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佐々山電鉄応援団 第4巻

 作中に出てくる手トロ

作中に出てくる手トロ
佐々山電鉄という架空鉄道のモデル(実在した伊香保軌道)
渋沢温泉のモデル群馬県伊香保温泉
主人公達が暮らす町並みのモデル


  一日限定アイドルグループ


 数日前。

沼川無料カフェ。


 愛理が「美佳ちゃん。イベントのステージでさぁ。群馬特使アイドル・はるな団の出演依頼の件。相手方へ電話した?」

「まだ、してないよ」

「えー。ちょっとヤバいよ。相手はアイドルグループだよ。先約が入ってるって断られたらアウトじゃん。早くっ電話してよ」

「ほい。解った電話番号って何番?」

「ネットで調べれば?」

「おー。なるほど」

 確かに美佳ちゃんは電話をして相手も応答していたようだった。


 打ち合わせ当日。

出演依頼の交渉。

はるな団の所属する芸能事務所は、僕と美佳ちゃん、そして未成年の場合は保護者と来て欲しいという話だった。

美佳ちゃんママは仕事があるので、渋沢町役場の神園さんが送迎ついでに打ち合わせに同行してくれた。

群馬県在住かとか、平日にレッスンに参加できるかとか美佳ちゃんは質問をされて、打ち合わせというより面接みたいな質問をされた。

「佐藤美佳さん。高校一年生ですか。歌とかダンス経験は?」と質問されると美佳ちゃんは「ほい。歌は、とちあかぎ25が好きです。ダンスは上手ではありません」

 なんか変だと思って再確認をしたら、僕達は新規ユニットのオーデションに来た人と勘違いさrていたようだ。

 事務所の人達は「えっ。アナタ達、はるな団の新規ユニットメンバーのオーデションの子じゃないの?」

「ほい。最初からイベントの交渉だよ」

 誤解が解けた処で、出演交渉が始まった。

どうやら美佳ちゃんがネットで調べた連絡先は、オーデション用の連絡先だったらしい。

 結果的には、一か月前から佐々山電鉄のイベントの日は、他のイベントが入っているというので出演は叶わなかった。

 でも、事務所の人は「群馬県を元気にしたいという気持ちは伝わりました」

「ウチのメンバーね。赤城山エコ活動で森林保護とかしてるんですよ」

「ほう。それはそれは」と美佳ちゃんは偉そうに返答した。

「お話を聞くと、皆さんも地域の為に活躍されている。今回は御縁がありませんでしたが、私たちとしても群馬県の為に頑張る高校生を応援したい。そこで……」

「ほい。ほい。なんでしょう?」と美佳ちゃんも何かを期待しているようだ。

「そのイベント。ウチのメンバー参加は難しいですが、逆に皆さんが一日はるな団としてステージに立ちませんか?」

「一日、はるな団?」

「そうですよ。ウチの楽曲と衣装はお貸しします。正規メンバーは他のイベントに行っていますけど、小学生の研修生なら対応はできますよ。地域貢献の高校生とコラボ」

 美佳ちゃんは「小学生の研修生?」と少し馬鹿にしたような態度を取った。

 芸能事務所の人は、過去のビデオを見せてくれた。歌もダンスも超一流。

 美佳ちゃんは土下座して謝罪した。

「小学生の研修生とコラボならウチも、彼女達の経験を積ませられます。メリットはありますからね」と契約成立。



 翌日。

沼川無料カフェ二階会議室。

愛理が「はぁ?アタシ達がアイドル?」

西村さんが、爆笑して、みのりちゃんが赤面している。

 美佳ちゃんは「あとさ。優も出すけど、芸能事務所で借してくれる衣装は6着なんだよ。あと1人見つけようぜ」

 愛理が「麻友ちゃんは?」と僕に言う。

「麻友は嫌がっていてダメ。美佳ちゃん。早苗ちゃんは誘える?」

 すると西村さんが「早苗ちゃんってホテル伊藤の伊藤早苗ちゃん」と聞いてきた。

「西村さん。早苗の事を知っているの?」美佳ちゃんが驚く。

「知っているも何もサバゲー女子だよ。あの子。ニイマル使うんだよねぇ」

「ニイマル?」

「自衛隊の自動小銃だよ。もちろん偽物のエアガン。サバゲー。いわゆるサバイバルゲーム。戦争ごっこだよ」

 美佳ちゃんは「嘘だよ。早苗って誰よりも戦争嫌いの平和主義者だよ」

 長谷川君は「嘘なもんか。本職の俺や西村さんでも驚くほど本格的な射撃の腕だ」

 美佳ちゃんは、それでも認めない。

「あの事故の所為で亡くなった婆ちゃんが戦時中に当時の女子高生も学徒動員で、小湯山の弾薬庫掘削に従事していたんだ。その苦労から戦争の話を嫌うんだ。婆ちゃん子の早苗も同じだ」

 その話は、僕は初めて聞いた。

「早苗ちゃんのお婆ちゃん。小湯山の弾薬庫掘削に関わっていたの?」

「そうだよ。いまの沼川女子高が女学校って呼ばれていた戦時中に、当時の旧・日本陸軍鉄道聯隊の指揮下で強制労働をさせられていたんだ」

西村さんは「美佳ちゃんや鈴木君には内緒って、まさか早苗ちゃん。お婆ちゃんの仇を取るために?」と心配そうな顔をした。

「まさか。単なるストレス発散だよ」

写真を見せて貰ったけど膝を立ててゴッツイ銃を構える姿は早苗ちゃんだった。

 美佳ちゃんは「アイドル活動どころじゃないな」と断念した。

「京子ちゃんはアメリカだからなぁ」

「おっ。前橋の温泉姉ちゃんはどうだ?」

「飯田さん?」

「そうだ。予知夢の人」

美佳ちゃんの提案で電話をした。

 飯田さんの参加が決まった。

芸能事務所の提案は、小学生研究生がステージを盛り上げる。

僕達は、あくまでも最後に地元高校生の一日アイドルとしてコラボする。

はるな団の楽曲で“さくら超快速”という楽曲を披露する事になった。

「良い歌詞だよね」

「そんなに激しいダンスもない。イケるかも?」

「うわっ。サビの部分ってぐっとくる」

なんども動画を再生して、振り付け、歌唱の練習を繰り返した。

 衣装が届いた。

白いワンピースに薄手のサクラ色のスカートを重ね着する。

 あの美佳ちゃんですら「可愛い」と絶賛している。

週末に、前橋から沼川市まで飯田さんが遠征してきた。

 沼川市内で夜遅くまで練習するので、ホテル鈴木に宿泊した。

 美佳ちゃんも「お泊り会」と喜んでいた。

ホテル鈴木。

地獄沢温泉。正式には地獄沢鉱泉。

湧き水みたいな温泉成分を含んだ低温の源泉を人工的にボイラーで加熱して温泉として供用する。

 小湯山の山中から湧いているらしい。

 美佳ちゃんと愛理、飯田さんは女子風呂に入る。

 僕は、普通に自宅の風呂に入った。

 一緒に温泉に入浴した人の予知夢を見る能力がある飯田さん。

 先日、インスタントハッピーカンパニー研究所から連絡がきたらしい。

 飯田さんは「鈴木君さぁ。インスタントハッピーカンパニー研究所の人事の人に話をしてくれたんだぁ。ありがとう」

 僕は、飯田さんの話を人事の人に喋っていない。

「担当はね。佐藤さんって人らしいよ」

 瑠佳ちゃんだ。

「それで?」と僕が聞くと飯田さんは

「5号棟だって。なんの部署かなぁ」

5号棟は、あの倉庫みたいな精神を病むような施設だ。

 よりによって飯田さんが、なんで5号棟送りになるんだろう?

 僕は部屋に戻り瑠佳ちゃんに電話で聞いた。

 瑠佳ちゃんは「嘘は通用しません」

「うそ?」

「予知夢なんて最初からなかったんです」

「どういうこと?」

「鈴木さんが前橋の中学校で例の問題を起こした相手の安藤って女子は覚えてますか?」

「うん」

「安藤に虐められていた薬師寺さんは?」

「うん。覚えてる」

「あのイジメ事件。最初から飯田と安藤が共謀していたとしたら?」

「意味が解らないよ」

「鈴木さんがクラスメートの前で水着を脱がされたという事案は飯田の指示」続けて「予知夢どころか飯田自身が安藤に命令して実行させたなら?」

「でも、電車の事故は?」

「インスタントハッピーカンパニー研究所に、薬師寺が居るから情報を事前に知りえていたなら?あの頃、鈴木君のスカウトの話もでていたのよ。時期的に合致する」

「えっ。でも」

「イジメ問題で、一番悪いのはイジメを受ける側に問題があるからとか、服を脱がせて大人に言いつけられないような性的イジメで隠蔽する。それに心当たりは?」

 瑠佳ちゃんは「クラスメートの男子と愛娘を一緒に入浴を容認する親ってどう?」

 家族くるみで、娘の願望を叶える為に家に露天風呂を作って、家族くるみで僕を騙していたというのだけど。

「でも……」

「イジメでも、相手を信頼させるにも相手の弱点、弱み、一番の効果的な方法は相手を裸にして周囲に喋れば恥ずかしい写真や、性被害的な事が外部に漏れる恐怖を与える事だよ」

思い出した。今は完治してるけど、あの当時はオッパイが膨らんで悩んでいた。

忘れていたけど確かにそうだ。

瑠佳ちゃんは「一番ダメなのは、鈴木君の担任の女教師ね。女子が男子に水着を脱がされれば事件だけど、男子が水着を下されて男子は除外って変だよね。オマケに被害者の鈴木君に“気持ち悪い話をしないで”とか事件の被害者の申告を耳を塞いで気持ち悪がる。セカンドレイプだよね。挙句さぁ。加害者保護で、被害者の鈴木君を転校させるってあり得ない対応だよ」

「でも、それは飯田さんは関係ないよね」

「それが、関係ありそうなんだよね。その女教師。過去に男性から暴行を受けた経験があって悪いのは男性って固定観念がある。飯田って女子は医学書とか読み漁っていてね。精神的な医学書も網羅していた」

「えっ」

「担任教師を精神支配できたとしたら?」

「……」

「怖い子ですね。まだあるよ」

瑠佳ちゃんは「安藤が行方不明の時期さぁ。確かに安藤は五号棟に居たよ。自分の意思で来たんだ。自分は優秀だからスカウトされたって意気込んでね。でも身の程を知って、膝を抱える毎日。髪の毛が真っ白になるまで自分を追い詰めただけの話。自業自得だよ」

 僕は飯田さんを信じたかった。

瑠佳ちゃんは「以上は、あくまでもアタシの推測です。飯田って女子が本物の予知能力者なら大歓迎ですけど。現時点では、そんな怖い人間は五号棟送りって話ですよ」

「飯田さんが黒幕ってこと?」

「現段階ではね。スカウトは十二月初旬」

 電話を切ると、愛理や美佳ちゃん、そしてインスタントハッピーカンパニー研究所にスカウトされたと喜んでいる飯田さんを見て複雑な心境になった。なんとかして、飯田さんが五号棟送りになるまえに、スカウトの実行を遅らせないとダメだ。

 頑張るぐんまの中小私鉄フェア準備


十月下旬

 沼川市の沼川無料カフェ

もう、午後七時を過ぎると外は真っ暗だ。

十一月上旬に開催される“頑張るぐんまの中小私鉄フェア”に向けての最終会議が一時間前に終わったばかりだ。毎年、秋に開催される上信電鉄、上毛電鉄、わたらせ渓谷鐡道で輪番で実施される鉄道イベント。

「アタシの偽物。マジ迷惑だな」と美佳ちゃんが言う。

僕は、その偽物の存在を承知している。

間違いなく瑠佳ちゃんだ。

 学校でも、佐藤美佳が二人いる説が流れ出している。むしろ、狭い渋沢町の中で、本人同士が遭遇しない事のほうが不思議なほどだ。

でも、瑠佳ちゃんも困った子だけど、美佳ちゃんも困った子だ。

渋沢町の温泉街の外れにある心霊スポットがある。

有名な心霊が出る井戸。

白いワンピースを着た長い黒髪の少女が井戸から這い出てくるという。

 この心霊を見ると、一週間後にテレビの画面から出てきて呪い殺される都市伝説。

美佳ちゃんは僕を誘わないで、夜中に長谷川君と西村さん、ギャッピ市松と肝試しをしていたらしい。

 都市伝説では、大人の心霊らしい。

白いワンピースの女性が井戸付近に居た。

 美佳ちゃんは、名刺を渡したらしい。

 女性は無言でぺこりとお辞儀をしたそうだ。

 長谷川君は「アレ佐藤の名刺?」

「一週間後に呪いに来るなら優の家に行ってほしいって。優のインスタントハッピーカンパニーの名刺をあげてきたよ」

「なんで。いつも僕の家に怖いモノを送ってくるの?それに僕を仲間外れにしてっ」

 美佳ちゃんは「大丈夫だよ。あの心霊。たぶん普通の人間だよ。お化けじゃない。それに優は誘っても来ないだろ。」

 そんな話をしていたら、沼川無料カフェの一階で声がした。

 美佳ちゃんが「誰だ?こんな時間に?」

と一階に下りて行く。女性の声がしている。

「ほい。お客様だよぉ」

 すると、美佳ちゃんが白いワンピースの女性と二階に戻ってきた。

 西村さんが「うぇ。マジで連れてきちゃった」と後ずさりした。

 長谷川君も「まだ一週間たってないぞ」とお化けでも見るように震えている。

 美佳ちゃんが「ほいっ。この人は沼川まちおこし協力隊の長沼さん」と紹介した。

 地域おこし協力隊は、都市部から条件不利地域へ若者が住民票を移動して、その地域を生活拠点として働く人を、その地方自治体が地域おこし協力隊員として委嘱して一定期間、地域活動を支援したり協力隊員のノウハウ、技能、特技を生かした地域協力活動をする人達。やがては定住をする。

