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佐々山電鉄応援団 第3巻

群馬県立渋沢実業高校


9月1日。

午前7時50分。

榛名山の澄み切った秋空と言いたい処だが、真夏のような暑い日だった。

僕は、佐々山電鉄の渋沢駅前に居る。

8月2日の事故以来の学校の制服を着ていた。

「美佳ちゃん遅いなぁ」

佐々山電鉄・渋沢駅は、沼川市から榛名山頂に抜ける県道33号線の脇にある。

 昭和31年まで、前橋市や高崎市から沼川市を経由して渋沢温泉まで渋沢軌道という路面電車が走っていた。

佐々山電鉄の渋沢駅は、その路面電車の駅があった場所より少しだけ手前にある。

 駅前には、峠の公園という場所があって、茶色とクリーム色の当時の渋沢軌道の路面電車が展示されている。

佐々山電鉄が8月2日に運行停止してから初めて沿線高校三校が一斉に始業式を迎える。

 案の定、バスが足りないし生徒の積み残し、道路渋滞によるトラブルから各学校は一時間遅れの処置を余儀なくされていた。

 渋沢駅前も、沼川市に向かう通勤通学利用者が代行バスの乗車を待っている。

 愛理は、一時間早く家を出たけど、未だに学校につけず渋滞に巻き込まれているとメールが来た。

僕も一本早いバスに乗ったけど、結局は電車と同じ時間に渋沢駅に到着する始末。

 これが、毎日続くとなると気が沈む。

 美佳ちゃんは、渋沢温泉のホテルの従業員家族寮で母親と住んでいて、直接学校に行く方が早いけど、僕と駅で合流してから登校するのが毎日の流れになっている。

「おはよう」

 その声は、美佳ちゃんではなかった。

西村さん。本当は防衛大学の学生だ。

任務中は女子高生になりきる。

「転校初日だから我慢するけど。慣れてきたらスカートの丈を詰めようかなぁ」

 支給された制服に不満があるようだ。

「今時の女子高生で、標準丈のスカートってさぁ。神林さん。真面目過ぎだよねぇ」

 僕が、じーっと西村さんのスカートを見ていると「エッチ」と悪戯に微笑んだ。

「それでホイホイちゃんは?」と聞いた。

「美佳ちゃんの事?」

「あははっ。ゴメンね。そう美佳ちゃん」

 初対面時の西村さんは真面目に見えた。

 役に入りきっているのだか、本来の西村さんの性格なのか解らないけど普通に何処にでもいる女子高生になっている。

「うん。美佳ちゃんの前でホイホイちゃんは言わない方が良いよ。気にしてるから」

「ほい。言わないよ」とペロッと舌を出す。

そして西村さんはクスクスと笑った。

西村さんは演技派だ。

「なんかイメージ違いますね」

「そりゃそうだよ。潜入任務だからね」

「長谷川君も?」

「あー。アイツは本当の高校生だからね」

 長谷川君は、沼川市の群馬県立沼川工業高校の土木科に転入している。

その時だった。

「おう。優。待たせたな」

 美佳ちゃんがポテポテと坂道を下ってきた。渋沢温泉は階段や坂道ばかりの街だ。

とても、眠そうな顔。

「おはよう」

 美佳ちゃんの制服のスカートが短い。

必至で、スカートを手で伸ばしている。

 あの事故の日に着ていた制服ではない。

「可愛い。ちょとズルいよぉ。裏切者」

西村さんは、羨ましそうに叫んだ。

「いくら間に合わせだからってなぁ」

 僕のは、クリーニングをすれば着られる程度だったけど、美佳ちゃんの制服は損傷が激しいので佐々山電鉄が弁償する話になっていた。

「女子って何でスカート短くするのかね」

 採寸はしたけど、始業式に間に合わないので、美佳ちゃんママが勤めているホテル従業員で渋沢実業高校の卒業生から譲渡された制服を着てきた。

 ジャンパースカートの丈が詰めて短く改造してある制服だった。

 西村さんが「アタシのと交換する?」

短いスカートの裾を左手で抑えて歩く美佳ちゃんは「できればお願い」と真顔。

 西村さんは「冗談よ」と笑う。

美佳ちゃんは「落ち着かねぇ」とぼやく。

「それは、そうと遅かったね。美佳ちゃん」

「あー。今日が始業式なの忘れてた。慌てて着替えて出てきたからな」

「うーん。美佳ちゃんらしいね」

 美佳ちゃんは、髪の毛がボサボサ。

西村さんは「女の子なんだからぁ」とブラシで歩きながら美佳ちゃんの髪を撫でている。

 美佳ちゃんは学校が近づくと少し憂鬱そうな顔をした。

「早苗って、佐々電の事故の所為で婆さんが亡くなったって思ってるじゃん。

それでアタシが佐々山電鉄応援団って気まずいよなぁ」とため息を吐く。


 伊藤早苗。

渋沢温泉で老舗ホテルの御令嬢。

ホテル伊藤は、渋沢温泉の看板的な宿だ。

 美佳ちゃんママも働いている関係で、美佳ちゃんは小学校の時から、同い年の早苗ちゃんとは親友だ。

 そもそも、早苗ちゃんは渋沢実業高校の観光科よりも前橋市や高崎市にある進学校に余裕で通える学力はあった。

 でも、渋沢実業高校には観光科があり、地域の観光施設やホテル、旅館などでの実習もある為、ホテル伊藤も実習場所として協力関係にあった事から入学している。

 学校は温泉街から離れた渋沢町の役場の近くにある。

 普通科と実業科で校舎は別。

同じ学校で、同じ制服を着用していても偏差値も待遇も公立高校なのに差があるのが特徴。

 西村さんは普通科。

僕と美佳ちゃんは、観光科なので実業系。

 西村さんは転校の事務手続きがあるので事務室に寄るという。

「じゃ、また」と手を振る。

僕と美佳ちゃんは、西村さんと別れて自分達の教室に向かった。

 教室には、半分くらいの生徒しかいなかった。まだ早苗ちゃんは居なかった。

美佳ちゃんは、ホッとした顔で

「ほいほい。おはよう諸君」

そう言いながら教室に入っていった。

 まず女子が反応した。

「うわっ。美佳のスカート短くなってる」

「可愛いじゃん」

男子も「佐藤ってよく見ると可愛いよな」

 美佳ちゃんは、怪我した右手を左手で指さして「いやいや。アタシの制服よりさぁ。ケガ大丈夫とか。大変だったねとか無い?」と自分の怪我をアピールした。

「あー。そうだ。佐々電の事故。大変だったね。ニュースで美佳と鈴木の名前を聞いてさぁ。なんで美佳と鈴木って必ずペアで動いてるのかって笑っちゃったよ」

 美佳ちゃんは「人が死にそうな目に遭ったのに笑うなよ」と殴る真似をした。

「それにしても、今日の美佳。可愛すぎ」

 美佳ちゃんは、制服の高評価を受けてご満悦な顔をしている。

「まぁ。アタシが可愛いのは元からだよ」

 あんなに嫌がっていたのに美佳ちゃんは「よっしゃぁ。明日もミニで通学するぞ」と朝とは全く逆のことを言いだした。

 ショートホームルームで、担任の山田先生が「半分しか居ないなぁ。自習って言っても教科書が無いからな。宿題の見直しでもしていてくれ」と言って出て行った。

 思い出したように「おっ、鈴木、佐藤美佳。生きていて何より。大変だったな」

 担任の山田先生は、二十六歳の女性。アニメ好きで、教員用の駐車場にアニメの絵が描かれた痛車と呼ばれる軽自動車で恥ずかしげもなく通勤するツワモノだ。

 それゆえに、生徒に示しがつかないと教頭先生から目の敵にされている。


「宿題の見直しかぁ。優の丸写しだけどな」

 美佳ちゃんがリュックを開けると、「えっ」と叫んで直ぐに閉じた。そして青ざめた。

「どうしたの?」

美佳ちゃんは小声で

「ギャッピ市松が入ってる」

僕が覗き込むと金髪の髪の毛が見えた。

「なんで?」と僕が聞くと美佳ちゃんは

「コイツ。アタシのリュックを寝袋代わりにしていたんだよ。寝ぼけて中身を確認しないで持ってきちゃったよ」

「寝てるみたいだから、教室の後ろのロッカーにでも入れておけば?」

「ギャピ市松が学校で浮遊でもしたら大騒ぎだからな」と美佳ちゃんが教室の後ろの方に向かう。

 暫くして、他のバス代行で遅れた生徒達が登校してきた。

 口々に「佐々電が走らないとヤバイよ」

「これから毎日コレかよぉ」と愚痴る。

 早苗ちゃんも登校してきた。

地元だけど、電車通学の生徒達と一緒に来た。一瞬、誰だか解らなかった

 美佳ちゃんが気まずそうにしていると早苗ちゃんはニコニコしながら「美佳。おはよう。大変だったね」と声を掛けてきた。

 美佳ちゃんが、何かを言おうとしたけど、早苗ちゃんが遮った。

「人間は、いつか必ず死んじゃうんだよ」

 僕も美佳ちゃんも返す言葉が無い。

「でも問題は、寿命や病気じゃなくて。第三者によって大事な人の命が奪われる

のは残された人間の受け入れ方の問題かな」

 僕も美佳ちゃんも、早苗ちゃんが言っている意味が理解できていなかった。

「もう終わった事よ。でも、それが始まり」

 老舗ホテルの御令嬢の早苗ちゃんは、色白で細身。物静かで大人しい性格だった。

 でも、僕達の前に居る早苗ちゃんは夏休み前の印象とは異なり、日焼けした小麦色の肌、そして腕や足に絆創膏が複数ある。

 髪型も、少しだけど短くなった気がする。

僕と美佳ちゃんは不思議そうな顔をする。

「ふふふっ。ちょっとイメチェンだよ」

 そういうと「それよりさ。こないだ。雨宮京子がさ。ウチのホテルに泊まりに来た」

 教室で喋っていたクラスメートが一斉に静まり返った。絶対的なタブーがある。

 普通のクラスとは違う反応。

観光科という特殊な学科ゆえの反応だ。

早苗ちゃんは「やべっ」と口を塞いだ。

 ホテルや旅館に関わる人間は、宿泊されるお客様の個人情報はおろか宿泊している事すら外部に漏洩しないのが掟。

 まして老舗ホテルの早苗が掟を破った。

 早苗ちゃんは立ち上がりペコっと頭を下げると、口に人差し指を充ててシーっとポーズをとった。

再び、教室がザワザワと騒がしくなる。

「あぶねー」

 早苗ちゃんはホッとした顔をすると、美佳ちゃんが「早苗らしくも無い」と笑った。

 宿泊関係者は、お客様情報を無闇に語ってはいけない。まして有名人なら何処にマスコミやファンが聞いているかも解らない。情報漏洩の出所が宿泊関係者なら、今後の信用問題、業界からの利用自粛などに繋がりかねない。

 僕と美佳ちゃんは、席に座り宿題の見直しを始めた。

 美佳ちゃんは、ギャピ市松の入っていたリュックに宿題も居れていたらしいのでプリントがシワになっている。

 一時間遅れで始まった始業式。

ギャッピ市松は、生徒が体育館で始業式を行っている間に居なくなっていた。



    

