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鬼退治に行こう!

私が愛犬ポッキーの散歩をしていた時のことだ。

時刻は朝7:30。最近は文字の打ちすぎで首と肩が凝っているなぁと、腕をブンブン回し、首もゴキゴキ回しながら散歩をしていた。

朝も早よからポッキーは大量にうんちをしている。よきかなよきかな、と私はうんち袋にうんちを入れた。うんちがほんのり温かい。ポッキーの内臓がしっかりとあたたまっている証拠だと、私は一人満足げな表情を浮かべる。

場所は川沿い。
ぼうぼうと生い茂る雑草。次第に日が高くなり、今日も暑くなりそうだ、と私は空を見上げ目を細める。最近は蝉の鳴き声も少なくなった。もう9月。もうすぐ秋になるのだろうか。

「あのぅ」
私がうんち袋をお散歩バックにしまい顔を上げると、そこには一人の男性が立っていた。桃色のシャツに桃色のパンツ、桃色の靴を履いている。私は既視感を覚えた。もしかするとこの男は、岩下の新生姜の社長ではなかろうかと。

そういえば、一度、岩下の新生姜を天ぷらにしたことがある。非常に美味しかったので、美味かったとXでポストをした。そのポストは岩下の新生姜の社長と思わしき人物にリポストされ、そして、岩下の新生姜の社長と思わしき人物からフォローされたのを覚えている。マメな人だなぁと思った。

もしかして、その恩返しに現れたのか? 私は毎週のように岩下の新生姜を買っている。売り上げに貢献しているので、感謝されることはあるかもしれない。
いや、そんなわけがない。私のことを猿荻レオンだと現実で知っている人はわずかしかいない。顔出しもしていないので、声をかけられるはずがない。

私は怪訝な表情を浮かべ、その桃色づくしの男をじっと見つめた。
その男は若くてイケメンだった。スタイルも良く足も長い。さながら某アイドルグループにでもいそうな感じだ。

ピンクと言えばの林屋ぺーでもないな、と思った。
髪はサラサラしていて、アフロでもない。
明らかに年齢も違う。

「猿荻レオンさんですか?」

桃色男から私は突如、インターネット上でしか使用していない名前を告げられ、愕然とした。なぜ分かった。どうやって見破った! 私の額に冷や汗が伝った。最後の力を振り絞るかのように蝉が一斉に鳴き出した。

蝉の鳴き声が頭に響く。
うまい返しが思いつかない。そもそも、まだ早朝だ。起き抜けの頭がそう速い回転をするわけがない。

私は何も返せなかった。
こう言う時、なんと返すのが正解なのだろうか。
今の私の状況を文字に置き換えるなら、ぐぬぬ、に違いない。

「ポッキーですよね。その犬」
その言葉に愛犬ポッキーが反応した。自分の名前を呼ばれたと分かったからだ。人懐こい誰にでも尻尾を振る愛犬のコミュ力の高さが災いした。ポッキーは10cmほどしかない尻尾をブンブンとふり、桃色男に飛びついた。

「何ですか?」
バレてしまっては仕方ない。私は表情を曇らせ、眉根を寄せて男に尋ねる。
「お願いがあって、あなたを探していたんです……。やっと探し出すことができた!」

よく見ると男は首から大量の札束を紐で繋げてネックレスのように巻いていた。怪しすぎる。なんだこの男は。

会話をすることもはばかれられるような風貌の男だったが、私の正体がバレているので、一応、桃色男に質問をみることにした。
「あなたは一体、何なんですか? 突然現れて。それに、なぜ私のことを知っているんですか?」

男は神妙な面持ちで、ポケットから何かを取り出した。
それをグッと私の目の前に突き出した。
「これを見てもわかりませんか?」

それは白い紙製でできた10cmほどの長さの袋だった。そのパッケージには赤い枠に白抜きで“きびだんご“と書かれている。桃太郎の絵も描かれていた。駄菓子屋でよくみる口の水分を全部持っていかれるけど、たまに食べたくなるやつではないか。

