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『料理雑記 その10:紆余曲折なりし吉列物語』

「吉列」
とある料理を表した漢字だが、あなたは読めるだろうか?

吉が列を成すとは、なんとも縁起の良い字面ではないか。
日本のどこぞの地方に伝えられる、祝事に供されるような伝統料理だろうか?
それとも煌びやかな中華料理?

残念ながらどちらも正解ではない。
いやまあ、元となる料理が日本に伝わった後に姿を変えて生み出された料理なので日本料理と言えなくもないのだが。

時はいまから160年ほど遡る。
たった4隻の蒸気船が280余年の大平の眠りを妨げてから、まだほんの10年もたたない頃のお話。

国内では絶対であった葵の御紋の威光など、開国を求める西欧列強に通じるはずもなく。
煮え切らないとはいえ朝廷の意向も顧みず、甚だ不平等な条約を結ば「される」に至り、江戸幕府の権威は地に堕ちた。
さらに、これに反発する尊王攘夷派の志士ら関係者100名以上が大老 井伊直弼により罰せられた一連の弾圧事件、いわゆる安政の大獄によって、諸藩の幕府への信頼はますます低下し、反幕派による攘夷活動は激化の一途を辿っていく…

一つの時代が終わろうとしていた。
新たな世界の産声はまだ聞こえずとも、多くの人が感じただろう。
後に幕末と呼ばれる動乱の時代が、すぐそこまで来ていることを。

そんな1860年の2月、遥かアメリカはワシントンの地を目指して2隻の船が大海原を航海していた。
米軍艦のポーハタン号とその護衛船である咸臨丸に乗り込んだ日本人は、総勢77名。
万延元年遣米使節と呼ばれる彼らの目的は、日米修好通商条約の批准書の交換だった。

そんな使節団のなかに、ある男がいた。
軍艦奉行 木村摂津守の従者として参加したその男は、日本とアメリカの文化の違いに衝撃を受けたり可愛い女の子と写真を撮ったりした後、ハワイを経由して6月に無事日本に帰ってきた。
帰国後、男はアメリカで購入した広東語・英語対訳の単語集に日本語の訳語を付記した『増訂華英通語』を出版する。

話をはじめに戻したい。
「吉列」とは、その書物で初めて日本に紹介された西洋料理の宛字であったのだ。

あ、ちなみに『増訂華英通語』を出版した人は、後に『学問のすすめ』とかも出版したり、一万円札になったりもした、近代日本に貢献しまくった偉人でもある。
いやー、誰なんだろなー(棒読み)。

はい、いいかげん話を進めます。
「吉列」の読み方は「Cutlet:コットレト」
そう、今でいうカツレツのことだ。

カツレツ、フランス語ではコートレットと呼ばれる料理は、元々は仔羊肉や仔牛肉をスライスしたものに細かいパン粉をつけて炒め焼きする料理である。
うん、少なくともこの時点ではそういった料理を指す言葉だったのだ。

だがしかし、明治時代に入り日本に流入されたことで、カツレツは変わってしまう。
超魔改造民族・NIPPON JINによる果てのない改造の結果生まれた和風西洋料理である「洋食」
として。

1899年(明治32年)、今も残る東京銀座のフランス料理店「煉瓦亭」にて「ポークカツレツ」と名付けられたそれは、コートレットとはまるで異なる料理となっていた。
使用されたのは豚肉で、荒いパン粉をつけられた肉が、溺れるほどの多量の油で揚げられていた。
さらに時代が進むと上にかけられていたデミグラスソースはウスターソースに変わり、添えられた温野菜は千切りの生キャベツへと変化していった。

そして時代は進み昭和初期。
ポークカツレツは新たな名前を得た。
諸説あるが、1929年(昭和4年)に洋食店「ポンチ軒」で売り出された「とんかつ」の人気により、その名前は全国へと急速に広まったとされる。

そういったワケで、今回はとんかつである。
前置きが長い?
うるせえ知るか!いいから肉を揚げるぞ!

揚げたての美味しさは言うまでもないが、一晩ソースに漬けたカツの味もまた格別である。
(なおカツ煮や串カツなども機会をみて取り上げたいのだが、今回は見送らせたいただく)

~とんかつ~ ①お好みの厚さの豚ロースを用意 筋を切り、軽く塩コショウする②肉に小麦粉をふり、溶き卵にくぐらせ 満遍なくパン粉をつける③150~160℃の油で揚げる 最後の1分は油を高温にすると カラッと仕上がりやすい④食べやすく切り、盛り付けて出来上がり
~とんかつの和風ソース漬け~ ⑤とんかつソース2、ウスターソース1、 めんつゆ1、水1の割合で漬けソースを作る お好みでケチャップ少量を加えてもよい。⑥揚げたてのとんかつを⑤のソースに漬ける 冷蔵庫で半日くらい寝かす⑦食べる時はレンジで軽く温めてどうぞ カラシがよく合います

とんかつに何をかけて食べるのか。
迷いながらも、私が最初に手にするのは塩である。
一切れのカツの断面にレモン汁と塩をふる。
揚げたての豚肉はシャクリとした歯応えを残して、油は甘味さえ感じさせる。
ビールを飲む。

二切れ目は醤油だ。
衣にしみ込んだ醤油が肉の味を引き立てる。
おもむろに白米をかきこむ。
そしてビールを飲む。

三切れ目はもちろんソースだ。
ウスター、中濃、とんかつソース、どれでもお好みを選ぶといい。
たっぷりソースが絡んだカツに、忘れちゃいけないカラシの刺激。
幸せとは即ちとんかつの事であると感じながらビールを飲む。

千切りキャベツで口直しをしたら後半戦。
あとのカツはお好みで楽しむべし。

翌日の晩酌はソース漬けの出番である。
レンジで温めて白髪ネギを乗せる。
出汁ソースのしみた衣が美味いのは当然として、肉の柔らかさも注目すべきポイントだ。
割とお安く買える豚肉でも、驚くほど柔らかく、また芳醇な味が楽しめる。
なんならご飯に乗せれば、それだけでソースカツ丼の出来上がりでもある。
酒は、やはりビールがオススメ。

幕末に日本に紹介され、明治から昭和にかけて姿を変えながらも大衆に浸透した、洋食の人気者であるカツレツこと とんかつ。
この令和の世でも新たな姿を見せてくれることを期待して、私は最後の一切れのカツを口に放り込むのであった。

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