機能しない組織


「観光科一年の鈴木優さん。佐藤美佳さん。至急、生徒会室まできてください」

 校内放送で呼び出しを受けた。

この学校は、少し変わっている。

普通高校と実業高校としての顔がある。

学区制が無くて、県内各地から電車通学をしてくる。電車運行停止の影響は大きい。

 普通科は実業科の生徒を見下しているし、入学した段階で絶対的なスクールカーストも存在する。生徒会室は普通科棟にある。実業系生徒は、あまり行きたがらない。

 制服は同じだけど、襟章の色が異なる。

 生徒会長と副生徒会長、書記は全て二年生の普通科の生徒。

 僕と美佳ちゃんは、出来れば普通科棟には行きたくないけど、呼ばれたからには出頭しなければならない。

 渡り廊下を通り、普通科校舎に入った。

 廊下に、西村さんが待っていた。

 普通科三年生に転入した西村さんは、ある意味では僕達の護衛であり、諜報活動もしている。

「呼び出しだねぇ。生徒会室は何処?」

西村さんと並んで普通科の廊下を歩く。

「伏魔殿だねぇ」

美佳ちゃんは頷いた。

「鈴木君さぁ。インスタントハッピーカンパニーの事は黙っていた方が良いね」

 僕は「はい」と返答した。

 西村さんは「普通科の生徒って、実業科の生徒を見下してるみたいだからさぁ」

周囲を見渡してから、小声になり続ける。

「その見下している生徒が実は、実は自分達より優秀って評価。彼らは間違いなく嫉妬と、自己保身で鈴木君を認めない。自分の立ち位置を守る為に全力で潰しに来る」

 西村さんは、たぶん僕と美佳ちゃんが生徒会室で何を言われるかを知っていてアドバイスをしてくれているらしい。

 生徒会室に入って僕と美佳ちゃんは立ち話だけで直ぐに退室を余儀なくされた。

 話の内容は、わずか5分。

佐々山電鉄応援団という活動には期待していない。校長の指示だから仕方なく

実業科の生徒と連携する。だから邪魔にならないように活動して欲しいという注意を告げられた。

「なんだよ。馬鹿にしやがってぇ」

 美佳ちゃんは、怒っていたし、僕は逆に生徒会が、この佐々山電鉄問題に如何に取り組むかの手腕が見たかった。

 生徒会の初めての活動は、校内で生徒全員に署名と陳情書を書かせて行政に提出する事。

 先生も生徒も記入をした。

でも、それだけで。次のアクションが無い。

 僕は、生徒会に次の行動提案書を出した。

沿線の学校と連携する事。

 生徒に交通と地域課題についてのモビリティマネジメント学習を行う事。

 街頭に出て市民や町民にチラシを配布して署名、協力、理解を求める運動展開。

 そういう内容の提案をした。

 生徒会室に呼び出されて、教頭先生や学年主任で生徒会顧問まで兼任する体育教師で本宮先生に烈火のごとく怒鳴られた。

「意味の解らない。出来もしない事を提案するな。誰にでも実行できる事、解る事を提案しろ」と激しい叱責。

 内容を説明しようとしたら教頭先生が「そもそも、鈴木君と佐藤さんは飾りだよ。校長の指示だから仕方なく連携をしているだけで君たちの提案を実行する気は毛頭ないから説明をされても無駄なだけだ」

 本宮先生は、竹刀を机に叩きつけ「身分を弁えろ」とか「スタンドプレーをするな。生徒会という組織があるのだから先輩を立てて、組織の輪を乱すな」と吠えた。

僕と美佳ちゃんの提案は不採用になった.。「二度と生徒会に提案するな」と生徒会室を追い出された。

 冷静になって考えれば馬鹿にしている僕から自分の知らない事、難しい話を提案された訳だから怒るのも無理はない。

 学校だからではなく、“理解できない事”は受け入れられない。現実に交通政策とまちつくりという地域課題や手法が一般市民に浸透しない、実行されないのと同じ理由に他ならない。

「誰でも理解できる提案」

 非は、僕の方にあった。

 しかし一週間後、その不採用提案は生徒会起案として正式採用された。

 提案者は生徒会長。

 でも、肝心なモビリティマネジメントは電車やバスの乗り方教室としてプレゼンされ、何よりも生徒会長が「他校に真似されない渋沢実業高校が佐々山電鉄を早期運行再開に向けた全校生徒全員で取り組む特効薬」という似て非なる内容だった。

 教頭、校長や他の先生、そして保護者会での発言は、渋沢町がべた褒めして町長は絶大なる評価と称賛をした。

 でも、素人は騙せても本職は騙せない。

電話で群馬県の交通イノベーション推進課の権現堂さんから僕は、「稚拙すぎる」と厳しい指摘を受けた。

 僕は、経緯を説明した。

 中島先生からも「新聞の記事を見たけど優くんの仕事じゃないよね」と心配された。

 その後、生徒会に内容変更を申告したけど「そもそも佐々山電鉄応援団の使えない提案を使えるようにしただけで、逆に感謝して貰いたい」と笑われた。

教頭先生は、時々訪れるマスコミの対応で、「生徒会が中心となり指導する。本宮先生の活躍を期待して欲しい」とコメントした。

校長先生や、世間の期待は増している。

でも肝心な計画推進をする資料の続きはない。

生徒会と佐々山電鉄応援団の協力体制が全くなく、単に手柄が欲しいだけの低俗な推進。本来なら沿線高校と連携する筈の提案が、逆に他校をライバル視して単独実施にしたり、モビリティマネジメントも交通安全教室にレベルダウンさせて満足している状況。

 でも、僕は再度提案を提出した。

 教頭先生は、可哀そうな人間を見るような差別的な目で、僕を一瞥した。

「何を勘違いしているのか解らないが、優秀な普通科の生徒、しかも生徒会が実行者だ。君達のような実業系の生徒は表舞台に出る事は絶対に無い。ただ提案だけをしていれば良い。弱者に人権は無いからね」

 さすがに、弱者に人権は無いとまで言われると僕も頭にきた。

「もう提案はしません」

 すると、本宮先生が僕を睨みつけて

「そんな事が許される訳ねぇだろ。もう後戻りができねぇんだよ。人権が無いって事は奴隷なんだよ!手前らに判断する権利もねぇ。早く次の作れよ」と怒鳴る。

 教頭は「提案をしないなら学校を退学して貰うか、本宮先生のパワハラに耐えて精神を病むかの選択肢しかないよ」

「脅しですか?」と美佳ちゃんが言い返す。

「だからよぉ。まったく解らねぇかな。そもそも弱者に人権も無ければ活躍の場も与えない。そう教頭は言いたいんだよ」

 僕も「いまパワハラって教頭が認めましたけど?」と言うと、本宮先生は

「世の中なぁ。イジメもパワハラも使えないダメな奴が組織から迫害される当然の報い。そして自殺をしたら本人の精神状況。うつ病とかいえば揉み消せるんだよ。まさか録音してねえだろうな」と睨み返してきた。

「この事は他で喋るなよ」と釘を刺された。

 僕も美佳ちゃんも、バカらしくて関わらない事にした。

別に、提案が誰の手柄でも良い。

ただ、あの人達には実行する能力もノウハウも無い。デタラメに動かされて失敗するのは火を見るよりも明らかだ。最終的に僕達が失敗の責任だけを取らされる。

 一生懸命に佐々山電鉄の運行再開を目指す人たちにも申し訳が立たない。

 その後、予想通りに何も進まなかった。

 美佳ちゃんは、SNSで小説に例えた現状を投稿したけど、逆に惨めになるだけだと投稿を止めた。

 校長からの進捗報告も滞り、生徒も不信がってきた。生徒会長も焦りが見えてきた。

 本宮先生は、何かあると僕と美佳ちゃんを呼び出したり、教室に来て他の生徒の前で僕と美佳ちゃんを怒鳴り帰って行く。

「お前達が、決められた仕事をしないから俺が教頭に怒られる。次の提案を出せよ」

罵声が他の生徒が居る前で浴びせられる。

 美佳ちゃんが「アタシ達は表に出ないし、何も出すなって先生が言ったんですよね?」と言い返す。

「状況が変わったんだよ。何処かの専門家が来て俺や教頭、生徒会が何も理解していない事が判明して、鈴木と佐藤を脅してでも協力させねえぇと、俺たちが虚偽報告で世間を騒がせたって話になって処分を喰らうだろ!畜生。パクるんじゃなかった」

予想していたよりも、深刻な状態になって本音が出たらしい。

自分達が、安易に考えていた出世の足掛かり的な計画が、有識者、行政、関係者の専門的な知識の集まる会議では、一切通用しない処か、基本を知らないから質疑応答も出来ないで会議自体が進まなくなるので本来の提案者を連れて来いという。 

排除した僕達が、推進してしまうと教頭、本宮先生、生徒会の所業が発覚するので絶対に僕と美佳ちゃんは表に出せない。

いかにも協力して参加しているように偽装しなければならないらしい。

校内だけでなく外部への虚偽となれば何らかの処分は必ず来てしまう。

 美佳ちゃんは「ざまーみろ」と笑った。

 でも、崖っぷちに追われた教頭と本宮先生は、佐々山電鉄応援団が虚偽報告をして生徒会が騙されたと外部団体に報告してしまったらしい。

 僕は「うつ病で虚偽癖がある」とか、美佳ちゃんは「無能な癖に、生徒会の提案を自分の手柄だと言い張る我の強い自分勝手な人間」と言っていたそうだ。

 呆れたのは、校長も事実確認をしないで教頭と本宮先生の報告だけを鵜呑みにして、学校の名誉と信頼を損なったと僕と美佳ちゃんは厳重注意を受けた。校長は不正を知っていて被害者を処分する事で解決。

このことは、全て神林さんにも報告してある。

 群馬県立渋沢実業高校での、任務推進が困難と雨宮首相の判断で、他校の伝手を使い推進する事に変更された。

 こんな事をしているうちにドシキモ社の魔の手は迫っている。


 翌日の放課後、僕と美佳ちゃん、西村さんと三人で沼川市に向かう。

長谷川君が潜入で転入している群馬県立沼川工業高校。

 埼玉土木大学の長瀞先生にも相談して一緒に同行して貰う手筈をとった。

 相手に伝わる話し方、難しい内容を如何に、相手に刺さる伝え方を出来る専門家が必要。それを残念だけど自分の通学する高校で学ばせていただいた。

 半面教師的な学習は、不本意だけど新しい事をするには、こういう失敗も経験として役に立つ事を覚えた。

 沼川工業高校には、土木科の担任の先生が話を聞いてくれた。田島先生という優しそうな先生だった。

「これはこれは長瀞先生」と初対面らしいけど、同じ土木知識を生徒に教える立場の教員ゆえ、直ぐにうち解けた。

 田島先生は「ほう。モビリティマネジメントですか。面白そうですね」と興味深く長瀞先生の話を理解してくれた。

 そして僕と美佳ちゃんにも田島先生は「良い経験をしましたね。教師といえども出世欲がある人間も居ますよ。大人には大人の理由があるのです。これから行政、議員、地域の人達と一緒に何かを成し遂げる為には、そういう人間との対処法も必要になるんです」

 美佳ちゃんは納得してない。

「でも、アタシ達は酷い事を言われて信用が失墜してるし。優はうつ病で虚言癖があってアタシは我が強いって」と泣き出した。

 長瀞先生は、逆に笑い出した。

「それ、学校って狭いエリアだけしか通用しない低俗な話です。世間では何が本物で、誰が偽物かは直ぐに解る。その教頭とか本宮って奴は、自分達が表舞台に出てきた時に雑魚は社会から消される。ほっとけよ」

