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喫煙所【習作百物語#003】

会社の喫煙所には様々な部署の人間が集まる。

禁煙ブームのあおりを受けて、喫煙所の数は減り、さらにはスペースは縮小された。今ではウサギ小屋のように狭い部屋に、タバコの火がくっつきそうなほど人間が詰め込まれている。

そうはいっても、そこに集うは度重なる増税を超えてきた猛者たちである。こんなことではへこたれない。
多くの人は”自分は人より多く税金を抑えてやっている”といった間違った優越感を持ちながら今日もタバコをふかしている。

私の部署では喫煙者は自分だけだ。
話す相手もいないので休憩中はボーっと周りの話を聞いている。
これがなかなか面白い。

狭い部屋の中で少人数のグループがそれぞれ好き勝手に話をする。
どうでもいい話も多いが、人間関係の噂や、人事の話、新しい企画の裏側など、意外と有益な話も聞こえてきたりする。

その日も、私は何気なく周りの会話に耳を澄ましていた。

「ゴルフスコアが100を切ったんだ・・・」「新しく出た車のデザインが気に食わなくて・・・」「ずっとついてくるんだよ。」「隣の部署の部長が細かいことばかり言って仕事が進まない・・・」「気づくと後ろに立っているんだ。」「新しい企画コンペは実はもう裏では案が決まっていて・・・」「多分一生ついてくる。」「今度の人事では大きな部署替えがあるらしいまた名前だけ変えて・・・」「ほら、あそこにいるだろ。」「次の忘年会で幹事を任されたんだけど・・・」

ん・・・?誰かが何かおかしな話をしている。振り返って声のほうを見る。

「誰なんだよあの女。」

たった一人壁に向い話し続ける男がいた。

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