時、坂本さんが言っていた、うるさい先輩の1人だと思い全力で挨拶したら、「今日からお世話になります」と、山下も言うもんだから、分かりやすく戸惑って、恥をかいた。
 可愛い先輩に初対面で元気のいい挨拶をすれば、「元気いいねー」と笑ってくれて、一気に距離を縮められると思ったのに、まさかの同期。実際、山下は笑うどころか引いていた気がする。ハッキリとした、なだらかな曲線の眉に、控えめな二重で、ひと目見た瞬間に可愛いと思い、仲良くなろうとしたのが裏目に出た。そのせいで、今気軽に話せなくなっている。メンタルは既にズタボロ。

「そんなところに座らせてちゃって、ごめんなさい」山下が焼鳥丼の焼鳥を串からとりながら謝ってきた。
「あぁ大丈夫、大丈夫。こういうの慣れてるし」俺も焼鳥を串からとる。「もしかして、西大生?」
 山下は焼鳥丼を頬張る口元を隠して大きく頷いてから、飲み込んだ。「そうそう、西大の経営の3年。竹内くんも西大なの?」
「そう、西大。スポーツ学部の3年」
「タメなんだ。まぁスポーツ学部だろうね」山下は笑いながら即答した。「だって、最初の挨拶の声大きすぎるんだもん」
 山下は箸を持った手で、口元を抑えながら笑っている。まぁ今笑われただけでも、少し救われた気がした。

「いやだって、先輩があとから来るって聞いてたから、てっきり先輩だと思って……」
大きな声で挨拶したことを、必要以上に言い訳がましく説明してしまった。
「にしても、部活じゃないんだから」山下は、どんぶりを机に置いて、箸を片手にまだ笑っている。「なんの部活してるの?」
 そう聞かれて、俺は、「サッカー部」とだけ言って焼鳥丼を頬張る。うまい。
これがタダなのは有り難い。休憩時間も、「計算が面倒だから」と言う坂本さんの横着で給料が発生している。なので、今、俺と山下はお金をもらいながら食事をしている。お金を貰いながら食事だなんて、芸能人かミシュランガイドの人のようだ。実に有り難い。

「あーサッカー部なんだ。たしかに髪型がロナウドっぽいよね」山下は何か観察するように前のめりになり俺の髪を眺めた。
「髪型がロナウドっぽいって言い方だと、前髪だけの昔のロナウドを連想しちゃうから、クリロナって言ってよ」
 一応、俺の髪型はロナウドを意識した髪型だ。ロナウドはロナウドでもクリスティアーノ・ロナウド。ブラジルのロナウドではない。髪型がロナウドっぽいなどと言われると、前髪を残して、他の部分の髪は坊主にした、ブラジルのロナウドが俺の中に現れた。
「昔のロナウドって誰?」山下は首を傾げた。
「あー、別に知らなくていいよ」
俺は特に何も言わなかった。説明が面倒だし、したところで興味が無いだろうと思ったから。

「ふーん」
 俺が別に説明をしなくとも、山下は分かりやすく、どうでもよさそうに相槌を打った。女子の興味のない時の返答は実に分かりやすい。山下は、興味ないくせに、「えー教えてよー」なんて男子と距離をグイグイ詰めてくるような、あざとい女ではないみたいだ。
 それから黙って俺が早々と焼鳥丼を食べ終えると、山下が、「出身どこなの?」と聞いてきた。山下の焼鳥丼はまだ半分ほど残っている。
「出身は千葉だよ。でも高校もこの近くだから、5年くらいこのあたり住んでる」
「千葉なんだ、埼玉だと近いね。このあたり便利でいいよね」
「まぁ地元とあんまり変わらないから、分からないけど。山下は地元どこなの?」
「新潟の魚沼」
 山下は魚沼の最後の、「ま」で口を開けたまま、目で、「もちろん知ってるよね?」と圧力をかけてきた気がした。そんな目で見られても、聞き慣れない地名に俺は思わず、「ん?」と聞き返してしまった。

「雪とかスキー場で有名な所。知らないの?」
 今度は山下の眉と声のトーンが上がった気がした。こんなことも知らないの? と非常識な人間を問いただすようだ。
「いやー、まぁすんごい寒いんでしょ?」
 新潟という情報から適当に話を合わせた。他に何も浮かばなかった。教養の低さが出ている。非常識な人間であるのは、あながち間違いではない。サッカーに関しては有識者ではあるのに。
「別に知らないならいいよ。とりあえず、すごい雪が降って寒い所ってことで」
 俺の適当な返事に飽き飽きしたのか、山下はこれ以上の地元のことを話そうとはしなかった。どうやら魚沼というところは、大雪とスキー場が有名なところのようだ。