「沼川市の観光広報とか地域ブランドの開発とか。まぁ。いろいろとしてましてね。今回、佐々山電鉄応援団の皆さんと佐々電のイベント。それに協力隊としても加えて貰えればって考えて居たら、美佳ちゃんに名刺をもらってね。これはチャンスって」

 美佳ちゃんは「長沼さんはね。沼川市だけでなく渋沢町も観光広報をしていてね。イベントの企画とか、SNSとかの発信とか意欲的に頑張っている人なんだよ」

 長沼さんは「そんな訳で、佐々山電鉄応援団の皆さん。イベントを成功させよう」

 新しい仲間が増えた。

 長沼さんに経過説明をすることになり美佳ちゃんが説明を始めた。

 頑張るぐんまの中小私鉄フェア。

 いままで、佐々山電鉄は参加していなかった。

それゆえに、佐々山電鉄も沿線自治体もノウハウが無い。

「ほうほう。此処は地域の人脈が必要だね」

長沼さんは積極的に発言をしてくれる。

「鉄道だけでなくバスも連携したら?」

長沼さんは、国越バスにも日帰りツアーを企画した事があるらしくバスとのコラボを提案してきた。

 僕達、高校生だけでは実現が難しいような企業、観光、商工業、そして地域住民の小さな催事や他地域おこし協力隊の連携まで駆使できるという強い人脈と経験を持つ人材がサポートしてくれるのは嬉しい限りだった。

 毎年イベントを楽しみにしている人達、また佐々山電鉄を応援してくれる沿線の人達にも失敗は許されない大事な行事だ。

 美佳ちゃんは「長沼さん。普通のイベントなら良いのですが、佐々山電鉄は困った問題があるんですよ」と本音を明かした。

「なになに?ヤバい話?」と聞いてきた。

 最初の困った事は、鉄道事業者なのに肝心な電車を走らせられないという事だ。

 次に困った事は開催場所。

通常は車両基地のある駅や隣接する本社または広場が必要になる。

公共交通利用を目的とするが、今回に限り来場者用の駐車場を確保しなければならない。

「それは、沼川市内の商工会と沼川市役所を手配して貰えるよ。アタシが頼んであげるよ」と意外と簡単に解決してしまった。

 佐々山電鉄応援団は、佐々山電鉄本社で神林社長と新しい幹部、そして従業員のボランティアで構成された実行員会、労働組合の同業他社の鉄道、バスの仲間意識で準備と当日の役割分担を決めていた。

「もう少し早く、長沼さんに会えたらポジションに入れられたのに」と美佳ちゃんが悔やむと「別にいいよ。沼川市の枠があるなら、そこを拠点にするからさ」と笑う。

 出来上がったばかりのチラシをみて長沼さんは「なかなか良い」と褒めてくれた。

佐々山電鉄本社には、関係者が集まり広報の最終チェックが終わったばかりだ。

 準備されているポスターを群馬県内に張り出し、チラシを県内の駅や関係各所に送り陳列して貰う。

グッズや飲食店舗の売店配置や注意事項の手順書を送付した。

佐々山電鉄としては、沼川本町車両区で200型電車を3編成並べて普段は見られない方向幕を掲出しての撮影会、200型電車の運転台での制服・制帽撮影会、鉄道部品即売会、佐々山電鉄本社会議室での鉄道模型運転会、認可が下りないとできないの隠し玉だけど可能なら200型電車を使った本線の試運転撮影会も候補にあがっている。

 この試運転は、沼川西地区の住民合意によって実施の可否が決まるので未定だ。

イベントは、群馬県公認アイドルの“はるな団”の研究生ミニライブ&佐々山電鉄応援団女子の一日はるな団、群馬県立沼川女子高校の吹奏楽音楽会、だんべい踊り実演、手トロの乗車など。

あとは、鉄道事業者各社のグッズ販売が行われる。






 沼川西地区にコミュニティバスを


 インスタントハッピーカンパニー研究所の人間として参加する事を条件に沼川西地区の会議に参加を許された。

 相変わらずのメイド服だけど、既に慣れてしまっていて作業着としての服装として全く抵抗が無く着てしまっている。

 美佳ちゃん達だけでなく、群馬県の会議でも、沼川市の会議でも僕が女の子の服を着ている事が当然のように認められてしまっている。

 そんな事より、沼川西地区のコミュニティバス問題を解決しないと佐々山電鉄の運行再開が難しくなる。

 

 十月の平日の夕方。

僕は、沼川西地区の公民館に居た。

「自治会長さん。参加者は揃いましたか?」

「あぁ。よろしくお願いします」

 沼川市道路維持課の鬼瓦課長は、沼川西地区で初めての出前授業を行っている。

「沼川市地域公共交通計画についてお話します」

 沼川市が目指す公共交通。

人をつなぎ、地域を結び、暮らしを支える。

「まず行うのは沼川市の公共交通ネットワークを構築することです」」

公共交通の利用環境の充実。

公共交通の利用促進を図る。

プロジェクターでスクリーンに映し出す。

「此処で、皆さんに考えていただきたいのは公共交通を取り巻く社会情勢です。人口減少、自動車依存の生活と都市構造。公共交通利用者の減少」

 傍聴している沼川西地区の住民は、興味なさそうに聞いている。

「時代に対応した、誰もが利用しやすい公共交通の実現。そこを考えていきましょう」

 自治会長は「そういうのは聞き飽きたよ」

傍聴者も、口々に「概要は良いからさぁ、沼川市として西地区にコミュニティバスを走らせるかって回答を聞きたいんだよ」

鬼瓦課長は困った顔をして「沼川市の市民80%がバスを全く利用した事が無い訳でして、沼川市内の市民約3割が皆さんと同じ公共交通不便地帯に居住されていまして、沼川西地区だけに整備は難しい状況なんですよ。年々厳しさを増す財源状況。公共交通に拠出できる原資の減少とかありまして……」

なんか雲行きが怪しくなってきた。

 大手コンサルト企業の役員は「地域公共交通活性化再生法の話はどうなってるの?協議会も出来ていないのに佐々山電鉄を存続する方向で進んでいるらしいけど順序が違うよね」と不満顔だ。

医師は、「自動車免許を返納したら生活ができない、病院に通えないって人達の救済はどうなっているの?」と言葉を荒げる。

ベンチャー企業の社長は「あのねぇ。Ma aSを使った他社交通事業者の連携やデータ共通化とか前向きに進めましょうよ」

 沼川西地区の人達は、理解しているが故に納得させるのが難しい。

 そして、お鉢が僕に回ってきた。

「インスタントハッピーカンパニー研究所の子はどうなの?何か提案とかある?」

「民間活力の利用はどうでしょうか?」

「おっ。面白いね」

喰いついてきたのは、意外にも医師だった。

 てっきり大手コンサルト企業か、ベンチャー企業の二人だと思っていた。

 医師は「具体的に?」と興味津々で聞いてきた。

「沼川ショッピングセンターで、面白い話を聞いてきまして……」と僕は話を始めた。

 翌日。

 僕達が学校を終えて定例会ではないけどイベントが近いことから毎晩集合する日が多くなった。

「頑張ってね。これは皆さんで食べて」

 嬉しいことに、地域の人達が差し入れにきてくれる。

 沼川市だけでなく、渋沢町、佐々山町にもモビリティマネジメント授業は展開された。

 渋沢温泉組合、観光協会も授業参観みたいに学校に出向き教室の後ろで生徒達の授業風景を見てもらえた。

 地域のテレビ取材や新聞記事。その後に全国版のテレビの取材、そして福井県からもテレビや新聞の取材がきた。

 鉄道やバスの存廃問題は全国各地に火種がある、支援や応援、同じく自分達の地域から鉄道やバスがなくなる危機で、何をしたらいいのか解らない人達が、僕達の一挙手一投足に期待をしているという手紙も来た。

 出来レースだけど、新しい公募社長に神林さんが就任する事になってから、佐々山電鉄の社内も労働組合も活気が出てきた。

沼川西地区の自治会長と沼川無料カフェに来訪してきた。

 いままで、沼川市とインスタントハッピーカンパニー研究所だけが窓口だった。

 全国ニュースになって、僕の素性が明らかになっている。

今日は僕に用事があってインスタントハッピーカンパニー研究所を通さなくても直接、沼川無料カフェに来れば話ができる思って来たそうだ。

「昨晩の続きだよ」と自治会長が切り出す。

大手コンサルト企業の役員は「あのあと、いろいろと他の事例を調べた」と言う。

 美佳ちゃんが、お茶を人数分だした。

医師は、「自動車免許を返納したら生活ができない、病院に通えないって人達の救済はどうなっているの?って私は言ったが訂正する。そして詫びる。すまんかった」

ベンチャー企業の社長も「Ma aSを使った他社交通事業者の連携やデータ共通化。いまの佐々山電鉄にデジタル化を急がせても、MaaSという物が単なるデジタルチケット化と勘違いされる危惧がある」

 僕は「デジタル化は手段であり目的ではないですからね」と回答した。

「そうだ。理解しているな」と医師は言う。

日本版MaaSの失敗例の多くがコレだ。

 国の補助金を使っても、高齢者の多くがモバイル端末システムを使いこなせない。

事前に、導入する地域公共交通への自動車から公共交通利用へのモビリティシフトの基盤が構築されていないので多額の予算をつぎ込んでデジタル化をしても利用が促進されずに地域の人達は今まで通りマイカー中心の生活を続けている。

 慣れ親しんだ自分の生活リズムを新しく作られた理解できないシステムに切り替えて貰うには、それを理解し納得が必須。

「他人は自分が理解して納得しないと動いてくれない。行動変容を起こさない」

 ベンチャー企業の社長は「魅力あるものでも、相手側に体験して貰い、そしてマイカーよりも魅力ある環境を整えないと難しいんだよ」と悔しそうな顔をした。

 昨晩まで、行政責任を追及していた反対派地域の自治会長と三人の中心人物は、態度を一変させたのには理由があった。

 昨日の会議後に、自治会長は小学生になる孫、三人の中心人物の家にも小学生や中学生の息子や娘が居るらしく、ちょうど昨日は沼川西小学校で埼玉土木短大の長瀞先生がモビリティマネジメントの授業を行い行動プラン表を家庭に持ち帰らせた。

 ご家族の皆さんにも考えて貰いましょうという行動プラン表。

 本当に、偶然なのだけどナイスなタイミングで沼川西地区の住民の心に刺さった。

 行動プラン表の他に、アンケート用紙も数枚はいっていたらしい。

 僕は見せて貰った。

 一枚目は回答者自身への質問で在住地域、年齢、職業、世帯人数、自動車運転免許の有無と返納の有無、主な外出手段、バス停までの距離。

 二枚目は、主な外出先、移動手段、移動頻度。

 三枚目は、民間路線バス、沼川市コミュニティバス(定時定期路線)を利用しているか利用していないか、利用しない理由(路線が無ければ在れば利用するか)、デマンドバス(予約制不定期路線)を利用しているか、利用しない場合利用しない理由。

 四枚目が興味深かった。

四枚目は、沼川市の一年間の財政負担金額が(税金での負担)が記載され、利用者減少傾向、国からの補助金減少など沼川市の負担額が増えると記載されていた。

 運賃の値上げ(住民の負担額)は何処までなら出せるかという記載だった。

 五枚目には、どうしたら沼川市の交通網を維持して将来に繋げられるか?という質問。

 たぶん、これを行政である沼川市がアンケートを取れば「行政がするべきことをしないで市民に丸投げしてきた」と批判を浴びる。佐々山電鉄や国越バスが行っても「運賃を支払い運行している交通事業者幹部が経営責任を放棄して利用者に泣きついてきた」と同じく批判の的になる。

