見出し画像

《新・水滸伝》南座感想

2023年9月15日(金)。京都南座。歌舞伎座だと西にあたる、左の桟敷席のいっちばん舞台に近い枡に座らせていただきまして、《新・水滸伝》を鑑賞させていただきました。いやぁ………ありがたいことですね………。
 
というわけで、そこから見えた光景や体験や、さらに夜の部で座らせていただいた(!)、三階席から見えた景色や思ったことなど綴ってゆきます。

※歌舞伎座とのバージョン違いを挙げる目的ではございません。既に多くの方が言及してくださってるので、こちらでは特に列挙はいたしません。

※林冲先生と姫虎姐さんへの言及が多いです。時遷のちょこまかした動きも宋江のお顔と声も花栄の力強い動きと立ち姿勢も大好きですけどさぁ……!!シーンの増えた張進の想像バックボーンや人柄も語りたいけどさぁぁ!!!

■オープニングから後半まで

・開演前にアナウンス:
 5分前にブザーが鳴ったあとは特にお知らせナシで幕が開く歌舞伎座に対して、これから上演されるお芝居に関わった制作陣の方々の名前が呼び上げられるシステム、いいなぁ、と思った。
 実際に舞台の上で動く役者さんだけでなく、これらの方々の尽力も有ったのだと知らしめてくれる、そうやって“裏”の方の存在を意識させてくれるってことは、役者さんでなく舞台の上や横で忙しく立ち働く裏方さんに対しても意識させるってことじゃないですか。”ぐるみ”で作っているのだと、宣言しているようで、素敵だなぁ。 

・爆音上演:
 場内が暗くなり、重々しく音楽が響き始め……るスピーカーがすぐ左脇なのよ!!! 低音…響きがスゲエのよ!!! 鼓膜どころか自分の服が振動する!! ライブハウスか!!?

 ・衝撃視界:
 ひ、ひ、ひとマスめの桟敷席、幕開いたら視角が舞台袖ですが!!??!! 舞台袖ギリギリ内側にしゃがみ込んで見てる景色じゃん!! あっれスタッフでしたっけわたし!!?

 ・彭玘「遊びや文芸にうつつを……」:
 ブンゲイも悪いヤツですか!!!すいません!!!今そのへんのブンゲイの残滓を楽しませてもらっててすいません!!!!!
(成すべき政治をないがしろにしてて民に目を向けてないのが悪いって話ですよね ハイ)

 ・盆で登場する梁山泊の面々:
 アクスタにすべきでしょこの光景はァ~~~~~~~~ッッッッッ!!!!!!!

 ・罪人林冲先生の縛られ方:
 後ろへ回した綱の交差するポイントに、15cmくらい?の串を、まとめ髪に簪を挿すように垂直に通して留めておき、背後待機の黒衣後見さんが串を下に抜くことで綱が解けて開放される仕様。桟敷だからこそ見えたヒミツですわ…… こういうのだいすき…… ありがてぇ……。

 ・李逵「俺たちの親分は悪いやつが大好きなんだ」:
 このセリフで、右隣(隣の枡)のご婦人たちがフフッとお笑いに。(※初見らしく、この後もしばしば明るい笑い声を上げたり「あちゃ~~」「アララ~~💕」といった感想を漏らしてらして その素直さが面白かった 茶の間的見方……!)
 李逵の、「悪いやつ」本人を目の前にして「おまえは悪人だから」て言い放つ乱暴さも、「大好きなんだ」のあけすけな言い方から分かる幼さも可愛いもんね……わかりますよ……。 

・林冲先生を刑場から逃がしてやる晁蓋の「達者でな また会おうぞ」:
 これ歌舞伎座では無かったような……? 物語の最後を締める人物が魯智深から晁蓋に移ったために、林冲先生への気遣いを歌舞伎座版より深めて、梁山泊へ繋ぎとめる楔の役割を強調させる目的かしら。
(※追記:ありました。歌舞伎座版でも言ってました。

