見出し画像

テーマ「男と女の話」

29歳になりました。おめでとう自分!
なかなかねじれたもの書けたな〜と思う今年の作品を投稿します。
「男と女の話」というテーマに対して書いたものです。

(G)I-DLEのTOMBOYという曲に出てくる”It’s neither man nor woman”というフレーズが好きで、聴きながら書きました。


「男と女の話」

 同郷の男友達に「四十歳になってもお互いフリーだったら、そのしょうもない恋愛を諦めて俺と結婚してくれよ」と三十四歳の時に言われてから十年が経った。その時、わかったよとかおるは応えた。
 四十四歳のかおるは未だに独身でいる。俊樹からはちょくちょく連絡が来る。元気でいるか、何か困ったことはないかとだけ。かおるは何も諦められず、かと言って彼との縁を完全に切ることもないまま、彼からのメールに不定期に返信している。

 言えないことなど山ほどある。東京で一人暮らしをしていたら、どんな馬鹿みたいな出来事を起こしたとしても、自ら伝えなければ長野に暮らす俊樹が知らないままでいることのほうが多いに決まっている。帰省のたびに一緒に酒を飲むけれど、かおるの早いペースに合わせて潰れる俊樹を介抱していたら、酔った勢いで打ち明けてしまおうかという気も失せる。

 十年の間にあったこと。俊樹にしょうもない恋愛と揶揄されたのは、十歳年上の女への片思いだ。
 その人妻に懸想してストーカー紛いの行為を繰り返し、警察のご厄介になったことを、俊樹は知らない。それも二度。馬鹿なことをしたと頭では分かっているが、かおるは今でもその人妻が自分のものになったらと想像する。
 足しげく通った喫茶店の、茶色いエプロンをつけていつも明るくかおるを出迎えたあの女。会計しようと立ち上がった時、偶然狭い通路でぶつかった腕のあの柔らかさ。ごめんなさいねと言う笑顔が、客としての自分に向けられたものだと理解していても止められなかった情動。趣味が合うことがわかって、彼女の退勤後に彼女の運転する車で、お気に入りだというカフェに連れて行ってもらったものだった。薄暗い店内で、彼女の汗と混じった香水の香りに気づくほど彼女との距離は近かった。彼女が何を思ってかおるを軽率に可愛がったのかはわからない。偶然知り合った十歳年下の女という存在は、危険がなく少しばかり面白く思えただけかもしれない。彼女の瞳は無垢なようでいて、かおるの心の薄皮を静かに剥いていった。道を踏み違えたのはかおるだが、彼女だって確かに楽しんでいたはずなのだ。
 彼女にとっては気まぐれだったとしても、かおるは手に入れたかった。どうせ間違うのならもっと本気で馬鹿をやってしまえばよかった。触れられたのは腕と肩、指先、その程度だった。引き続き危なっかしく社会生活を送るためには、それで済んでよかったのだろうが。

 これだって俊樹は知らない。その人妻との一方的な恋慕が警察の介入によって断たれたかおるの気が狂いそうな寂しさと孤独を誰も知らない。

 女なんて嫌い。男も嫌い。女にのめり込む自分も、気味が悪くて嫌い。その時の苦痛は苦痛でしか和らげることはできなかった。都合よくセックスできれば誰でもよかった。
 上背がありどちらかというと冷たい雰囲気を漂わせるかおるを懐柔したのは、三つ隣の駅に住む嗜虐趣味のある男だった。痛めつけられればその間だけは忘れられたし、ああ私は女だったんだと実感させられた。ああ私は女だった。私は女だった。性欲と被虐趣味のある普通の女だった。空しさを覚えたのは、荒い息を整え、それでも足りないと腕が無意識にそこに伸びた時だった。そこには男性器が当然ながら無かった。今……今、今、次じゃない、今自分に男性器が無ければ、それに触れなければ狂ってしまいそうなのに、そこには何も無かった。女は嫌。男も嫌。自分に男性器があればと泣く自分も嫌。かおるを散々いたぶった男は、かおるの涙の訳も知らずに喜んだ。

 この世界にはいろんな性癖を持つ人間がいる。彼らは見つからないように、普段はそれを隠して生きている。かおるを縛って好き勝手に遊んだあの男もそうだった。一度避妊に失敗して子供を堕ろした時、その男との関係は切れた。誰も知らないことだ。

「律子さん」
 一人きりの部屋であの人妻の名前を呼ぶことだけは許されている。
「あなたを怖がらせたかったわけじゃない。律子さん、やっぱりあなたに会いたい」
 それは許されていない。
 次に、かおるはマゾヒストの男性、いわゆるM男を探した。被虐趣味のある男。S役の振る舞い方は自分が辱められることで嫌というほど学んできたから、試しにそれを実践してみたいという気まぐれによるものだった。S役ができる女性は少ないが、一方で虐められたいという男性は一定数いるため、相手はすぐに見つかった。真斗というそのM男をベッドの上で初めて見下した時の、彼の恍惚とした瞳は気に入った。征服欲が満たされるのを感じた。ペニスバンドを使うことにも慣れた。自分の体の一部ではないけれど、真斗を意のままに操っていることに興奮した。これが男であるという感覚? 自分の下で苦しげに快楽を拾う真斗を見て冷たく興奮するこれが、男であるということ? かおるの言葉に過敏に反応する彼をすべて暴いたことはかおるを満足させたが、同時に混乱させた。

 四十歳になる直前、会社にインターンに来ていた大学生を食った。女を二人、男を一人。会社には知られずに済んだ。俊樹にも知られてはいない。話していないのだから。その後もかおるは人間と関わった。何かを知るために、そしてあの女ではない人間に没頭するためにかおるは努力した。その努力は間違っていたのかもしれないが、他に方法が思いつかなかった。俊樹と結婚したいなんてみじんも思わなかった。
「律子さん」
 接近禁止命令は守っている。かおるだって、今の生活を失うわけにはいかなかった。生活を失うのが怖いとは思わない。ただ、失ったらよくないだろうなと薄い倫理観が働いているだけだ。
「女になった。男にもなったと思う。体も感情も、できることはすべてやった。愛そうとしたし、執着しようとたくさんの体に触れた。でもみんな嫌いだわ。あなたの代わりなんていない。どうしてあなたを好きなのかわからない。あなただけは嫌いになることができない」
 結婚しようと言ってくれた俊樹だって、地元でめちゃくちゃに爛れた生活を送っているかもしれない。想像すると、彼にはまったく似合わなくて少し笑えた。でも、もしかしたら本当にそうしているのかもしれない。だって四十歳になったら結婚してくれ、を四年もすっぽかしているのだ。言い訳するでもなく無かったことにしているかおるを、俊樹は許していないのかもしれない。かおるの知らないところで縁談が進んでいて、次のメールには結婚が決まったと書かれているかもしれない。ショックを受けることもないであろう自分にほとほと嫌気が差した。
「律子さん、今でもあなたに触れたい」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?