 群馬県立沼川工業高校の田島先生は「理由は理解しました。モビリティマネジメントの件はウチで取り組んでみましょう。そうですね。悪いようにはしません」


 わずか三日間で、群馬県立沼川工業高校と群馬県立沼川女子高校、沿線の4校の中学校。佐々山電鉄沿線中高生徒会連絡会が発足した。

 でも、渋沢実業高校は考える時間が欲しいと即答はしなかった。



  モビリティマネジメント


沼川市役所

 沼川市役所の会議室で、佐々山電鉄関係の管轄部署である道路維持課の鬼瓦課長、商工にぎわい課の五十嵐課長、教育委員会の御手洗委員長、群馬県立沼川工業高校の田島先生、埼玉工業短期大学も長瀞先生でモビリティマネジメントの準備委員会に僕と美佳ちゃんも参加した。

 僕と美佳ちゃん、そして佐々山電鉄応援団は正式に沼川市と佐々山町と協力体制を結んだ。

 沼川市は、他に群馬県、近隣自治体である前橋市との交通とまちつくりに関しての技術提携や人材交流の提携も検討された。

 会議の後に、沼川市教育委員会の御手洗委員長に僕と美佳ちゃんは別室に呼ばれた。

 例の件だ。

「話は聞いたよ。渋沢実業高校の教頭先生と本宮先生ね。本人達は安易に考えているけど一歩でも校外に出れば、刑事罰の処分対象。マスコミもパワハラとかの反社会的案件は厳しく報道するからね」

 僕も美佳ちゃんも驚いた。

「そこまで大袈裟な話にしなくても」

 僕が聞き返すと御手洗委員長は

「君達が良くてもね。不祥事を聞いて隠せる時代じゃないんだよ。生徒間のイジメも問題だけど、教育者が生徒に自己欲の為に人権侵害とは教育現場の腐敗だよ」

 美佳ちゃんは「まぁ。虚偽報告を信用して教頭と本宮先生を校長が奨励表彰しちゃったから校長も必死で隠蔽するか」

「教育員会も不祥事を聞いてしまって見過ごせないから。上に報告させてもらうよ」

「はい。仕方ないです」

「ご時世柄。無かった事にできないんだよ」


「それはそうと……まず長瀞先生と基本的な学校モビリティマネジメントの手順を考えましょう。そんな輩の相手をしてる暇はないのですからね。私達には……」

 話し合いの結果、まずは沼川市内の小学校一校、中学校一校、そして群馬県立沼川女子高をモデル校として提案を受けた。

 再度、会議室に戻ると長瀞先生が資料を整えている。

 長瀞先生が僕と美佳ちゃんに「これから面白い事がおきるよ」と言った。

 そして僕と美佳ちゃんには、佐々山電鉄応援団である事を黙っているように言われた。


 再び会議が始まった。

 今度は、渋沢町役場交通政策課の神園さんと、渋沢町教育委員会、渋沢DMO(destination Management organization)のプロモーター、そして地元の郷土紙・上毛新聞、群馬テレビの取材も入っていた。

 ちなみにDMOとは観光地経営をマーケティングやマネジメントを通じて地域経営の手腕を使い観光を商品化する組織。いわゆる従来の狭義の観光協会と事なり行政、農林水産、飲食、商工業、宿泊、地域課題、そして交通など多様な関係者(ステークホルダー)に特化した人材のスペシャルチーム。

 沼川市長も会議に臨席していた。

「佐々山電鉄の問題は、単なる鉄道事業者の問題だけでなく、我が沼川市全体の課題です。そして隣接する渋沢町、佐々山町にも多大な影響が出ています」

 各自が自己紹介と所属を順番に紹介されていく、僕と美佳ちゃんは単に地元高校生代表という肩書で紹介された。

 美佳ちゃんは会議が始まると直ぐに寝てしまう。

 僕は、モビリティマネジメントについて説明をする役割を与えられた。

「まず、モビリティマネジメントとは、説明が難しいのですが勘違いされると困るのは、自動車を悪者にして電車やバスを利用して貰うのではなく、あくまでも自動車の利用を控え、賢く電車やバスを上手に使いこなすという、強制ではなく自主的に交通変容を促す方法……ですよね?」と僕は不安そうな顔で、長瀞先生の顔色を窺った。

 長瀞先生はクスッと笑い「おしいな。八割方は正解だが不足してる。もっと丁寧に説明するなら”コミニケション”だな。モーダルシフト(自動車から公共交通に転換させる)は簡単じゃないんだよ。それを環境問題、地域課題、科学的根拠に基づく施策などを如何に地域の人達や、学校MM(モビリティマネジメント)で相手に丁寧に説明をして理解して、実践して貰えるかって話だ」

 僕は「あー」と納得してメモを執った。

 そして、長瀞先生は「まぁ。いい続けて」と僕に振った。

「よく鉄道会社やバス事業者が、交通安全教室やバスの乗車体験、増収対策と混同してしまうので明確にしていおきますが、大雑把に言うと、小学校ならゲームや電車やバスの乗車体験でも十分に適用できますが、中学生レベルになればCo2などの環境課題、データを与えて利用者の増減のグラフを書かせたり地域課題などの解決策などをグループワークでさせるなどグレードを上げます。高校生レベルですと地域大学の大学生または行政の実際に実施している施策や実証実験などの具体的な成果の検証、パーソントリップ、各自が地域の交通に応じたデータから具体的な未来像を模索するなど学習方法は変わります」

 僕はその後モビリティマネジメントについて、アンケートや行動プラン表についての説明をしていった。

 質疑応答では、行政の担当者、学校管理職(校長、教頭、学年主任)などの理解、生徒の学力レベルなどの対処について数件の質問が出た。

 参加者には、一応の理解が得られた。

 休憩に入ると渋沢町の教育委員会の男性が僕に名刺を渡しに来た。

「渋沢実業高校の生徒さんだよね。生徒会の関係者かな?教頭先生や本宮先生には、お世話になっているけど……」と僕は何者かという意味での質問。

「鈴木優です。あっちで寝ているのは佐藤美佳です」

 渋沢町教育委員会の男性は「えっ」と驚いた。

「佐々山電鉄応援団の子?」

「はい」

「ちょっと待って?えーと、聞いてた話と違うぞ」と首を傾げた。

 詳しく聞くと、僕達は教頭先生と本宮先生から、「嘘つきで無能な人間のクズで、先生方からも嫌われ対応に苦慮している問題児」と聞かされていたらしい。

 沼川市の市長が、「渋沢町さん。何処でガセネタを掴まされていたかは存じませんが、鈴木君と佐藤さんは沼川市の重要な人材です。嘘つきで無能な人間のクズとか言ってる情報に踊らされているようですね」と僕の肩を叩いた。

 悔しそうに渋沢町の教育員会の男性が携帯電話を握りしめ廊下に出て行った。

 暫くして戻ってくる。

休憩が終わる前に、僕の携帯電話が鳴った。

 着信は、本宮先生だった。

 出た途端に『おい!鈴木よぉ。お前の所為で教頭に怒られちまったよ!あのさ!教頭の激怒の熱量、解ってるのか?今度は直接、鈴木に教頭の怒りを向けさせるからな!』と大声で怒鳴りだす。

 長瀞先生が僕の携帯をスピーカーにして会議室の全員に聞こえるようにした。


『いつも言ってるけどな。弱者に人権はないんだよ!まだ怒り足りない。それからな。勘違いしてるようだけどな。お前と佐藤美佳は絶対に表舞台に出さないからな。表舞台に出て活躍されてみろ。俺と教頭が虚偽報告しているのが世間に発覚したら俺が可哀そうだろ。鈴木は自分だけ良ければ良いのか?最低なクズだな』

 市長や、報道人、そして騙していた渋沢町教育委員会の委員長の前で暴言を吐きまくっている。

 長瀞先生は笑いを堪えているけど、他の人達は怒っていた。

 でも僕の携帯電話のスピーカーからは本宮先生が『俺が教頭から呼び出されて、あの熱量で怒鳴られてみろ。俺のストレスを発散させるには鈴木をサウンドバックにして叩かなければ俺が潰れちまう。余計な提案をして教頭を刺激した鈴木が悪い。悪評を広げて他の先生方にも拡散して学校から追い出してやるからな』と叫んでいる。

 その話を、この場に居た全ての人が聞いて証人になって居るとも知らずに。

 本宮先生は、僕と言う個人に怒鳴っているだけのつもりだろうけど、一瞬にして多くの人達に自らの破滅を暴露した事になった。

 長瀞先生は「出世どころか、懲戒解雇になれば再就職も大変でしょうしねぇ。なにより群馬県立渋沢実業高校も組織ぐるみの反社会的イジメ体質が世間に明るみに出れば来年の新入学生受験にも辞退者がでるでしょうね」と心配そうな顔をした。 

 翌日を待たず、その日のテレビニュース、翌朝には新聞に掲載されネットニュースを通じて全国的に、校長、教頭、本宮先生の実名で報道された。

 僕と美佳ちゃんが知らない事までマスコミや週刊誌は洗い出していく。

 今まで黙って第三者を装っていた人達、黙認していた人達が次々に証言をして、常に僕と美佳ちゃんが悪人になるように稚拙な嘘を吐きまくっていた。

 その後、関係者の処分で新しい校長、教頭が赴任して、学年主任は繰り上がり僕達の担任の山田先生になった。

 生徒会も再選挙が行われ、新しい三役が決まった。

 今回の騒動で、新しい体制になった群馬県立渋沢実業高校は佐々山電鉄沿線中高生徒会連絡会に加盟して、ようやく本来の目的を達成した。

佐々山電鉄沿線中高生徒会連絡会

初めての会合は、沼川市内の沼川無料カフェで開催された。

 みんなが手弁当で集まる。

 塾や部活もある中、生徒会だけでなく関心のある生徒も参加してくれた。

佐々山電鉄沿線中高生生徒会連絡会の会合は、月に2回。

 前に、渋沢実業高校が単体で行った署名活動みたいなものではなく、群馬県に公的支援を求める為、街頭署名を加盟校の生徒有志で実施する。

 佐々山電鉄の早期運行再開を求めるリーフレットの作成、キャラクターデザイン、文化祭などでのPR、各校が担当駅を決めて最寄り駅の駅舎掃除を行う、イベントやフォーラムの参加を行う。

 ただ公的支援を求めるだけでなく、佐々山電鉄沿線中高生生徒会連絡会として、行政、自治体に提案も行い運行再開後の旅客増収計画も企画立案する事になった。

幹事校は、群馬県立沼川工業高校に決まった。

僕は、モビリティマネジメントの展開について説明をした。

その際に、長瀞先生は前橋工科大学の先生、学生も連れて来ていた。

 沿線の人達の関心を集め、如何に佐々山電鉄を地域の為に活かしていくかが問題になる。

 前橋工科大学の先生は、既に前橋市立前橋高校でも公共交通意識の醸成に関する基礎研究、学校での生徒教育についても既に取り組んでいる学識経験者。

 モビリティマネジメントという難しい横文字よりも、まずは小学生からはゲームやクイズを使った交通教材を使った遊びながらの交通問題の授業、実際の電車や路線バスを使った利用の仕方を学ぶ学習をメインに実施。

 中学生は、グループワークで実際の群馬県や地域の交通網の実態をデータから読み取り、環境問題、少子高齢化問題、地域として何をするのか?を話し合いグループごとにテーマを決めて発表する。モビリティマネジメントの基本的な流れである”行動プラン表”を生徒だけでなく家に持ち帰り家族にも記入して貰う事で有識者と丁寧なコミニケションで記載内容をフィードバックさせ、何処までなら実行可能かを個別課題として実行して貰い、徐々に行動変容に繋げる。これは練習なので、かなり省略もあるが大きな流れとしては実行する価値があると沼川市も本腰を入れている部分。

