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ハッピーな○○

 ああ、多いな。
 お盆前日の駅ナカのカフェ。社会人の雫を出迎えるため、寄ることにした。荷物持ち要員として実家暮らしの俺だけが呼ばれたのだから、おごってもらおう。
「いらっしゃいませ」『いらっしゃいませ』
「ご注文はいかがなさいますか」
 店員のおねえさんがにっこにこの笑顔で訊いてくれる。うしろについている人も店員さんに負けないように、にっと白い歯を見せつけてくる。しかたなく駅にいる俺にはまぶしくて、ゆっくりまばたきした。
「えーと。アイスカフェラテのMサイズで」
「かしこまりました。410円でございます」
 おねえさんもうしろも笑みを崩さず、会計を終わらせる。できあがったものをレジ横のカウンターで渡された。レジのおねえさんが自然からなる日光、つくってくれた店員の笑顔は制作された人工光のような差異があった。受け取る側からすれば、おねえさんの方がすてきにうつった。
「でも、ついてるんだよな」
 十分離れているがレジが見える、ふたり席のところで、つぶやく。人は、誰も俺の声に気がついていない。土曜日ということもあり、友達や家族などと訪れているテーブルがほとんどで、みな自分たちのことでたのしいようだから。
 けれども、ひとりでいようが、聞いている者はいるのだ。
  どこの何者だったのかわからない2、3歳くらいの男の子が、足元でちょろちょろ歩く。時折「わかってるんでしょ」と言うように見上げてくる。杖をついた半透明なじいさんが、向かいの席に腰を下ろし俺と目を合わせようとしてくる。
 そう、送り火前にやって来たあわてんぼうの死者たちである。そして、俺は彼らを視ることができる。母親が陰陽師の末裔の家系であるため、人ならざる者が目に入ってくるのだ。とはいえ、なんかすごい術とか全く知らない。使えもしない。祓えないのだから、漫画の主人公みたいな人生でもない。今はただ生きてる人に変な大学生と思われないように、目線を合わせないよう心掛け中だ。カフェの客として、アイスカフェラテを飲む。うん、うまい。
〈 駅、到着!
〈 迎え来て
 メッセージアプリからの通知が連続で届く。タップして返信する。
 10分後、ガラガラとキャリーケースを鳴らし、どこどこと足音を立てて雫が入店した。短い首を回して俺を見つけ、近づいてくる。
音波おとは、お荷物係なのにカフェに来いってどういうこと!?」
 世間のお荷物みたいで、お荷物係は嫌だな。とか思っても注意するのではなく、なだめるのが先だった。四ヶ月ぶりの再会の第一声は憤慨だったから。生きていない男の子もじいさんも、怒りを感じたらしく自然と離れた。「ごめんて。ねえちゃん、レジ見てみてよ」
 1歳ちがいだからふだんは名前で呼ぶけれど、機嫌が悪いとき「俺は雫の弟ですよ」感を出す。20年間弟をしていて得た雫対策の1つだ。

「わ、あの店員さん生霊つれてる」

ハッピーな生霊


 驚いていつもより声が高くなった。生霊の場合上半身は視えるけれど、下半身はわからない。とりついている人の肩からにょっと生えているように映る。不気味だけど、面がよければごまかせる。
「ね。なのに店員のおねえさん、元気なんだよ。不思議」
「イケメンだからじゃない?」
「そんなもんなの?」
「音波だって、美人の生霊にとりつかれたらどう?」
「美人でも、生霊はやだよ。人間であってほしい」
「神経質だなぁ。あたしはウエルカムだけど」
「冒険心あるな」
「好奇心の塊のあたしも、注文してくる」
 宣言した雫はつつがなくミルクティーを自席まで持って帰る。イスに腰掛けると口を開いた。
「近くで見るとやっぱりイケメンだった! 体格もがっしりしてて、ラガーマンみたい。笑顔がすごくいい。柄がおおきい男性なのに、少年のような」「そう、よかったね」
 身内がかっこいい他人にうかれていると、恥ずかしくなってこっちは冷静になってくる。今日出会ったばかりの生霊だぞ。適した言葉をさがしあてるの早すぎやしないか。
 カフェラテをもらう。すこしたってもうまい。
「音波くんは冷たいなぁ」
 くんづけもめんどうなときに表れる。20年の経験則から知ってる。
「ふつうだよ。ただとりついている状態は、生霊本人にとってもよくないことだろ? いきなり陰陽師の清遥きよはるを呼ぶわけにはいかないし、調査する必要があると思う」
 ほんとうに心配なのは店員さんの方だけど、その対象を姉にあわせる。
「ナルシストで顔面キャンパスに会わせるのは抵抗あるもんね。清遥、腕はたしかなんだけど」
「毎回俺に美しくないからメイクしろって言ってくるし。こっちが親族として会わせたくないし」
「だから調査、ね。どうすんの」
「うーーん。まずは観察?」
 噂好きそうな顔をしたおばさん幽霊が、俺のとなりにやってきてにんまりした。
「幽霊歴がある人も満足そうにしてるし、いっか」
「俺の意見に賛成してくれないの……」

