見出し画像

【小説】でかいババァ

 猫背で、さらにぺったんこの靴なのに、私とすれ違う女性は大体私を振りかえって見上げる。女性と言ったが、男でも、同じだ。大体は振りかえる。戦後みたいな見た目で、布切れのような服をまとった私はこの活気ある夕方の商店街に異質なのだろう。ひそひそ、吹きかけるように背ででかいババァと呼ばれているのを知っている。安易なあだ名は、なんだか懐かしいので嫌いではない。ビッググランマとか、そんな現代的に呼ばれたならきっと戸惑う。それなら直接的な方が笑えるので良い。私はでかいババァ。そう自分でも呟いて、笑う。

 でかいババァは、戦後間も無く生まれました。芋のツタとか、粟とか、今の子たちには想像もつかないだろう、ちまちましたくずきれのようなものをもそもそ、ちょっとずつ愛おしむように食べていたら、お腹の中で膨らんだのだろうか、気付いたら私の身体はこんなに成長していました。当時は今に比べると平均身長は勿論低いので、私は今よりもっともっと浮いていました。そりゃあ、太い足は二本ともどすん、と誰よりも主張して土を踏みつけていたけれど。

 あだ名は色々ありました。でかぶつとかでかっぱちとか、そんなのは多種多様でしたけれど、山とか唐変木とかは、少し嬉しかったのです。なんだか。

 私が父に初めて会ったのは、十歳のときでした。戦争の後の労働から帰ってきた父は黒くて、煤に汚れた皮膚がそのまま馴染んでしまったような身体をしていました。父は私を見て、何を言うでもなく強く抱きしめました。私はすでに他の子どもたちよりもふたまわりくらい大きかったけれど、父は私よりも何倍も大きかったです。そんな父は、再会したときにはすでに当時の医療では到底治らない病にかかっていました。
 父の葬式で、私は木霊のようにわめいて泣きました。いっぱいいっぱい泣きました。やっと収まったときに、は、と周りを見渡すと、皆私を恐れるような目で見ていました。母も、雪崩にでもあったように涙を止めて、私を見ていました。従兄弟が、本当に素の声で、すっげえ、と言ったのが聞こえました。私は、泣いてはいけないのかもしれない、とそのとき思いました。

 私はでかいババァです。でも私はこんなにもちっぽけです。私が涙を流しても、大きな雨粒のように空からは降りません。それだから、私は泣かないように我慢します。人よりも大きくて、人よりも小さいから、私が泣くのは醜い。母が死んだときも、姉が死んだときも、私はこの野暮ったい背中を象みたいに停止させました。象、あるいは樹木。私がそのうち自然に還ることができたなら、今度こそ私は大きな大きな、大樹になりましょう。雨から受けた水分をぼたぼたと、無心で浸透させましょう。

 私はでかくなりたい、でかいババァです。


2013/11/16 お題:でかいババァ 制限時間:30分

もっと書きます。