 高校生は、前橋工科大学の先生や学生と一緒に、より具体的で専門的な部分で、実際に施行されている各自治体の交通計画について議論したり、データを読んだり加工したりして佐々山電鉄沿線の交通特性について自ら課題を見つけてレポート提出をする。

 単なる、署名を書いて行政に丸投げではなく、自らが佐々山電鉄問題に正対して関わり、そして公的支援はあくまでも運行再開をする手段であり、ゴールではない。その後の”残した後の鉄道の育て方”を学習する事で、生徒も当事者意識を高揚させる事を目的とするモビリティマネジメントと位置付けられた。

 群馬県桐生市へ向かう


10月中旬。

学校が終わって、金曜日の夕方。

午後5時過ぎ。

 オレンジ色の夕焼けに照らされた前橋市の街をバス停を降りて歩き、広瀬川の畔にある上毛電気鉄道の中央前橋駅に到着した。

 券売機で乗車券を購入して2両編成の電車に乗り込んだ。

各駅停車だけの運行ダイヤで、約45分かけて西桐生駅に向かう。

 同じ区間(前橋~桐生駅間)をJR両毛線が並走しているけど、両毛線は途中の伊勢崎駅どまりが多く、日中は一時間に一本の小山ゆきに乗らないと前橋方面から桐生市に行けない。

30分に一本の上毛電鉄の方が利便性は良い事になる。おまけにサイクルトレインという自転車積み込みサービスもあるので高校生達の固定客はあるようだ。

ガタンゴトン。ガタンゴトン。

赤城山の南面を走る2両編成の電車は、こまめに小さな無人駅に停車する。

佐々山電鉄みたいな温泉街という観光地がある訳ではなく地域密着の生活路線。

 逆転の発想で、鉄道沿線に何もなければ、何かある場所までハイキングや、サイクリングを企画して増収対策につなげるという発想から定期的にイベントを実施している。そういう努力もあるけど、やはり公的支援が無いと運行維持が難しい路線でもある。

 それは、佐々山電鉄でも参考にすべき内容であり、是非とも導入したい課題。

 でも、運営や管理、維持は本当に強い意志と継続性のある団体にお願いしないと直ぐに終わってしまう。佐々山電鉄を支援する組織は急務だけど簡単ではない。

 薄暗くなった車窓からは赤城山が見えるけど、農家や近郊住宅街が広がる沿線風景を進んでいく。

 殆どが無人駅で駅員も居なければ、車掌さんも居ないので運転士さんが駅に到着するとドアを開けてお客さんの精算や案内をする。

 途中の大胡駅には、電車の車庫があって昭和3年の製造で現役のレトロ電車が見えた。

「佐々山電鉄も、なんか目玉商品が欲しいよな」と美佳ちゃんがボヤく。

「うん」

「観光列車とか走らせれば、少しはイメージアップになるかな?」

「うん。言うのは簡単だけど現実は、先立つものが必要だよね」

「だよなぁ」

 大胡駅を出て、再び農家や近郊住宅地が、まばらに見える風景になる。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

翌日に、桐生市内で活動をしている市民団体の定例会に参加する為だった。

 桐生市の市民団体は、2015年からの生活交通を守る会という名称で活動していて、来月に開催が決定した群馬県や中小私鉄等連携会議が主催する頑張るぐんまの中小私鉄フェアに参加するのに、手回しトロッコ“手トロ”という遊具を借りる打ち合わせに向かう為だった。

 頑張るぐんまの中小私鉄フェアとは、群馬県内の上信電鉄、上毛電気鉄道、わたらせ渓谷鐡道が毎年、秋に輪番で実施する鉄道イベント。

 群馬版上下分離方式を受給している県内三社が行っていたので、佐々山電鉄は過去に一度も実施していない。

 今回は、初めて実施する事になり、群馬県民に対して鉄道の存続をアピールするには絶対に失敗が許されないイベントとなる。

 内容は、輪番の主催鉄道事業者が、自前の車両基地や駅前広場をメイン会場として実施する。ステージイベント、車両展示、車庫解放、県内および近隣の鉄道事業者が参加するグッズや模擬店、そしてミニトレインの運行。

 このイベントには、恒例行事で必ずイベント会場で走らせる乗用の鉄道模型(ミニトレイン)の存在が欠かせない。

 このミニトレインを管理して貸してくれるのが、今回訪問する桐生市内で活動する市民団体。

2015年からの生活交通を守る会。


 もちろん、2015年からの生活交通を守る会は通常は、わたらせ渓谷鐡道の支援、桐生市内の路線バスの持続可能な運行や計画、群馬県内を中心に多くの鉄道事業者の相談役にもなっている交通問題のスペシャリスト集団。

 でも、今回は佐々山電鉄の事故で急遽、本来の輪番で開催予定の上毛電気鉄道の順番に割り込んだ形になった為、乗用の鉄道模型(ミニトレイン)は別のイベントで貸し出されてしまう。

 佐々山電鉄で開催予定の「頑張るぐんまの中小私鉄フェア」は、代替えとしてミニトレインと同じ模型用の走行用線路を流用して、子供達が自転車みたいな遊具に乗車して手回しのペダル状のハンドルをクルクルと回すことで動く遊具を借りる事になっている。

 電車は赤城駅で、カッコイイ東武鉄道の特急りょうもう号を見て、再び桐生市内の西桐生駅に向かい発車した。

 此処からは、単調な風景から一遍して、東武鉄道桐生線と並走したり、わたらせ渓谷鐡道と交差したり、渡良瀬川を渡り街並みが賑やかになると西桐生駅に到着する。

 昭和レトロな駅舎。

 もう外は陽が落ちて薄暗くなっていた。

 同じ群馬県内だけど、物凄く遠い場所に来てしまったような気がした。

 美佳ちゃんは、ギャッピ市松をリュックから出すと抱きかかえて歩く。

 上毛電鉄は、中央前橋駅の西桐生駅もJR両毛線から離れた場所にあるので接続が良い関係にはない。

 僕と美佳ちゃん、ギャッピ市松は歩いてJR桐生駅に向かう。

 昭和レトロの西桐生駅とは違い、新幹線みたいな高架駅の桐生駅。

 その駅構内のコンコースを素通りして、反対側にあるビジネスホテルに到着した。

 朝食は出るけど、夕食は出ない。

 チェックインを済ませると、部屋に向かい荷物を置く。そして夕飯の考えをする。

 群馬県の主要ターミナル。駅周辺というのは居酒屋や夜の店は多いけど誰でも立ち寄れる飲食店は殆どない。あるとしても駅から離れた場所の国道やバイパスの賑やかな場所に集中して建造される。

地方都市自体の構造自体が、電車での観光移動を想定していない。

「何処かに食べに行くか?コンビニで何かを買って部屋で食べるか?」

 僕が、そういうと美佳ちゃんはギャッピ市松を抱きかかえて「ホテルの人に聞こう」

と言うのでエレベーターで一階に下りた。

 費用は、佐々山電鉄沿線協議会が領収書を出せば精算してくれるらしいので、僕と美佳ちゃん、ギャッピ市松はタクシーを頼んでホテルが勧める、美味しいソースカツ丼の店に向かった。

 お店の人や他のお客さんが、ギャッピ市松を見て驚いている。

(そうだよなぁ)

 僕は、今までインスタントハッピーカンパニーのロボとかを見慣れている沼川市や渋沢町、佐々山町の人達とは違い、ロボだか人形だか解らない謎の物体が動いているで驚いているのだと思った。

小学生の女の子が僕達のテーブルに来た。

「すいません。サインください」

 あとからお母さんらしい人も着て「ギャッピちゃんですよね」と言った。

僕も美佳ちゃんも驚いた。

「ギャッピ市松を知ってるの?」と美佳ちゃんが聞いた。

「知っているも何も、ギャッピちゃんは有名人ですよ」

 お母さんがそういうと、ギャッピ市松は当然のように油性マジックで慣れた感じで小学生の女子が出してきたノートにサインをしている。

 改めて、美佳ちゃんが携帯電話で検索をした。

「うわっ。マジで検索にかかった」

 ギャッピ市松は、怪奇現象の再現ドラマや、呪い人形が出てくるシーンで多用されている人形小道具俳優という名称で検索にヒットした。

 美佳ちゃんは「おいおい。動画もある。コレ去年上映された怖い映画だ」

僕も動画を見た。

「うん。コレさぁ。廃道になって塞がれたトンネルに肝試しに行って呪われる奴だよね。映画館には行かなかったけど動画配信で見たよ。怖かった」

 ギャッピ市松は「ほら。此処のシーン。自動車で逃げる奴らを先回りして脅かすシーンな」と自分の出ている場面を解説しだした。

「過去の栄光さ。いまは何の因果か落ちぶれて美佳の手先だ」

「市松人形が落ちぶれるとアタシの手先になるのか?嫌だな」

 美佳ちゃんは「製造したの誰だよ?」と問い詰める。

「ふっ。そのうち会えるよ」

 そして、実はギャッピ市松は、金持ちだという事が判明。

 しかも、呪い人形ではなくドシキモ社製のロボット試作品だったらしい。

 なぜ美佳ちゃんの処に来たかは言わないけど、ギャッピ市松を開発した製造主が美佳ちゃんの処に行くようにプログラムしたらしい。

帰りのタクシーで、美佳ちゃんは思い出したように「本当にあったかもしれないアナタの知らない世界だ」とギャッピ市松を指さして回答した。

「そんな番組はない」

「えー。教えてよぉ」

特段、話も盛り上がらずにホテルに着いた。

 その晩、美佳ちゃんは僕の部屋に来て一緒にテレビを見ながらお菓子パーティーをした。

 美佳ちゃんは、予想通り自分の部屋に戻らずに僕の部屋のベッドで寝てしまった。

 だから、僕は美佳ちゃんのルームキーを借りて美佳ちゃんの部屋で寝た。

 朝起きると、隣に美佳ちゃんが寝息を立てていた。

 僕は、面倒なことになる前に自分の部屋に戻った。


無料朝食を食べて直ぐにチェックアウトをする。

「駅の近くにホテルっていいな」

 美佳ちゃんは、たぶん朝の事は覚えていない。

 JR桐生駅の券売機で、わたらせ渓谷鐡道の乗車券を購入した。

 自動改札機を抜けて、階段を上がる。

ガラガラガラとディーゼルのアイドリング音が聞こえてきた。

 桐生駅の1番線に停車している、わたらせ渓谷鐡道の1両しかないディーゼルカー。

 美佳ちゃんは「電車も良いけど。こういうディーゼルカーも良いな」とご満悦。

 超ローカルなディーゼルカーはドアが閉まると、ゴーッとエンジンを唸らせて動き出す。

「ほうほう。良いね」美佳ちゃんは興奮。

 目的地は、たった1駅。

タタンタタン。惰行運転になると、JR両毛線と線路を共有する渡良瀬川の鉄橋を渡る。橋の向こうにある下新田駅に向かう。

 直ぐに下車するので車窓を楽しむ間もない。

 2分ぐらいで到着した無人駅は不思議な構内配線だ。

JR両毛線の電留線と呼ばれる電車庫の前にある無人駅。

僕と美佳ちゃんが降りると、既に2015年からの生活交通を守る会のメンバーが作業をしていた。

 普通の市民団体とは異なり、会議室で会議形式の定例会は行わない。

 毎月、第一土曜日の早朝に行われる定例会は主に土木作業が主体だ。

 会が育てるハーブガーデンの手入れ。

 そして下新田駅の周辺清掃を行い、その後に外で円陣になって活動報告や今後の活動予定などを話し合う。

 僕も美佳ちゃんも作業を手伝い、そして会議に参加した。

 会長の佐羽さんは、関東運輸局の地域交通マイスターの資格を持っていて、関東の赤字ローカル線などの活性化提案や助言もする。

「今日はですね。佐々山電鉄応援団の佐藤美佳さんと、鈴木優さんに来てもらいました。いま佐々山電鉄は重要な局面に差し掛かっています。当会も佐々山電鉄問題に協力する事は前回の打ち合わせどおりですが、具体的に”頑張るぐんまの中小私鉄フェア”で当会の手トロを貸し出します。このあと用事の無い会員は工場の方へ寄って貰い、今後の事について打ち合わせをお願いします」