 

 土曜日はお互いもう一杯ずつ注文して、親から「早く帰ってこい」と電話がかかってしまい撤退した。日曜日も墓参り後に、実際の客とその親族の幽霊と、ごった返すなかドリンクを買った。雫は「目があった」とコンサートに行ったファンのように歓喜した。たぶん一般人だし、生霊なのに。二日で三杯飲んだけれど、一回もおごってはもらえなかった。
 観察してわかったこと。
 仕事中、邪魔をしていない。
 視えない相手にも、店員さんのように笑顔である。
 『いらっしゃいませ』が客席にも届く。
 マナーの悪い客がレジに来たとき、カウンターを叩く。しかし視えない人たち相手なので気づかれない。
 店員さんが生霊の行動に驚いているそぶりはない。
 以上のことから、生きてないものたちの存在を知っている一般人の俺たちは、危険性はないと結論づけた。とりついている側も、不幸を背負った様子ないし、大丈夫だろう。
 の、だけれども。生霊だろうと、イケメンが好物である雫は帰るまで視ておきたいらしい。3日連続でカフェを訪れている。今日はおごってくれると言ったから、俺も同伴だ。
「……今日、いないね」
「休憩中なだけかも」
「ね、おごってくれんの」
「音波はそればっかり! 1歳しかちがわないくせに」
「俺はまだ学生だから。雫はご立派な社会人だろ」
「入社4ヶ月のド新人ですけどぉ」
『がんばれ、いけっ』
「あのー」
 2日間聞いたことあるふたりの声がした。ガラス張りのカフェの向かい側の柱の前で姉弟喧嘩していたけれど、耳はしっかり拾うことができた。雫も俺も口を閉じ、店員さんたちの方に目をあわせた。
「あのっ、カフェの店員なんですけど。おふたりはこの人のこと見えてますよね?」
 どうすんのと言いたげに、雫は俺に視線を投げてくる。すると店員さんも肩にいる生霊も、俺の方に注目してきた。
 あ~~。これは疑惑じゃなくて、確認だ。店員さんにとって、断定されていることなんだ。否定したら、なんだこいつらはってなるよな。ここは素直にうなずこう。
「はい。俺たち、うしろの人視えてます」
「そうなんですねぇ。よかった」
「よかったって」
 社会人である姉は、対人スキルは学生の俺より高い。話を続けられるように、ほほ笑みながら疑問符を浮かべる。
幸世さちよさんのこと、わかってもらえる友達も同僚もいなくて」
「よかったら、俺たちで話ききますよ」
「いいんですか!?」
 イケメンと同席できるとよろこんだ雫は、えっと声をもらす。それからもっと笑みを深くして、もちろんと答えた。
 店員さんの職場で3日連続アイスカフェラテのMを頼み、店員さんの名前が金森かなもりさんだということがわかった。金森さんは雫がミルクティーを注文したことにいたくうれしそうだった。そんな金森さんは紅茶派で、コーヒー派よりも肩身が狭いと感じているらしい。かるくとりつかれている方のことがわかりつつ、テイクアウトにして、寂れた方の出口から公園へ。
 広いわりにはピカピカのすべり台しかない公園は、お盆を忘れるほど人がいなかった。子どもをつれていない俺たちは木陰にあるベンチに横並びで座った。先客にクマゼミが鳴いており、耳はにぎやかではあった。
「1ヶ月ほどまえに、突然幸世さんが現れたんです」
『あのカフェを利用したことがあって。金森さんがいたのだが、とにかく元気のない感じがあって心配だったんだ』
「え、うそだぁ。金森さん、お盆で忙しいはずなのにすっごいにこにこされてたし。想像つかないわ。ね、音波」
「うん。誰よりも明るい印象を受けました」
