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冬の風鈴【習作百物語#004】

去年の冬のこと。

私は、数年ぶりに実家に帰省をした。到着した当日はやれご飯だ、やれお菓子だ、近所のあの子は結婚しただの、野菜を持って帰りなさいだの、区長の何某さんの親戚が亡くなっただの、マシンガントークで熱烈にもてなされた。

ただ、3日も家にいれば”いつ帰るの?”なんて聞かれるほど邪魔者扱いされ始めた私は、近所を散歩することにした。

目的地は、歩いて30分ほどの場所にある小学校。母の話によれば、3年ほど前に廃校になってしまったそうだ。私がいたころでも全校生徒100人満たない学校だったから、仕方ないとは思うがやはり寂しい。私は一人、人気のない小学校を見て回った。

校庭の端にあるブランコは、誰も乗れないように鎖が支柱に固定されている。ジャングルジムには薄青色のビニールテープが、子供がプレゼントボックスを装飾するように乱雑に巻かれていた。

体育館の窓ガラスは白く汚れており、どうにか中を覗き込むと大きな教壇や本、座る高さを調整できる小学生用の椅子などの、備品が乱雑にバスケットコートの真ん中に積み上がっていた。

あぁ、本当に廃校になったんだなと実感する。

一通り見て回って体が冷えてしまった私は帰路についた。

帰り道、遠くから甲高い音とが聞こえた。見ると、軒先に季節外れの風鈴が残っている家がある。その家は小学校の頃、よく遊んだサンおばちゃんの家だった。

その女性には子供がおらず、いつも家に帰る途中の私たち小学生を家に招いてはお菓子や、ジュースを振舞ってくれた。親も公認で、みんなから「サンおばちゃん、サンおばちゃん」と呼ばれている人だった。

ある夏、大玉のスイカを出してくれたことを思い出す。私はスイカを食べすぎてお腹を崩してしまい学校を休むことになった。友たちにからかわれたのをよく覚えている。

軒先でスイカを食べていた時も風鈴の音が聞こえていた。

廃校を見て回った寂しさと、おばちゃんの家での思い出が懐かしさにあてられてた私は、一言挨拶ができればと思い玄関の前に立った。

玄関を控えめにノックする。・・・返答はない。もう一度だけノックをしたがやはり応答はない。その時点になって、急に正気に戻ってしまった。もう10数年前の話だ、おばちゃんだって私のことが誰かなんて覚えていないだろう。私は、玄関に背を向けて歩き出した。

ガラガラ

背後で玄関の引き戸が開く音がする。振り向くと小学生ぐらいの男の子が顔を半分出してこちらを見ている。

私「あ、ごめんね、えっと・・・サンおばちゃんいる?」

男の子「・・・」

男の子は片方の目でこちらをじっと見たまま動かない。

私「えっと、昔おばちゃんにお世話になって、もしよかった一言挨拶ができれば・・・」

男の子「おばちゃん、寝てる。」

男の子は、話を遮るように顔の位置を変えずにつぶやくように言う。仕方ないと思い私は諦めて帰ることにした。

私「じゃあ、サンおばさんによろしく伝えておいて」

帰り道、背中に男の子の視線をずっと感じていた。

その後、冬休みが終わりが近付いた私は、実家を出て今住んでいる家に戻った。仕事が始まってしまえば、実家での出来事や廃校の寂しさなどは日常生活で溶かされて、忙しさに塗りつぶされていった。

丁度いくつかの立て込んでいる仕事を片付けて一息ついた時には、桜が咲く季節になっていた。そんな時、母から電話が来た。親戚の子が結婚した、とか、近所の〇〇さんには子供が生まれたなどの遠回しな脅迫とともに、母はサンおばさんの話を始めた。

母「あんた、サンおばさんって覚えてる?」

私「覚えてるよ。・・・なんで?」

母「亡くなったって。」

私「え?」私が聞きかえすと、母は昨日見つかったの、と答える。

私「そう、なんだ。・・・実は去年の冬実家に帰った時に会おうかと家まで行ったんだけど・・・」

母「ほんとに!?それはよかったね。」

私「よかったって?」

母「ほら、第一発見者は事情聴取が大変だって聞くから。」

私「・・・どういうこと?」

母「おばさんが亡くなったのは去年の秋頃らしいのよ。サンおばさんはずっと一人暮らしだったでしょう?倒れたのを誰も気づいてくれなかったみたいで、大分腐敗が進んでいたみたいだけど、冬だったし、匂いもいひどくならなかったらしいから、あそこらへんは民家も少ないし、気づかれなかったのね・・・」

母の話はずっと続いている。私の耳にはすでに入ってきていなかった。おばさんの家の風鈴の音を思い出す。

風鈴の音色はあの頃のままだった。

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