 僕と美佳ちゃんは、下新田駅から佐羽さんの車に乗せて貰い、少し離れた佐羽さんの工場へ向かった。

 倉庫には鉄製のレールが分解されて積まれていて、その脇に乗用できる電車の模型と、お客さんを乗せる台車のついたトレーラーが置かれていた。

 美佳ちゃんは「本当は、ミニトレインの方が良いんだけどなぁ」とボヤいた。

 このミニトレインは大人気で、イベントや行政の行事などで使われる為、今回みたいに急遽、佐々電の早期運転再開を実施するため、既に決まっていたイベントが優先されるのは仕方が無い事だった。

 でも、手トロという遊具は、鉄製のレールを組むと思っていたよりも楽しい物だった。

 美佳ちゃんは、制服のスカートだったけど円形に組まれた線路を飽きずに走り回っていた。



 佐々電は要らないという地域


『鉄道事故で運行停止中の佐々山電鉄。運行再開の見通し立たず』


 佐々山電鉄で電車通学の学生が多い群馬県立渋沢実業高校の山田教諭(26)は「生徒の通学を考えると佐々山電鉄が鉄道として残ってほしい」というが「不正工事を行い列車脱線事故で重軽傷者21名を出すような鉄道事業者に、公的資金を使ってまで存続させるのか?」と反発する市民も居る。佐々山電鉄は臨時株主総会を開催し鉄道事業からの撤退を検討。群馬県や沿線自治体は、佐々山電鉄と並行して運行している国越交通にバスに打診しているが、バス運転士不足や増車が厳しい事から難色を示している。また、インスタントハッピーカンパニー研究所が佐々山電鉄小湯線跡地で実証実験を行う自動運転の次世代路面電車と専用バス区間を走る自動運転バスのRRMS(Rail&Ride Mobility System)を佐々電沼川駅ー渋沢駅間でもBRT化転換が可能かの検討を始めた。(地元新聞紙より)


 数日後の新聞では、次の報道がされた。 


『佐々山電鉄は鉄道事業から撤退の意思。沿線は存廃への温度差』


 佐々山電鉄株式会社は、〇日に開催された臨時株主総会で鉄道事業からの撤退を決定。また、これを受けて群馬県議会と沼川市市議会ではインスタントハッピーカンパニー研究所のRRMSによる自動運転BRT(高速バス輸送システム)に転換する方向に舵を取る。RRMSを指示する議員には追い風になる。これにより県知事及び沿線首長が、佐々山電鉄を鉄道としての存続をする姿勢と対立する状況となっている。

 この件で、高崎交通経済大学の中島教授は学生と共に、佐々山電鉄が運行停止になった事で地域に不利益が生じているかを金銭的に評価する調査を始めた。

佐々山電鉄を利用する学生や住民にとって鉄道利用、沿線人口減少の問題、単なる『乗らないが街が衰退するから残してほしい』という感情論とは異なり、議会を納得させるだけの科学的根拠を持つデータで評価が必要になるという。

そして中島教授は、鉄道廃止論につきものであるBRT化ブーム。赤字鉄道の救世主という安易な発想は危険であると警鐘を鳴らす。

過去の鉄道からのバス転換は、鉄道廃止後にバス路線も廃止になる事例も多く、佐々山電鉄が決定した鉄道事業からの撤退についても同様の危惧がある。

できれば、鉄道事業を引き継ぐ経営事業者を見つける方向、または公募で外部から社長を見つけ経営再建の手腕を振るってもらう事で鉄路を残す事を検証したい」と考えを述べた。

 後日、中島教授から仮想的市場評価法での調査データが提出された。

 いわゆる、回答者に運行再開には金銭的価値が関わってくることを告げて、存続するには幾らなら運賃や維持費用を支払いをしても良いかというアンケートを執った。

同時に、社会的価値・便益分析効果も調査していた。

鉄道が存続した場合の価値、佐々山電鉄が廃止になった場合の価値(数値化できない物は換算した数値化表記)で具体的にアンケートを聴取した人も当事者として調査をした。

with(佐々山電鉄を残す)without(佐々山電鉄廃止)を仮定した場合の生活面、観光面を調査した。

 結果として、多くの回答は既存利用者に加え、観光列車や地域全体で佐々山電鉄を支援すれば、あらたに潜在的な利用者がwithの場合に増加可能ではないかという結果が出た。

これはトラベルコスト法で、観光列車利用者が移動費用をかけてまで佐々山電鉄を利用する価値があると認めた場合移動費用(運賃、料金、所要時間)を掛けてでも利用したい良好なサービスを得たいという市場価値が創出されるといいう結果だった。

 佐々山電鉄は、あの脱線事故で廃車になった1編成に保険が掛けられていた為、同等レベルの中古車両譲渡なら1編成分の費用が捻出できる事が、渋沢温泉組合や観光協会から賛同を得る大きな弾みになるという。

 そして、佐々山電鉄応援団のモビリティマネジメントによる活動、行政の出前授業での地域訪問、全国で同じ存廃問題を抱える地域との情報交換などで、徐々に沿線の小中高の学生、その保護者が佐々山電鉄を存続させるという輪が広がりは始めていた。

 しかし、その中で沼川市の特定地域だけは『佐々山電鉄は要らない。公的支援の投入反対』を強く打ち出している地域が存在している。

 沼川市の沼川西地区と呼ばれるエリアだった。

 僕と美佳ちゃんは、渋沢町役場交通政策課の神園さんの運転する軽自動車で沼川市と渋沢町の境にあるショッピングセンターに向かっている。

 このショッピングセンターは、郊外型複合商業施設という奴だ。

 此処が出来て、沼川市内の中心商店街は廃れた。

 もともと高崎市や前橋市みたいなアーケードのある商店街は無かったけど、それでも駅付近には専門店的な個人経営の店舗は並んでいる。

 事前に、ショッピングセンターには駐車場を借りる事になっていたのと、ショッピングモールの方からも僕に用事があったらしい。

 久々に、インスタントハッピーカンパニー研究所のメイド服を着て出かけた。

 正確には、僕にではなく僕の所属しているインスタントハッピーカンパニーに対しての依頼だった。 

 佐々山電鉄応援団の方ばかり活動をしていたけど、インスタントハッピーカンパニー研究所から二人で参加するように依頼があった。

 猿山さんだと思っていたら、アメリカから一時帰国している京子ちゃんだった。

「お久しぶりです。京子です。現地で会いましょう」と電話が来た。

 神園さんに送迎をお願いしたら、何処から聞いたのか美佳ちゃんが「クソガキ京子と会うんだろ」とついてくるという。

 美佳ちゃんは、ショッピングモールの駐車場に神園さんが駐車しようとしているときも「前向きな気持ちで駐車して」と意味不明な事を言う。

 駐車場の看板には、確かに前向き駐車願いますの表示はあった。

 神園さんは大きな溜息を吐いているけど、美佳ちゃんは本当に勘違いしていようだ。

 ショッピングモールは、開業した時は大盛況だったけど、高崎と前橋の郊外にイオンが出来てから業績も集客も減少傾向にあるらしい。

 追い打ちをかけるように、佐々山電鉄の事故で県道が大渋滞を起こし混雑を避けるために、今までの常連客はマイカーで少し足を伸ばせば、より便利で大規模、映画館まで揃ったイオンに逃げてしまっている。

 駐車場のガードマンも暇そうに誘導しているし、ショッピングモールも客足は少ないしテナントも数店舗が閉鎖されていた。

 神園さんは「中心商店街を追い込んだ沼川ショッピングモールも酷いものね」と鉄道や道路渋滞がもたらす地域経済への影響をあからさまに見せられて肩を落としている。

 まずは、ショッピングモールのサービスカウンターへ向かう。

 直ぐに店長が来て僕だけ連れて行かれた。

 神園さんと美佳ちゃんは「フードコートに居るからね」と僕に手を振った。

 店長は女性だった。

「鈴木くんね。ホント。女子みたいね。京子ちゃんは上に居るわよ」

 バックルームと言われる従業員用の通路を通って事務所に向かう。

 階段を上がると食堂がある。

 従業員の食堂に京子ちゃんが居た。

「優さん。お久しぶりです。元気でしたぁ」

「潜入ではなくインスタントハッピーカンパニーに本当に入ったの?」

「はいっ。アタシは任務ではなく自分の意思で入りましたよ。お父さんは怒ってますけど」と笑う。

 確かに、京子ちゃんは昔から好奇心旺盛で、興味のある事は自ら探求する娘だ。

 店長は「ウチの本部は名古屋でね。沼川ショッピングモールも業績不振でね。地域貢献をする条件で業績改善をすると名古屋本店から支度金が出るのよ。いいアイデアないかしら?」と言うのが相談らしい。

 とりあえず、京子ちゃんはノートパソコンに入っているデータで簡単な資料を作り上げた。

「ありきたりですけど買物弱者救済とか、RRMSで自動運転。エコ車両で送迎とか」

「いいわね。エコ車両とか買物弱者かぁ。SDGsとかイメージ良さそうね」

 京子ちゃんは「うーん。あとは本部を納得させる資料造りですねぇ」

 カタカタとキーボードを打つ。

「既存のデータから仮説を立てて、いままでもマイカーで買物をしてくれた地域の人達からアンケートが取れればいいんですけど」 

 そんな話をしていて、結局は後日にサンプル的なアイデアを数件提出する事になった。

 話し合いのあと1階に戻る。

美佳ちゃんと神園さんはクレープを食べていた。

「美佳さん。神園さん。お久しぶりです」

「ほい。おひさ」と美佳ちゃんは返答した。

京子ちゃんがニコッと笑い「優さん。今晩は暇ですか?久しぶりに優さんに会えたので……うふふ。えへへっ。ひひひっ」と笑う。

「なに?」

「女の子に言わさせないでくださいよぉいひひっ」

 美佳ちゃんが「この変態っ。クソガキ京子っ。スケベな笑いをするなっ」

「美佳さんが居るって事は、この後は優さん。佐々山電鉄応援団の仕事も?」

「うん」

「どこへ?」

「沼川西地区」

「あー。例の調査対象ですね。どんな状況」

「佐々電の運行再開に伴う補助金支出に反対する地域」

「おーっ。リアルに敵状視察?面白そう。アタシも同行していい?」

 駐車場で、再び神園さんの運転する軽自動車に乗る。

 来るときは助手席に陣取っていた美佳ちゃん。

「優とクソガキ京子を並ばせるのは良くない」

 そう言って美佳ちゃんは、後部座席に京子ちゃんと並んで座る。

 京子ちゃんは「うふふっ。いまね。アメリカから留佳ちゃんって人が来日していてね。日本人だけど美佳さんに似てて。美佳さんの話をしたら群馬に来たいって。うふふっ。面白そう」と言った。