「きびだんごがどうかしましたか?」

この男はなぜ、私の好きな駄菓子を知っているのだろうか。
この男は私のことをどこまで知っているのだろうか。
ストーカーかもしれない、と私の背筋が凍った。
イケメンだからストーカーでも歓迎したいところだが、いかんせんセンスが悪すぎる。全身桃色はありえない。心の中で岩下の新生姜の社長と林家ペーパー師匠に謝罪をし、そして、告白されてもいないのに、心の中で私は彼をフった。

「わかりませんか……。僕、桃太郎と申します」
桃太郎と名乗るその男は、頬を桃色に染めて、何か私の返事を期待しているように見えた。

「はあ。わかりません」
新手の詐欺であろうか。そういえば、この川には青サギがいるんだよなぁなんて思いながら、男の顔をじっと見つめた。

「で、それが何か? 私、散歩中なんですけど」
お散歩バックの隙間から、閉じ込めきれていないうんちの匂いがぷんと漂ってきた。やはり安いビニールではダメだったか。消臭剤入りのうんち袋に変えよう。私は男を見つめながら、うんち袋のことを考える。

そんな私の思考のことなど全く気にしない様子の男は、意を決した顔をして真剣な眼差しで私を見た。
「一緒に、鬼退治に行ってほしいんです!」

「はぁ?」
私は間の抜けた返事をした。
それは、令和6年の9月のことである。時代は令和。西暦2024年。この世の一体どこに鬼がいると言うのだ。しかも私はつい先日44歳になったただのおばさんである。昔であれば初老である。その初老に鬼退治を頼むとはこれいかに。

「無理です」
私はあっさりと断った。
「第一、なぜ私なんですか?」
私が尋ねると桃太郎は言った。

「あなたが猿で、犬を連れているからです」
理由は至極シンプルだった。
なるほど、と思う。そして、だから? とも思った。

「でも、雉がいないのでは?」
私が尋ねると、桃太郎は首から下げていた札束を見せてきた。
「雉は私が連れています。これは昭和59年から平成19年の間に発行された1万円札です。ざっと100枚あります。この年代の1万円札には雉の絵が描かれています。本物の雉ではないので、少し力が劣りますが、100枚あるのでそれなりに力はあります」
桃太郎は真剣に答えた。よく意味がわからない。

「でも、ポッキーは犬ですけど、私は猿じゃないですし。鬼退治なんかできません」
桃太郎は首を左右に振った。
「あなたが猿なんです。ニホンザルの血液型はB型とO型に分類されています。あなたはAB型の父親とO型の母親から生まれたBO型。そして筆名は猿荻レオン。あなたはまさしく猿なのです。あなたがこの名前を自分でつけた時から、あなたは猿だと決まっていたのです」

なんと!
ゴリラがB型とは知っていたが、まさか猿もB型だとは。何だか猿に縁を感じるなぁなんてことを私は思い始めていた。

でも、鬼退治って言われてもねぇ。何するかわからないし。メリットもないし。今日は土曜日だから家の掃除をする予定だったし。

「鬼退治はちょっと……」
私が渋い顔をして断りを入れようとしたところ、桃太郎は間髪入れず、私の言葉を遮った。
「報酬はこの100万円です! 鬼退治は難しいことではありません! あなたになら絶対にできる! 一緒に鬼を倒しましょう!」

私の心はぐらりと揺れた。

🐒


「さて、桃太郎さん、鬼ヶ島はどこですか?」

100万円に目が眩んだ私は、鬼ヶ島に行く気満々になっていた。
「少し移動します。バイクがありますので、それで移動しましょう」
桃太郎はそう言うと、バイクを止めていた場所まで案内した。
「ポッキーは?」
私が尋ねると、桃太郎はリュックサック型のキャリーバックを私に差し出した。中にはジャーキーなどのおやつも大量に入っている。
「準備がいいですね」
ポッキーをキャリーに押し込めながら私がそう言うと、「きっとあなたなら、提案に乗ってくれると思ってましたから」と桃太郎は右の口角をあげて笑った。