「それは……幸世さんのおかげなんです」
「へえ?」
 生霊がとりついているのに、どういうことだ。
 幸世さんが自身の胸ポケットから名刺を取り出して、俺たちに渡してくれた。辛田幸世つらださちよ、と珍しい名前なのでふりがなつきだった。ツラいのかしあわせなのか、どっちかわからない。声にしたかったけど、人の名前なのでつっこむのはやめた。
「あたし、辛田さんのこと知ってる」
『え、会ったことないけどな』
「あたし今年度から本社で事務してて。名前だけ、なんだけど。営業部ですよね。お名前がおもしろいから、本社でも有名なんですよ」
「ねえちゃん、ちょっと。辛田さんの名前でおもしろいとか言うなよ。すみません」
 ちょっと思ったけども。家族が失礼なやつだと嫌なので、弟歴20年の常識人である俺が謝る。
『いやいや、謝る必要はないよ。僕自身、変な名前だと思うし。辛田なんて苗字でかわいそうだから、と名前に幸を入れたらしい』
 思っとるんかい!
「そうなんですねぇ。今度話してみよう」
『ぜひ。世間って狭いですね』
「そうですねぇ。あたしもびっくりです」
「おふたり、ご姉弟きょうだいなんですね」
「似てないでしょう」
 細い瞳を黒のカラコンで大きいように錯覚させたり、鼻を高いかのように影を入れたり、つるつるした口紅ぬったりして、元の顔を忘れるくらいの姉がにこやかに答える。似てないとは、理想の顔になっているということだから、最高のほめ言葉なんだろう。剥がせば俺似になってしまうから。
「あの、話が脱線しちゃったんですけど。辛田さん、お名前となにか関係があるんですか」
『ああ。弟くん、ありがとう。苗字に辛いとあるが、名前の幸せの方が想い強いらしくてな。ちいさなハッピーがよく起こるんだ』
 メルヘンな話だな。
「化粧ノリがいい日がつづいたり。おみくじが大吉だったり。ご婦人のお客様にあなたの笑顔すてきね、とほめていただいたり。幸世さんに出会ってから、笑うことが多くなって。上司からも頑張ってるねって声掛けてもらったりしてます」
「うんうん。金森さんから、うざすぎないやる気感じるもん」
 なんだこの、うさんくさいテレビショッピング見てる気分は。お金が貯まる財布を買えば、あなたもお金持ち! とかうたっているような。雫も積極的に騙されにいっている。俺の顔は真顔になる。
「幸世さんに出会うまえ。仕事や家のことで悩んでいたのがうそみたいです。資産のある実家だけには、頼りたくなくて。あのころは、毎日がしんどかったですから」
『涙が止まらなかったと言っていたな』
 金森さんはうんうんと頭を縦にふる。
「生霊にも、いいとりつきってあるんだ。知らなかった」
 ミルクティーを飲みながら、関心する。ねぇ、音波もなにか言いなよ。と発言を促してくる。俺は、冷静なだけだ。人ならざる者を受け入れながらも、一般常識を備えているだけである。
「え。生霊って?」
 金森さんが目を見開いて質問する。初耳だと言うように、俺たちや辛田さんを見回るために首を動かす。雫はあれっと引っかかったような顔をしている。
「知らなかったんですか。辛田さん、生霊ですよ」
「え!? い、生霊なんですかっ」
「辛田さん、言ってなかったの」
『金森さん、僕のこと、守護霊だと思っているみたいで。言い出せなくて。申し訳ない』
「こ、怖い!!」
 生霊の辛田さんはショックを受けたようで、真夏なのに吹雪が見えた気がした。俺のアイスカフェラテはとても冷たく、指先が痛い。公園で声を上げているのは、クマゼミだけだった。