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聴く魅力ハウステクノ

こんばんは、朝でもなく夜でもなく夕方の手前の中途半端な今です。平日のこんな時間に日記を書くなんてどんな生活してるんだ、ちゃんと社会に貢献して生きているのか、と悟られてもおかしくない、不穏な空気が漂っている様な気がする。

1ミリの言い訳も思いつかないので正直に言うと最近は上文に申し上げたとおり、居心地の良くないそんな雰囲気の感じの個人的停滞期で中途半端な怠け者精神を正当化し、宙に足が浮いている状況で意識が朦朧として、宇宙を果てしなく浮遊していて、何も考えられなくなってきて、はて集中って何?集に中でこれを合わせると…モクモクホワホワジャカジャカ…とお馬鹿さんを演じているのかいないのか正気なのか全然可愛くない出来損ないな人間として過ごしている為、職場での注意力が散漫になりあっちでほらみろ、こっちで思った通りだ、やっぱりなと会社の皆さまに迷惑をかける日々が続いている。(町田康風に書いてみた、何故なら最近良く読んでいるから。)

そお言う時、やたら天気のせいにしてみたりするけど、思いの外良い感じの天気が続いていて人ってゆうか天気のせいにもできない。悔ちい。

気持ち陽が高くなってきて日中の暖かく陽の光が降り注ぐ路面を見つめていると春の訪れなのかな、とぼんやりと思う。呑気な自分が止まらない。
ここでくしゅんっ、あれ目が痒いな、ごしごし。と阿保と書かれたみたいな顔で目を擦って目が腫れてから気が着く。ひゃあ、春の陽気な訪れは花粉もセットでやってくるんだった、くしゅんくしゅん、自覚すると人は症状が無駄に悪化する、らしい。

これはチャンスと、日頃のモヤモヤはこれかも、今年の花粉は昨年の倍ならぬ数十倍らしい、それはどう対処したらいいのだ、数倍が数十倍って具体的に言ってくれないとわからない。イライラする!と思い出したの今だけど。先日見たニュースの内容で花粉に全力で八つ当たりしてみたりする。

すっきりした~とご機嫌風を装ってみるけれどまったく良い気分にならないので、集中力を取り戻すというかこの無気力感を何とかしなければと思い直して身の回りを見渡してみたら本棚と冷蔵庫、キッチンとフィギュアがあった。

色々話し出すと長くなるのでそこらへんのものについての話は一度割愛して、ネットでいい感じに心惹かれるものはないかとググってみた。ググるって言葉はあの有名な世界最大検索エンジンGoogleを利用することをググると言らしい、というか凄くみんな知ってる。でそう言われてみればググるに似ている感じでDJとかが楽曲を発掘する際に業界用語的なものでディグると使ってるのを聞いたことがある。なんだか格好良いなと、ふっと、思った。

そこから5分。頭を休めてからなんとなく火がつきDJ用語や機材、音楽の素質などを調べてみたら凄く面白くてあっという間に時間が経ち、なんか電車も乗り過ごしていた。
そして今日この日記に書き留めておきたい、と思ったのだった。そんなことをすっかり忘れて冒頭から相当おとぼけトークをかましてしまいました。反省反省。

そもそもDJってのはdisc jockey(ディスクジョッキー)の訳らしく元々ポピュラーな音楽をラジオ番組などで選曲して操作したり、演奏会場やクラブで、ソフトなどの再生機器でお客に向けて聴かせる人物のことってのはみんな知っているだしょ。

わたしからするとなんとなくDJはクラブミュージックのイメージが強く、R&Bとかハウスが印象的だった。ちょっとイケイケでやだなって思ったりもしていた。ごめんなさい。
ただ今回わたしが沼らしきものに片足を突っ込んだのはハウスから移行して当初はそうでもなかった最先端のジャンル、テクノなのだ。

ハウスとテクノの違いについて、あるDJのひとりがこう説明していたのを覚えている。ハウスは歌っていてテクノは歌ってない。す、ずこ、わかりやすいけどそんな簡単でいいのですか、と。

ハウスもテクノもDJが自分のカラーを最大限に出している。ある楽曲をディグり、発掘、選曲し繋げて一つのアートにするという、芸術センスの塊、みたいな作品を象徴するジャンルになるが、その中でもテクノはよりその芸術的要素を感じられるものだと思う。

