障害があってもなくても就職は「スタート」であってほしい。

仕事柄、特別支援学校や就労支援機関の方とお会いすることがあるのだけれど、話していると「ああ、就職させたいんだな」と思うことがままある。
「何を当たり前のことを言っているんだ」と思うかもしれないけれど、教育や福祉の領域では就職する(させる)ことがある種の「ゴール」と捉えられているフシがある。

企業で長く働いているひと、特に人事や人材開発、後輩の指導に関わった経験があるひとにとっては、こう思われたらたまったものではないだろう。
就職はキャリアの「スタート」に過ぎず、たとえゆっくりしたペースや小さなステップであっても、そこから自発的にキャリアを積み重ねることが求められるのだから。
私もいまの会社に入社してから10年以上が経ち、後輩の数もそれなりになってきた。彼ら・彼女らを見ていると、就職をスタートと捉えるかゴールと捉えるかはある種の分水嶺であるように思う(もっとも、私は30前になって自身のキャリアを真剣に考えるようになったから偉そうなことは言えない)。

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ただ、これが教育や福祉の側だけの問題かと問われれば、私はそうは思っていない。

例えば、障害者雇用における代行ビジネス(農園ビジネス)が話題になって久しいけれど、そういった場所で働く方たちが今度企業で働くようになるのはハードルが高いように思う。
それは彼ら・彼女らの能力が、とか仕事内容が、とかの話ではなく、農園ビジネスの労働の仕組み(あまりに作業をしている時間が短いとか成果物を評価されないとか)を最初の段階で「就職とはそういうもの」と受け取ってしまったら、それを変えていくのは大変なことだと思うからだ(もちろん、ビジネスマナーや企業文化をはじめ労働のシステムはマジョリティが作り上げたものなので、彼ら・彼女らをそこにあてはめることについてはまた別の議論が必要になるのだけど)。
農園ビジネスを一概に否定することはできないけれど、働く以上はキャリアの「スタート」だということを雇う側が雇われる側に意識させる責任は必要だと思う(実際には現場に丸投げのところが多いのだが)。

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民間企業の法定雇用率は今年の4月に2.5%に引き上げられ、2026年の7月には2.7%まで引き上げられることが決まっている。それに加えて雇用の質の向上も求められている。国が本当に言える立場かどうかはともかく、雇用の質・量をともに求めるのは社会として当然だけど、いまの日本の社会はそれを両立できるほど成熟していないとも思う。

特に障害者雇用では、法定雇用率が定められている以上、一般の社員以上に「辞めさせない」ことに重きが置かれていて、一歩間違えると「お客様扱い」になりかねない怖さがある。法定雇用率が上がるなかで多くの企業は雇用率を維持・達成することで手一杯になっているけれど、そうすると「辞めさせないこと」に意識が向くあまり、定着のための「支援」が囲い込みや属人的なものになってしまい、本来の(福祉や教育領域における)「支援」とは全くベツモノになってしまう危険性がある(福祉や教育での「支援」はいずれは「終結(ターミネート)」するものだという前提がある。それが、先述した就職=ゴールに影響している可能性もある)。

だからといって、雇用率制度が悪いという訳ではない。障害者雇用を促進するうえで企業の努力に応じてインセンティブとペナルティを与えることは当然のことだ。
でも、「1つの会社で働き続ける」ことが正しいかなんて誰もわからない。転職することが個人にとっても社会にとってもプラスであることがわかっている以上、障害者雇用制度においても障害のある労働者の雇用の流動性を前提としたうえで構築したものであってほしい。
もちろん、1つの会社で長く働くことで得られるものもたくさんあるし、ひとによっては安定した環境で働き続けることが大事なこともある。
けれど、健常者では転職が肯定的に受け止められているのに、障害を理由にその逆のベクトルを押し付けてしまうのはとても怖いことだと思う。無自覚ならなおのことだ。

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障害者雇用にもそのときどきでホットなテーマがあるけれど、障害のある方のキャリアアップや評価制度が話題に上がるようになったのは、ここ1年くらいのことで驚くひとも多いかもしれない(以前は精神・発達障害のある方をいかに採用するかやコロナ禍やDXに対し職域をどうするかという話ばかりだった)。

障害者雇用を取り巻く環境も年代とともに変わってきている。
私より上の世代は企業も職種も選択肢が限られていた。
私が就職したころはまだ紙ベースの仕事が確保されていた。
これから就職する子たちは間口は広がった分、働くうえでのスキルも必要だし自分からキャリアを積み重ねていかなければならない。それは大変ではあるけれど幸せなことでもあると思う。
もちろん、私だって負けていられない。

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