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カバンに入りきらなかった冷凍ピザ

午後15時、彼の職場までランニングがてらついて行くことを思いついた。
彼は自社製品のシェア電動スクーターでスイスイと私のずっと前を走ったり、後ろについて私がヨタヨタ走るのを眺めては私の手の振り方をわらう。

一番暑い時間に走ることを決めた自分を少し責めたけれど、私には外に出て冷凍ピザを仕入れるという任務があったのだ。どうせ暑いなら、汗をドップリかいた方がいいじゃないか。

途中で折り返して彼と分かれてスーパーに向かった。私はこの国のスーパーが苦手だ。買い物しながら自分でバーコードを読み取って、レジでは会計だけ済ませるシステムなのだが、何度も来たのに一人でやって退けたことは実はなかった。おまけにスーパーの店員さんは決まって無愛想で、基本的に言葉も通じない。

もたもたと彼に借りたカードを取り出して、バーコードリーダーがずらりと並ぶ壁の前に立ち、何度も間違った方向にカードをスキャンして、ようやくリーダーを手に入れた。

彼の「いつもの」を買うの癪で、知らないブランドのものを試すことに決めた私は必要以上に時間をかけて品物を選りすぐったが、なんだか見たことあるようなものばかりになってしまった。冒険ができないエコノミーな私は、人生損をしている。

リーダーを返却して無人の決済レジに進んで気がついた。カゴの中には背負ってきたバックパックには収まらない量、有料の紙袋をピッとしてから返却しなくてはならなかった。動転した私はクレカ用のリーダーに何度もスーパーのカードを差してエラーをくらいつつ、ようやく決済を済ませて冷凍ピザ3箱以外のたべものを詰め込んだ。

鈍臭さにがっかりしながらスーパーを出て、走った後の髪の毛ボサボサ女はピザを抱えてとぼとぼ歩いた。彼も彼のお父さんも大好きな由緒あるDr. Oetker のピザがセールだったよ、とピザの写真を彼に送りつけて一瞬誇らしい気分になりながら、変わりかけの信号に飛び込んだ。バックパックのサイドポケットからBeatsのイヤホンをもぎ取って耳にあてがう。あれ、イヤホンの先っぽのふにゃふにゃしたところがない。乱暴に取り出した先っぽは横断歩道の向こう側に落ちていた。

箱の中で溶けるピザを想像しながら引き返す。友達からのもうすぐ誕生日だね、というLINE。誕生日、たのしみだなあという気持ちがなかったことに少し驚いた。計画がないからなのか、彼と束の間の二人暮らしをしていることがすでに特別だからなのか、彼の「ロマンス終了宣言」が効いているのか、日本にいる家族や友達と会えないからなのか、誕生日のイベント性がどこかへあってしまったみたいだ。

7月16日はただの金曜日、パッと顔が頭に浮かぶ人たちに感謝をする日にでもしよう。去年から始めた、誕生日の新聞のスクラップだけはやりたい。私の願いはそれだけだ。

思い返すと23歳の誕生日は特に予定もなくて、たまたま居合わせた友達Aとそんなに仲良くもない友達Bとねぎしに行って気まずかった日、特別な人に祝ってもらえない誕生日にむかむかしてこっそり泣いた。あれから3回目の誕生日は穏やかなノープランだ。

LINEをしてきた子は1年でいちばん幸せな日だという。そうかしら、いちばん幸せな日は偶然起こるんじゃないかい。いちばんなんて私は決められないし、去年のいちばん幸せな日は覚えていない。いちばんを覚えていたいけれど、その日に「今日はいちばんだった!」と記録することはできない。今一番を決めろと言われたら、きっとiphoneのカメラロールかGoogle カレンダーを遡って、それっぽい日を見繕うんだろう。

彼の家の前、信号待ちの中高年カップルが、抱き合って別々の家路に着いた。彼らの後ろ姿からはロマンスを感じた。この世にはふたりしか存在しないかのようだ。「この世に二人きり」というタイトルで写真を撮り集めたいと思った。


#日記


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