 でも、学校でモビリティマネジメント授業として“自分達の住む街の課題を生徒や保護者で考える授業”の教材なら別だ。

 行政が悪い、交通事業者の努力不足と地域住民を先導してきた自治会長、三人の中心人物からすれば都合の悪い話になる。

 僕は「交通問題で存続、廃止という選択肢しかなく赤字なら廃止という議論から抜け出すには、地域住民が当事者意識を持つ話ですね」と独り言を言ってしまった。

 慌てて、自治会長、三人に

「このアンケート。具体的な金額、何をしたら持続可能な移動手段が、他人事ではなく自分達の事として正確な情報を与える事で、地域課題を他人事ではなく自分達が解決する事を促している訳ですね」

 どうやら自治会長の家に昨晩から数件、住民から「行政や佐々山電鉄、国越バスに文句や苦情を言うだけでなく、沼川西地区も行動しなければダメじゃないのか」「佐々山電鉄応援団の高校生達の方が大人より頑張っている。恥ずかしくないのか」という電話が来て、今日になって沼川無料カフェに足を運んでくれたらしい。

「昨晩の、沼川ショッピングモールの送迎バスの件で少し話を進めたいのだが……」

その日は、三十分ほど話をして切り上げた。

 三日後に、沼川西地区と沼川ショッピングモールで話し合いをした。

 行政主導のコミュニティバスではなく、民間商業施設の車両を活用した地域主導型という珍しい形態で運行が可能かを討議する事になる。

 市議会の議員の中には、どうせ泣きついてくるとか、すぐに運行停止になると見下している議員もいる。

 事実、困難が多く、既存の国越バス路線に被らないとか、地元タクシー事業者からの反発、法令上の課題などが山積みだ。

 しかし、沼川西地区にはキーパーソンや、コミュニティバスを走らせようという熱意ある人材が居るので少しづつ進んだ。

 路線バス専門家の佐竹くん


 沼川無料カフェ二階会議室には、頻繁に沼川地域おこし協力隊の長沼さんが来るようになった。

 長沼さんは、僕が担当している沼川西地区の民間商業施設の車両を使った地域主導型コミュニティバスについて、地元で有名なバス博士という男子高校生が居るという話を持ちこんできた。

 その佐竹という男子高校生は、意外にも僕達が会議をしている沼川無料カフェの鍵を保管している不動産屋の息子だった。

 しかも、わずか50m位先にある駅前の不動産屋。会議が終わると僕か美佳ちゃんが鍵を閉めて返却に行く不動産屋だった。

 佐竹という男子高校生は、更に長谷川君の通う高校の機械科の一年生だという。

「部活でもしてないと同学年でも科が違うと交流がないからな。確か小太りの奴だよ」長谷川君も詳細は知らないらしい。

 僕と美佳ちゃんは、取り急ぎ不動産屋へ向かった。

 僕は、この後もインスタントハッピーカンパニー研究所の会議があるのでメイド服を着ていた。不動産屋の自動ドアが開く。

「あれっ美佳ちゃんは兎も角、鈴木君は今日は女の子みたいな服だね」

「あぁ。優はインスタントハッピーカンパニー研究所の制服だから」

「へぇ、あの天才集団。学校でも人気者だろ」

僕は「学校には内緒なんですよ」と返答。 

「鍵を返しに来たの。今日は早いね」

「いえいえ。まだ会議中です」

「なにか別の用?」

「えーと。息子さんいらっしゃいますか?」

「翔太か?なに?まさか美佳ちゃん」

「違いますよ。えーとバスの事で」

「だよな」

「すいません」

「おい。翔太。お客さん」

二階からバタバタと降りてきた。

「なに?親父」

父親そっくりな男子高校生だった。僕と美佳ちゃんを見て不思議そうな顔をした。

「誰?」

 それが第一声だった。

 美佳ちゃんは「スカウトに来ました」

「スカウト?」

美佳ちゃんは「佐々山電鉄応援団だよ」

「あぁ。鉄道?興味ないよ。悪いけど」

二階に戻ろうとした佐竹君に僕が

「沼川西地区のコミュニティバスの件で」

 佐竹君の足が止まった。

「コミュニティバスか。その制服はインスタントハッピーカンパニー研究所か?RRMSの電気バスの件なら話を聞くぞ」

 とりあえず、二階の佐竹君の部屋に案内された。

 部屋には路線バスの写真や、方向幕、実物のバス停の標識や時刻表、バスの模型が陳列されていた。

「おーっ。バスの博物館かよ。凄いな」

 美佳ちゃんの方が感激していた。

「まぁ、座れよ」

 美佳ちゃんは嬉しそうに

「アタシの部屋もサボとか模型とかあるから通じるものはあるよ。いいなぁ」

 佐竹君は少し気分が良さそうに

「普通の女子はキモイとかオタクとか馬鹿にするけど。佐藤さんは解るんだな」

 美佳ちゃんは「これをキモイって言ったらアタシは自分を否定する事になるから」

「それで。そっちの可愛いメイドさんは?」

「可愛いだぁ?優は男だよ」

「マジかよ」

「制服。給料を支給されてるからねぇ」

「インスタントハッピーカンパニー研究所って給料がでるんだ。いいな。自分の才能で飯が食える高校生って」

美佳ちゃんが「インスタントハッピーカンパニー研究所にスカウトされたらリーダーの決めた制服を強制的に着せられるよ。運が悪いと佐竹君も女装だぁ」

「勘弁してくれよ」と慌てだす。

 本題に入った。

いままでの経緯を話した。

「コミュニティバスは行政でも既存バス会社やタクシー業界との調整。独占禁止法とかで複数のバス会社との調整が大変だ」

 佐竹君は即戦力だった。

詳しい話をするために、沼川無料カフェに戻った。

 沼川地域おこし協力隊の長沼さんが居た。

「おっ、佐竹君じゃん。救世主様は遅れて登場か?沼川西地区の件だろ?」

佐竹君は「長沼さんが一枚嚙んでいたか」。

「アタシさぁ。前に国越バスの沼川市内の日帰りバスツアーを企画したんだよ。ちゃんとパンフも作って募集も掛けたんだけどコロナとかで中止になって実行に至らなかったけどね。その時以来だね」

 佐竹君は「意外と狭いんだよ。この業界」

「まぁ。役者は揃ったって処かな?」

会議が再開された。

 自己紹介から始まり、佐竹君が長谷川君を見て「うぇっ。軍曹も居るのかよ」と呟いた。長谷川君は学校でのアダナが判明。

 長谷川君が「佐竹。よろしくな」と言うと嫌そうな顔で「あぁ」と答えた。

 理由は簡単だ。長谷川君に罪はない。

群馬県立沼川工業高校は、男女共学だけど女子は各クラスに数人程度で、ほとんど男子校みたいな学校。

 その貴重な女子の大半は長谷川ファン。

 次の会議で、佐竹君はトンデモナイ才能を発揮した。

 群馬県のバスオープンデータを使い、自分で時刻表を表示させたり、バスのGTFSという機能でバス情報が見られるアプリ開発、バス事業者が使うバス運行管理ソフトを使い沼川市内のバス、渋沢町のバスの情報を資料としてまとめ、携帯電話で可視化できるようにしてしまった。

 まだ、手探りの沼川西地区の地域主導型コミュニティバスも、誰でも視覚的に資料をまとめてくれただけで素人でも理解し、住民にも説明できる資料が完成した。

  愛理


 イベント3日前

成田空港

雨宮京子ちゃんが、アメリカのドシキモ社の本社から日本に戻ってきた。

空港に迎えに行ったの僕だけだ。

インスタントハッピーカンパニー研究所の関係なのでメイド服。

「優さん。会いたかったです」

空港の到着ロビーで抱きつかれた。

京子ちゃんは、インスタントハッピーカンパニー研究所のメイド服姿。

東京駅に向かうリムジンバスの中で、京子ちゃんは「優さんが、アタシに興味を示さないから、アタシの初体験はアメリカで済ませました」と言った。

「そう」

僕は聞き流した。

京子ちゃんのスケベ話は聞き飽きていたからだ。

「嘘よ」

 京子ちゃんは、予想通りという顔をした。

「それで、このバスは東京行きなのですよ」

「うん」

「バスの中だと他の人に聞かれると困るような内緒の話をしたいのよ。場所を変えましょう」

東京駅の近くのシティホテルではなく、繁華街の奥手にある怪しいホテルだった。

「京子ちゃん。話が違うよ」

「尾行がいるの。如何にも密談ってホテルは逆に疑われるでしょ。覚悟を決めて」

 京子ちゃんと僕はメイド服で、傍から見れば女の子同士に見える。

 「いかにもラブラブに見えるように腕を組ませてもらますよ」とギュッと腕組をされた。

 確かに、フロントを介さずに入れた。

煌びやかな外観と違い廊下は普通のホテルと変わらない落ち着いた内装。

京子ちゃんは

「こういう場所は初めてですか?」

「うん」

 誰にも会うことはなく部屋に入る。

思ったより普通の部屋だった。

京子ちゃんは慣れた感じでフロントに電話したり、お風呂にお湯を張ったりしている。

「まぁ緊張しないで。仕事で時々、こういう場所も使うのよ」と鞄や上着をクロークに押し込んでいる。

 ベッドに腰を掛けて京子ちゃんは

「ドシキモ社の雇った尾行も男一人じゃぁ入れないホテルです。まぁアタシ達が出てくるのを外で待っている程度ですよ」と言いながら服を脱ぎ始めた。

「優さんも脱いで。盗聴器対策。服と荷物は何処に盗聴器があるか解らないですから」と言うと、本当に小型盗聴器が出てきた。僕に向かって、シーッと人差し指を口に添えると小声で

「まぁ、声だけでもエッチな事をしてるようにしましょう。あくまでもアタシが盗聴器に気が付かないという事にしないと」

 京子ちゃんは、「ちょっとお風呂に入ってきますね。ずっと飛行機の中だったので」

 僕の前でメイド服を脱ぎ始めた。

目を反らす僕に京子ちゃんは

「何を今更、軽井沢のインスタントハッピ―カンパニー研究所で見せてるでしょ」

「そうだけどさ。こういう場所だと」

バスタオルを巻いて冷蔵庫の扉を開けた。

 京子ちゃんは冷蔵庫から、ジュースを二本出すと、一本を僕にも投げた。

「優さんも脱ぎなよ。一緒に入ろうよ」

「いっ。いいです」

「愛理さんの事が好きなんでしょ。優さん」

動揺する僕を見てクスクス笑い出した。

 そのあと、別にエッチな事も何もなく、本当にアメリカ・ドシキモ社の話や、RRMSの開発の話をした。

 インスタントハッピーカンパニー研究所に寝返ったという話は、インスタントハッピーカンパニ―研究所内で、反ドシキモ社対策が水面下で活発化していたので潜入という警戒感を排除するための行動だったというのだ。

 京子ちゃんは「アメリカに行って理解したんだ。欲しいものは手に入れないと後悔するって。それがアメリカンドリーム」

 京子ちゃんと別れて、群馬に戻ってきた。

高崎駅から直に、佐々山町役場ゆきの路線バスに乗った。

 高崎市に出るには沼川市を迂回しなくても、本数は少ないけど路線バスの方が安くて便利なのだと改めて実感した。

 ただ、佐々山町役場で路線バスを下車しても、地獄沢までの足が無い。

 小湯線の代行バスも電車の時間に合わせて運行していて、出たばっかりなので一時間も待たないといけない。いわゆる、交通機関から自宅までのラストワンマイル問題という奴だ。

 仕方がないので歩いた。

群馬県で在りがちな不便な路線バスを待つなら歩いてしまえという典型的なパターンだ。

学生時代に、コレを体験すると自動車免許を取得後に、便利なマイカーの利便性を体感して、過去の公共交通は不便で嫌な思い出として記憶され公共交通の利用を遠ざける一因となっている。