 ・サイドの山景色:
 桟敷だと真向かいの感覚で見える舞台側面に墨絵の雰囲気で山が描かれていて、こ、これ正面席だとほとんど見えないのでは……! と感動する。
 正面からだとほぼ後方(松羽目物だと松が在る面)の景色だけでその場の空間を想像することになるので、ほ~~ん横の席のほうが(立体的な想像ヒントが用意されてて)サービスがいいのね~~と思った。通常の歌舞伎書割だとそれをどの席からも受けられるわけですが……。

 ・姫虎姐さん「(悪党どもが)集まっきて」:
 この約まった「ち」だけで、気の短さ、威勢の良さ、「ご覧よ お夜叉ぁ」なんてのんびりした様子で始めつつもすぐに『アッ鉄火肌の姐さんなんだ』と分からせるセリフ回しの達者さ……!

 ・姫虎姐さんの林冲先生評「こんなとこに居たかねェって」:
 「こんなとこ」を姐さんは「=梁山泊」と捉えて反感を抱いてらっしゃるけども 違うんだ姐さん、先生にとっちゃ「=現世」なんですよ…… 奥さんの居ないこの世界にもう居る意味なんて無いんですよ………(★)

 ・高俅「林冲よ お前にもこの月が見えているか」:
 それ普通離れた土地で恋人に言うやつな!!???て初回で動揺してしまった  先生に向ける熱量が巨大すぎるんじゃおっさん  若者(彭玘)と張り合わんでくれ  ホラホラ張進が呆れてんじゃーーん!!!

・酔いどれ林冲先生がいちいちやらしい:
 説明、要る…………?(ふらつく足取りとか……顎を引いてるために三白眼になった酔眼とか………ぐいっと徳利を煽ったあと、濡れた唇を左の手の甲で無造作に拭う仕草とか………セクシーさが暴力的な域………)

 ・林冲先生の酔っ払い方:
 なんだか歌舞伎座より明るい方向に行った気がする。歌舞伎座では軍人崩れというか浪人風というか、酔ってもなお生来の人格の固さや武人の厳しさがベースにあって、それに陰が差した様子であったのが、南座ではその固さが薄らいで、世話物のくだけといった感。
 云うなれば歌舞伎座の林冲先生は川沿いの柳の下を貧乏徳利片手に酔眼で歩きながらも腰には大小を提げていて、南座の林冲先生は裏長屋をフラフラしてるときに無腰である、というような。ただ、明るい方向とはいえ、その笑いは結局自嘲なのだけど……。

 ・林冲先生に戦の指揮を頼み込む姫虎姐さんの土下座の手:
 グーに握った両拳の、拇指だけを地につける独特の形。姐さん、それどう見てもカタギの懇願姿勢じゃねぇっす……

 ・彭玘の「先生は誰よりも正義を愛しておられた」と 姫虎姐さんの「(晁蓋も、自分も)曲がったことが大嫌い」:
 序盤は林冲に対して険悪な姫虎姐さんが、でも本質的には似た人間だという示唆ですよねこれは………。

 ・梁山泊へ潜入した彭玘への「汚れ果てたこの林冲のことは もう 忘れよ」:
 林冲先生ッご自分のことをそんなふうに思ってたのッ…… それじゃまるで浴びるように飲む酒は自罰行為じゃないのッ……(泣)

 ・王英お夜叉の客席下り・この日のやりとり:
「その代わりアタシの言うことをちゃんと聞くんだよ」のあと、
王英(※張り切った大声で)「うん聞く聞く♪」
お夜叉(※ぼそりと)「大きいよ……」
王英「大きい? 何がだ? あっおれの声か!」
お夜叉(※なおもぼそぼそと)「近いからさ……」

