見出し画像

世界フィギュア:雑感

2年ぶりの世界選手権。
心から楽しみにしていた、とは言えなかった。
このご時世に国をまたいで移動して集うこと、対策の意識の差、ルールがあってもそれを守ろうとしない人達は少なからずいるだろうこと、等々、そうした不安めいたものと、世界各地のスケーターの演技を2年ぶりにまとまって見られるという楽しみとがないまぜになって、これまでの大会のように自然と気持ちが高揚するようなことはなかった。

でも始まってしまえば「国内にいながらにして時差状態」にただしく陥るほどには大会を追った。FODありがとう。まったくオタクなんてこんなもんである。

とはいえ無観客のはずの会場から聞こえてくる選手や関係者の強い歓声には、国内の大会では一切許されていないことだったからそこには強く違和感を抱いたけど。マスクしてるからということで歓声については3億歩譲歩するけど指笛はやばいってよ。

そうしたことからも、我等視聴者の目にはつかない部分で守られていないルールは山程あったろうと、大会会場ボランティアをいくつか経験している立場から推測する。しかし推測は所詮憶測、憶測を基準にモノを書いても後々自分の役に立たないのでまあこの程度で(と書いていたら憶測を越える話が現地カメラマンさんの記事で明らかになり大いに頭を抱える)。


1年以上見ていなかったんだな、と名前も知らない選手が何人もいることと、物理的に成長している選手がやはり何人もいたことで思い知る。

前回のワールドの記憶は2年前の埼玉。あのときと今とのあまりの違いに気が遠くなりつつも、いつかまたあんなふうに会場で胸を熱くして、同じ思いをした友達らと語り合う夜を絶対に迎えるのだという謎の決意もする。

日本勢は男女ペア競技すべてで北京五輪の出場枠を最大限獲得した。特に女子は出場の3選手が全員演技を揃えられた訳ではなかったけれど、それでも踏みとどまって最大3枠を得られたことは、この一年間を思うと「本当に頑張りました」としか言えない。もちろん選手たちは、どんな状況下であれ試合は試合で、いい演技いい結果を出したかったという思いがあるだろうけど。それでもがんばったよ、ほんと。

ペア三浦木原組には一番泣かされた。
今回出場した日本勢の中で、唯一今季ここまで試合がなかった二人だった。
国際試合はもとより国内大会にも出られていない。一年間世界選手権だけを目標にやってきた、その結果が10位/ペアの出場枠獲得、それ以上に前のシーズンから一段も二段も上がった演技。これが泣かずにいられようか。

地上波での女子の放送の時にフリーの演技が放送されたことも素晴らしかった。放送枠すら実力で掴み取ったのだ。あの感動をもう一度…と翌日録画を改めようとしたら録画失敗していて違う意味で泣けた。どうして…


個人的に一番複雑な思いをしたのは羽生ファンとして当然ながら男子。
2年前のさいたま、FSを完璧に滑っても挽回することは、ネイサンがノーミスしてしまえば無理だった。今回はSPのリードがあったけれど、ネイサンが5つの4回転を組んだプログラムでノーミスすればリードを守り切るのはやはり難しい。それら条件を念頭にして様々に思いを巡らす。

そして実際、難しい、と思った通りに試合が進んでしまった。羽生ファンの心が沈み込む一方で、緩く長く競技を見ていた身としては「鍵山さんの息子さんがここまで!」という興奮も同時に覚えた。だからとても複雑、だった。

画像1

(会社の蔵書を引っ張り出してきてスキャン)

少年男子の部に「鍵山正和」の名前がある。
演技そのものの記憶が自分にはっきりと残っていないので偉そうなことは言えないけど、ともかくもこの時代の日本男子を代表する選手の一人という認識で記憶していた。

だから5年前に月寒であった全日本ジュニアを見に行った時、プログラムに同じ鍵山姓の男子選手がいたことに驚いた。

「鍵山優真ってあの鍵山さんの息子さん?!」

名前しか覚えていないのに知り合いヅラする古参ライト層の図々しさ。
図々しくも、しかしかつて名をはせた選手の二世選手がこうして同じ競技を志していることに胸を一方的に熱くする。
なんでしばらく「鍵山さんの息子さん」と呼んでました知り合い面して。


親の代から、小さい頃から見ている選手が着実に、尚且急激に成長して世界トップを狙うほどになっていること、それを見続けていられることの喜びと、一方で長く応援している選手がそうした成長の後塵を拝することの切なさとが交錯する。選手個々を追わずに純粋に、競技箱推ししてればここまで切なくはなかったよなあ…

と、昨日までは思っていた。昨日までのメロウな私よさようなら。

ずっと気にしていたのだ。
五輪を連覇してなお競技生活を続けることは、「前人未到の3連覇」を煽られ続けるということ。現にこの大会もネイサンとの対決構図をずっと煽られていた。それを選手本人はどう思っているのだろうと。ワールドをいま再び制覇したいと思ってここに来ていたのだろうかと。

本人がそれを狙っているというのなら構わない。でもそうでないなら。
選手オタクの目線で見る限り、狙っているようには到底見えないけれど、本当のところは選手自身しか知らない。わからないことを勝手に想像しない、と決めていても思いを巡らせてしまう選手ファンの面倒くささ。だから箱推しでいればとあれほど。

そんな逡巡が選手本人の言葉で雲散霧消した。ああ清々しい。
4回転アクセルを跳ぶという、自分自身との戦いに完全にシフトしたのだと思った。誰かとの対戦ではなくて、自分自身との対戦。メダルよりも欲しいと思うものを追う姿。平昌以降、ずっと見たかったのはそれだったのかもしれない。世界一という称号を得た者が、次に挑むものは勝ち続けることではなくて、世界に唯一自分にしか出来ないものを作り上げること。戦う場所ははっきりと変わっている。


五輪を越えた世界に挑む選手と、五輪に挑む選手達。
選手それぞれの競技人生の進度に適った挑戦の、どちらをも応援出来ることを有り難く思いながら、それぞれの夢が叶うように。健康に怪我なく、また、普通に試合の出来る世界が戻ってくるようにと心から祈ろう。

皆さんお疲れ様でした!!
See you next year!!

この記事が参加している募集

スポーツ観戦記

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?