 美佳ちゃんは「そりゃぁ。アタシに似て美少女なんでしょ」と返した。

「あー。前橋で猿山さんが美佳ちゃんを見て驚いていた話?」僕が口を挟んだ。

「あははっ。アタシもマジで双子かよって思うほど似てるのです」

 京子ちゃんは、そういうと思い出したように僕と美佳ちゃんに

「そういえば、渋沢温泉に”通天洞”ってトンネルがあるでしょ」

 美佳ちゃんは「あー。昔のケーブルカーの跡地ね。ホテルの裏だ。トンネルはある」

「ケーブルカー?渋沢ロープウェーじゃなくて?」と僕が聞き返す。

「あったんだよ。廃止になっているけど昔、ケーブルカー跡地に埋められたトンネル」

 神園さんも「小江戸温泉物語ってホテルがあるでしょ。河鹿橋とか渋沢露天風呂の入口」とハンドルを握りながら会話に入る。

「バスターミナルの処?」

「そうそう」

京子ちゃんは「あのトンネルの他に、もう一つトンネルが何処かにある筈なのよね。それを探しているのよ。美佳さん。知ってる?」

「知らん」

京子ちゃんは「それよか。美佳さんの制服。スカート短くて可愛いですね」

「だろっ。よく言われる」

京子ちゃんは美佳ちゃんのスカートを捲ろうとした。

「※△×♨だぁっ」

美佳ちゃんが阻止した。

「なにすんだよ」

「アタシ。興味があると何でも調べたくなるんです。何色かなって」

「クソガキ京子。やめろよ。優が見てるだろっ」

「えー。この車の4人は全員スカートですよ。ちなみにアタシの見ます?」

「見ないよ。なんだよ。女子高みたいなノリはよぉ」

神園さんは「なんだかんだで、アイツら仲が良いな」

 いまさらだけど、この沼川市から渋沢に抜ける県道は、アルテナード(芸術の散歩道)と呼ばれている。

 街道沿いに美術館とか記念館、グリーン牧場と呼ばれる観光牧場とかがあるので愛称が付けられた。イタリア語のあるて(アルテ)と英語のプロムナード(散歩道)の造語らしい。

 県道から六本松の交差点を右折して、沼川スカイラインパークという遊園地の先に、過去に佐々山電鉄が首都圏のベットタウンとして建造した住宅地がある。

 沼川西地区は、手前にあるアップルタウン、梅が山ニュータウンという住宅地まではコミュニティバスは走っているが、佐々山電鉄ニュータウンまでは来ていない。

 理由は、佐々山電鉄に原因があった。

 いまですら上越線は、高崎駅から水上駅までの短区間を普通列車が一時間に一本しか走らない在来線に落ちぶれているけど、上越新幹線が開業前は上野駅と新潟駅を結ぶ特急列車、急行列車が頻繁に行きかう関東と新潟を結ぶ交通の大動脈だった。

 上越新幹線の開業、関越自動車道の開通、高速バスでバスタ新宿から渋沢温泉・草津温泉に直通するなどで鉄道地図も交通移動手段も変化してしまった。

 日中の閑散期は、新幹線の接続駅である高崎を起点としない途中駅である新前橋駅で、本数の多い両毛線で乗り換えをしないと上越線へ乗り継げない、高校のある駅ですら無人駅になったりとローカル線色が濃くなっている。

 渋沢温泉の玄関口であり、榛名山へのアクセス駅である沼川駅。

 週末に走るSL列車みなかみ号、草津温泉に行く在来線特急で、利便性をアピールしたり、学校のある後閑駅という無人駅を高校生達の学習室にしたり、土合駅にキャンプ場を併設したりと上越線をなんとか盛り上げたいと、JRも努力そしている。

 沼川西地区問題は、バブル期に新幹線がありながら高崎線・上越線経由の在来線で上野駅からの直通普通列車、急行列車から格上げの特急列車が観光ではなく通勤通学用に走っていた時期があった。

 これに佐々山電鉄不動産部が便乗した形でニュータウンを建設した。

 全てが売れて、佐々山電鉄の自社路線バスを走らせて暫くは安泰だった。

 佐々山電鉄が、業績不振でバス事業を縮小する際に、関東運輸局に利用者減少を理由にしたい為に、JR沼川駅に電車が到着する前にバスを発車させるダイヤ改正をしたり、逆にバスを電車の発車後に到着させるなど利用をさせない改悪が問題視されながらも、佐々山電鉄の思惑通りにバス路線は廃線。

 沼川西地区を陸の孤島にした。

 だからこそ、沼川西地区の住民は佐々山電鉄を憎んでいる。

 沼川西地区。

 公民館の手前で僕達は軽自動車を降りた。

 西地区の公民館には「佐々山電鉄に公的支援の支出反対」の幟旗。

 美佳ちゃんは「うーん。嫌われているなぁ」と溜息を吐いた。

 神園さんは「うーん。一筋縄ではいかないわねぇ」と腕組みをした。

 僕達は、また軽自動車に乗って、西地区の子供達が通う坂の上の小学校に向かった。

 急勾配で、冷房を入れて4人が乗った軽自動車はエンジンを唸らせて登る。

「ココを、子供達が雨の日も雪の日も、風のふく中でも通学するのよ」

 神園さんの言葉は重かった。

 小学校は中学校と同じ敷地にあって、西地区の本来の自治機能は丘の上に地域に集中しているらしい。

 僕達は、再び県道に戻った。


 後日、沼川西地区説明会。

 沼川市と佐々山電鉄応援団は招かれない、沼川の西地区の住民有志の勉強会。

 沼川西地区のリーダーは、鉄道事業者の独自採算性のある日本経済において自助努力が不足している佐々山電鉄の怠慢経営による事故で、公的支援を貰い再生するのは企業の甘やかしだと主張しているそうだ。


 とりあえずRRMSについて概要を知りたいという事でインスタント・ハッピー・カンパニー研究所が住民説明会に招かれた。

 僕は、チャンスとばかりに参加した。

 南場さん、猿山さん、僕と京子ちゃん。

 沼川西地区のニュータウンの小さな公民館ではなく、丘の上の旧・西地区の大きな公民館で開催された。

 僕達の乗ってきたRRMSバス(電気式の日野ポンチョ)を公民館の前に停車させて、近所の子供達に体験乗車で解放している。

 この日のテーマは、沼川西地区にコミュニティバスを走らせる方法についての勉強会だった。

 沼川市内には民間路線バスが3社、国越バス、高崎バス、JR北関東バス。

 そして沼川市のコミュニティバスは4系統、トヨタハイエースを改造したワゴンタイプで、デマンドではなく循環タイプの定期便。北循環、東循環、南循環、西循環がある。

地域の公民館なので玄関とお勝手、トイレと畳敷きの大広間があるだけだ。

そこに座卓の長机に座布団を敷き、約60人ぐらいの大人が雑談をしている。

 議長の席が中央にあり、インスタントハッピーカンパニーはプロジェクター代わりの小型ロボがあるのでスクリーンだけを用意して貰っている。

 未就学児の女児がバタバタと廊下を走り母親が叱ったり、赤ちゃんが泣いたりと、普段のシンポジュームや勉強会とは違い、本当に地域住民が自分達の交通問題を解決しようと集まっているのが理解できた。

 ただ、残念なのは熱意が佐々山電鉄を残すことではなく、佐々山電鉄を廃止にして代替え交通についての解決策を求めている事だ。

「始めます」

 マイクを持ったのは大手コンサルト企業の役員だ。

「えーと、今日はインスタントハッピーカンパニーのお嬢さん達に来てもらいました。RRMSという自動運転の次世代路面電車。皆さんもご存じの宇都宮の黄色のカッコイイ路面電車ね。アレの自動運転版。正式にはLRTって言うんだけどね。昔、渋沢軌道があったから、ある意味では路面電車の復活だね。今回はウチの目的はBRTってバスの方。楽しみだね」

 南場さんがペコリと頭を下げてからマイクを渡されて喋る。

 僕達も、慌てて頭を下げた。

「ご紹介に預かりました。インスタントハッピーカンパニーです。今日はお招きいただきありがとうございます。今日はお世話になります」

 議長は、沼川西地区に在住し東京に通勤している大手コンサルト企業の役員、医師、ベンチャー企業の社長の3人。

 それは、一癖も二癖もありそうな知的な顔ぶれだった。

「自動運転の天才集団ねぇ。お手並み拝見ですかねぇ」

 ベンチャー企業の社長は大学生の時から自動運転の開発に携わるというだけありインスタントハッピーカンパニーを少し馬鹿にしたような顔をした。

 医師は、冷静な顔で「前に前橋の説明会のユーチューブみたけど。過疎地のドローンでの医療技術って何なの?凄く興味あるけど。それ今日は聞ける?」

 僕は、侮っていた。


 いまでの学校MM(モビリティマネジメント)とか、市役所の人が出前授業とかで同行していたけど、今回の住民説明会はトンデモナイ人達を相手にする。

 インスタントハッピーカンパニーは、前橋市での発表会と同じ動画を流した。

沼川地区の住民たちは見終わると自動運転の素晴らしさを絶賛した。

 ベンチャー企業の社長だけは不敵な笑みを浮かべた。

南場さんは「嫌な奴が居るな」とつぶやく。

 案の定、ベンチャー企業の社長が挙手をした。

「南場さん。レベル4の自動運転。RRMSも該当しますけど。本当に過疎化地域の交通問題の特効薬だと本気で思っていますか?」と馬鹿にするように笑った。

 南場さんは、「チッ。気が付きやがったか」と舌打ちをした。

 面倒さそうに南場さんはマイクを取り「思ってません」と回答した。

むしろベンチャー企業の社長の方が驚いていた。

南場さんは「自動運転のメリットだけを表面に出してデメリットを隠すのはフェアじゃないので正直に話します。レベル4の自動運転は、条件によりますけど、今の人間の運転士さんがバスを運転すれば1名で運行できます。でもRRMSは、遠隔制御の監視員、運転しなくても運転席には異常時に備えて保安要員を乗務させるか、事故対応に駆け付ける保安要員も必要になります。バカげていますけど無人運転、人件費削減、バス運転士不足解消をアピールしている多くの自動運転のベンチャー企業が承知していて黙っている部分です」

「うん。正直に話してくれてありがとう。彼女達は信用できるよ。自動運転の技術は殆ど整っているけど、法令や道交法とか縛りが多いんだよ」

 ベンチャー企業の社長は満足そうに着席した。

 そして、僕達は逆に沼川西地区のコミュニティバスを運行する話の経緯を聞かされた。

 佐々山電鉄が定期路線バスを廃止を、廃止予定日の6か月前にバス停に張り付け地域住民への説明会を開催した。

 その時に、佐々山電鉄は同路線を、国越バス沼川営業所に路線譲渡をするという話だったが、実際は国越バスは不採算路線として引き継がれる事は無いまま廃止になった。

 沼川西地区は、沼川市のコミュニティバスで近くまで走っていた西循環のコース変更を沼川市側に求めたが、一時間で周回するダイヤの為、西地区だけ迂回をしてバスの所要時間が延びると、他のコースとの接続が悪くなるとして却下。

