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第1話 夏カレーの茄子

肉谷ジャガ夫が首都高速の渋滞にはまり、フラストレーションを溜めている頃、僕は山梨県にある韮崎駅の便所の便座に腰を落ち着け、マルボロライトを燻らせていた。
マルボロライトの煙を鼻孔から立ち昇らせたまま三日前の朝食の献立について思いを巡らせる。

日曜日の夜、シェアハウスの同居人である脾臓林ゴン太君は「モヤモヤさまぁ〜ず2」というテレビ番組を横目で観ながら、狭いキッチンでカレーライスを作っていた。
僕が挽肉好きだからという事で牛と豚の合挽肉を炒め、そこに刻んだ茄子と玉葱と人参を入れ、じっくりコトコト煮込み、大河ドラマ「花燃ゆ」が始まる頃には良い具合の茄子カレーが仕上がったという。
その事を脾臓林ゴン太君は僕へLINEで報せてきたのだが、休日出勤をしても一向に仕事が片付かずに焦燥しきっていたこともあり、何も返信文を打ち込まずに既読スルーをしてしまった。

次の日の早朝、ようよう仕事に目処をつけて這々の態で帰宅したところ、玄関先で空になった料理酒の瓶を胸に抱えたまま蹲っている脾臓林ゴン太君がさめざめと泣いていた。
その日の朝に食べたカレーの味といったらない。

便座から立ち上がり、マルボロライトを口に咥えたまま、ズボンを上げて、便器の中の水流を眺め、胸ポケットからAndroidスマートフォンを取り出して、その画面へ視線を移す。

画面上には肉谷ジャガ夫からの着信が二十件も届いている報せが表示されている。

僕はマルボロライトを右手人差し指と親指でつまんで口から離し、「うぜっ」と呟いて、吸い殻を指で弾き、便器の中へシュートして、見事にゴールを決めた。

便所を出た僕は駅前のサーティワンアイスクリームへ向かって歩き出した。
歩きながら、Androidスマートフォンの画面を右手人差し指で小粋に操作する。
まるで指揮棒を振るうカラヤンのような小粋さだと自分に酔い痴れてしまうチャーミングな僕に何故ゆえに恋人がいないのか不思議である。

スマホゲームをプレイしながら道路を歩いていると、Androidスマートフォンがぷるぷると小刻みに振動する。
肉谷ジャガ夫からの電話である。
着信拒否したい気持ちもあるが、あとあと面倒な厄災が降りかかるのは回避したいので、通話の表示をタップした。

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