 歩くこと、三十分。

ようやくホテル鈴木の裏手にある自宅に到着した。

「ただいま」

「おかえり」と愛理は、不機嫌そうな顔をして腕組をして仁王立ちをしている。

「優ちゃん。京子ちゃんと何かあった?」と聞いてきた。

「何もないよ」

「嘘。京子ちゃんとホテルに行ったでしょ」

 僕は怖くなった。

「思ったより痛くなかったです。って何よ」

愛理の携帯電話に、バスタオルを巻いてピースサインをする京子ちゃんの自撮り写真の背後に、僕が映りこんでいた。

 愛理に、経緯を説明した。

「そうだと思った」と笑うと思った。

 愛理は困った顔をした。

「愛理はさぁ。優ちゃんの事を信じてるけどさぁ。同じ写メは一番厄介な子にも届いてるんだよねぇ……美佳ちゃん」

 僕は、一部始終を話した。

愛理はため息をついた。

「京子ちゃん。かわいそう」

そして、僕の京子ちゃんに対しての対応を厳しく責められた。

「女の子の気持ちを考えなさいよね」

 愛理は、怒り終わると

「でも、女なら誰でも優しくする男よりも優ちゃんみたいな対応の方が、彼女としては安心できるよ」

 愛理は「それは置いておいて、京子ちゃんがアタシに宣戦布告してきた。間違いなく美佳ちゃんは大騒ぎして怒鳴り込んでくるわよ。恋する少女は怖いわよ」

 愛理は続けて「これからドシキモ社との最終対決とか佐々山電鉄の運転再開の最終局面で色恋沙汰とは困ったものね」

 僕は「京子ちゃんって変なのかな?女子中学生が、そんなホテルに誘ったりとか、ライバルを蹴落とす為にエッチを誘ったりするものなの?」

 愛理は「オッサン?」とあきれ顔をした。

 愛理は、自分の部屋から漫画本を持ってきた。

 中高生向きの漫画。

表紙は普通に何処の書店にも並んでいる有名出版社レーベル。

誰でも書店で購入できる単行本。

画風は、可愛いけど普通に恋愛漫画で性交渉がリアルに描かれている。

 単なる、昔の可愛い主人公が、憧れの男子、ライバルの女子と騒動を巻き起こす定番のストーリーも健在だけど、今は殆どが過激な場面が含まれている愛理は言う。

「男子よりも女子の方が進んでいるのよ」

まだ、少年漫画や少しエッチな青年漫画の方が健全だ。

 まさか、愛理がこういう漫画を所蔵していたという事実の方が意外だった。

 「問題は美佳ちゃんよねぇ……」と愛理が言うと、背後に美佳ちゃんが居た。

「アタシが何?」とニコニコしていた。

僕だけでなく、愛理も驚いていた。

「美佳ちゃん。いつの間に?」と愛理が問うと、僕は異変に気が付いた。

「瑠佳ちゃん?」

「はい。瑠佳です。なにか面白そうですね」

愛理は「美佳ちゃんじゃないの?そっくり」

 僕は説明をした。

愛理は「一卵性の双子かぁ。へぇ。怖いくらいにそっくりだね」と瑠佳ちゃんを眺めている。

 瑠佳ちゃんは「あー。京子ね。マジで実行しちゃったんだ。アタシが吹き込んだのよ。愛理ちゃんの事もアタシが教えた」

 プルルルル。

僕の携帯電話が鳴った。

美佳ちゃんからだ。

「おい、優。ちょっと話がある。すぐに来い」

 電話を切ると愛理と瑠佳ちゃんに報告。

 瑠佳ちゃんが「彼女でもないのに面倒だなぁ。アタシも行きたい」と言い出す。

 美佳ちゃんも面倒だけど、面白がっている瑠佳ちゃんも面倒な性格だ。

 地獄沢から小湯線の代行バスに乗って渋沢駅に向かった。

 学校のクラスメートに出会うけど、誰も僕と並んで歩く瑠佳ちゃんを美佳ちゃんと勘違いしているようだ。

 ホテル伊藤の従業員家族寮で、女将さんに入寮許可を貰うときに、流石に「美佳ちゃんに似てる子ね」と初めて別人である事に気が付いていた。

 事務所の奥に居た早苗ちゃんが

「うわっ。マジで美佳だと思ったけど。雰囲気というか美佳みたいな馬鹿っぽさがない」と瑠佳ちゃんに興味を示した。

従業員が集まってきて誰もが驚いてた。

 瑠佳ちゃんを連れて、美佳ちゃんの部屋に向かうと、美佳ちゃんママが出てきた。

「あっ。瑠佳。日本に来てたの?あの人は元気なの?」

 あの人とは旦那の事らしい。

美佳ちゃんママは「約束どおり、美佳には内緒にしてあるから。それより優ちゃん。修羅場よ。あの子。すごく怒ってる」

 瑠佳ちゃんは、何度か美佳ちゃんが留守の時には此処に遊びに来ていたらしい。

 美佳ちゃんが、「おい。コラ。優」と怒りながら出てくる。

 瑠佳ちゃんを見て「あっ。いらっしゃい」とペコリと挨拶をして僕の方に向かってきた。

 実際の、双子は意外にも他人は見分けがつかないというけど、本人同士は「言われるほど似てないよぉ」というらしい。

 瑠佳ちゃんは「予想外のリアクションだわ」とガッカリしている。

 僕は、美佳ちゃんに言い訳をした。

 なんとか美佳ちゃんの誤解を解いた後に、落ち着いた美佳ちゃんは改めて瑠佳ちゃんに興味を持ち始めた。

 母親から、幼少期に離婚して美佳ちゃんと瑠佳ちゃんが生き別れた話を聞く。

 元旦那は、アメリカに住んでいる事。

 瑠佳ちゃんは、定期的に日本に戻ってきて美佳ちゃんママにあっていたこと。

 瑠佳ちゃんはインスタントハッピーカンパニー研究所に在籍していること。

「ほうほう。アタシに似て美少女な訳だ」

「美佳お姉ちゃんこそ美少女だよ」

僕からすれば同じ顔に見える。

美佳ちゃんは、妹が欲しがっていた。

まさかの双子ちゃんという展開を面白がっている。

「アタシの偽物って瑠佳ちゃんだったんだ。いろんな人からアタシを別の場所で見たって。手を振ると振替してくれるって話」

「偽物っていうか。双子の鉄則でしょ。知らない人に挨拶されたら相方の知人かもしれないから、とりあえず挨拶って」

 双子って面白いと思った。

「アタシが学校をずる休みしたい日は、代わりに学校行って」と言うと美佳ママに怒られていた。

  謹慎処分


 イベント開催の三日前。

僕は、三日間の自宅謹慎処分を受けた。

イベントの前日まで謹慎。

理由は、京子ちゃんと僕がホテルから出てくる写真が学校にも送信された為だ。

幸い生徒には拡散されていないので騒ぎにはならなかったけど、学校に報告していないインスタントハッピーカンパニー研究所の研究員という肩書も露呈してしまった。

 ドシキモ社の尾行は、京子ちゃんの監視ではなく、僕を謹慎処分にする事で佐々山電鉄応援団の活動を鈍らせ、頑張るぐんまの中小私鉄フェアを成功させない為だ。

 三日間の謹慎処分の理由は、不純異性交遊ではなく、学校への報告事項の未報告という形になった。

 インスタントハッピーカンパニー研究所の人間である事が拡散された。

 自宅謹慎という本来なら僕が家に居ないといけない三日間。

 学校に行かなくて良い事を利用してインスタントハッピーカンパニーの南場さんや猿山さんがホテル鈴木に宿泊に来た。

 彼女達も現役の高校生なので、本来なら学校へ行くべきなのだけど、留年しない程度には学校へ出席日数を稼ぎに通学していて、インスタントハッピーカンパニーに選抜される程なので、学業成績も良好。

「鈴木。まさかの女性問題で謹慎処分とは男冥利に尽きるねぇ」と笑われる。

 僕が佐々山電鉄応援団の仕事ばかりしているのでRRMS計画が遅れている。

 ドシキモ社としても、小湯山基地の計画を推進するため小湯線の跡地を利用した自動運転用の試験コース、自動運転の監視センターなどの詰めた計画をしなければならなくなっていた。

 愛理が学校から帰ってくる。

 僕の部屋に居る南場さん、猿山さん、そして数人のインスタントハッピーカンパニー研究所の女子達を見て「あらあら。いらっしゃいと挨拶をして佐々山駅前の煉瓦亭のケーキを配達して貰う手配をしてくれた。

 煉瓦亭のケーキと紅茶を愛理が運んでくると一緒に愛理も食べた。

 南場さんが「鈴木君の従妹ですよね」と改めて聞くと、愛理は「いいえ彼女です」と答えた。

 愛理は「南場さんからも京子ちゃんに言ってくださいね。アタシの優ちゃんを誘惑しないでって」と真顔で言った。

 猿山さんが「鈴木の彼女ってホイホイじゃなかったんだ」と驚いている。

 南場さんが愛理に「マジ?」と聞き返した。

 愛理は「これだけ女子に、優ちゃんが囲まれると。まぁ釘も刺したくなるだけです」

 猿山さんが「アタシは鈴木を男子と思ってないよ。安心して愛理ちゃん」と笑う。

 南場さんは「アタシは、アタシより優秀な男でないと付き合う気はないなぁ」

 他の女子達は「愛理さんとは勝負にならないからパス」と首をぶんぶんと横に振る。

 僕は愛理に「それ本当?」と聞くと愛理は「ふっ。黙っていようと思ったけどね。京子ちゃんは放置するとエスカレートして次回は、マジで妊娠したとか言い出しそうだし、優ちゃんも優柔不断だからね」

 猿山さんは「たらし最低」と僕を睨んだ。


 頑張るぐんまの中小私鉄フェア当日


 11月の第二日曜日。

午前6時。

僕達は、佐々山電鉄本社前に居た。

西村さんと長谷川君、そして佐竹君が居た。

愛理が「不純異性交遊の優ちゃん。復帰です」

「ご迷惑をおかけしました」と僕が謝罪。

「シャバの空気は上手いだろ」と美佳ちゃん。僕が不在中に西村さん、長谷川君も頑張ってくれたらしい。

長谷川君は「男の勲章だな」と笑う。

「ハニートラップねぇ」と西村さん。

佐竹君は「女子みたいな顔でも、やる事はするんだな」と毒を吐いた。

僕達は制服姿。

一応は、高校性応援団という立ち位置なのでイベント時は制服が正装になる。

「制服の下に体操着なんて中学校以来かなぁ」と愛理がスカートを両手で広げた。

メンバー全員が、準備作業、終了後の後片づけの際に動きやすいように長袖のシャツ、ハーフパンツを制服の下に着こんでいた。

 みんなは、長袖シャツにハーフパンツだけど、長谷川君だけは上半身裸で鍛えあげられたマッチョな身体を見せ付けていた。

 愛理が「すごっ、さすが自衛隊」と感銘。

 美佳ちゃんは「すげーな」と僕を見た。

「優も鍛えれば男っぽくなるかな?」

西村さんもシャツ越しでも、立派な身体をしている。

「女子高の女子って全員じゃないけどさ。男子に負けないくらいエロい話するんだよ。長谷川君、写メ撮らせて」

「別にいいけど?」

「愛理の彼氏とか嘘いって、真奈美とかに自慢しちゃおうかな。いひひ」

 愛理が、長谷川君に興味を持っているとしたらと思うと気持ちが沈む。

 いくら雨宮京子ちゃんが、僕を好きになってくれるのは嬉しいけどしけど、なぜか僕は絶対に京子ちゃんに手を出さないのも、どこかで愛理を失いたくないとブレーキが掛かるからだと思う。

 通りがかりのオッサンが「今の子はスタイルが良いねぇ。こりゃ学校の先生も間違いを起こすよなぁ」と愛理を見て言う。

 僕は、慌てて愛理の前に立ってオッサン達のスケベな視線を遮った。

 愛理は「へぇ。愛理を守ってくれるの?」

 軽トラで食材を運んできたJAのオバちゃん達は「若いっていいわねぇ」と立ち止まる。

オバサン達は美佳ちゃんのハーフパンツ姿を見て「今の子は良いわねぇ」とか「オバちゃんの時代はブルマーよ」「当時はブルマーがスタンダード。オバちゃん今はこんなポッチャリだけど。若い頃はスタイル良かったのよ」と笑っていた。

 愛理は、「あー。今もアタシも紺パンなら履きますよ」と相手の昔話に合わせる。

 愛理は、相手の気持ちを尊重して、相手の話に同調するのが得意だ。

 そして、聞き上手な愛理にオバちゃん達は気を良くして「応援団の子は何人?これ人数分あげるから食べな」と売り物のお菓子をゲットして戻ってきた。

 美佳ちゃんは「スゲーな。体操着の話をしただけで八百円相当を稼いできたよ」

 愛理は「ふふふっ」と笑い菓子を配る。

トラックで運ばれてきた資材を下す。

 そして、運んできたトラックが今日のメインステージになる。

 主に、僕と長谷川君、佐竹君が思い機材やスピーカー、音響施設を搬入や、セットしたりする。

 午前8時に一旦作業を止めて、全体ミーティングが始まった。

 大体の会場設備はセットし終わったので僕達は、タオルで汗を拭いて再び制服を着ている。

 愛理は、セーラー服にミニスカート。

あの謹慎中の愛理の言葉が忘れられない。

 美佳ちゃんが「優。ぼーっとするな」と僕を背後から軽く叩く。

 我に返ると、神林社長が挨拶をしている。

前の日に、手トロと呼ばれる敷設された鉄のレール上を集会する遊具のレールは敷設されていて、手トロもレール上に鎮座。

 午前十時の開場だけど、既に正門前には鉄道部品購入のための鉄道ファンが並んでいる。

 全体ミーティングのあと、途中で買ってきたコンビニのサンドイッチや、おむすびで朝食会。

「これ食べ終わったら会場を一周して回ろうぜ」と美佳ちゃんが提案。

 そもそも会場警備の西村さんと長谷川君は正式な役割分担だし、僕も美佳ちゃんも愛理、佐竹君、みのりちゃんも賛成した。

 まず正門に受付がある。此処は愛理とみのりちゃんの担当。

 受付と言っても来場者のカウントとパンフレットを配布するだけで、入場は無料だけど、部品販売会だけは人数制限があるので整理券を配布する仕事がある。

 入場すると、電車の部品即売会。

昔の電車の謎なパーツ。つり革、行き先お書いてあるボード、一番使い道が解らないのは信号機の灯火一式だ。

 家に信号機を建植するのだろうか?