 ・彭玘と最初に再会した林冲先生の瞳にチラつく光:
 階段に腰をかけて、やさぐれの俯き加減に彭玘の話を聞いていた林冲先生が、まだ夢や希望を持って教え子に向かっていた過去の自分を語られて心が動いて、ちょっとお顔を上げたとき、動揺を映すように細かに揺れ動く眼球に、前方から照らすライトがチラついて、つややかな黒目の上で光のまるい粒が二つも三つも不安定に踊るようで、たいそう綺麗でした………

 ・橋の上の後ろ向きの林冲先生のお顔への明かり:
 彭玘に替天行道を語られてるときだったか、正面客席に背を向けていて言葉に反応してハッと上がった林冲先生のお顔に、真上よりやや舞台奥から月光のような青白い光でサッとピンスポが投じられたのね……どこの客のためのライティングなんそれ??? いや見えますけど桟敷なら、桟敷席なら!!! えっ正面側の席だとコレ先生の髪の輪郭が光って見えるくらいの角度じゃないすか……このときの先生の表情が観られるのここらへんの席だけ!!? えっ特権!!!? うわあ!!!! ぜいたく!!!!!!

 ・林冲先生から彭玘への「もうおれに関わるな 関わればお前も穢れる」:
 ヒヤ~~~~~~~~ッッッッッ!!!!!!!!///////
 
(これに……説明……要る……????)

 ・仰向けで寝そべる金蘭:
 祝彪の屋敷(ですよね?)で高俅たちをもてなすコンパニオンとして呼ばれているっぽい踊り子・金蘭さんが、高俅の前で膝をつき、客席側に頭部を向けてぐぅ~~っと仰け反ったときに初めての気づきを得てハッとした。例のアレですよ、歌舞伎の女方さんが被虐立場を強調してなさるいつもの海老反りですよ。
 歌舞伎座で観てたときは、あぁこれは踊りの技巧を示すフォームなんだなと捉えていただけだったのだけど、ほぼ床の高さから&横方向から観ることで「めっっちゃ扇情的ポーズじゃんコレ」と思った。椅子に掛けた高俅から見れば寝台に仰向けになった状態の女性を見下ろしてる構図ですよこのときの金蘭は。うわーー性的。すごい挑発。
 そこまで計算して躍らせてるとすれば祝彪の “分かってる” 度がさらに上がって好感度が明確に下がる!!祝彪すげえ!!アンタ女を見る目は無いけれど “鼻薬が効く男”を見る目は有ったのね!!! 

・ばあやさん!:
 いや~~これも又この角度だから初めて知れた。上記の場の最後、舞台中央で高俅たちに当たっていた照明がゆっくり暗くなるとき、最前から嘆き悲しんでた青華さんの乳母さんが、舞台装置で脇にある階段の、段に凭れて古典的な嘆きの姿勢をおキメになるのね……!! キマったところで暗転なんすよ!!! めちゃめちゃかっこいいじゃないですか!!!! うわーーーこのこと気づけてよかった!!!!!(あと乳母さんが真っ白なおぐしに合わせて睫毛まで白くなさってるの超すきです……バッサバサ……)
 楊志の凭れ掛かりといい、結構皆さん階段も遊んでお使いになってらっしゃるのね……

 ・姫虎→晁蓋→……の視線パス:
 オッオッオッ、これ! “揚幕から出てきて花道で立ち止まった一行がまた歩き出すとき”に見られる古典手法じゃ~ん!!?
 新作脚本とはいえ随所で古典の “いつもの” が使われているんだよね……制作陣や役者さんの負担を減らすためも勿論あろうけど、新作から歌舞伎を知る人には後で古典を観たとき「あのときのアレだ!!」て嬉しくなるフックとして機能するし(※ナウシカから入った経験者)、古典も知ってる歌舞伎ファンにはそういう散りばめられを拾うのが楽しいだろうな……と思う。

 ・高俅を仕留めようとする一回目の林冲先生「何を笑うておる この___クソ野郎めが!」:
 あっれ!? こんなセリフ初めて聞いたよ!!? アドリブ!?!?
(……隼人丈の悪口語彙の中から咄嗟に出てきた言葉だと思うと「クソ」もまたイイすね……) (その前も「〇〇〇の」って仰ってたんだけどメモが読めなかった!)