そのイケメンっぷりに私の心が高鳴った。
全身桃色もありかもしれない、と。

キャリーバックを背負い、私は桃太郎の後ろに乗った。
ぎゅっと桃太郎の腰を掴む。桃太郎の腰がものすごく華奢で私は驚いた。昨今の男子はこんなにも細いのだろうか、と。私の半分くらいしかない。ありえない。
私はこれから何が起きるのだろうか、とドキドキしながら風を浴びていた。

海沿いに到着し、私はバイクを降りて桃太郎はヘルメットを外した。

「え?」
私はその顔を見て驚いた。
「え?」
桃太郎は私の声を聞いて驚く。
「か、顔が……」
桃太郎は、ミラーを見た。そして、テヘッと舌を小さく出した。

「い、池田えら、エライサー?」
福岡出身のかわい子ちゃんの一人、池田エライサーだった。私は池田エライサーの腰に手を回していたのだ。えらいこっちゃ。

「特殊メイクが取れてしまいました。このことは内密にお願いします。実は、ここから3kmほど沖合の鬼ヶ島と呼ばれる島に、G-MENという鬼のような所業を繰り返す集団が潜伏しているという情報が入りました。このG-MENを逮捕するために島に上陸しなければならないのですが、島内部にある奴らの潜伏先に入るためには桃太郎・犬・猿・雉が必要だという情報を入手したのです。申し訳ありませんが、猿荻さんにはこの上陸を手伝ってもらわなければなりません」

なんのこっちゃと私は思った。
Gメンといえば、警察以外で万引きや麻薬の捜査・摘発をこっそり行う人たちではないのか。私の認識では正義の部類だが、それが鬼の所業とは一体どういうことなのだろうか。

私の怪訝な顔に気付いたのか、池田は説明を続けた。
「G -MENはその立場を利用し、恐喝・殺人・窃盗・詐欺などを繰り返しているようなのです。G-MENの仮面を被った悪の集団なのです。我々はずっと彼らのアジトを探していましたが、それをやっと突き止めることができました」

私は池田の真剣な瞳を見て、ことの重大さに気付いた。
そして、自分にこの大役が務まるのかと心配になった。自分でも気付かぬうちに私の手が震えている。

「大丈夫です! 私がちゃんとお守りしますので! 猿荻さんとポッキーちゃんには怪我一つさせません!いてくださるだけで大丈夫です!」
キラキラと輝く美しい顔面に押されて、私は思わず「はい」と呟いた。

私たちは船に乗り、鬼ヶ島へ上陸した。

鬼ヶ島は荒れ果てたリゾート地のようだった。ホテルの鉄骨が剥き出しになり、木々は伸び切っている。足を踏み入れるのも躊躇したくなるような惨状だった。私はポッキーのリードをぎゅっと握る。

ポッキーは自然豊かなこの鬼ヶ島に興奮しているようだった。
まるで野生に帰ったかのように、テンションが上がっている。
キャリーケースで大量に餌を食べたのか、大量にうんちをぶちかました。これだけの自然の中だ。うんちを取る必要はないのでは? と思ったが、私は一応マナーだろうと、うんちを拾って袋に入れた。今日はやたらとお散歩バックにうんちが入っていて、よく臭う。やはり値は張るが消臭袋にしようと心に誓う。

そして私たちの出番はすぐにやってきた。

廃墟となったホテルの入り口のセキュリティで求められたのは“猿の血“、“犬の肉球“、“雉の羽“だった。池田は「すみません」と謝り、私の左手の人差し指にナイフで軽く傷をつけた。左手の人差し指をぎゅっと握り、入り口のすぐそばにあるプレートに私の血を落とした。そして、その隣にある犬の肉球にポッキーの前足を押し当てた。最後にポケットから雉の羽を取り出すとそっとプレートに置いた。

「一万円札は使わないんですか?」
雉の代わりだと言った一万円札のネックレスを一瞥し私が尋ねると、「これは、なんとなくつけています」と笑った。意味がわからなかったが、美しい顔には不思議な説得力があるのだな、と私は思った。

