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悲しみからとったダシがこれほどうまいとは 連載①

中学時代剣道部だった私。
練習をほぼサボっていたためか、そもそも素質がないだけか、ひどく弱く、得意技は小手を見せつけておいて、騙し打ちして面を打つ小手面。
かなり卑怯な技ばかり使っていた。
そういった技ばかり使うから、他校の生徒には「ペテン師」と呼ばれていた。
そんな中学時代を送っていた私は当たり前に剣道部でもイジりを受けており、それは顧問にまでおよび、私は毎朝、顧問に朝食を聞かれていた。
「〇〇さん、朝食は何を食べましたか?」
私の本名が呼ばれ、朝食を聞かれ出したのは忘れもしないとても寒い12月の朝練だった。
「あんころもちです」
私の朝食はいつだって、妹の気分で決まる。
なぜなら、妹は家庭の女王だから。
妹の朝食=私の朝食だった。
そこに私の意思や気分が反映されることは、学生時代一度もなかった。
「え?」
「あんころもちです」
「は?」
「あんころもちです」
私は正直に答えた。
その答えは私の親切心から出たものでもあった。
その日の前日、名古屋の出張から帰ってきた父親のお土産は「赤福」だった。
赤福は妹の大好物である。
それで、翌朝の朝食は「赤福」になった。
では、なぜ私は「赤福です」と言わなかったのか。
答えは簡単である。
イジりをしてくる顧問を私は、必死の抵抗として心の中でバカにしていたのだ。
それ故、私は田舎者の顧問のこと「赤福」なんて分かるわけないだろうと見くびっていたのだ。
自分が生まれてこのかた、田舎から出たことのない蛙であることを知らずに。
顧問は田舎者。
だからこそ「あんころもち」と言った。
そしてそれは顧問が部員の前で恥をかかないための配慮でもあり、それこそ親切心であった。
それなのに、顧問は私の答えをバカにして笑い、朝練のミーティングは終わった。
そう、そのイジりだけですべてが終わっていれば、丸く収まっていた。

翌日、顧問は私にまた聞いた。
「今日の朝食は何ですか?」と。
「あんころもちです」
「今日も?」
「あんころもちです」
私は正直者だ。
まあ、嘘もかなりつくが、正直者の部類であると思われる。
正直者でありたい。
その思いだけで、正直者と分類していいはず。
いや、いいんだ。
だから私は答えた。
「あんころもちです」と。
そして「赤福」は20個入っている。
二人で2個ずつ食べていた私たち姉妹は「赤福」を食べるのに一週間かかった。
そのため「あんころもち」の回答は一週間続いた。
そしてこれまた「あんころもち」という回答が一週間で終わり、次の回答が一般的な朝食になれば、終わりのはじまりはそこでついえていたのに。
私の次の一週間の回答は「奈良漬け」であった。

二週間続けて、朝食にしては、異物を食べていた私。
イジりをしてはくるものの、私をかわいがっていたらしい顧問は「これはもしや…ネグレクトでは…?」と思った。
そこで私の担任に顧問は相談をしたらしく、私は家庭訪問をされることと相なった。

そんなこんなで私の出る幕もなく、担任から母親に連絡が行ってしまった。
担任から事情を聞いた母親は、計り知れない恥ずかしい思いをしたそうで、私に「あんた❗️なんでこんなときだけ嘘つかないの❗️」と怒りをぶつけてきた。

理不尽だと思った。
私の意向に関係なく、妹の好きな朝食を出してくるのは、あなたじゃないか。
奈良漬けが苦手なため、せめておにぎりにして食べようとする私に対して「パパの朝ごはんなくなっちゃうから」という理由で阻止して来たのはあなたじゃないか。

この連載ではそんな哀れな私のみすぼらしい過去を晒していこうと思う。
そんなことをなぜするかと問われたら、それは現在がとても幸せだからである。

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