販売価格は5万円。どうやって持って帰るのかな?

 会場を進むとメインステージがあってトラックの荷台でイベントが開催される。

 まっすぐ進むと、僕達が準備している手トロ、本社内には沼川工業高校の鉄道研究部が作ったジオラマの鉄道模型が展示走行する。

 本社手前を右に曲がると模擬店や観光物産の販売テントが並び、その奥に車両区の車庫線に200型電車が並んでいる。

 今日は、あくまでも試運転と称して、ある時間に回送電車が1往復だけ沼川本町車庫と佐々電沼川駅の間を走行する。

 仕掛けがあり、上越線の“ある列車”の発車時刻に佐々電の回送電車も同時発車。

 あえて公表しない事でSNS拡散した。

 午前十時前。

 久々に、パンタグラフを上げて床下から電動空気圧縮機や、電動発電機の音を高らかに響かせ、煌々と前照灯を点灯する。

 試運転列車も、ゆつくりと車両区の出発線に転線して発車のスタンバイをしている。

「開場、5分前です。各ブースの担当者はお客様のお迎え準備をお願い致します」

 僕は、佐竹君と手トロの最終調整をしていた。

 美佳ちゃんは、鉄道部品販売会のブースで鉄道ファンとの交渉役に就く。

 午前十時。

会場にイベント開始の汽笛が鳴り響く。

にぎやかなBGMが会場のスピーカーから流れ始め、整理券を片手に鉄道ファンが鉄道部品即売会のブルーシートの前に整列し始める。

「整理券番号1番から5番の方。どうぞ」

美佳ちゃんの声が僕達の処まで聞こえてきた。

「ママ。電車いっぱい」と笑顔の幼児の声。

 ベビーカーを押して笑顔の夫婦、新幹線のプリントシャツを着た幼児を連れた母親など入場してくる。

「鈴木でも、佐藤でも良いから来てくれ」

 長谷川君からトランシーバーでトラブル発生の連絡が入った。

 美佳ちゃんが対応するらしい。

暫くして美佳ちゃんが戻ると

「まさかの罵声大会だよ。200型で絶対に出さない。急行表示を撮影していたヲタの前に親子連れが記念撮影で横入りして怒鳴りあいだと」と報告してきた。

「こういうイベントは定番のトラブルだよね」

 美佳ちゃんは「さて。一仕事してくるかね」と僕を誘った。

 十時三十分に回送電車が出発する。

既に、ググっとぐんま号。頑張れ佐々電と書かれた丸いヘッドマークが先頭車の運転台窓下の中央に取り付けられている。

 僕と美佳ちゃんは、黄色いヘルメットを借りて運転席添乗腕章を借りて運転席から一区間だけ特等席で前面展望を楽しめることになった。

 線路脇には、三脚やカメラを構えた人達が立ち並ぶ。

 車庫線の出発信号機が赤色から黄色に変わる。

 踏切の警報機の点滅、遮断機が下りる。

 出発信号機が緑色になると運転士は「回送902列車。車庫線出発進行」と換呼。

 シューッとブレーキハンドルを緩めると。軽くプワーンと汽笛を鳴らしてノッチを入れた。

 ウォーンと心地よいモーター音がして、ガタガタンとポイントを通過して本線に進入していく。

 電車は、今回のイベント前にレールの錆取り、信号設備通電試験の為に一往復しているが、それでもギギギッと車輪とレール金属音がしている。

 線路脇の鉄道ファンは撮影をしている。

 電車は右に車体を傾けながら左側から寄ってくる吾妻線、上越線の線路と並走する。すぐに、黄色信号が見えてきた。

 「場内注意。30」

 佐々電沼沼川駅に隣接する沼川駅のホームには、真っ黒な煙を吐く蒸気機関車が青い客車をけん引して停車中。

 美佳ちゃんはニヤニヤが止まらない。

「高崎支社。心憎いことをするな」

D51蒸気機関車のヘッドマークが“ググっとぐんま号。がんばれ佐々電”の丸いお揃いのヘッドマークが掲出されていた。

美佳ちゃんは「JR最高」と歓喜していた。

SLの乗務員が佐々電の電車に敬礼をしてくれている。

 佐々電の運転士も汽笛で応答した。

ホームには沼川女子高の吹奏楽部が待機していて、JRのホームにも沼川駅の職員や駅長が佐々山電鉄の回送電車を待っていた。

 沼川市長が、駆け付けてきてくれた。

会場に居なくて心配していた沼川地域おこし協力隊の長沼さんは、このシーンを撮影するために沼川駅で場所取りをしていたらしい。

 神林社長が、市長と会話をしている。

 十時五十五分。


 佐々山電鉄の方が回送電車なので蒸気機関車に足並みを揃える形になる。

「こちら佐々山指令。第901列車準備ができましたら信号の指示で発車願います」

「了解。定時発車します」

ボーッ。

蒸気機関車が動き出した。

少し遅れるタイミングで佐々山電鉄の回送電車もプワーン汽笛を鳴らして動きだす。

 ホームでは、吹奏楽部が演奏を開始した。

 銀河を走る鉄道の有名な曲。

映画バージョンの方が高らかに演奏される中、山吹色の電車はホームをゆっくりと動き出す。

並走する蒸気機関車は加速していき、青い客車からは乗客が手を振っている。

事前に高崎支社のスタッフか車掌が用意したメッセージボードを乗客が掲出。

大きく“がんばれ佐々山電鉄”というメッセージが窓に貼られていた。

 美佳ちゃんは、声を出して泣いている。

 最初は、応援を断れた高崎支社だけど、最高の演出で応援してくれた。

 電車は、再び沼川本町駅の車庫線に戻る。


ステージでは“はるな団”のミニライブの準備が始まる。パーテーションだけの更衣室。

はるな団の小学生達は、チアガールみたいな衣装を着ていて、統率の取れたチームワークでステージ裏でダンスや振り付けの練習をしている。

保護者が応援に来ていて、自分の娘達の様子を動画撮影している。

 僕達も着替えると、芸能事務所の関係者が迎えに来て、マスコミ取材に対応。

 驚いたのは、小学生研修生にも大勢のファンが付いている事だ。

 グッズ販売は無いけど、写真を買うとサインをしてくれるとかファンサービスはステージの後にあるとか、僕は初参加だけど地方アイドルにも流儀やルーティンがある事を知った。

「お待ちかね。はるな団の次期アイドル候補生チビはるな団ステージ」。

コールが聞こえると、重低音のビートがスピーカーからズンズンと流れてきた。

最初は。研究生だけが歌とダンスを披露。

 様々な色のサイリューム。

ヲタ芸や、推しの小学生を応援するコール。

 美佳ちゃんも「うわっ。初めてみた」

 飯田さんは「ほう。コイツは萌えるわ」

「はい。佐々山電鉄応援団の皆さん。スタンバイしてください。曲のあとにMCが入りますので、そこでステージに上がります」

 トレーラーの荷台。

でも、荷台だけどアイドルステージなんだ。

「佐々山電鉄応援団のみなさんでーす」

 僕達は、駆け上がった。

意外にも、はるな団のファンは受け入れてくれた。人前で歌って踊るのも楽しい。

 大盛況の中、イベントは終了した。

 小湯山基地潜入


 日本政府から、連絡がきた。

僕達が、はるな団のステージで踊っていた時間に、渋沢町のホテル伊藤のオーナー一家に空き巣が入って警察が来る騒ぎがあった。盗まれたのは、金品ではなく地図。

亡くなった大女将の書斎から日記が数点だけが盗まれた。警察も盗難に遭った伊藤家も意味が解らなかった。

 しかし、日本政府にとっては国難に相当する重要事案。

 大女将の日記には小湯山掘削時の地図が記されている。

 敗戦後に、進駐軍が日本に駐留する前に旧日本陸軍により小湯山弾薬庫の資料は焼却処分されていた筈だった。

しかし、迷路のような山中の掘削された庫内の順路が全てが記された地図は、当時学徒動員の女学生で掘削リーダーをしていた大女将が作業用として密かにメモをしていた。

 盗んだのはドシキモ社。

日本政府は、事前に把握していて一度は大女将から借りて調査後に返却した代物。

 僕達は決戦が近いという事で視察。

前に美佳ちゃんと西村さん、長谷川君、ギャッピ市松で行った渋沢町の温泉街の外れにある有名な心霊が出る井戸。

その井戸の先にある草むらに隠された場所に古びた使われていないトンネルがあった。

 トンネルの馬蹄形のポータルの上部に扁額が掲げられていた。

利澤無窮

宇野哲人

「うぁ。本当に存在していたんだ」

僕は驚いた。

 美佳ちゃんは「ほう。小江戸温泉物語のホテル側のトンネルの入口にある扁額は通天洞だけど、反対側は全くは別の扁額か」

「慈しみは尽きる事は無い。意味は解らないけど。偉い漢文学者様らしいわよ」

 雨宮京子ちゃんが、腕組をして説明した。

「渋沢温泉側の入口は完全にトンネルが埋められていて、アルミ製のドアがあるけど、こちら側は上の隙間から入れそうですね」

 僕が言うと、神林さんが補足をしてきた。

「此処は、正式な小湯基地の出入口ではありませんよ。ただの基地内へ送風する通風ダクトの取り入れ口に過ぎません」

「それにしても、同じトンネルなのに入口と出口に全く異なる扁額が埋め込まれていたとはビックリだわ」京子ちゃんは、懐中電灯で扁額を照らしながら呟いた。

 正式な通路ではないが、今回は此処からのルートがアメリカ国防総省から指定された小湯山基地へのアクセスルートになる。

 正式なルートは、佐々山電鉄小湯線の小湯山トンネル内にあると思うけど、軍事企業ドシキモ社ですら発見できないような入口を、簡単に僕達に教える筈もない。

 中に入るのは、意外にも佐々山電鉄の小湯山トンネルでは無かった。全く別の場所。

 僕達は、トンネルの上部にある隙間から、トンネル内部に潜入する事になった。

 神林さんと西村さん、長谷川君は自衛隊の迷彩服。

 僕と雨宮京子ちゃんはインスタントハッピーのメイド服、美佳ちゃんは制服だった。

 縄梯子でトンネル内部に降りると、足元は湿っていて天井から水が滴っている。

 神林さんはトンネルの中央までくると懐中電灯で壁を照らした。

 西村さんと長谷川君は、周囲を警戒している。

 重火器は所持していない筈だけど、たぶん準じた何かを持っているのは明らかだ。

 京子ちゃんは「米軍基地の警備関係なら自衛隊といえども、携行を許可されても不思議ではありませんからね」と僕に言う。

 神林さんは「京子さん詳しいですね」

 誰かが不法侵入したらしく、壁にスプレーで落書きがある中、暗号みたいな文字が紛れている。

「木を隠すなら森の中です」

神林さんは、持ってきた小型の端末で文字を入力すると、何もない壁がパかッと開いた。

「まるで、三流の映画や海外のドラマみたいなギミックだ」と美佳ちゃんは嬉しそうにしている。

スライドしたコンクリート壁を模したドアの開いた先には、細い通路が現れる。

「さて急ぎましょうか」

 延々と続く無機質なトンネルは、階段こそないけど緩やかに下り勾配になっている。

 30分くらい歩いて行きどまりになった。再びドアがある。

 ドアの手前に、自販機と喫煙所、そしてベンチがある小さな部屋がある。

 神林さんは、小型の端末で再び先ほどの文字を入力した。

 ドアが開くと、そこには鉄道の線路があった。

「佐々電の小湯山トンネル?」

 雨宮京子ちゃんが不思議そうな顔をして言う。

「違うよ。複線だし線路幅も違うよ」

美佳ちゃんが否定した。

 神林さんは「上越新幹線の榛名トンネルですよ。まさか新幹線のトンネルの推進抗が小湯山基地の抜け道とは予想外でした」

 そして「大丈夫です。新幹線の営業時間は過ぎてます。新幹線の本線を100mほど高崎方向に進んだ先に推進抗があります。そこまで点検用の通路を歩きますよ」

 僕達は新幹線のトンネルをあるいて、再び壁にある鉄の扉を開けて細い通路に戻った。

 細い通路に入ると神林さんが教えてくれた。

「榛名トンネルは隠し通路があるんです」

 トンネル掘削工事中に、榛名トンネルは軟弱で水脈の多い地質をルート選択した。

 案の定、掘削中に水脈にあたり水没したり、地上でも地盤沈下などを起こし工事中断したり、様々な変更を余儀なくされたりと難工事で開業が東北新幹線大宮開業よりも遅れた。

 世間的には、榛名トンネルは難工事という話になっているが、実はアメリカ政府が水没した筈の旧ルートを小湯山基地の建造にカムフラージュしていたなら、日本国民に隠された秘密基地は実在しても不思議ではない事になる。

