ELEVEN -Japanese ver.-(IVE)の歌詞が狂おしいほど美しい
K-POPの日本語バージョンはトンチキが多い、それは認める
K-POPの日本語バージョンはたいていダサいという風潮がある。
ダサいかどうかは別として、トンチキな歌詞や日本語の音節がリズムからはみ出してるよね、という曲は多い。Stray Kidsの「神メニュー」はまさにそれ。原語版はトンチキながらもカッコいいのだが、日本語版はカッコいいけどトンチキすぎる。
私が最も推しているK-POPアイドルグループはDreamcatcherである。彼女たちは一時日本レーベルと契約して、日本語曲もかなり出していた。Dreamcatcherの日本語歌詞は無理がなく、聴いていて違和感が少ない。日本語歌詞が一番よいと思う曲は「Chase me」。Dreamcatcherについては改めて記事を作りたい。
ELEVENの歌詞を見てみる
さて、押しも押されぬ人気を博している6人組アイドルグループ、IVE(アイヴ)の話をしよう。
ELEVENでデビューした時、とんでもない大型新人グループだと言われ、日本でも紅白に出演するなど人気は止まるところを知らない。
今回は、ELEVEN-Japanese ver.-(以下、ELEVEN日本語版)の歌詞は本当に美しい仕立てになっているんだよと主張していく。
まずは歌詞を見ていこう。MVを見ていない人はぜひ見てね。
ELEVEN(日本語版)
ELEVEN(原語版)
ELEVENは自己愛を歌った曲
ELEVENはどういう曲かというと、これは原語版の作詞者や熱心な考察家によって既に言及されていることだが、自己愛をテーマにした曲である。
一見すると「あたし」と「君」の恋愛ソングに見えるが、よく聴いてみると自分の中の愛について歌われているのがわかる。
この認識がズレていると、「この歌詞何言ってんの? どういう意味? トンチキでは?」となりやすいかもしれない。
ELEVENでは「あたし」も「君」も自分自身であるため、「あなたは私を11点の気分にさせる(10点満点を超えた素晴らしい存在だと思わせてくれる)」は、自分自身を愛することができるという意味だと考えられる。自己愛、自己肯定の歌なのだ。
退屈で無表情だった自分への愛が芽生えたことでELEVENの気分になり、恍惚や陶酔のなか目が回るまでダンスをする部屋がheavenなのである。この感覚、わかる人もいるんじゃないか。
私は納得のいく文章を書き上げるとハイになって、本当に部屋で一人踊り明かす夜があるのだが、そういう時は鏡に映る自分がとても美しく愛しく思える。外見がどうのという話ではない。なんかそういう精神状態になるのだ。ELEVENで歌われている心境と近い気がしている。
自己愛とは、自己の中で完結して他人が干渉しない領域である点において、とても不可思議である。理屈がなくてもいいし、ふわっとして幻想的でもいい。時間だって、あってないようなものである。ELEVENは、自分に没入していく、非現実的なイメージの中で陶酔するという自己愛の世界を描いていると思うのだ。
歌詞が具体的ではないことが、その世界観を美しく描写している。感覚的な歌詞の意味をストーリーとして考え始めると、なんだかよくわからないなということになってしまう。
よくわかんない、になりやすい歌詞をいくつか挙げてみよう。
「透明なふたりの間合い 覗き込んでみた」ってなによ?
この「ふたり」も、自分と自分、おそらく過去の自分と未来の自分など、時間的に別個の自分という意味なのだろう。その間合いを覗き込むと、自己の内面に波が生まれる。
「焦らないわ これがたまんないわ」の何の話? 感。
陶酔のさなかにいる状態がすごく良くて気分が良いからこのままでいい、という意味に取れる。
たぶん、彼女たちが歌う自己愛にはいくつかの段階があって、今は段階を進むのではなくこの状態を保ちたい、あるいはまだ進む準備ができていないってことなんじゃないかな。(自己愛が進んだ段階は、この後の曲「LOVE DIVE」や「After Like」で描かれている?)
「こっから先は カラフルな暗示」は、紅白で聴いてなんか変だなと思った人が多そうである。
原語版では「私も知らなかった 自分の心がこうも多彩なのを」と日本語字幕がついている。
好みもあるだろうし、感覚的な話なので、これがしっくりこないという意見はあるだろう。しかし、ここで言う「暗示」は自分による自分への暗示であり、彩りのある(多面的な)暗示をかけることによって自己愛の恍惚状態に入り、heavenとなった部屋で一人踊る、という表現だとすると理解できるし、原語版の音に寄せたワードチョイスであるため、私は気に入っている。
「愛してごらん」は誰目線で誰に言っているのか。
他者に対し愛してごらん、というのはちょっと変な言葉回しである。あなた、私を愛してごらん、ってまず言わないと思う。しかし、自分が自分に対し(自己愛に満たされた未来の「私」が、退屈で無表情な過去の「私」に対し)呼びかけるのならばしっくりくる。とても優しく愛に満ちた呼びかけである。
この曲において、歌詞はストーリー性をほとんど持っておらず、テーマを伝える要素の一つなのだと思う。自己愛というテーマを前提に、幻想的で揺らめくような雰囲気を感じられればいいのである。
ELEVEN日本語歌詞は、雰囲気づくりが非常にうまくいっている。何一つ具体的でも説明的でもない曖昧な言葉遣いがこの歌の本筋にぴたりと合った表現方法なのだ。
日本語版の歌詞は最高級に繊細に練られている
ぜひ原語版と日本語版を聴き比べてほしい。
私は韓国語の発音や意味はまったくわからないのだが、音の出し方がとても似ているように聞こえる。特にフレーズの冒頭、一つ目の音を原語版に合わせていることがわかると思う。
