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市民の為の行政とは何か『ボストン市庁舎』【スタッフブログ】

『ボストン市庁舎』

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』のフレデリック・ワイズマンが挑むボストン市役所のドキュメンタリー。

ナレーションなし、音楽なし、クレジットなしで途中休憩ありの274分の長尺。
『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』と同じく、市役所で行われているミーティングや集会、催事やそのほか多彩な業務をいわば“撮って出し”の状態でコラージュしていく手法。

観る者はそこで行われている会議やミーティングがどういう出席者で、どういう目的で行われているのか、といった情報をその映像の中から見出していく必要がありますが、それでも監督がこのスタイルを貫くのは、そこで起きていることをそのままの雰囲気で伝えたい、という強い意志によるものでしょう。
これだけの時間を費やしても、市役所という地方行政の中枢となる組織の全体像を描いたというにはまだ覚束ないところかと思いますが、それもディテールの集合によって全体を把握してもらうという意図で作られたものとは違うと思います。

では、この映画で伝わるものとは何か、というと、行政の行われている現場を、具体的事例を多数挙げることによって行政の目的・市民サービスのありようとは何か、という問題を浮き彫りにしていくことではないかと思うのです。
個々の事例がどういう状況で何が行われているか、観る者がそのすべてを把握していなくとも、そこで行われている会議やディスカッションの目指すものが全体を通しておぼろげな姿を現していくところが、この作品の醍醐味だといえるでしょう。

例によって採り上げられている場面は多岐に亘り、冒頭の電話応対のさまざまな相談事から、事件のアフターケアについての警察幹部と市長の打ち合わせ、市の予算編成の目的についてのレクチャー、同性カップルの結婚式、ラテン系職員への市長の激励、レッドソックス優勝の祝賀パレードや式典の準備、退役軍人の日の集会、冬季のホームレスのシェルター確保、多様性を再認識するための中華料理の試食会、学校の定員増加と施設の拡充についての委員会、大麻ショップの出店についての住民との対話集会、NAACP(全米黒人地位向上協会)トップと市長の会談、市長の施政方針演説・・・等々
挙げればキリのないほどに多岐に亘るさまざまな事例が紹介されていきます。
ボストンはマサチューセッツ州の州都であり、おそらくアメリカ東部の典型的な大都市のひとつとして他の都市と比べて際立った差異はないところだと思われますが、アメリカの地方行政が実にさまざまな事例に対応している様子を窺い知ることができます。

本作で描かれている議論の多くが、それぞれの立場で正直に意見を述べ合う、中身の詰まった議論であるように感じられました。所謂お役所的な会議とは違う、ディベートに慣れているアメリカらしい面を垣間見た気がするのでした。
こうした議論などを見ていると、公務員の、特に地方行政における市民サービスとは、やはり住民密着型でそのニーズや問題点を探り、解決法を導き出す、その手法に対する真摯な向き合い方が大切なのだと、大いに実感するのでした。

一方で本作と『ニューヨーク公共図書館』との大きな違いは、名もなき職員たちが次々に登場する以外に、非常に多くの場面にマーティン・ウォルシュ市長が登場するところ。
アイルランド系で虐げられた先祖を持つウォルシュ市長はマイノリティへの配慮に大変敏感で、ラテン系職員に対する激励や当選の際にマイノリティの市民から激励されたエピソードを語る場面などで、その姿勢が窺われるのでした。
市の住宅取得に関してこれまでの公正住宅法(フェアハウジング法)がトランプ政権により差別的対応を受けた際に提訴する条件が厳しいものに変更され、差別を助長する懸念がある、との会議で市長が政府に抗議文を送る旨の話をする場面がありますが、トランプ政権下の悪弊が地方政治に具体的影響を及ぼしている事実を目の当たりにするのでした。

ワイズマン監督が「ボストン市庁舎はトランプが体現するものの対極にあります」と語っていることが、この場面をはじめ、この映画で描かれている数多くの事例からも明らかだと思います。
2018年のウォルシュ市長の施政方針演説は、この映画の中で最も印象深いシーンのひとつ。
困難な時代に直面しながら、市の改革がやがて国を変えていくことにも繋がっていく、という希望を失わない姿勢に、大いに感銘を受けるものでした。ウォルシュ市長は2021年3月で退任し、バイデン政権で労働長官を務めている、とのこと。

行政の本質に関わるあるべき姿と、政治が目指さなければならない社会の均質化と問題の解決に対するありかたを方向づける、非常に多くの示唆を明らかにしてくれる良作だと思います。

上映情報

2021/12/10~12/16連日①12:30~17:15(途中10分休憩あり)
2021/12/17~12/23連日①12:50~17:35(途中10分休憩あり)
【特別料金】一般2,800円 シニア・学生2,500円 障がい者2,000円
*会員割引、特典無料鑑賞、その他割引対象外
*《市役所割実施中!》市、県の職員の方は職員証ご提示で当日券2,200円に割引。(本人のみ)