 いま歩いているのはトンネル内で火災や事故が起きた時の乗客の避難通路になっている通路。

 ただし、通常時に一般人が簡単に通行できる場所でもなく、保守作業員でも機材運搬や点検以外では使わない通路だ。

 そして、小湯山基地のゲートは通風ダクトを制御する機器室の制御盤の一つが入退室の隠しコマンドになっていて、ようやく基地内に入れた。

 利澤無窮のトンネルに入って1時間が経過していた。ゲート内には、2名のミリタリーポリスが出迎えてくれた。

 基地内の方が、今までのルートより大変な通路だった。

 洞窟みたいな岩盤が剥き出しの、ゴツゴツした手掘りの通路は足元も岩で、水脈の難工事という地質の弱さ、そして場所によってはザーッと地下水が流れている場所。

 「足元に気をつけて」と西村さんと長谷川君がサポートしてくれる。

 洞窟みたいな通路は迷路みたいに枝分かれして、迷子になったら二度と出られないと神林さんが言う。

「此処が小湯山の旧・日本陸軍の掘削した戦時中の弾薬庫跡だ」

 米軍のミリタリーポリスの道案内が無いとたどり着けない場所。

 正確にいうと、迷路は数パターンあって基地内で侵入者があると任意で通路を変えて敵を閉じ込めることができるらしい。

 雨宮京子ちゃんは、突然僕に向かって

「優さん。小湯山基地の件が終了したらエッチな事をしましょうか」と言い出す。

「京子ちゃん。ダメです」と美佳ちゃんが言う。

「あれれぇ。美佳さん。今日はクソガキ京子って怒らないですかぁ?」と不敵の笑み。

 美佳ちゃんは慌てて両手で口を押えた。

「瑠佳ちゃんなの?」と僕は驚いた。

「あー。美佳お姉ちゃん。京子ちゃんの事をクソガキ京子って言っていましたよね。肝心な部分でボロをだしました。あー失敗」「じゃぁ、美佳ちゃんは?」

僕の問いに「美佳お姉ちゃんは、アタシの代わりにインスタントハッピー研究所に居ます。ちょっと重要な集会があって、一応はアタシが座っていないとダメな奴なので美佳お姉ちゃんが座ってるだけで事が足りるので」と頭を搔いている。

 雨宮京子ちゃんは「インスタントハッピー研究所も、南場さん達のクーデターで警戒してるから、瑠佳さんが首謀者かも知れないって疑っている分、座っていないとアメリカのドシキモ社に通報されますからね」とクスクス笑っている。

「よく美佳ちゃんが協力してくれたね」

 瑠佳ちゃんは「美佳お姉ちゃんは、ステーキみやりーのサーロインステーキ食べ放題を取引材料にすれば重い腰を上げるんですよ。佐藤家では御馳走ですからね」

「あー。それ知ってる。美佳ちゃんは何かあるとステーキみやりー奢れっていうよ」と僕が納得する。

 再び、足場の悪い岩場の通路を進む。

雨宮京子ちゃんは「アタシも作戦開始といきますか」とスカートのポケットからインスタントハッピーカンパニーのIDカードを取り出すと、屈んで岩場の通路の足元に置いた。

「なにしてるの?」

「インスタントハッピーカンパニーのIDカードって居場所把握する位置情報が解るんです。アメリカのドシキモ社もアタシを泳がせている理由。あえて罠に引っかかってあげようと思います」

 その後、ようやく小湯山基地の事務棟に到着した。

 大きなモニター監視装置が並ぶ管制室、核汚染をされても数日間は生き残れる核シェルターや備蓄庫、水ろ過装置、そしてミサイル監視レーダー。

 ここには通常は無人で、一か月に三日間だけメンテナンスと事務処理で自衛隊と連携して此処に宿直業務している。

 小湯山の近くには陸上自衛隊の相馬が原駐屯地があるけど、小湯山は航空自衛隊の管轄なので熊谷基地が窓口になっているらしい。

 

インスタントハッピーカンパニーの反乱


 インスタントハッピーカンパニー研究所の南場チームは二十名居る。

 事前に、僕と愛理で二十名分の着替えを用意している。

 理由は、RRMSのレベル4自動運転を実施するための付帯設備、研究所の現地新設の為、泊まり込みで数日間だけ渋沢温泉に滞在する。 

 インスタントハッピーカンパニー研究所が宿を指定したのはホテル伊藤。

 当然、宿泊先のホテル側には細工はしないだろうけど、監視や衣類などに盗聴器など仕掛けはある。

 そこで、僕と愛理の住む地獄沢へ遊びに来た時に、一時的に着替えて密談をする手はずになっていた。


 日本政府の施設から派遣されてる愛理の部屋は、改装され気密性の高い壁なので盗聴器の類は使えない。

 でも全く使えないと相手に不審がられるので、交代でメイド服を着ている班と、密談に参加する班をローテーションで回してドシキモ社側の警戒を誤魔化す。

 南場さんは「8月2日の脱線事故。死者は出ない。そして誰も死んでいないってアタシ達は上から聞いていた」

 猿山さんは「情報操作されていたんですね」と真顔で返答した。

「雨宮京子、アイツはアメリカに行って掴んだ情報だと、ドシキモ社は小湯山基地の権利を奪取すれば、RRMSなんか最初から敷設する気もない。アタシらは組織解体されお払い箱だってさ」

 猿山さんは「最悪、実行した南原さんや他のメンバーが、無差別テロの実行犯として表沙汰にして逮捕されるかも知れない」

 他の研究員が激怒した。

「捨て駒ですか?アタシ達」

「今までの研究は全部なかったことに?」

逮捕にも怒り心頭だし、利用されてゴミ箱に捨てられる事が明らかな研究を続けることが馬鹿らしくなった。

 ただ、朗報もあった。

ドシキモ社の現在の経営陣は、軍事企業としての基盤だが、同じドシキモ社の幹部でも今後は次世代技術に重点と考える派閥もあり、現在の経営陣が居なくなれば、RRMSの研究は継続できる。

「アタシ達が生き残るにはコレしかない」

喧々諤々の討論の末。

「クーデターと言ってもガチの軍事物資で商売する会社と正面でドンパチする気はないのよ。もっとスマートに現在の経営陣が退陣する方法を考えましょう」

「小湯山ってメンテナンスの時以外は無人なのよね」と南原さんが僕に聞いてきた。

「うん」

「その神林って人にお願いしてさ、日本政府とアメリカ国防総省の方に働きかけて、なんとかして貰えないかな?」

「聞いてみます」

「お願い」

 メンバーがチェンジして南場さんが同じ話をしたらしい。

 僕は、盗聴器があるメイド服を着て、如何にも現地調査をしたり、雑談をしたりして盗聴されているのを承知で会話を続けた。

「愛理ちゃん美少女だね。優ちゃんも惚れるわけだ」

「京子ちゃんとホテル行った話は?」

「二股なの?最低」

「入ったけど何もしてないよ」

「京子ちゃんの気持ち解らないの?」

「京子ちゃんかわいそう」

 普段は研究ばかりで色恋沙汰に飢えているのか僕は悪者になった。

「男子って、いつも自分勝手だよね」

「優ちゃんが、態度をハッキリさせないのが悪いのよ。愛理さんか京子ちゃんか」

 たまたま、近くにいた愛理が助け舟をだしてくれた。

「京子ちゃんも大したタマよ。アタシに宣戦布告してきたんだから」

 女子達は「マジですか」と興味深々。

愛理は、珍しく「ライバル登場って、なんか燃えるわね。アタシは京子ちゃんみたいにエッチ系ではない清純な恋愛をするわ」

「えー。じゃぁ京子ちゃんの方が愛理さんの存在を知っていて身体を使って卑怯な真似をしたって事?」

 愛理は「違うわよ。ドシキモ社の尾行をカムフラージュする為らしいけどねぇ」

 愛理は僕をじーっとみている。

「まぁ、今回の作戦が終わればアタシは鈴木家を出て家族ごっこも終わるからね。堂々と一人の女の子として優ちゃんを落としにいくからね。覚悟してね」

 女子達は「やばっ。下手な恋愛ドラマや漫画より面白くなってきた」

 誰かが「死亡フラグだよね?」と言った。

ドシキモ社幹部の来日


 別に国賓でも無いので、一企業の幹部が来日しただけでニュースにもならない。

 でも、政府も警察も、公安も要監視対応の企業幹部の来日には神経を尖らせていた。

 それは十一月の中旬。

佐々山電鉄が正式に、十二月一日からの運行再開に向けて試運転や施設の点検などを始めた頃だ。

 来日の日、僕も京子ちゃんも、そして瑠佳ちゃんも、インスタントハッピーカンパニー研究所に召集された。

 南場さんは、瑠佳ちゃんを見て異変に気が付いた。

 インスタントハッピーカンパニー研究所で、唯一監視カメラが無く、盗聴されない場所はトイレと大浴場・脱衣所だけだ。

 声は出さないしジェスチャーも出来ないので、目くばせだけで会話を成立させた。

 本物の瑠佳ちゃんは、神林さんと在日米軍の人達と小湯山基地に居るからだ。

 ドシキモ社の中でも、警戒感は高まっていて所長も、各部署の担当者もピリピリしているのが伝わってくる。

 午後になってドシキモ社幹部が軽井沢の研究所に到着した。

 幹部は五名。

 如何にも、アメリカ人的な背丈と容姿。

むしろ五人の幹部よりもボディガードの方が多いくらいだ。

 午後三時に、幹部たちは軽井沢の新しい施設建設予定地に視察に向かう。

 視察は、あくまでも体裁であり、本当の目的は小湯山基地の“利澤無窮”の通用口から幹部自らが潜入するつもりらしい。

 その情報は京子ちゃん情報だ。

幹部たちを、地下迷路に閉じ込める作戦。

 僕達も、急遽だけどドシキモ社幹部の要請で一緒に参加する事になった。

 RRMSバスで渋沢温泉まで行って、インスタントハッピーカンパニー研究所が抑えているホテルに向かった。

 バスの中で、インスタントハッピーカンパニー研究所の女子五名が案内役として小湯山基地に同行する事になった。

 案内役とは隠語だ。

ドシキモ社幹部と同じ部屋に宿泊して接待をさせる。

 京子ちゃんが、アメリカから帰っていたのは接待の意味を知った為だという。

 この話は、事前に南場チームの女子達も情報共有して知っていた。

指名された女子達は泣いていた。

南場さんは、小湯山基地の視察が周囲の目を欺くなら夜だと決めつけていた。

 しかし、夜は南場チームの女子達に接待させるとなれば、翌日以降の視察になってしまい南場チームのメンバーを守れない。

 予想が外れてしまっている。

夜までに、幹部たちを地下迷宮に閉じこめないと南場チームの女子達がピンチだ。

盗聴器と監視カメラの存在から、クーデター作戦変更の合図は出しにくい。

 瑠佳ちゃんに扮した美佳ちゃん。

よくよく考えれば、瑠佳ちゃんは人事課で別部署なので南場チームのメイド服とは違う制服を着ていた。

極秘プロジェクトに関わらない事務職系のインスタントハッピーカンパニーの子は盗聴器がついた制服の着用はない。

南場さんは、上手に美佳ちゃんにメモ書きを渡している。

美佳ちゃんは、途中でトイレに行きたいと言ってコンビニにバスを止めさせて、愛理に連絡を取らせた。

とりあえずは、神林さん達に連絡はつく。

あとは、夜が来る前に幹部達を何らかの理由をつけて小湯山基地に連れて行くだけだ。

 選ばれた女子は、ドシキモ社長が京子ちゃんをお気に入りにしているらしく指名してきた。

「あの社長ロリコンなの」と嫌そうな顔をして「優さん。アタシを守ってくださいね」と震えていた。

 南場さん、猿山さん、瑠佳ちゃん。なぜか僕を男子と知って指名してきた変態幹部もいる。

 美佳ちゃんは意味を理解していない。

 渋沢温泉に到着した。

ホテル伊藤の一番すごい部屋。

部屋の中に専用のヒノキ風呂がある。

 通訳の人、警備の人の控室も用意してある。

夜になって逃げ出すことは不可能だ。

何が何でも、夜が来る前に小湯山基地に幹部を誘い出さないといけない。

作戦を失敗したら五人は幹部の玩具にされてしまうという最悪のリスクを背負う。

後戻りはできない作戦が開始された。

従業員に扮した愛理がフロントに居た。

 ホテル伊藤の女子社員の制服を着た愛理は、たぶん連絡を受けて駆け付けてきたのだと思う。

 愛理は、流暢な英語でドシキモ社幹部と会話をしている。

 でも、相手は軍事企業ドシキモ社だ。

簡単に愛理が日本政府側の人間だと見破られていた。

 でも、愛理も機転を利かせて余計な事は言わずに、単にホテル伊藤が多客の為に渋沢温泉組合の依頼で、ホテル伊藤に補充要員として多客応援にきていると説明して怪しまれる事は回避できた。

