《日本振袖始 大蛇退治》感想

2020年12月初頭に観た、歌舞伎座第四部《日本振袖始》の感想を、ツイッタに挙げてたのをこっちにも置いとこうと思いまして。


◎12月第1週の、玉三郎丈の休演時、菊之助丈の代役バージョンから。↓

岩長姫が花道から舞台へ移動する際に、双眼鏡覗いてて足元が見えておらず、そのシャシャーーッと滑るが如きあんまりななめらかさにぎょっとして、外して見ると確かに足は高速で動いているのだが肩と頭がぜんぜん揺れてなくてニ度びっくりした。ほんとうに、鎌首をもたげたまま高速で這ってくる蛇の動きなんだよ…!
このほかにも、稲田姫に襲い掛かろうとする大蛇の顎を、弧を描いてふりかぶった腕と尖らせた指とで描いたり、動きの随所に "蛇み" が工夫されてる。
中でも "動物" っぽくて怖かったのは、稲田姫を喰おうと執拗に掴みかかる岩長姫に恨みとか嗜虐心とかが見えず、あくまで捕食者としての真剣な凄みを純粋に感じたことです。
不安や怯えながらの決意等の表情を見せる稲田姫と違い、岩永姫の面には感情が走らず、喜悦や訝しみや僅かな焦りといった意思に動きがあるときでさえ感情は希薄で、まるで醜悪な異形が巨大な身体の一部を擬態させた等身大の美しい人間のかたちでしかないようなハリボテ感が「化け物」ぽくて怖かった。
(※ここで云ってる "動物" というのは "(アニミズムの) 神" に近しくて、宗達の風神雷神と同じ目をしている、くらいの意味です。話が通じない、というかそもそも「話」ができる土俵にない。人間など草を毟るように殺して毛筋ほども心理に影響しない。対して "化け物" はまだ感情があるぶん人間に近い。)
岩長姫の、両手で掴んだ酒甕に顔を突っ込んでガブガブガブガブッ、と犬食いの様相で酒をかっくらう姿の、衣装が艶やかで顔貌が美麗で、かつその美貌の内は虚無、であるがゆえにいっそう際立つ "あさましさ" が凄かった(※私的にはここが最もデカダンだった)。もしもわたしが里人で、岩陰からこんな景色をうっかり篝火で見ちゃったら生涯語り継ぐわ…

後半のねぇ…尊登場(黒地に金の雷紋みたいなお召し物で舞台がいっそうビカビカした)以降の団体戦がまったく予想外で(※予習してかなかった ブロマイドも未だでしたしね…)、うおぉうおぉ内心で叫んで(+「ヤギチームがんばれ!とか思って)るうちに目まぐるしく終わってしまったね…

あと代役で素戔嗚尊をお演りになった坂東彦三郎丈が 声といい姿といい、む ち ゃ く ち ゃ に か っ こ よ く て わたしはこれで彦丈に目覚めましたね…(※次月の《四天王御江戸鏑矢》で完全に嵌まった)