「たいくつな」の「た」、「むひょうじょう」の「む」、「めばえ」の「め」、言語が違うの完全に同じ音ではないが、かなり寄せているし、母音だけでも寄せている言葉がとても多いことに驚く。
そもそも「無表情」をはじめいくつかの単語は、韓国語でも日本語でも同じ語源というか、同じ表記なんだよね。原語版に慣れた耳が、ちゃんとついていける歌詞構成なのだ。
K-POPの日本語版は、とても入りきらない音節数の単語をリズムを無視して無理やりねじ込んでしまうことが多い。しかしELEVEN日本語版にはそれがない。メンバーの歌いやすさを考慮した作詞だろう。歌い方に無理がないから、リズムの面で違和感が少ない。
また、日本語版のブレスや音の区切りは、原語版とほとんど同じである。単語の途中で音が区切られると、変に聞こえることがあるが、曲の力でそれを感じにくくさせている。全体的に非現実的で幻想的な雰囲気だから、音を区切ってもそれが「っぽさ」につながっている。
メンバーの発音や歌いやすさ、曲の雰囲気を損ねないか、原語版を聴き慣れた日本人に受け入れられる日本語であるか、といったことが、すべてが緻密に計算されているのだ。
あまりにも美しすぎる日本語
ここからは私がめちゃめちゃ気に入っている歌詞をいくつか紹介する。
夢見させて この部屋はheaven 目が回って でも止まないダンス
いや、すごいぞこれ。「止まない」という言葉が滑らかに出てくるのがすごい。
自己愛というストーリーの軸どおりに考えるのなら、この部屋は他者の視線や評価から隔絶された自分だけの世界で、それがheavenのようなのである。自分が自分を愛し、肯定している。それは夢を見るように現実を離れた世界であり、ダンスを止められないほど没入できる幸せな場所なのだ。
目が回るという表現のなんと細やかなことか。「ダンスを踊っている とことんめまいがするまで」が原語版での日本語字幕である。これもいいよねえ。
めまいという言葉もきれいだが、「目が回って でも止まないダンス」と表現したのはちょっと信じられないくらい的確な訳詞だと思う。いや、韓国語自体を理解できているわけではないから、的確かどうか判断できないけれども、超絶美しいと思う、この言い回し。
吸い込まれる波浪
波浪ということはやっぱり波打つものなわけだ。ねっ。自分の内面というのは常に波打っていると。で、それを表現するのに「波浪」という言葉を使うんですよ、この作詞家は。
さらに、レイちゃんの声がいいんだな。日本語の「波浪」じゃないみたいに響くように音を作っている。これが本当に波っぽいんだ。この曲全体に言えることだが、歌詞をただ歌詞として歌うのではなく、曲のもつテーマを表現し、原語版と同様の雰囲気を醸し出せるように歌っているんだよね。
薫り立つむらさきのmood 繰り返し溺れる白昼夢
ここ!!! 好きすぎる!!!
口に出してみてほしい。ここ以外もちゃんと韻を踏んでいるのは前提として、この美しい日本語……全体的にガ行音を避けているのが柔らかさの秘密なんだろうか。
「薫り立つ」まずここ。
かおりたつ、という日本語、普段使うか? 使わない!
だからこそ、この歌詞は特別感がすごいのだ。
薫り立つの次は「むらさき」である。源氏物語?? 古典すら醸し出す言葉選び。きれいだなあ、ほんとに。リズちゃんの歌い方がまたきれいなんだわ。はあ……。
そして繰り返し、溺れる、白昼夢である。サビの「夢見させて」からわかるように、やはりこの世界は現実と夢の合間に存在しているのだ。
あたしを見てる 君を見つめる 気づいたなら
なんてことのない歌詞だが、「あたしを見てる」と「君を見つめる」は同義である。日本語版MVを見ると、メンバーが鏡を覗き込むカットが何度も見られる。鏡に映った自分を見つめ、それが自分であり、自分が11の存在であると気づいたなら、という言い回しだ。
私たちは、たった一人で自分を愛することの美しさに気づかなければならない。
なんていうか、注意深くひも解くと、自分の内面での対話とか、鏡を覗き込んでそこに映った自分を手に取るというか、手元に持ってきて慈しむみたいな、そういうテーマが隅々まで張られているのがとてもいい。だからこの曲から繊細さや細やかさを感じるんだと思う。職人の手仕事みたいな。
「推しが日本語版を出してくれた、嬉し~」レベルの出来じゃない日本語版
原語版と比べたらまあ日本語版はそこそこだよね、でも日本語で歌ってくれて嬉しいな、レベルの日本語曲は正直存在する。K-POPを聴く人なら覚えがあるだろう。
(ていうか、IVEのデビュー後2曲目の曲「LOVE DIVE」日本語版は、ELEVEN日本語版のすべての栄光をぶち壊したと思うほどひどかった。音節の合ってなさが耐えられない)
でも、ELEVEN日本語版はそういうレベルじゃない。日本語がきれいすぎる。原語版をよく理解して、同じくらい美しい曲にしようという意志を感じる。
私のような日本語ネイティブが日本語の曲として歌おうとして簡単に歌えるのもすごい。すごーく自然な言葉で無理なく作られているから口ずさめるのである。好きなアイドルの好きな曲を、自分の言語で口ずさめるというのはけっこう嬉しいことだと思う。
私はELEVEN日本語版が原語版と同じくらい好きだし、日本語バージョンとして制作された曲の中でも伝説的に美しい日本語歌詞なんじゃないかと思っている。本当にきれいで大好きな曲だ。
IVEを知らない人も、原語版しか聴いてない人も、ぜひELEVEN日本語版を聴いてみてほしい。
薫り立つむらさきのmoodに、一緒に酔いしれませんか。
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