 さすがは、世界を牛耳る軍事企業だ。

愛理の存在まで把握されている。

 そうなると、美佳ちゃんも瑠佳ちゃんとすり替わっているのもバレている可能性が高い。

 小湯山の地底迷路だって警戒されておる可能性もある。

 いくら天才高校生集団といえども、策が幼稚すぎたかもしれない。

 ところが、ロビーに米軍の制服を着た人達が入ってきた。

 ドシキモ社幹部は、ボディーガードに目配せをして、ロビーの方に行くように指示。

暫くして、戻ってきたボディーガードは幹部に報告した。

 小湯山基地で、明日の早朝から緊急のメンテナンスが入ったという話をしているという報告。

 ドシキモ社幹部は予定を早めて、これから小湯山基地に向かうというラッキーな展開になった。

 でも、神林さんが手配した茶番かもしれないけど第一課題をクリアした。

 幹部たちは、スーツから動きやすい服に着替えると、まるで榛名山の大自然を散策するという感じでホテルを後にした。

 僕達もジャンパーにジーンズという恰好になり、誰がみても山歩きをしている外国人観光客と日本の高校生というグループにしか見えない。

 利澤無窮に到着し、あの神林さんが持っていた小型の端末とは違い、別の機械で入り口を開けた。

 警報が鳴る訳ではなく、なんらかの細工をするわけでもなく当然のように開いたので、たぶん米軍側にもドシキモ社に機密情報を流している関係者が居ると思う。

 新幹線のトンネルは、前回と違い営業列車が走っている時間帯。

 列車ダイヤを見計らい、新幹線が通過して、次の新幹線が通過する間合いを見て移動した。

 そして、あの迷路みたいなゴツゴツした岩の通路に到着した。

 入口のドアが閉まる。

南場さんが「走れ」と僕達の叫んだ。

「鈴木。お前が頼りだ先に走れ。ついていく」と五人は走り出す。

「えっ、なになに?」美佳ちゃんが転んだ。

 そして美佳ちゃんは、捕まり僕達も逃走を断念した。

 僕達は、基地内部指令室まで連行された。

 神林さんもアメリカ空軍の基地隊員も抵抗はできなかった。

 僕達五人は、地下迷路に閉じこめられた。

幹部たちは何かをいっている。

南場さんが「夜に迎えに来る。生きて帰りたかったらおとなしく此処に居ろ。逃げたければ自由に逃げろ。ただし出口のない迷路で野垂れ死にするだけだ。好きな方を選べだとさ」と通訳してくれた。

 猿山さんが「ふっ。ドシキモ社幹部を閉じ込める作戦が、アタシ達が閉じ込められちゃった訳ね」

 美佳ちゃんが「ごめん」と謝った。

「さて。どうしたものかな?此処に居たら慰み者は確実だし。あいつらに玩具にされるくらいなら出口を探すのも悪くないな」

 南場さんの決断は誰も反対しなかった。

 もともと、全員が懐中電灯を持って入ってきたので照明は確保できている。

 道に迷わないように、岩に石で印をつけていった。

 美佳ちゃんが、「新幹線の榛名トンネルの位置からして、たぶん地上は佐々山町と地獄沢の小湯山付近だと思うよ。迂回したから位置関係が曖昧だけど。たぶんそうだ」

 猿山さんが「地元の子が言うのだから大丈夫だよ。それで?」

美佳ちゃんは「地獄沢って地名は、沢の名前なんだよ。しかも小湯山の裏手に山の地下水が流れ出すトンネル状の水道があるんだ。たぶん。この先を歩けば何処かに水が流れている通路があるはず。そこから出られるかも」と言った。

でも、僕達が歩いている通路は、チョロチョロと足元に水が流れているだけだ。

京子ちゃんが「水って上から下にながれるでしょ。水の流れている方向に歩いて行きましょう」

 僕達は、歩き出した。

 うす暗い狭い、ゴツゴツした岩場の通路。

 数本の分かれ道もあったけど、適当に進まずに少しでも水量の多い方向に向かって歩いた。

一時間くらい歩いて、疲れて休憩をした。

「喉が渇いた」

流れている水はあるけど、飲めるかどうかも解らない。

 僕が水を触った。

ぬるま湯みたいな水の感触。

さっきまでは、冷たい水だった。

「この水暖かいね」

美佳ちゃんも触ると「本当だ」と不思議そうな顔をした。

 再び歩き出した。

サーって音がしてきた。

「水の音だ」

その音に向かって歩くと、ザーッと水流の音が近づいてきた。

ようやく、地獄沢の源流に到着した。

水の中を靴とジーパンを濡らしながら歩く。明かりが見えてきた。

 でも、頑丈な鉄の柵。点検用のドアがあるけど鍵がかかっていて人間が通れるような場所ではなかった。

 それは、目の前に明るい青空や森が見えるのに出られないと言う残酷な絵図だ。

 おまけに、ドシキモ社の私設傭兵らしきサングラスの男たちがショットガンを構えて巡回している。

「武装してる。此処は日本だよ」

 美佳ちゃんの疑問に瑠佳ちゃんが

「お姉ちゃん。此処は日本であって日本ではありません。未返還領土。いわゆるアメリカ合衆国だから銃の所持は不思議ではないのです」

「おー。そう言われると納得」

 幸い、水路の方が高い位置にあるので、気が付かれなかったが、ここから逃げ出す事は容易ではない。

「早苗の婆ちゃんの日記の地図が解読されてるから逃げ道が塞がれているんだ」

 美佳ちゃんが笑いながら言った。

「ピンチなのに嬉しそうね」

 猿山さんは呆れた顔で言う。

「なんか映画とかドラマみたいじゃん」

「馬鹿なの?ガチでヤバい状況だよ」

猿山さんの声が響く。

「馬鹿っ。馬鹿なのはアンタよ」

 南場さんが小声で怒った。

「どうする?携帯電話は没収されているから何処にも連絡が取れないし」

 落胆していた僕達。

「歩き疲れた。どうせドシキモ社って小湯山弾薬庫の迷路のようなトンネル内は把握してるんでしょ。隠れても見つかるよね」

 猿山さんが弱音を吐く。

 京子ちゃんが「映画やドラマなら救助とか大どんでん返しで大団円なんですけど」

 ジメジメしているトンネル内。

手彫りの岩盤が剥き出しの狭い通路

 ギャッピ市松が美佳ちゃんの背後に浮いている。

「美佳ちゃん。またリュックにギャッピ市松を入れてきたの?」

「はぁ。アタシは最初からリュックなんか背負ってないよ。ギャッピは家に……」

 美佳ちゃんは、急に立ち止まる。

「おおっ。ギャッピ市松。なんで?」

「気が付くの遅いぞ」

「予知夢の姉ちゃんが電話かけてきた」

「飯田さん?」

「おう。あの温泉姉ちゃん。また優と美佳を救いやがったな。前橋に足を向けられないな」

「それは兎も角、何処から入ってきたんだ」

 ギャッピ市松は「ホテル鈴木のボイラー室の処の源泉点検口だけど?」

 「点検口?」

ギャッピ市松に案内され、あの温かい水の湧いている付近に出た。

「さっきの温かい水の処だ」

ギャッピ市松は「ちょっと待ってろ」とフワリと浮遊してトンネルの天井に向かって小さな穴を抜けて言った。

「ちっ。あんな小さな穴じゃぁロボは通れても人間様は通れないよな」と美佳ちゃんはガッカリした。

 南場さんは、壁を懐中電灯で照らすと「いいや、源泉の取水口がある。此処ならい通れるかもな」と望みを託す。

 僕達が、その取水口をのぞき込んでいると少し離れた場所でゴンゴンと鉄の板をたたく音がした。

 ガン。

その音と共に光が漏れて、愛理が「お待たせ。救助に来たよ」と顔を覗かせた。

 そこは、見慣れたホテル鈴木の裏手にある鉱泉のボイラー室。

「助かったぁ」

「もう、あんな場所に戻りたくない」

 そういうと、ペタンと床に座り込んだ。

 愛理が「えーとね。せっかく外に出られたけど。また戻ってもらいますよ」

「なんでよ」

「早苗ちゃんがドシキモ社に捕まりました。あの子。一人で改造モデルガンで大女将の復讐に行っちゃったの。見事に捕まっちゃったけど」

 愛理は、渋沢温泉のホテル伊藤のヘルプをしていた時に、発砲音がして幹部を守ろうとしたボディガードが軽症を負った。

 でも、さすがアメリカの軍事企業だけあり警察沙汰にならないように上手に処理をして騒ぎにならなかった。

 早苗ちゃんは、捕まってしまった。

「たぶん。小湯山基地に連れていかれてる」

一時間後、僕達は最初に閉じこめられた場所に戻った。

ドシキモ社の幹部達は、ニヤニヤしながら「お仲間だ」と早苗ちゃんを僕達の前に立たせて笑っている。

「たのしませてもらおうか」と口々に呟く。

 僕達きまねをした。

京子ちゃんがドシキモ社のCEOに

「ホテルじゃなくて、此処でしませんか?ボディガードさん達に見られるのは恥ずかしいので二人だけで」と提案をした。

それを幹部達は受け入れ、各自が少し離れた場所に移動した。

 既に、僕達はクロロホルムを用意していたので簡単に幹部達を眠らせる事ができた。そして各自が逃げ出す。

 今度は美佳ちゃんは転ばなかった。

 印が付いている壁を見てはそれを消していく。

 そして出口に向かわずに、あの暖かい水が流れている場所に集合した。

 ギャッピ市松が「追手が来る。早く入れ」とドアを開けた。

 内側からは開かない鉄製のドア。

僕達は入るとゴンと鈍い音を立てて閉めた。

 ウォーン機械音のするボイラー室。

 愛理が「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれた。

 早苗ちゃんが「まさか。ホテル鈴木の鉱泉の湯沸かしボイラーが地獄沢の源流から取水していたとは驚きだわ」と周囲を見渡す。

 ぐやっぴ市松が「もう神林の方では地下迷路をロックしたからドシキモ社幹部はうす暗いトンネルで誰にも発見されずに行方不明だ」

 不思議な話で、ドシキモ社幹部が行方不明になった報道は一切なかった。

 観光列車いかほろ号プロジェクト


 この会議は、渋沢町の渋沢体育館で行われた。

 ホテル伊藤のホールを使う予定が、大手企業の研修に使うという理由で場所が体育館に移動したのだ。

 司会進行は、高崎交通経済大学の中島先生とゼミ生。

 渋沢温泉のホテル・旅館関係者、佐々山電鉄、沿線行政、沿線の商工業関係者、沿線の中学、高校生徒会が集まっていた。

「いかほろ号の検討会を始めます」

「いままでの経緯です。おさらいです。8月2日の脱線事故。当日からバス代行輸送で関東運輸局より事業改善命令が出て前線で運行停止になりました」

 ざわざわとし始める体育館の傍聴者。

「いろいろとありましたが、12月1日の始発列車から運行再開の認可を受けられ、再び佐々山電鉄に電車が走り出します」

 会場から拍手が聞こえてくる。

「沼川西地区バス問題の件で説明します」


 沼川西地区の地域主導型コミュニティバスは、あくまでも駅とショッピングセンターの買い物客送迎用の定期コース。

定期コースのルートは、沼川駅から沼川本町駅を経由して沼川ショッピングモールまでは30分起きの定期便。

起点は常に、沼川ショッピングモールに車両は在中。

沼川西地区へはデマンド方式として呼び出しがあった場合のみ運行をする。

少し前なら認可されない方式だった。

 バスの運転士不足、地域交通の民間活力を利用したシェア交通という試みで実証実験をするという事で認可が下りる予定。

 車両は、ワンボックスのハイエース。

 沼川市の広報誌には、市長と沼川ショッピングモール本部の本部長が握手をしている写真が掲載された。

「続きまして佐々山電鉄の公募社長の件」


 佐々山電鉄も、新し社長である神林さんがボランティアで参加してくれる地域住民と一緒に駅の草むしりや、駅の老朽化した待合室の補修やペンキ塗りを行いマイレール意識改革にチャレンジしていた。