◎そしてこちらが改めてチケットを追加で買って観た、本役の舞台です。↓

花道からの出をドキドキワクワクしながら待ち構えてたのだけど、あのしゅらしゅらした蛇っぽい、異様な速さの横移動は無かった。絹のハンカチをしゅぅ~~っと横に引くような、優雅とも落ち着いたとも云っていい "ふつう" の動きで、前のを見てたからこそその "ふつう" ぶりにドキドキした(※怖い意味で)。
無表情で空っぽで怪物の一部じみていた菊之助丈の岩長姫に対して、玉三郎丈のは表情があり感情があり、言葉が通じ対話が出来る人間らしさがあり驕りがあり脆さがあり悲哀があり、堕ちた「女神」であり、大蛇をまるごとその身の中に宿していた。内側にそれらが充満していた。
凄かった。玉三郎丈の凄さがわかった。
酒甕に顔を突っ込むとこは、ガブガブッ、でなく、もっと秘めやかにゆっくりと味わうように、ぴちゃぴちゃ、と舌の水音が聞こえそうだった。片腕をだらりと垂らしたまま右腕だけで甕を抱く姿に荒んだ迫力があった。髪がばさり、と肩に広がったときはハッとした。甕の中身は「毒酒」と説明されるが、菊之助丈はガクン ガクンと段階的に効いてくる「毒」を、玉三郎丈は即効で酩酊する「酒」を強く感じさせた(※《先週より酒の度数が高くなってる》と思った)。身体の動きが徐々に不自由になる違和感に菊丈の姫が戸惑い訝しむ一方で、玉三郎丈の姫は酔いにたっぷりと身を任せ、心地良げに呑み続ける。
酔いしれて舞いながら歌でも口ずさみそうな岩長姫をみていて、何故か涙がとぷとぷ零れた。双眼鏡のふちに溜まって流れてマスクの中まで伝って濡れた。こんなに快く酔ってなお自身の悲しみを忘れきれない【女】の「神」が悲しかった。(『ムーミン』のモランが【女】の「魔物」である悲しさと近い気がする)(ちなみにヘビーズが鱗紋の下に赤い長袴なのはさぁ、あれ女官や巫女の着物のイメージで男性が履くイメージは無いんですけど、大蛇=イワナガヒメの【女】性のアピールなんですかねぇ、華やかだけど切ないなぁ…)
玉三郎丈の岩長姫は「女神」の力と美しさと傲岸さと、「山姥」のような野卑なまでの荒々しさ(稲田姫の腕を直にとらえて岩場に引きずってくときのゲハゲハした笑いぶり…!)と、大蛇に変じてもなお(太い男声に変えた菊丈と違い、)「老婆」の執念、狡猾さを見せ、あくまで【女】で在り続けて見えた。
バージョン違いで云うと、あきらかに玉丈岩長姫は美しい娘を喰らうことを悦んでいるし愉悦の陰に嫉妬や敵意の感情が見えたので稲田姫の恐怖と呼応していっそう "物語" が膨らんだ。
逃れようと身をよじって離れる稲田姫の背に向けて、その "気" をわしっと捕らえたように、空を握ってぐいと引き寄せた力業の菊丈に対して、玉丈は落ち着き払って伸ばした腕の指先を 二本ばかりくいっと引いただけで、否応無く姫を吸い寄せて、「ひえっ…!」て思わず声を出してしまった ""格が違う""……!!!

さて立役の素戔嗚。……菊之助丈の声の良さは知ってましたけどもさぁ!!こうして聴き比べるとやっぱ彦三郎丈のお声ほんとうによく通りましたよねぇ!!劇場に朗々と響き渡って腹にまで響いた!!あの声聴いてるの気持ち良かったですありがとうございました!!また聴きたい!!!
動きは菊丈のほうがいちいちシュパッとしてて速かった… ていうか本当に速いよね菊之助丈… 万事にキビキビしてエッジが効いてますよね… 名うての旋盤工ですかよ…
セブンヘッズを従えてかづきを被って現れる、大蛇に身体ごとお顔を向けて待ち受ける素戔嗚菊之助丈の、鼻筋から唇から顎のラインがむっちゃくちゃキレイでしてね…

菊丈の魅惑のライン


いつ蛇面が現れるかわからんとっておきの瞬間に双眼鏡の向け先に迷って、素戔嗚と大蛇とであわあわウロウロしました 美…

速い素戔嗚、ゆるりと優雅な身ごなしを見せる大蛇、先週より一体感と美しさを上げてきたアザーヘッズ、とニ度目なのにちっとも「知ってる」「もう観た」気がせず、感嘆のうちに決着がついてほとんど唖然としたよ… うおぉ惜しむらくは花道!!花道!!!(※三階席からだと見えない動きがある!!!)
(※後日配信で花道の決めポーズを確認できました。よかった…)
(あとクライマックスの大技はフォーメーションが違った… 安全になってた…)


わたしは玉三郎丈を舞台で拝見するのがこのとき初めてでした すごく良い思い出になった

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