・高俅「朝廷軍の強さを誰よりも知っておるのはお主であろうが!」と 張進「この国に命を奉げた兵たちの」「誇り高き朝廷軍」:
 そうだよねぇぇ………林冲先生だって“この国に命を奉げた”“誇り高き” 軍人だったんだもんねぇぇ……だからこそ「この国を潰そうとは思えない」んだもんねぇ…ちょっと前までそっち側に居て、本人はきっと死ぬまで自分はそう在ると普通に信じてただろうにさぁ……!! 高俅てめぇこのやろう

 ・林冲先生のケガレ意識
 事切れそうな彭玘が掲げた替天行道の巻物に手を伸ばして、掴む前で思いとどまる林冲先生がバッヒューーンと刺さった……
 いま胸の内に在る彭玘は清く正しいままで居て……その手に在る巻物は理想と純潔の象徴のようで……罪を犯し、道を外れ、「穢れ」た自分にそれを手にする資格は無い…… と先生が思ったように感じられてギュワ~~~~!!!!! でした
 いいんですよ先生…… 先生に受け取ってほしいんだ彭玘は…… その巻物を通じて先生の穢れを払い清めて、正しい道に立ち戻ってほしいんだ貴方を愛する教え子は……!!!!

 ・朝廷軍を退けたあとの場の宋江「林冲先生が受けた刀傷は思いのほか深く……」:
 いま宋江さん「先生」って言った????? 既に私淑?????

 ・苛立ち文杏姐さん「コイツが花嫁にならないって言うからさー!」:
 言ったあと "ぴょん" て跳ねなさるの……お可愛いかよ…… ぴょん……。(……記憶違いで翔乃亮丈の蝶児さんだった可能性ありますね……どちらだったかしら……)

 ・林冲先生のたっぷりローブ風ファッション:
 それまでのアクティビティ向きな服装と異なり、直前の会話で示唆される「軍師」=頭脳労働者らしさと、あと病み上がりのバスローブっぽさのダブルイメージがあるのかなと。軍師要素は宋江が見せる長衣姿と同様だし、少し前まで臥せっていた人です感のバスローブ要素は……その……色気……あー、レアでいいですよね……(このひとそのすぐ後に大凧乗って馳せるけど……)

 ・林冲先生のローブの袖から覗く右手の良さ:

(小指離れの繊細さ……)

 ・姫虎姐さんに詫びる林冲先生「真に俺が嫌うたのは俺自身だ」:
 妻を死に至らしめたこの世界を厭い……そうさせた原因たる、世界を厭うまでになった自分を嫌う林冲先生……!!! それでもよくここまで生き延びてくれました……… (泣)

 ・新々の過酷な過去を聞いててベヨベヨ泣いてる文杏姐さん:
 気短だけどすぐ泣いちゃうのよね文杏姐さん…… 情の篤いひとなのよね……(※このあと林冲先生加入の「かたじけない」あたりでも泣いてらした)

 ・姫虎姐さんへの幻影接触:
 これはまさに左桟敷の特権だと思いましたが……飛龍後、すっぽんでせり上がった姫虎姐さんの長い影が、気づいたら桟敷の天板机にまで達してるんすよ…… 姐さんの簪や頭飾りの影が桟敷の自分に届いてるんすよ!!! ひああ!!! ねねね姐さん!!!
 ……そぉ~~っと手を伸ばして机の上の影にサス…サス…と触れました。しあわせな気分でした。

 ・高俅に続いて林冲先生にマイナスの巨大感情をロックオンする張進「今のおれには迷いも矛盾も消えた ただお前だけが憎いのだ」:
 ……林冲先生、サークルの姫?????