 その後、沼川西地区は通勤の為、早朝、深夜にも運行可能な地域間の新たなコミュニティバス路線開設を求め陳情したが、市役所の道路維持課が早朝、深夜の運行の困難さとタクシー業界からの反発があり却下されていた。

 市長が変わり、一度だけ実証実験を行い地域特性、移動特性、費用効果、需要を調査しワゴンタイプのコミュニティバスを運行しデータを計測したが、バスでは無く、タクシーを使用したデマンド方式なら可能との結果が出た。

 沼川西地区では、タクシーはバスではない、デマンドでは高齢者がスマートフォンの操作に不安があり賛成できないとして住民側が拒否した。

 そこで、無人運転RRMSによる車両購入コスト、人件費、ドライバーレスの期待を込めて招かれたが、現実の自動運転レベル4の実用化には、実は多くの高いハードルがある事を隠して、南場さんがセールスするか試されたらしい。

 結局、なにも決まらないまま、その日はお開きにった。


 沿線全体で取り組める課題

 10月下旬。

 ホテル伊藤の会議室。

 鳳凰の間と呼ばれる披露宴会場にも会議室にもなる高級な絨毯、シャンデリア、ステージもある大きくて立派な広い空間に、会議室用な長机に30人ほどの人間が円卓状になって会議をしている。

 僕と美佳ちゃん、そして愛理が参加している。

 いつもとは違う雰囲気の会議。

 女性陣も殆どが着物姿。一部の男性もワイシャツにズボン。でも旅館の法被をきていたり、何処かのホテルの制服みたいな格好をしている男性も居る。

 その中には、ブラウスに紺のスカート姿の愛理も混じっている。

 渋沢温泉組合の会合。

 地獄沢のホテル鈴木も、地獄沢鉱泉という渋沢温泉とは別の源泉を使用しているが、渋沢温泉組合に加盟しているので愛理がホテル鈴木の代理人で出席しているので、参考人の僕達より上座の会員席に座って居る。

 僕も美佳ちゃんは、学校の制服姿で議長のホテル伊東の女将さんから一番離れた末席に居る。

 美佳ちゃんは、既に新しい制服が届いているけど、未だに先輩の古着の短いスカートが気に入ったらしく着ている。

「一度。袖を通したけどさ。一度ミニを着ると標準丈がダサくてな。アタシの可愛さと足の長さを強調するには軽快なミニで無いとダメだ。青春は一度きりだ。満喫しないとな」と人生を悟ったように僕に語る。

 美佳ちゃんは、最初嫌がって居たが、集団心理と慣れには勝てなかったらしい。 

「さてと。問題は……」と、美佳ちゃんが変わったのは制服の好みだけではなく、難しい会議では寝てしまっていたが、ちゃんと会議中は起きて質問や意見を言うように成長していた。

 本当なら、佐々山電鉄応援団のリーダーなので最初から、そうして貰いたかったけど責任感と危機感が美佳ちゃんを変えたらしい。

 あの美佳ちゃんが「自分が努力も勉強もしないで根拠も無く、自分は優秀とか凄いって勘違いして、本当に凄い頑張って居る人間を笑ったり、馬鹿にする事が自己満足だったと気がつかされた時ほど惨めで恥ずかしい事はないよ」と反省の言葉を言った事がある。

 殆どの人は、それに気がつかずに相手を見下すけど、自分も頑張り初めて相手と同じ土俵に立って、相手の本当の凄さに気がつけただけ美佳ちゃんは凄いと僕は褒めた。

 議長のホテル伊藤の女将は「頑張るぐんまの鉄道フェアについて渋沢温泉組合も参加します。そして新規プロジェクトを提案致します」と述べた。

 本当なら、頑張るぐんまの中小私鉄フェアは、10月の初旬に開催される筈だった。

 今回は、別の開催地で実施される処を、佐々山電鉄に開催地変更した為、開催が遅延しただけで無く、肝心な佐々山電鉄が鉄道事業撤退という事態に陥った為、開催すら危ぶまれていた。

 毎年、この行事は多くの鉄道ファンや鉄道が好きな親子連れが楽しみにしているイベント。僕達も焦っていた。

 佐々山電鉄の職員、そして群馬県内の鉄道や各社の労働組合が僕達とは別に、全国組織の労働組合へ署名を始めた。

 労働組合の仲間意識は、とても強い。

 僕達も、佐々山電鉄本社や同じ敷地内にある佐々山電鉄労働組合の本部に行くけど、最近は常に知らない人達が出入りしている。

 もう佐々山電鉄だけでなく、関東中、いや全国から佐々山電鉄をなんとか運行再開という議論のテーブルに戻そうという動きが広がっていた。

 日本政府も、実は裏でシナリオが出来ていた。

 神林さんの情報では、アメリカの軍事企業であるドシキモ社が動き出しているという。

11月の中旬に、ドシキモ社の幹部がRRMSの視察に来る。

 表面上は、RRMSの自動運転に伴う、佐々山町にインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の研究施設を新設し、地獄沢駅構内に自動運転の監視センターを新設する為の視察という名目だ。

 でも、実際は渋沢町内の何処かにあると言われているアメリカ国防総省が管理している小湯山の地底で稼働している秘密基地の出入り口の調査だと言われている。

 神林さん達は、教えてくれなかったけど京子ちゃんから僕は、廃止になっているケーブルカーの閉鎖されたトンネル内に存在しているという曖昧な情報だけを知らされている程度だった。

 そのトンネルには『利澤無窮』という扁額がトンネルの入口のポータル上部に掲げられているというのだけど、美佳ちゃんは廃止になったケーブルカーのトンネルの扁額は『通天洞』の扁額で『利澤無窮』ではないと言い、僕も実際にホテルの裏手にあるトンネルを見たけど『通天洞』の扁額で、『利澤無窮』では無かった。

 しかも、廃止になったケーブルカーのトンネルは一つしかないので『利弱無窮』は存在していないのではないかというのが現時点での回答になった。

 そのドシキモ社も、小湯線が欲しいだけで、鉄道免許を持っている佐々山電鉄の経営権が欲しいだけで儲からない赤字体質の本線が廃止になっても仕方が無い程度の回答で切り捨てられた。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所でも、アメリカの本部に送付した佐々山電鉄を取り巻く状況報告書にサインをしたので覚えている。

 内容は、佐々山電鉄の前身である大手私鉄が経営していた渋沢軌道線。その大手私鉄が買収する前は、渋沢温泉をはじめ地元有志の人達で出資を募りに現在の早苗ちゃんの祖先であるホテル伊藤のオーナー一族がリーダーになり建造したらしい。明治43年に渋沢軌道として開業している。    

昭和31年に廃止に至るまで、いまの佐々山電鉄渋沢駅前に保存されている小さな路面電車が登坂していた。

 現在の佐々山電鉄を取り巻く環境は、仮に運転を再開しても苦しい環境になる。

 本来なら、佐々山電鉄を利用する定期旅客(地元の生活路線としての通勤通学利用)はマイカーからの移行は困難な状態、頼みの綱である定期外旅客(観光客)は、沼川市を玄関口として乗降してくれる旅客は減少傾向にある。

 まずパーセンテージ的には、自動車で渋沢温泉に向かう宿泊客と観光客が殆どであり、他は高速バスで東京八重洲南口・川越・バスタ新宿・八王子・横浜・六本木ヒルズなどの主要エリアから来るか、渋沢温泉にある大手ホテルチェーンの送迎バスで来るケースが増えている。

 その影響で、従来の東京の上野駅からの特急電車以外では、新幹線の接続ターミナルである高崎駅から一旦、両毛線の電車で新前橋駅まで来て、上越線・吾妻線に乗り換える必要がある。オマケに一時間に一本という運行間隔よりも時間帯によっては全く接続列車の運行が無い不便な時間帯まで存在してるので、一度不便を味わった県外の観光客は敬遠する傾向にあるとのデータだった。

 県議会では「国越バスの運行する路線バスで間に合うのでは?」との意見や「無理して佐々山電鉄を残す理由が無い」と言われると返す言葉が無い。

 同時に、危機感を持っているのは沼川市も同じだ。

 高速バスで都心部から渋沢温泉まで沼川市を素通りして行く高速バス。

 佐々山電鉄が運行停止になってから道路渋滞を避けるため、余計に高崎駅から沼川市内を避けて直接、渋沢温泉や榛名山に出られる水沢観音方面や佐々山町を通る迂回ルートに観光客が逃げている。

 そして、沼川ショッピングセンターをはじめ沼川市内の住民が逆に沼川市内での買い物をしなくて高崎や前橋の郊外にある大型ショッピングモールに買い物に出かけている傾向。

 沼川市内と渋沢温泉を結ぶ県道はアルテナード(芸術の散歩道)と呼ばれる。沼川市にとって榛名山周辺に展開する美術館、遊園地、観光牧場などの観光施設が道路沿いにあり、現在の状況は沼川市にとっても大打撃になっている。

 佐々山電鉄の廃業。

 それは、地域の赤字鉄道事業者が廃止になるだけでなく、地域経済、観光、そして生活、沿線高校の通学にも影響する事が、無関心な人達にも理解できるようになる。

 沼川市が、市民に向けてSOSを出すよりも、渋沢温泉の女将や支配人、沼川渋沢温泉観光協会が動き出した。

 ホテル伊藤の大女将の死で、佐々山電鉄を恨んでいた温泉組合だったが、遺品整理の際に大女将の日記には、常に佐々山電鉄を心配する記述が書かれていた。

 僕と美佳ちゃんは、ホテル伊藤の会議室に居る。

女将さんや支配人に呼び出されていた。

 そこには、沼川市長、渋沢町の町長、佐々山町の町長もいる。観光協会の人達だけでなく、渋沢温泉の各ホテル、旅館の関係者も顔を揃え、地獄沢のホテル鈴木の代表として愛理も座って居た。

 ホテル伊藤の女将さんが、大女将の日記

 それは、少し変な日記だった。

 佐々山電鉄で観光列車を走らせる計画。

 しかも、沼川市が起点ではなく、渋沢温泉を発着する観光列車計画だった。

 目的地は、沼川市。

 佐々山電鉄だけでなく、併走する路線バスである国越バスも周遊ルートに含める県道(アルテナード)周辺の美術館、遊園地、観光牧場を含んだ内容だった。

 観光列車の車内では、渋沢温泉のホテルや旅館が創意工夫をした料理、イベントで旅客をもてなす、そのイベントは佐々山電鉄沿線の企業、学校、行政が輪番で企画設営するという地域全体でお客様をもてなす参加型の観光列車計画だった。

 最初は「無理だよ。そんなの出来ない」という意見が多かった。

 「なんで沼川市が起点じゃなくて?渋沢温泉が起点なの?」

 その回答は、ホテル伊藤の女将さんが返答した。

「マイカー、高速バスでの来訪の流れは定着してます。この流れに逆らうのでは無く利用します。観光列車は、休日は渋沢温泉に宿泊されるお客様の楽しめる観光列車。平日は企業や研修会などで動く会議室列車とするのです」

「会議室列車?」

 女将さんは「渋沢温泉は湯治客も多いですけど、企業研修や会議の利用が多いのも皆さんは承知してますよね。他の地域が観光鉄道で勝負しているなら会議室列車のアイデアは斬新ですよね。インパクトは大きいですよ」

「おおっ。確かに企業に関わらず。○○学会総会とか、企業の○○商品の説明会とかの会議室利用は増えている。会議室の無い小規模なホテルや旅館も共用の会議室列車があれば集客の枠も広がるなぁ」