「でも、よく新潟から埼玉に来たね」
「んー実家から出たかったし、雪にも飽きたしね」
「雪に飽きるって凄いね。俺が生まれから、地元で雪積もったことあったけな……」
「まぁ来たら分かるよ。雪の中歩いてどっかに行くなんて、考えられないし。雪なんて降らないほうが幸せだよ」
 雪に憧れがある俺からしたら、山下の言うことは信じられなかったが、日本の中でも暑いと言われる埼玉県で、暑いのが大好きと公言している埼玉県民は見たことがない。多分、それと同じ。豪雪地帯で雪が好きなんて言っている人間は少数派なのだろう。
「でも、埼玉は埼玉で暑いでしょ?」
「それ、雪国の人間には地獄だね」山下は、白い肌が際立つ鼻に皺を寄せた。

 30分の休憩が終了し、店に戻ると坂本さんの言う通り、さっきまでの慌ただしさはなくなっていた。
 俺達が戻ると、入れ替わるように先輩の2人が休憩に行った。先輩がいない間でも注文とレジ対応をすることはできた。忙しくないからこそ、落ち着いてできた。レジでは前の居酒屋の経験も活きたのかなと思える。ただ、山下はドリンクの作り方に未だに慣れておらず、黒子さんに冷たく教えてもらっていた。
 俺たちには、淡々と冷静な黒子さんだが、お客さんに対しては、ものすごい愛想がよく、俺たちへの態度とのギャップがありすぎて、怖くなったくらいだ。
 俺が先輩と共に会計を終えたお客さんに、「ありがとうございました」と言うと、カウンターの片付けをしていた黒子さんも、仮面を被ったくらいの、俺の想像のつかなかった笑顔で、「ありがとうございました!」と叫んでいた。俺が入り口を閉めると、黒子さんは、俺の知っている無表情の黒子さんに戻った。
 仕込みの時には、よくこんな静かな人が居酒屋で働いているなと思っていたが、今思えば天職なのかもしれない。二重人格なのか、サイコパスなのか、少し恐ろしくも思えたが。
 23時を過ぎると、お客さんはテーブル席に2組だけになった。
「竹内くんと山下さんは、今日はもう上がりでいいかな」と、坂本さんが洗い物をしていた俺と、冷蔵庫を洗っていた山下に上がりを告げた。黒子さんもこの時間になると作業台の前で正面の壁に貼られたメニューの作り方をボーっと眺めていて、先輩2人も、厨房の入り口で喋っていた。
 慣れていない仕事で、気を張っていたので、俺はサッカーの練習並みに疲れていた。「はい、あがります」と返事をすると、想像以上に疲弊した声が出た。
 山下も疲れを感じさせる声で、「あがります」と言っていた。
    
                  *
 私は慣れない悲鳴を上げてしまった。悲鳴と言うほどの悲鳴ではなかったかもしれないが、声を上げた。更衣室のドアを開けると、パンツ一丁の竹内くんがいた。竹内くんも、「うおぉ」と声を出していた

 私は冷蔵庫を洗っていた途中で、坂本さんに早めの上がりを言い渡され、中途半端の状態で上る訳にはいかないと、並んだ3つの冷蔵庫を全て洗いきってから、上がった。竹内くんは、洗い物をしていたが、キリが良かったのか中途半端のままか分からないが、私が上がる頃には、すでに洗い場から姿を消していた。
 前の和食レストランの更衣室は男女別だったので、その感覚のまま、更衣室に竹内くんがいるとは思わず、形だけのノックをして、ドアを開けてしまった。疲労で頭が回っていなかったのもあると思う。

 ドアを開けると、思ったよりも筋骨隆隆の、パンツ一丁の竹内くんが目に飛び込んできて、私は叫んですぐに、ドアを強く閉めた。
 男の裸を見慣れている訳でもなく、狼狽するほど見慣れてない訳でもなかったが、ドアを開けると、目の前にほぼ裸体の男がいると嫌でも声は出る。その反応速度は下半身を露出してくる変質者を見かけた時の反応となんら変わらなかったはずだ。女子の防衛本能を発動させたことは間違いない。

 私の叫び声が聞こえたのか黒子さんが、厨房から事務所のドアを少し開けて顔を覗かせたが、私と目が合うと全てを察したのか、黒子さんは口元を緩めて、ドアを閉めた。
 坂本さんを含めた店員に対しては、無口で冷たい黒子さんが私を見て笑ったので、何だか恥ずかしさが増した気がした。お客さんに対しては、飲食店の店員の鑑のような対応をする黒子さんが、実は素なんじゃないかとも疑った。

