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「お前の精子は半分以上死んでいる」

※この記事は2021年9月に天狼院書店のWebサイトに掲載された記事の加筆修正版です。週間アクセスランキング1位でした!


赤裸々な話から始まるが、2か月前から子作りを始めている。そして、「子供はまだいいかな」と考えている夫婦に伝えたいことがある。

「不妊検査は、人生への投資かもしれない」だ。

最近、ありがたいことに結婚した。自分は30歳、妻は25歳だ。結婚前から子どもの話はしていた。妻の子どもに対する希望は特に強く「最終的には3人欲しい。年齢を考えると2年以内には一人目が欲しい」という。自然と子作りを始める方向で話は進み、いざ妊活開始。初月は残念ながら恵まれなかった。「まあ、そんな簡単にはいかないよね」と笑い飛ばす一方、胸の底からふつふつと「ある不安」が湧いてきた。

「そもそも、我々に生殖能力はあるのか?」

不妊検査は早めに、できれば妊活前にした方が良いと思う。世の大多数の認識は逆だろう。数か月励んでも授からない等、困ってから検査するという認識だと思う。男性は「そもそも必要なの?」と思っている人も多いかもしれない。

一方、我々は思った。「この超重要ライフイベントに、そんなスタンスでよいのか?」と。子育てに費やす時間やお金は莫大で、自己の実現に割ける時間はどうしても減る。もちろん、かけがえのないものも得られるだろう。どんな選択をするにせよ「子ども」が人生に与える影響は、あまりにも大きい。

にもかかわらず、問題が起きてから調べるのは遅すぎる気がした。自分達の身体に不具合があるのならば、1秒でも早く知っておきたいと思った。日本では6組に1組の夫婦が不妊に悩んでいる。そして、不妊の原因の約半数は、男性側だ。

夫婦でレディースクリニックを受診し、自分は精液検査、妻は子宮の状態と残りの卵子数を調べる検査を受けた。

「残りの卵子数?」と思った人もいるかもしれない。自分も恥ずかしながら今回初めて知ったのだが、女性は生まれた時点で卵子の数が決まっている。そして、生理のたびに受精しなかった卵子は捨てられその残数を減らしていく。

もちろん、女性が妊娠・出産できる年齢には限りがあるのは知っている。しかし「減る一方」は衝撃だった。放出しても身体がせっせと精子を作る男性とは全く違う。

女性にとって生理が来ることは、妊娠が不可能になるタイムリミットまで、ひと月近づいたことを意味する。妊娠を望む人にとっては、それすらも小さな絶望かもしれない。こんな違いからも、妊娠に対する男女の埋められない差を感じる。

さて、そんな出しては増える精液を検査用カップに出し、提出する。数日後、結果を聞きにクリニックを訪れた。受付でそれぞれ別の番号札を渡され、まず妻だけが呼ばれた。結果はそれぞれ聞くのかと思ったら、数分後自分も妻の診察室に呼ばれた。なんとなく、嫌な予感がした。

物腰柔らかなおじいちゃん先生が結果を教えてくれた。精液検査では①精液量②精子濃度③精子運動率④精子奇形率を調べ、それぞれが基準以下の値となっていないかを判断すること。

そして、自分の場合は、精液量と運動率が望ましい基準を下回っていること。

本邦初公開、日下の精液検査結果

とはいえ、希望が無いというレベルではない。特に精子運動率は40%を下回ると自然妊娠が難しくなってくるが、自分の場合はボーダーの50%を若干割り込んだ48%だった。

ただ、改善にあたっての伸びしろが少ない。精子運動率を上げるには確立された治療法はなく、生活習慣の改善が基本となる。自分は持病もないし、タバコも吸わないし酒もほぼ飲まない。栄養面もそれなりに気を使っている。おじいちゃん先生曰く「高血圧や糖尿病、飲酒や喫煙習慣があれば改善が期待できるんだけど、理想的な生活してるねぇ」と褒められた。いつもなら嬉しいがこの日ばかりは嬉しくない。

妻の子宮から採取したサンプルの拡大写真を見せてもらった。元気な精子が多ければ、少なくとも10匹以上の精子が映っているらしい。写真を見ると、何とかたどり着いた2匹の精子が息絶えていた。南無南無。

唯一改善できそうなのが運動不足だった。運動は通勤時間の駅までの数分間のみ。仕事もデスクワークで、妻からは最近ムニムニしてきたお腹をつままれていた。ランニングを始めようとして「お気に入りのシューズが見つからない」を言い訳に1年間先延ばしにしていた男が、診察1時間後にはAmazonの購入ボタンを押していた。選定理由はデザインでもカラーでもなく、価格と納期。危機を感じると、人はびっくりするくらい早く動く。ちなみに今日も朝走った。

「お前の精子は半分以上死んでいる」と言われたことはそれなりにショックだったが、早めに知れて良かったと思うし、気づいたこともある。実をいうと「本当に子どもが欲しいのか?」と自問自答したときに、素直に”はい”を言えない自分がいた。どうしても子育ての負の側面を想像してしまっていた。今回の結果がショックだったからこそ「やっぱり子どもが欲しいんだな」とわかった。

少なくとも今回の人生では、妻と一緒にお爺ちゃんお婆ちゃんになって、手をつないで桜並木をお散歩する予定だ。やはりその時には孫にお小遣いをあげたい。そうなると、孫を連れてきてくれる我が子が必要だ。

今後は、一旦通常通りの妊活をしながら、状況によって体外受精等も考えることになる。実は、妻も思った以上に卵子数が少ないことがわかった。もし、子作りのタイミングが数年後ろ倒しになっていたら、状況はもっと悪かったかもしれない。

結婚直後で妊活初期の今だったから、大きな焦りも無く、人生の選択肢を減らさずに過ごせている。生活習慣の維持もできるし、高額な不妊治療への備えもできる。もう少し稼ぐ必要があるなら仕事へのやる気も出る。何なら運動不足も解消してますます健康になる。福利効果が凄い。

女性は結婚前後に不妊検査を受ける人も多いが、男性で早いうちに精液検査をする人は稀どころか、自分の周りでは見たことが無い。「子供はもう少し先……」と思っているあなた。今のうちに、精液検査くらいはしてもいいのではないか。せいぜい数千円から一万円。早く行っておけばその分選択肢が広がる。先々へのちょっとした投資みたいなものだ。

どうか、全ての夫婦が望んだ形で幸せな家庭を築けますように。

P.S. 病院によっては「妊活初期に不妊検査を行う必要は無い」と考えている病院もある。妊活前の不妊検査(「ブライダルチェック」等の名称で実施している)を行っている病院か、事前に確認して相談することをお勧めする。

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