「観光列車としては、渋沢温泉に到着してからの着地型観光を目指します」

女将は、手応えを感じていたようだ。


軽井沢研究所五号棟


週末に軽井沢のインスタント・ハッピー・カンパニー研究所に向かった。

研修中に送付されていた新幹線の紙のチケットから、正規版のデジタルチケットになっている。

行きたい時に、軽井沢に行ける為だ。

普通なら、重要な研究や指示があった場合はインスタントハッピーカンパニー研究所から高校へ欠席の連絡が届く。

 でも僕は、学校には内緒にしているのですべてを自分で申請しなければならない。

 必ず、用事がなくても一ヶ月に一度はインスタントハッピーカンパニー研究所に出向かなければならない。


 相変わらず、軽井沢研究所は頭の良さそうな高校生ばかり。

 廊下ですれ違う高校生は、歩きスマホではなく、歩き論文とかなんかしらの本や資料を読みながら歩いている。

京子ちゃんは、アメリカに出張中。

義務教育でも休学ができる事を初めて知った。それともアメリカの学校に籍でも置いたのだろうか。

 語弊があるとしたら、本気で活動するインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の研究員は、学校を中退して、殆ど此処に住み込み状態で研究に没頭していたりしている研究員もいる。

 南場さんは、殆ど軽井沢研究所を別荘と呼んでいるらしい。

 そういうレベルの人からすれば僕はやる気のない研究員だ。

 ドアを開ける。

「鈴木さぁ。ご無沙汰だよねぇ」

「すいません」

「いや。怒ってない。褒めてるんだよ」

「えっ?」

「佐々山電鉄応援団だっけ?まぁ活躍してるそうじゃないか」

 猿山さんが歩み寄ってきた。

「こないだの沼川西地区のベンチャー企業の社長の話を覚えてるか?」

「あっ。はい」

「RRMSの技術は殆ど完成に近いが、法令や規則が厄介なんだよ」

南場さんは「此処を出る」と言った。

「此処を出る?」

「佐々山町にRRMSの施設を建造する事が決定したんだ。地獄沢にも自動運転の監視センターが出来る。完成するまで鈴木のホテルか渋沢温泉に私達も出入りする。そこで鈴木には地元の強みを活かして頑張って貰う」

 それを言ったのは猿山さんだったけど、南場さんは困った顔で

「そう。軽井沢研究所で頑張って居る奴らを巻き込む訳にはいかんからな」

 南場さんは、そういった。

 意味は解らないけど、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の軽井沢研究所はRRMSだけではなく工業、科学、医療などの各分野の天才達が研究をしている。

 その時の僕は、「巻き込む訳にはいかない」というのは騒音やら、RRMSの車体走行試験とかでの搬入や研究施設での施設占有とかの話だと思って居た。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所は、必要とあれば独立した研究施設や事務所を作ってくれる。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の佐々山町への研究所移転は既に用地確保が出来ていて、来月には基礎工事が始まるという。

 引っ越しの準備をするというので、僕は他の南場チームの人達と指示された作業を始めていた。

「鈴木っ。悪いけどさ。5号棟の奥にある倉庫にある資料。えーとNO501から555って書いてある棚にある青いプラボックスを持ってきて」

 猿山さんに言われて、僕は手押し車で向かう。

 たぶん5号棟は、普段は立ち入り禁止のエリア。

 顔認証という装置が、各棟の出入り口にある。

 廊下を歩いていると5号棟の入口に美佳ちゃんが立っている。

 僕を見ると駆け寄って着た。

「鈴木くんだよね。初めまして」

 美佳ちゃんは、嬉しそうに僕の手を握った。右腕に包帯がない。

「美佳ちゃん?」

「留佳ですよ。美佳お姉ちゃんではありませんよぉ」

「お姉ちゃん?」

「そう。生き別れの一卵性双生児」

「双子?」

「そう。双子ちゃん。でも内緒だよ。ドッキリを仕掛けて驚かせるからね」

 5号棟に入る。

 そこには長い廊下があった。

倉庫。

 資料。えーとNO501から555って書いてある棚にある青いプラボックス。

「この廊下の奥に倉庫があるの?」

 僕が問うと、留佳ちゃんは「誰が。そう言ったの?」

部屋のドアも無く、ただ廊下があるだけ。

「あー。此処ね。隠しドア。壁に同化してるけど。番号がある場所の前で立つと顔認証でドアが開くよ」

「NO501から555って」

「5番のドアだね」

 僕は、たぶん1番のドアの前に間違えて立ってしまったらしく、顔認証で反応して1番のドアが開いてしまった。

 倉庫の筈なのに、学校の教室みたいな部屋に3人の女子が床に体育座りをして俯いている。二人は、ボソボソと独り言を言いながら泣いている。一人は白髪交じりで髪の毛はボサボサで死んだ魚みたいな目をしている。

 留佳ちゃんは「あー。あの白髪の子は解放しないとなぁ」と溜息を吐いた。 

 そしてドアを閉めると「嫌なモノを見せてゴメンね」と笑った。

「今のは?」

「インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の研究員をイジメや妨害をした人の末路。自分よりも劣っている人間を虐める。自分は頑張らない癖に相手を痛めつける事で安心と快感を得る。根拠も無い優越感。それが崩壊したらイジメ側も単なる劣っている人間なのですよ」

「なんかしたの?」

「だから。なにもしてませんよ」

「でも」

 留佳ちゃんはクスクスと笑いながら

「5号棟の倉庫に送られてくる子達は、インスタント・ハッピー・カンパニー研究所の研究員を学校や集団から迫害したり理不尽なイジメの加害者なのよ」

 留佳ちゃんは、指を指す。

「あの白髪頭になっちゃった女子ねインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の男子を虐めてさぁ。見下していた人間から見下されるのって底辺って感じるのかしら?ウチの大事な人材を潰そうとしる奴は、此処に連れてきて逆に潰して差し上げるの。自業自得だから仕方が無いわよね」

 僕は驚いた。

「拉致してきたの?」

 留佳ちゃんは「そんな怖いことしませんよ。ちゃんとスカウトとして合法的に保護者に承諾を得てますし、御家族や親族、地域や学校から祝賀会やら壮行会とかもして、御自身も自分が優秀だから招かれたと自負をして自らの意思で来て戴いております。何も問題はありませんよ」

 僕は「本当にそれだけですか?」

「本当ならスカウトされるレベルでは無い子にインスタント・ハッピー・カンパニー研究所の仕事をさせる訳です。時間、責任、賃金が発生していますけど放置プレーです。能力不足で仕事が出来ないと違約金、退所なのですよ。御家族や親戚、学校からエリートと盛大に壮行会して貰って強制送還って髪の毛が白髪になるほどの苦痛とプレッシャーを味わって戴き、おうちに帰って戴きますよ」


 留佳ちゃんは「イジメをする側の”人権は無い””能力が無い”からイジメを受けて当然というイジメ側の主張を、自分が受ける側に回ると簡単に人間は精神崩壊するの。それは他人から受ける拷問よりも強力な極刑なの。こちらも罪に問われることもありません。」

 僕は中学一年生の時に、白髪になって発見されたクラスメートの事を思い出した。

 留佳ちゃんは「鈴木さんも佐々山電鉄応援団の活躍で実力は証明されていますけどぉ。アタシの期待を裏切ると此処に入れちゃいますよ。ふふふふっ」

 顔は美佳ちゃんだけど、中身は悪魔だ。

 5番のドアに向かい青いプラボックスを受け取ると、僕は留佳ちゃんと別れて逃げるように研究棟に戻った。

「戻りました」

 難波さんや猿山さん、そのほかのメイド服を着た研究員達が僕を見た。

「鈴木。どう?留佳様。怖かったでしょ」

 僕は「見た目は美佳ちゃんですけど、中身は別物ですよ」

 猿山さんが「アタシ。ホイホイとは生き別れの双子だと思うんですよね」

 南場さんが「留佳様をホイホイみたいなアホと一緒にするなよ」と怒った。

 どうやら、一卵性双生児という事は内緒になっているらしい。

 危うく、美佳ちゃんと双子だと喋ったら僕は消されるかも知れない。

 南場さんが真顔で「ところでさぁ。鈴木。確認だけどさぁ。渋沢温泉の組合長でホテル伊藤の大女将って何で亡くなったんだ?」と聞いてきた。

 僕は「佐々電の社長は8月2日の事故当日。組合長のホテル伊藤の大女将は、佐々電の別の電車に乗車していて運転見合わせで駅間に停車中の電車から降車して近くの駅に歩いて移動中に熱中症で亡くなっています」と説明した。

 南場さんが急に怖い顔をした。

「嘘だ。あの事故では誰も死んでいない筈だぞ」

 僕は「確かに、事故では死者はいませんが、事故関連死という面では報道されて居る筈です」と回答した。

 研究員の女子が2名、泣きそうな顔で「鈴木君。それマジなの?」と聞いてきた。

 南場さんは「クソッ。情報操作されていたんだ。アタシ達に情報が入らないように」と地団駄を踏んだ。

 猿山さんが、南場さんに目配せをした。

 監視カメラと盗聴器の存在を、見えないように知らせたのだ。

 数時間後に、研究所を出て軽井沢駅までの送迎バスを降りて、軽井沢駅の新幹線ホームで話をした。

 インスタント・ハッピー・カンパニー研究所には、僕と京子ちゃんは政府の犬だけどRRMSに必要な人間という事で出入りを許可されている。

 でも、実際はインスタント・ハッピー・カンパニー研究所側も、京子ちゃんを自分達側に引き込んでいるので政府の情報が完全に漏れている。

 京子ちゃんはアメリカのドシキモ社本部で、仕事をしているらしく小湯山の米軍基地の出入口も調べ尽くされているらしい。

 だからこそ、11月中旬にドシキモ社の幹部が訪日する。

「鈴木。頼む。ドシキモ社の本当の目的を教えてくれ」

 南場さんが、僕に頼み込んできた。

「ほい。ダメだぞ。優」

 クスクス笑いながら、渋沢実業高校の制服を着た留佳ちゃんが現れた。

「留佳様?」と南場さんが驚いた。

「あー。危ない。危ない。本物の美佳お姉ちゃん様は右手を怪我してるんだった」と包帯を鞄から取り出している。

「何をする気?」

 僕は、美佳ちゃんになりきった留佳ちゃんに聞いた。

「えー。面白いじゃないですか?一度。こういうのしたかっただけですよ」

 瑠佳ちゃんは南場さんを睨んで

「反逆者は報告します。今回は見逃します」

南場さんは黙り込んだ。

「研究所内では、監視、盗聴があるんですよ。一応は南場さんはRRMSに重要な人材。でも仮に冗談でもクーデターなんか企んでいたらアウトです。ご注意くださいね」

「解りました」

 瑠佳ちゃんは「優さんもです」と僕に美佳ちゃんの顔で笑いかける。

「美佳お姉ちゃん。可哀そう」

「美佳ちゃんの何が可哀そうなの?」

瑠佳ちゃんは僕をジーッと見つめてから

「優さんの想いを寄せている相手って愛理さんだったんですね」

「なんで?」

「なんで知っているかって?」

僕は嫌な予感しかしない。

「優の部屋をアタシが監視してるから」

僕は青ざめた。

南場さんも青ざめた。

「まさか。インスタントハッピーカンパニ―研究所が与えてるロボって」

 瑠佳ちゃんが「監視用ですよ」と笑った。 


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