 竹内くんが恐る恐る更衣室のドアを開けて、気まずそうな目で私を見ながら出てきた。
「あの、ほんとにごめんなさい。男女共用ってこと忘れてて」私は頭を下げた。心の底から下げた。
「いや、俺も坂本さんに言われてたのに、鍵掛け忘れてたから……」竹内くんは頭に手を当てて、軽く頭を下げる。
「ほんとにごめんなさい。以後気をつけます」
 私はドアにしがみつくようにして、ドアをゆっくりと閉めて更衣室に入った。私はちゃんと鍵を掛けたが、竹内くんの目の前で更衣室に入って、鍵を閉めるのは当てつけのような気もした。

 着替え終えて、更衣室から出ると、パソコンの前の椅子に座ってスマホをいじる竹内くんがいた。正直、今日のところは気まずいから、さっさと先に帰っといて欲しかった。まぁ私が悪いんだけど。
 私は竹内くんを視野にいれまいと、下を向いたまま、靴箱から靴を取り、履き替え、店用のコックシューズを靴箱に戻す。
「家どこなの? 送ってくけど」
「え?」と、竹内くんのまさかの提案に驚いて竹内くんを見た。竹内くんは特に笑みも浮かべず、無表情で、「送ってくから」と、もう一度言うと事務所を出た。

 お客さん達にあまり目立たないように、「お先に失礼します」と言いながら竹内くんと店を出た。
「あー疲れたー」そう言いながら、竹内くんは両腕を天に伸ばす。
 0時前でも店の前の道路は車がまばらに通っている。4月に入ったばかりだが、パーカーを着ていた私は少し暑く思えた。竹内くんは長袖のTシャツ一枚だった。Tシャツから浮き出たシルエットが、さっきの裸の竹内くんの筋肉を想像させた。

「別に送ってくれなくても、近いからいいよ。駅とは逆方向だし」
「それなら別に俺も同じ方向だし。気にしなくていいよ」竹内くんはそう言いながら駅とは逆方向の南に歩き始める。「さっきのことは別に気にしなくていいからさ。俺は全然気にしてないし」私を慰めるように、竹内くんは不自然に明るく振る舞った。

 まぁ竹内くん自身が気にしているとは思えないし、私も申し訳ないことをしたとは思ったが、宥められるほど抱えてはいない。むしろ1人で帰ったほうが気にならない。
「ごめん」と私が一言だけ言うと、竹内くんは、「大丈夫、普段女子マネージャーにパンイチの姿なんて、しょっちゅう見られてるし。なんなら全裸も見られてるくらいだから」と笑った。
「それは女子マネージャーが可愛そうだよ」私に気を使って話してくれたのだろうけど、その女子マネージャーには災難だなと同情する。
「まぁ全裸の俺達を見て笑ってるからいいものかと」
「あーならいいんじゃない?」私は明らかな棒読みで返事をした。

 全裸を平気で見せてくる男が何人もいると考えたら、それは地獄絵図だ。よく問題になってないな。
「うちの大学は皆そんなもんだよ。ラグビー部とかの方がひどいんじゃないかな」
「ならそのうち、誰かがセクハラで訴えると思うよ」
「あー、そうなるとまずいよね」竹内くんは過去の出来事を思い出しているのか、 目線が上を向いている。
「間違いなく、退学だろうね」
「いや、でもマネージャーも半分喜んでると思うけど」私が脅しと言うより、実際に起こりうる可能性を言うと、竹内くんは自分に都合のいい解釈を始めた。
「絶対に本心は喜んでないからね」
「あーでも、パンツ見られたのは心苦しかったな」
「その節は本当にごめんなさい」私は強制的に立場を下に追いやられて、即座に謝る。
 それを言われたら強く出られない。ズルい男だ。

「ははっ、嘘、嘘」
 加害者側としては少しでも被害を訴えられるだけでも心苦しい。たかがパンツ1丁の姿を見ただけとは言えど、少なからず私には加害者としての意識があった。
「家、何町?」竹内くんが聞いてきた。
「安井町」私は黒子さんのように冷たく答える。
「安井か、俺は神楽町だから、俺のが遠いね」
「神楽町?」
 この地区に住み始めて3年目だが、聞き覚えのない町だ。
「あー、安井町の隣の隣かな。まぁ別に知らないならいいよ」竹内くんは、冷たく言いながらも笑みを浮かべていた。

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