 ・高俅の「何とか申せ!」:
 歌舞伎座版だと林冲先生からの反応が無いことに苛立つ感じだったけれど、南座は手応えの無さに不安を覚えたようだった。そのぶん高俅の情けなさが際立って、でも人間的深みも出た気がして、なるほど~と思いました。

 で、例の南座オリジナルのカンテラ三美女ですよ。

■南座版灯籠シーン

噂に聞いて(&直におすすめをいただいて)わくわくしていた姫虎姐さんが、あまりに菩薩の美しさで、ちょっとぼうっとしてしまいました。すごかった。

 ・姫虎姐さんの腕の曲線:
 女方さんがここまで腕を出してくださることあります……??? 普段は奥ゆかしく衣の袖に隠れていて、”隠れた状態で=衣と一体化して 美しい” 様態を意識していらっしゃるはずなのに、今回笑三郎丈は姫虎姐さんのピタピタした素網のお袖を通してこんなにありあり腕のラインをお見せくださる!!!
 そして長い!! 腕が長い!! そうでしたえみさぶさん長身でらっしゃるじゃん……手足も長いってことなんじゃん…… その長い腕が、肘と手首の関節の尖りを僅かにアクセントにした柔らかい腕の線が、刻々ゆったりと嫋やかに空気のあいだを滑っていって、あらかじめ「観るべき!」とプッシュされていた手先へゆく前に既にこの腕が見物であった。すらりと佇んだ姿は天平の観音立像、流れるように歩む姿は飛天像。
 “左手の薬指!”、確かにお綺麗でございました。想像してたのはクキッと曲がったかっこよいお指だったのだけど、実見した薬指は、ずっと優しいまるみを宿して、そのため手の甲側の面が淡紅色の蓮の花びらの外側のふくらみを思わせて、”天上の人” のイメージをよりはっきりと印象付けた。

 ・姫虎姐さんの女性らしいお顔:
 またそのときの表情が、特にお目めが優しいこと!!拵えは姫虎姐さんのままだけど、姐さんなのでしょうかこの方は……!??とドキドキしながら勘ぐってしまうほど、いつもの姫虎姐さんとは全く違ったお顔をされていた。冒頭の、夕陽に照らされた湖をじっと見ていたあの表情よりさらに柔らかく、目元口元に微笑を浮かべ、慈愛の権化の菩薩のよう。
 お夜叉と青華さんとの三人で本舞台に移って、そこでふと元の人格に立ち戻る。思わず吹き出したとでもいうように笑い合い、『何さ姐さん、やるじゃない』『アンタだって悪かぁなかったさ』といった様子で互いにじゃれ合う動きが入る。
 そうか、入れ子構造の劇中劇みたいな舞踊にしたんだ、と思った。キャラを離れるのでなくて、キャラを下敷きにして“澄まして踊っている”というレイヤーをかけたのだ。なんかさーーそうすることでさーー!キャラ崩壊を防いだ上で、やろうとすればそういう踊りをこなせる無頼の女たち、ってつよつよ性が増幅しちゃう手法じゃないすかヤダーー!!!敏腕!!!!演出が!!!!!
 あと純粋に“梁山泊のレディース”に青華さんがしっかり加わってるのが嬉しかった……一連のランタンサービスが女性たちのおふざけだとしたらそんなおふざけに入れてもらえる仲になってるわけで…… 新しい人生を始められているわけで……😭

