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悲しみからとったダシがこれほどうまいとは 連載⑦

書くこととは何だろうと思う。
書くことで何かをしたいのなら、それで生きていきたいのなら、何かを捨てるくらいの気持ちでいなくてはいけないのではないだろうか。

私は小学生のとき、あるものを捨てた。
いや、奪われた。
それは「歯」である。

小学生のときの冬のことである。
私の地元はかなり寒い地域で、冬は炬燵、ストーブ、電気毛布、電気ストーブのすべてを駆使して寒さを凌いでいた。
しかも、我が家は田舎のため家が古く、窓も大きいため風が吹き込みやすかった。
そう、非常に寒いのである。
しかも雪がよく降る。
その日は大雪が降っており、学校から自宅に帰宅した私は傘をさしていたにも関わらずびしょ濡れであった。
我が家はよく、コートをハンガーにかけてストーブの上で乾かすということをよく行う。
その日もそれにならってストーブの上の長押(田舎の家の遺影とか表彰状とかよく飾られるところ)にハンガーにコートを掛けて置いていた。
想像つくかもしれない。
その通り。
コートがストーブに落ち、燃えたのである。
あわや、ボヤ騒ぎである。
コートを掛けた張本人である母は慌ててストーブに水をかけ、惨事は免れた。
しかし、ストーブはだめになり、そして私のコートは変な臭いを醸し出してボロボロに燃えた。
今となっては笑い話である。
でも、その頃の私にとっては言い表せないくらい最悪な出来事であった。
私はそのコートをとても気に入っていて、毎日それを着ていた。
それが、燃えたのである。
悲しい以外の言葉がなかった。
私は怒り狂い母を責めた。母もまた怒りを露わにし、私と母は大喧嘩をはじめた。
私も母も手が出るのが早いため、我が家はいつもケンカとなるとすぐどちらかが殴ったり、物を投げたりしていた。
その日は母の手が早かった。
私が先程まで遊んでいたリカちゃん人形を手に取ると、母は私に向かって投げた。
普段は運動神経などミリ程もない母なのにその日はメジャーリーガー並みの豪速球を投げた。
リカちゃん人形という名の豪速球は私の前歯にメガヒットした。
見事である。
私の前歯は2本とも抜けた。
乳歯だったからよかった(これは今日友人に言われ、その通りだと思った)。
そのとき前歯はちょうどグラグラしており、抜けそう、という段階であった。
2本の前歯は抜け、そして、私の口からは血が溢れ出た。
痛いとか、そういうことも確かにあった。
だが、私的には何だかグラグラして気持ちの悪い歯が抜けてかなりよかった!という気持ちが多く、狼狽える母をよそに、母にありがとう!と言いなぜかケンカが収まった。
この連載を読んでくれている人なら分かるかもしれない。
そう、我が家はおかしいのである。
頭が。


そして、私は今「歯」を失ったことを書き、私と母だけの間にあった思い出を捨てた。

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