案外楽勝だな、と思っているとポッキーがきゃんきゃん吠え出した。
「ポッキー、しっ!」
その瞬間、私の意識が遠のいた。

🐒


「そう簡単に侵入されては、困りますねぇ」
男の低い声が室内に響き、私はその声で目を覚ました。暗かった視界が次第に明るくなる。隣には、池田とポッキーが眠っている。私は慌てて一人と一匹を起こした。

池田が目を覚ますと、目の前のG-MENに気付き、啖呵を切った。
「お前たちを逮捕する!」
そのまま拳銃を構えた。

私は池田が拳銃を向けた相手を見て驚いた。バリトン山中ではないか。低い声とトヨエツのようなイケおじの容姿。バリトン山中は鬼畜だと風の噂で聞いたことがあった。ただ付いてこればいいという話とは全然違う。これは100万では安すぎる! 私は池田をきっと睨んだ。しかし、池田はそれどころではない。

マジの鬼退治ではないか。

なんとか逃げなければいけない、と私は頭をフル回転させた。
ポッキーはこの空気を感じ取ったのか、唸り、そして吠えまくっている。
私は足元に転がる石を投げつけた。

しかし、バリトン山中は軽々と避けていく。このままでは私は殺されてしまう。ただ散歩をしていただけなのに、こんなことになるとは!

部屋の奥のドアが、がちゃんと開いた。
「もうええでしょう」
どこかで聞いた事のあるエセ関西弁が部屋に響く。ドアから出てきたのはピーエル瀧だった。
「もうええでしょう。こないな小物に手を煩わせるのは。さっさと殺したらええんちゃいます? 次の仕事の準備もせなあきまへんし」

バリトン山中がピーエル瀧を一瞥した。
「そうですね。ピーエルさんの言うことも一理あるかもしれません。早々にこのネズミたちは始末してしまいましょう」

池田が「この人とこの犬はなんの関係もない! すぐに逃してくれ!」と言いながら銃を放った。

バリトン山中はあっさりとその銃弾を避けた。
「そうはいきません。この場所を知ってしまったからには、みなさん、この世から去っていただくことにします。せっかくですから、最もフィジカルで、最もプリミティブで、そして最もフェティッシュなやり方でいかせていただきます」
バリトン山中はそう言うと、ポケットから携帯電話を取り出した。

やばい。殺される。


🐩

「猿荻さん、ご迷惑おかけしました」
池田は自分の首にかけていた100万円のネックレスを私の首にかけた。

「ちょっと100万円じゃ、安い気がしますけどね」
私は軽く笑う。
「もちろん、追加で100万円お支払いします。平成20年以降のお札でも問題ないですか?」

私はニヤリと笑った。
「ええ。全然構いませんよ。住所はご存知かと思いますので、現金書留郵便でお願いします。高額の振込は夫に怪しまれますので」
池田は小さく頷いた。

「でも、本当に猿荻さんとポッキーちゃんには助けられました。あそこで、犬のうんちを投げてくれたおかげで、バリトン山中に隙を作れました」
私は不敵な笑みを浮かべる。

「でも、相手のG-MENの中にスパイがいたとは。味方の警察もたくさん侵入してくださっていたおかげです。まさかあんなに味方がいるとは思わず、余計なことをしてしまいました。私はてっきり池田さんの単独行動かと思っていましたので」
池田は寂しげに首を振った。

「単独行動は懲りたんです。では、私は次の捜査がありますので」
池田はバイクに跨って、颯爽と走っていった。

私はバイクを見送るとポッキーを一瞥した。
「帰ろっか。ビール飲みたいし」
ポッキーはワンと元気よく返事をした。





白鉛筆さんの「白4企画」に参加しました!

白鉛筆さんは存じ上げなかったのですが、フォローさせていただいている方々が次々にアレンジ桃太郎を公開されていて、めちゃくちゃ楽しかったので、勢いで書きました。1日だけの企画らしく、最初は諦めていましたが、推敲もせず書いて出しで公開します。

くだらなすぎるし、オマージュというか若干二次創作感がありますが、大丈夫かな? やりすぎてない? なんか心配になってきた。
でも、楽しんでいただけると嬉しいです。

白鉛筆さん、4周年おめでとうございます!




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