 ※この初回衝撃を抱えて、夜の部を三階席で改めて見返して抱いた感想が以下です。

  灯籠タイムの2つ前の(強盗襲撃←飛竜乗り込みに続く)場の、新々が食料を盗んで女性陣に囲まれて林冲先生に叱られて…というシーンで(※後述)、後ろのほうにしばらく立ってた林冲先生が新々の傍に近づいたあとで、今度は姫虎姐さんが後ろへ下がって柱にもたれて腕を組み、足もちょっと前へ投げ出すような、傍観者のかたちを取られる。新々に意識を向けていながら心理的にも距離を保ったこの姿勢が、歌舞伎座時期から(いい形だな)と感じられて好きな光景だったのだけど、南座の三階で初めて おや、と思った。
 もしかして子どもが苦手なのかしらん姫虎姐さん。子どもは騒ぐから嫌いだとかでなく、構い方がわからない、どう接したらいいのかわからないから苦手だというような、硬さを感じたのだった。姐さん自身に子どもは居たのかしら。そもそも亭主は居たのかしら。新々の村で「死人の肉まで食べたそう」と聞いて初めてハッと反応して、顔色を変えて "本当なのかい" というふうに文杏姐さんに訊きに行く様子から、食人行為が引っかかるのかしら、姐さんの過去の記憶を刺激すること……? などと思って観ていた。
 ために、舞台を観ながら、頭の端っこで姫虎姐さんの過去をぼんやり想像し始めたのだった。 

 たとえば。
 姐さんがまっとうな市井の女性だった頃。
 豪放磊落で気風の良かった姐さんは、嫁の貰い手が無いなどと大っぴらに言われながらも、人柄の良い穏やかな性格の男性と好き合って結婚して、料理好きな亭主と二人で居酒屋を経営し、睦まじく過ごすも子どもは出来ず、そのことに引け目や残念さは感じていながらも、二人で忙しく立ち働く日々は却って子が無いほうがうまく回ってもおり、くよくよ考えるヒマもない、明るく活気に満ちた生活を送っていた姫虎さん。ところが店は厄介な役人に目をつけられ、嫌がらせを受け、亭主は見せしめで役人に連行されてしまう。亭主不在の間も、一人で店を守る姐さん。数ヶ月後、亭主は放免となり帰ってくるが、牢の環境の悪さと心労で病を患ってしまっており、姐さんの甲斐甲斐しい看病も空しく亡くなってしまう。直接役人に害されたわけではないから役人へ復讐しようなどと考えてくれるな、どうか安穏に生きてくれとの亭主の遺言から恨みを抑え、悲しみに耐えつつ葬式を出し、一人で店を続けることを決めた姐さん。しかし相変わらず粘着質に袖の下を要求し、夫のことも逆撫でする役人についにブッキレて……

  みたいな過去を思ったんですが、その亭主の影響で食育的な意識が根付いていて、「口に入れるものがその人を作る」から「まっとうな食べ物を選ぶべき」ことの基本性と重要性を自分の根幹に置いてたりするのかしら姐さん……というのがわたくしの一応の仮説です。

  そういう勝手設定が形成されてきたところで観たのがランタンシーンの菩薩大姉ですよ。姐さん!!! 姐さん!!!! そんなお顔も出来たんですか姐さん!!!! そういう穏やかな表情を御連れ合いに向ける日々も有ったんですか!!? 店を構えた町の子らに優しい微笑を向けた過去も!!?
 って捏造情景がブワ~~~~~て湧いて泣き崩れそうになっちゃった…… 泣いたら視界が悪くなるので耐えましたけど……。
 ちくしょう、恨む……姫虎姐さんからそんな微笑みを奪った悪政を!(でもアウトローになったからこそ今の魅力的な姐さんが居るので……むぎぎぎぎ、この世には矛盾が在る……!)

 (※:ここで新々の背後から声をかける林冲先生の、堂々たるシマフクロウみたいなシルエットと存在の偉大さがすごく好き(お眉の感じはミミズクだけど)。歌舞伎座でも二階西桟敷から斜めに林冲先生と向き合う角度が好きだったんだけど左桟敷からだとちょうど目の位置が新々と変わらんような高さで、そこから見上げる先生が本当にずおぉぉと聳え立って感じられてほんとうに好かったです。)

 

たいそう良い思いをさせていただきました。誠にありがとうございました。

設定資料集、読みたいですね……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?