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『料理雑記その12:アボカド狂想曲』

 先日かみさんと話していた時の、私の間抜けな発言をひとつ紹介しよう。
「豆腐の原料の大豆は植物性のタンパク質が豊富なんだ。さすがは畑の豆と言われるだけあるよね」
 ……畑の豆。そりゃそうだよ。大豆は畑で採れる豆だよ。なにも間違ってねえよ。うん、でもね、私が言いたかったことはね、ちょっとだけ違うんだよ。
 はい、そうです。それを言うなら「大豆は畑の肉」ですよね。 ……ちょっと言い間違えたんですよ? 知ってたんですよ? でも年を取ると、なぜかこのての言い間違いが、すごく増えるんですよ、ガッデム。

 まあ、中年に片足突っ込んだおっさんの赤面回顧録は軽く流していただくとして。「畑の肉=大豆」のように、世の食材には別名・異名がついたものが多々存在する。
 有名なところだと「海のミルク=牡蠣」「黄色いダイヤ=数の子」などが挙げられる。変わったものだと「神の魚=ハタハタ」「愛のリンゴ=トマト」など、それぞれの由来などを調べてみるとなかなか面白い。また、食材ではないが私の愛する酒にも素敵な二つ名が付いたものが多い。例えば「キリストの血」は赤ワインのことだし、「命の水」と言えばウイスキーだ。他にもイギリス海軍では「ネルソンを飲む」とはダークラムを飲むことを指す。また我が国においても「竹葉」や「般若湯」と言えば日本酒のことである。当然、そのような名前が付いた背景にはそれぞれの物語があり、連綿と続く人々の営みが今にその名を伝えている。斯様に、食材や酒に関する呼び名とは、国や地域の文化や歴史が垣間見えて面白いものである。

 さて、では質問だ。「森のバター」と言えば何を指すかご存知だろうか? まあ知っている方も多いとは思う。正解は、アボカドだ。
 アボカド。ゴツゴツとした固い濃緑の皮と、鮮やかなエメラルドグリーンから黄緑へグラデーションする果肉の色彩の対比が美しい果物だ。熟成した果肉の舌触りはクリーミーで、そのマイルドな食味は他の野菜や果物に類を見ない味わいである。しかしアボカドの魅力は美しさや味だけではない。栄養面でも目を見張るものがあるのだ。ビタミンEやカリウム、各種ミネラルに加えて鉄やリンの含有量も多い。
 しかしアボカドの栄養成分で特に注目すべきはその脂肪分だろう。世界で最も栄養価の高い果物としてギネス認定されたアボカドは、その果肉に含まれる脂肪分が20%近くにも及ぶ(そのほとんどは不飽和脂肪酸であるが)。糖質ではなく脂肪の多さでカロリーが高いという、果物にあるまじき成分比率である。この脂肪分の多さとクリーミーな味わいこそ、アボカドが森のバターと呼ばれる所以だろう。

 そんなアボカドさんだが、最近は更なる別名で呼ばれることがある。
 その名も「緑の黄金」だ。ここ30年ほどでその栄養価の高さや味、見栄えの良さが人気となりアボカドブームが巻き起こったことで、世界的にアボカド需要が高まった。これによる国際マーケットでのアボカドの市場価値の高さから、黄金の名がついたと言われている。

 いつの世も人は黄金を追い求める。そして歴史を紐解けば周知の通り、黄金はいつの時代も多くの人の人生を狂わせてきた。異名とはいえ黄金の名を冠したアボカドもまた、その例外ではない。

 いくつか例を紹介する。世界最大のアボカド生産国のメキシコでは、麻薬犯罪組織が収入の高まるアボカド産業に目をつけた。アボカド農家や関連会社に対して麻薬カルテルが「税金」を要求したのだ。支払わなければ関係者やその家族が誘拐されたり、殺害されることもある。アボカド農園が焼き払われる場合もあったようだ。これに対してアボカド農家も密輸した武器で自警団を組織。町の入口に検問所を設置するなどの措置をとっていたようだ。
 同じ南米のチリでもアボカドの犯罪絡みの事件が報じられている。2018年のニュースでは価格の高騰している収穫前のアボカドを狙った武装窃盗団の問題が取り上げられた。半年の間に10の集団が摘発され、50人が窃盗罪で告発されたとのことだ。
 またチリではアボカド栽培に関連する水不足も深刻な問題となっている。アボカドの育成には大量の水と土地の栄養が必要になるのだが、大規模なアボカド栽培を実施した地域のなかには、住民たちの生活面用水すら足りなくなったケースがあり、チリ政府が給水トラックを派遣することになったとのことだ。同地域では、水不足から感染予防に必要な手洗いも満足に出来ないことが新型コロナウイルスの感染拡大の要因の1つになった可能性も指摘されている。
 南米だけでなくアフリカでもアボカドに関した問題が起きている。アフリカの主要なアボカド生産国であるケニアでは、広大なアボカド農園を新たに作った際、農場に張り巡らされた電気柵に水や牧草地を求めて移動するゾウが衝突する事故が多発しているという。

 アボカドに関わるこれらの大騒ぎ、本当に大変なものだと思う。だが忘れてはいけない。別にアボカドそのものが諸問題の原因ではないのだ。例えアボカドの生産量が激減して、スーパーからアボカドが消えたとしても、また何か人気のある食材が登場して同じような問題が繰り返されることは想像に難くない。 
 では何が問題なのか? 
 私は思う。スーパーフードなどとアボカドを持て囃し、その高まった価値を過剰に利用しようと、あるいは悪用しようとする人間の醜さと弱さこそが、先に紹介した多くの問題の根本的な原因ではないのかと。人を脅かすのは結局、ただ、人の愚かさではないのかと……
 
 はい、長くなりすぎて収拾がつかなくなった話はおしまい。今回の料理はアボカドのディップです。簡単に作れてテーブルを華やかに出来るお洒落つまみでございます。

~アボカドのディップ~
①アボカド1個の皮を取り、適当にスライスしてボールに入れ、変色防止のためにレモン汁を数滴加えて軽く和える。
②玉ねぎ⅛くらいのごくみじん切り (可能な限りの細かいみじん切り) とクリームチーズ適量 (個包装のkiriクリームチーズを½くらい)を①に加え、フォークなどでアボカドを荒く潰しながらよく混ぜる。
③トルティーヤチップスと一緒に盛り付けて出来上がり。ビール、白ワインなどに相性よし。

 スパイシーなトルティーヤチップスにたっぷりのアボカドディップをのせて、トロリとした舌触りとカリっとした歯応えに、次々と皿に手を伸ばす。綺麗に空になった皿を前に、アボカドの美味しさに感謝を捧げる。アボカド生産者の方々に感謝を捧げる。割りきれない、私のなかにある、ほんの少しの罪悪感から、目を反らすように。

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