テクノの良さは音。この音に秘められた元々の素質、反響して伝わり素材として輝く瞬間を待ち望んでいるパーツ達がDJの手により個々の良さをより一層際立たせ、心地良い一つの音楽になっていく。DJの独りよがりではなく聴き手をめちゃくちゃ意識して作られた完成度の高いジャンル、それがテクノであるから惚れてしまう。

ちなみにDJのディスクはかつてはレコード盤のみを指していたが、その後CD、あるいはCD-R、デジタルオーディオファイルと音楽の記録媒体が増えてきて、今やパソコンでの編集が当たり前になっている。今でも一流の大御所DJがレコード屋さんで素材探しをしている情報を聴くと素敵だなぁと思う。そのロマンというかディグル過程もローカルさを忘れていなくて、でも恐らく出来上がるものは最先端なものを想像するとやたらときめいてしまう。

やっぱりDJって作り出す作品も格好良ければ、その仕事中に活躍しているツール、機材もとても格好良くみえてくる。そして絶対に全て高い。高いものは格好良いという浅はかな考えを捨ててそんなしょうもない思考をしてしまった自分に自分で謝罪しておこうと思う。

気を取り直して、写真とかでぜひググってみていただきたい、何でか本当に美しいから。ターンテーブル(やっぱPioneer凄い…)、ミキサー、ヘッドフォン、スピーカー、編集用のPCどれも誠に良いフォルム。きゅんである。

DJは良い!と感じた楽曲の細部を切り取り被せたり繋げたり速度を変えて新しいものに作り替える。その洗練された雰囲気がテクノならではで他にはないもの。あるDJのクラブでの音楽をYouTubeで聞いていた際に、音に強弱を付けお客の様子を伺いながらその音質で場を盛り上げていることに気がついた。

しかもその方、なんとずっとミキサーを触っているのです、えええ。ミキサー調べてみて?光らないほうのやつ。本当に音量とか速度とかを手動でバーを(専門用語わからなくてすみませんん)上げたり下げたりして調整する機材なのですが、そんなに微細なタッチ、というかそんな些細な強弱って必要?てなくらいに四六時中その方は触っている。いやもうこれはプロ意識の問題か、わからん、他の人はそんなことあまりしてないけど。。と少し疑心暗鬼になりつつその方の映像だけでなく音楽も聴いてみる。…いや、待てよこれは必要、、
この繊細なタッチの重要性、また音楽と人が一体となる為にいかなる努力が必要か、それが才能のある人のみにしかなせないもので、その人に魅力と美的なセンスが兼ね備えてあるからこそ歌のない音楽がここまで生き生きと新鮮なまま伝わってくるんじゃないか、と確信した、、。

すごい!クラブの映像を家で観ていたわたしの耳から、音楽が身体に浸透し始めて鼓動が高まり血管が騒ぐ。ドキドキする。これが好きな音楽を聞いた時の高揚感。まさか歌っていない音楽からこの感じを受け取る日がくるなんてと、とても感動した。そして何故か緊張して全部聴いた。ファンになった。シンプルに格好良いと言いたいところだけど、凄くプロセスがあってこの音楽を作ったDJがとても好きになった。

美しく繋がっていく曲の中に、こちらに向けたメッセージやストーリー性がみえる、様な気がした。絵画を見ている様なときめきを感じたので最近の廃人なわたしとしては感無量である。

そしてやっぱり選曲にもよるけど、センスの良いDJの作る音楽が超格好良い~!イカす~!
と、純粋に思い、馬鹿みたいに心で踊ってまあまあな時間騒いだら我に帰った。なんでか熱くなってしまったけどこんな初心者がちょっぴり聴いたくらいでアホみたいに騒げるのだから音楽は世界を救うわなと改めて心に刻み。NO MUSIC, NO LIFEとタワレコのコーポレートを空というか薄暗い天井に向かって呟いた。

誰も聞いてないな、とほっとしてから隣を見る。わたしの好きな人が珍しくミステリー小説を読んで少年の様な子犬の様な潤んだ目で面白いと豪語している。可愛い。

それを見てわたしは乾いた感じではいはいと流すフリしてすこぶるな胸キュンをする。

はあ、好きだなぁ。と思う。惚気をかます。
貧乏ゆすりがバレる。

今日も今日とて良く眠れそうな感じである。
この隣の愛くるしい寝顔がこれからも沢山見られますように。

それでは皆さんおやすみなさい。

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