 沼川西地区は、沿線住民で組織する。

佐々山電鉄沿線自治会連絡会に正式に参加をすることになり、佐々山電鉄沿線のすべての自治会が足並みを揃えて、群馬県、沿線自治体に合意形成ができた事を伝えた。

 沼川市では、福井県から市民団体を招き、自分達で佐々山電鉄を、存続、維持、育てる術をレクチャーして貰う研修会が開催された。

 小湯線は、ドシキモ社から日本国が国家プロジェクトとしてRRMS事業を引き継ぐことになった。

 佐々山電鉄では、鉄道事業を継続するにあたり、5か年計画で経営の基盤整備を実施する。

 内訳は、輸送対策事業費補助を国と群馬県、沿線自治体(沼川市・渋沢町)が三分の一、鉄道基盤整備維持費補助は群馬県が五分の三、沿線自治体(沼川市・渋沢町)が五分の二を負担。

 固定資産税も沼川市と渋沢町が行う。

小湯線はRRMSが国のプロジェクトになった分、佐々山電鉄も佐々山町も経営環境が軽減される事になる。

 それでも億単位の補助を貰う事になる。

 その金額は、沿線住民にも伝えられている。法定協議会の設立は、必須でRRMSとの連携、沿線のバス・タクシー事業者との連携、MaaSによるデジタルアプリによる決済、データ連携を考える場として機能させるという。

「最後に、なぜ今になって観光列車を走らせるかという話ですね。説明します」


 佐々山電鉄の現状は厳しい。

いくら、地元住民や企業が乗って残そうと頑張っても観光客という定期外収入が得られにくい状況を改善しないと持続可能な地域交通網の維持ができない。

 沼川市側からのアクセスが悪すぎる。

 上越新幹線開通前は、国鉄上越線・吾妻線は特急街道と呼ばれながらも沼川駅は特急列車の通過駅だった。

 しかしながら、急行列車が多く停車していたので上野駅から乗り換え無しで沼川駅まで来訪でき、また普通列車でも群馬県の交通の要所である高崎駅での高崎線からの接続が良かったので榛名山観光、渋沢温泉観光は常に沼川駅が玄関口とされていた。

 しかし、現在は一時間に一本の普通列車、おまけに交通の要所である高崎駅まで列車は走らず途中の新前橋駅で乗り換える。

 理由は、マイカーや観光バスでの来訪、高速バスの利便性、輪をかけて不便な沼川駅を避けて都心部から渋沢温泉のホテルチェーンが観光バスを借り上げて送迎バスを運行しているなど沼川駅から鉄道を利用しなくても渋沢温泉に迎える手段が増えた事だった。

 

 沼川市としては、今回の佐々山電鉄事故で更に、沼川市を通らないで渋沢温泉に行ける事が常識化してしまい、仮に佐々山電鉄が運行再開をしても沼川市離れは止まらないし、逃げた観光客も戻らない試算。

観光列車いかほろ号プロジェクトは、そんな沼川市の期待を持って計画されてる。

佐々山電鉄では、8月2日の脱線事故で現地で廃車解体された200型の205号編成の代替え車両を購入することになっていた。

佐々山電鉄が、保険に入っていたので同じ用途で同等の中古車両なら保険で購入ができるというのだ。

ただ、制限があって榛名山での急こう配を登れる高性能なモーター、急こう配を均衡速度で降りて来られる抑速ブレーキという装置が搭載していないとダメだ。

オマケに、同等程度の中古車両となると譲渡をお願いする鉄道事業者は限られてしまうし、何よりも相当古い車両が引き渡される懸念もある。

 観光列車に改造しても、普通列車にも運用可能な中途半端な車両になる可能性が高い。

 案の定、保険屋の条件は脱線した車両と同じ通勤タイプで、観光列車専用は保険の支払い対象外となると通告された。

 佐々山電鉄が、声をかけて返答を受けたのはJRの新潟支社の115系という2両編成の車両だった。

 最初から2両なのはいいけど、日本海の潮風、上越国境の豪雪に耐えてきた車両で外板は傷んでいて、2日間かけて道路をトレーラー2台で陸送する必要があった。

 でも、通勤タイプのロングシートの縦型シートだけの佐々山電鉄としては、初めてのセミクロスシートとなり向かい合わせのボックスがあるため観光列車改造の種車両としては十分に機能してくれる。


 その車両は、十二月のクリスマス頃に佐々山電鉄に到着する。

 点検整備、傷んだ箇所の修復をする。

 そして、改造をするとなると実際にデビューするのは来年の3月頃になるらしい。

 そんな中途半端な観光列車いかほろ号でも、住民の熱意は盛り上がっていた。

『あなたの意見が取り込まれます』

『地域全体で作り上げる観光列車』

 鉄道が好きな人は佐々山電鉄に自分達の意見が取り込まれ、カスタマイズができる観光列車の誕生にわくわくするし、鉄道に興味のない人ですら、何か新しい物が誕生するときに、自分の意見が取り入れられるとなれば興奮を覚える。

 名称は、既に公募で決まっている。

万葉集の、いかほろという歌から名つけられている。渋沢温泉は伊香保という別名もある。

乗車時間は、片道わずか三十分。

車内では調理はできないので、飲食物は始発駅での積み込みになる。

 問題は、観光列車なのにトイレがない。

二両編成の社端部トイレはあるけど地上設備が用意できないので改造の際に撤去する。

 代わりに単線で対抗列車の退避駅に多目的トイレと新設する事でカバーをする。

 中途半端な観光列車の条件を、如何に克服して渋沢温泉や沼川市をめぐる片道三十分のクルーズを観光客が乗りたくなる列車に仕上げるかが誰もが苦慮する難しい課題となっている。


「まず、受付で配布した資料をご覧ください。形式番号では解りにくいですが、上越線で走っていたオレンジとグリーンのツートンの電車の2両編成版です」

 中島先生がスクリーンに映し出すと誰もが「かぼちゃ電車かぁ。国鉄の電車だよな。そんな中古電車で観光列車ができるの?」と声が上がった。

 その後は質疑応答で、会議は終了した。

 会議の終わりに、各施設や関係者にポスターが配布された。

【みんなのアイデアで走らせる観光列車】

【採用者には渋沢温泉宿泊券を贈呈】

「毎日、宿泊しとるわい」と美佳ちゃんは笑う。

「ホテル伊藤の女将さんは、観光客向けよ」

「そうなの?」

「美佳ちゃんのアイデアが採用されたら、そうねぇ。東京ネズミランド招待はどうかしら?」

「いいねぇ」と美佳ちゃんはヤル気満々。

ただ、グレーで列車の形状だけのイメージのポスターは車体カラーも未定。

「このポスターを使ってアイデアを公募してください」とゼミ生が説明をした。


 まず、早苗ちゃんが渋沢温泉のホテルや旅館にアイデア箱を設置して、地元だけでなく観光客にもアイデアを募ったらどうかと提案して実行している。

 僕達は、沿線の小学校、中学校、高校にもアイデア箱を置いた。

 もちろん、沼川無料カフェにもある。

 中島先生のゼミから、誰も予想をしなかった観光列車運行計画アイデアが上がってきた。

 平日は、事前予約制の不定期列車で予約が無い場合は通常の普通列車として運行。

 休日は観光列車として、午前に渋沢駅からホテルや旅館をチェックアウトした観光客をターゲットに沼川本町駅間を一往復運行、午後に渋沢駅から沼川本町駅間を一往復運行する。


 もともと、改造する車両が新潟に居るので締め切りは12月末日になった。

 内装や機器類を改造すると運輸局に申請をするので、それ以降は改造ができない。

  佐々山電鉄運行再開


 12月1日

午前5時30分。

 渋沢駅。

佐々山電鉄の運行再開初日は、小雪混じりの強風だった。

僕と美佳ちゃんは、渋沢駅に居た。

コートの襟を立てて、使い捨てカイロをポケットに入れて、暖かい缶コーヒーを飲み名がら駅の改札口に並んで立っている。

あの真夏の暑い日の脱線事故から、四か月経過しての運行再開。

僕と美佳ちゃんは、始発列車を見に来ていた。

 駅の助役と駅長が事務室から出てきた。

「おはよう。お二人さん」

「いよいよだね」

「ほい。おはよ。駅長さん。助役さん」

「おはようございます」と僕も挨拶をした。

 運転士さんと車両区の検査員さんが懐中電灯を照らしながら架線を照らす

 パンタグラフが上昇すると、火花がスパークした。

 暫くしてグオーンと重苦しい音がした。

圧力空気を作るコンプレッサーの音。

 自動券売機の電源が入り、駅長と助役さんが駅の周囲を掃除し始めた。

お客さんが、一人二人と改札口が開くのを待合室で待っている。

何処からか鉄道ファンもカメラを持ってやってきた。

まだ真っ暗な駅周辺。

始発電車の車内の照明が点灯した。

「ストローク良し。主制御器群良し」

運転士の点検喚呼の声が響く。

美佳ちゃんはニコッと笑う。

「この日常の当然を見たかったんだよ」

 公共交通の存廃問題。

署名や廃止反対運動をしても廃止になる地域もある。

昭和の国鉄分割民営化の当時の手法。

乗って残そう、サクラ乗車で乗降人員を嵩上げという旧態依然の廃止反対運動のままでは残せない。

 地域課題として、行政や専門家が沿線住民や学生、自分達の責任で鉄道やバスを存続して維持、育てていくという気持ちが無いと残せない。「行政の仕事だから」「鉄道事業者・バス事業者が努力しないから」ではなく沿線住民・利用者が「当事者」だ。

 佐々山電鉄の沿線住民には覚悟はあるのだろうか?

 僕も美佳ちゃんも心配だ。

 午前十時にセレモニーが始まる。

定期列車だけどヘッドマークがついている。

 僕と美佳ちゃんは、佐々山電鉄から一日駅長の任命を受けた。

 駅長だけど、セレモニー列車の運転席に添乗させてもらえた。

 神林社長が、ホームで片手をあげて出発進行と喚呼する。

 運転士も「下り本線一番・出発進行」「ドア閉じよし」「運転士知らせ灯点よし」と喚呼した。

プワーンと汽笛が一声。

 ブレーキハンドルを運転位置にして、主幹制御器を投入する。

沼川女子高校の吹奏楽部の軽やかな演奏に見送られ電車が滑り出す。

 電車は、渋沢駅に向けて順調に走り出す。

沿線や線路脇、踏切で近隣住民や、ベビーカーを置いて写メを撮る母親、一生懸命に手を振る男子小学生。

 運転士さんはサービスフォンを鳴らす。

 各駅には、ホームに幼稚園児が旗を振っていたり、お手製の「おかえりなさい佐々山電鉄」の横断幕を掲げる人達が電車の到着を待っていてくれる。

 あの沼川西地区の最寄り駅である六本松駅では自治会長や、あの苦戦した三人も見送りに出てきてくれていた。

 渋沢駅では、渋沢温泉組合、観光協会の人達が盛大な出迎えをしてくれた。

 心配は要らないようだ。

第一目標の佐々山電鉄の運行再開。

次のステップの観光列車運行に移行。

僕達は、再び沼川本町駅に向かい佐々山電鉄の車庫に向かった。

 車庫のピット線には、数日前の夜間に新潟から運び込まれた観光列車用の車両が留置されていた。降雪前へ予定が早まった。

 美佳ちゃんは「とりあえずはドシキモ社も経営陣が変わって小湯山を狙うことはなくなったみたいだし一件落着か」

 南場さん達は、警察に自首をしようとしたらしい。

 でも、日本政府が事故で処理した事案を蒸し返すなという話になり処罰を免れた。

 その後、インスタントハッピーカンパニ―研究所は、本来の研究施設の機能に戻りRRMS事業も継続されることになった。

              (了)

【この物語に込めたもの】

  稚拙な作品をお読み頂きありがとうございます。

作者です。ささはらみちなりはペンネームです。

それゆえに、行政や学者様と違う観点で物語を書いております。

 また、佐々山電鉄という鉄道は実在しませんが、佐々山電鉄と同じルートで鉄道は実際に運行されておりました。もし鉄道が廃止にならずに現在まで運行されていたらという架空ながらリアルな物語。

 物語の中では、実際に頑張っている行政、市民団体、

大学の先生や学生、そして鉄道やバス会社の人達の熱意や頑張りも参考にさせて頂きました。

 ありがとうございます。心より感謝申し上げます。

【群馬県前橋市・渋川市について】

 小説の中で前橋市が出てきます。

様々なチャレンジをする事で、業界では定評のある赤城山の麓(赤城山も前橋市です)に広がる素敵な街。

 

 あえて沼川市(実際の行政の計画と異なる計画が物語中にあるため実際の名前が使えない)とされている渋川市と渋沢町(渋川市伊香保)は、群馬県で草津温泉と並ぶ有名な温泉地。

 一番好きなのは、石段から見る赤城山の雄大な風景、

そして温泉地にありがちな湯の香りと立ち並ぶホテルや旅館街。是非とも前橋市にも渋川・伊香保にも足を運んでもらえればと思います。

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