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『料理雑記 その8:脆くも優しき肉豆腐』

豆腐メンタル、という言葉がある。
某超有名カードゲームアニメにおいて、アニメオリジナル展開にみられた、とあるキャラクターの精神的な脆さを視聴者が評したことに由来するとされるネットスラングだ。

意味は、精神的に非常に弱いこと。
心が弱い方の内面の繊細さを、豆腐の物理的な崩れやすさに例えたものだろう。

・用例
「さっきのお店でご馳走さまって言ったら、店員さんに変な目で見られたかもしれない。もう外食なんてしたくないよ」
「うるせえ、この豆腐メンタルが! 俺が隣で一生支えてやるよ! 結婚しよう!」等…

なお対義語・派生語に鋼メンタルやこんにゃくメンタルなどがある。

しかしこれは、大変失礼な言葉ではないだろうか?
もちろん、豆腐に対して。

日本豆腐愛好会 非公式インストラクターを自負する私としては、断固として意義を申し立てたい。

豆腐は確かに脆い。
それは認めよう。
数ある食材の中でも有数の脆弱さかもしれない。

だが、よく考えてほしい。
豆腐が脆くなかったら、どうなるのか。

剛性、靭性、展性、融解点その他諸々がカンストした真・絹豆腐 Lv.10000が発生したとしよう。

振り回しても落としてもけっして角が崩れたりはしない。
ステンレス包丁では傷一つ付けられず、家庭用ガスコンロの火力では焼き豆腐にすらならない。
金属バットのフルスイングを喰らっても表面の滑らかさにはかげりなく、レールガンの直撃でさえその白き純潔は砕けない。
オリハルコンもかくやのトンデモ食材だ。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)あたりが開発していてもおかしくはない。火星探査あたりに豆乳、いや投入されるのが楽しみだ。

湯豆腐一つに、作るも食うも命懸け。
そんなことになったら皆さん、困るでしょう?
…え? あ、大丈夫です、まだそんなに飲んでないです。
酒じゃなくて薬? いや定期の内服とか受診とかありません、大丈夫です、オススメのクリニックとかホント間に合ってますから。

ま、そんなワケで。
豆腐が脆いことは食材としての欠点ではない。
むしろその柔らかさ、崩れやすさは長所であり、美点ですらある。

美しさと言えば、その白さもだ。
「四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水臭い」とは寅さんの啖呵だったろうか。
純白の佇まいは年頃の女性の魅力にも例えられている。どうせ豆腐を例えるなら、このくらい粋にやってほしいものだ。

そして味わいだ。
たおやかな大豆由来の滋味は言うまでもないが、豆腐の特性の一つとして、汁物の味を吸いやすいことが挙げられる。
洋の東西を問わず、美味いスープに入れられた豆腐は、例外なく美味い豆腐になるのだ。
煮て良し、焼いて良し、揚げて良しの超優良食材、それが豆腐である。

このあと豆腐の歴史とかも書こうかと思ったけれど、文章量がヤバくなるので、それはまたの機会にしたい。

今回の料理は「肉豆腐」だ。
うん、この前ニンニク豆腐やったけどね。
好きなの、豆腐。ダカラショウガナイネ。

京都あたりの伝統料理の肉豆腐だと、牛肉と豆腐を濃い目の割り下で煮付けて九条葱を散らすのだが、私が好きな肉豆腐は豚バラを使ったものだ。
ネギも玉ねぎを煮込んで、長ネギを刻んで散らす。たまに温泉卵ものせたりする。
如何にも大衆酒場のつまみといった風情だが、いつ食べても飽きない味であり、私の大好物である。

~肉豆腐~ 
※豚バラと玉ねぎを使い、出汁を効かせたタイプです。

作り方
①絹豆腐の水を切り、お好みの大きさに切る
②玉ねぎを薄切りにして耐熱ボールなどで
 2分ほどレンジにかける。ラップはかけない。
③ フライパンにサラダ油をひき、②の玉ねぎを
 中火から強火で熱する。
 熱し始めたらすぐに少量の水を加える。
 火加減そのままで、水がなくならないように
 少量ずつ水を加え続ける。
 10分で飴色玉ねぎの出来上がり。
④フライパンを軽く洗い、少量のゴマ油をひき
 豚バラ肉の薄切りを中火で焼く
⑤肉に8割方火が通ったらキノコ、ゴボウなど
 お好みの具を入れて更に火を通す
⑥ ⑤に割り下(だし汁、酒、醤油、味醂、砂糖で
 お好みの味を。面倒なら薄めためんつゆでも 
 OK)をひたひたになるまで入れて、
 豆腐と玉ねぎも加えて弱火で煮る。
⑦豆腐に味がしみたら出来上がり。
 火が通ったら一度冷ますと味がしみやすい。

熱々のところに、刻んだ長ネギを散らして、七味唐辛子をはらりと振る。
匙を近付けた口元が豆腐の熱を感じる。
舌を火傷するかしないか、ギリギリの熱量のまま口に入れられた豆腐は、しかしその熱さとは裏腹に、豆腐と旨味の溶け出したスープを、優しく身体に届けてくれる。

脂ののった豚バラ、ほろほろになった玉ねぎ、キノコ、ゴボウ…
すべての具材から煮汁に溶け出した味が、渾然一体となって最高のスープを成し、さらに旨味の全てを、褐色に色付いた豆腐が、その身に深く染み込ませている。

酒はビール、チューハイ、ホッピーなどなど、何でもいけそうだが、今日は日本酒をいきたい。
冷やでもいいが、ぬる燗だと尚よい。

ちびちびと肉豆腐を肴に、手酌で燗酒、一人酒。
暗い電灯に手元を照らされて、くたびれた猫背のスーツ姿、ラジオからは昭和の歌謡曲が流れて…
…居酒屋ノスタルジー、いいよね。

以前に紹介したニンニク豆腐の、情熱的なまでに舌を焼くような熱さと美味しさとは、また異なる。
刺激の美味しさではなく、安寧の美味しさだ。

鮮味に非ず、されど熟した味にても非じ。
心休まる肉豆腐、その味わい、妙なるかな。

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