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PINK(岡崎京子作品)とのはざまで。新宿の立ちんぼとAV女優

個人的な事だが、岡崎京子さんのファンである。

彼女の代表作「PINK」を読まれた方も多いかもしれない。読者のなかにはタイムラグがあるものの、若い子のファンが多い。心が苦しいとき、落ちこんだときに読み返すと元気が出るという。

1980年代の昭和バブル期から日本は非常に貧しくなった。だが変わらぬもの。その頃からの闇としてあるものが「女性に対する格差」だと思う(昭和よりもっと前からですが)。

少し脱線するが、バブル絶頂期のなかでおきた事件として有名なものは「東電OL殺人」というのがありました。

東電という一流企業に属しながら仕事を終えた足で渋谷に向かい毎日客をとり、最後に殺害されてしまうという、なんとも痛ましい事件である。

このような事件があったころ、岡崎京子氏は「PINK」を発表した。

ストーリーを簡単に説明すると、22歳のOLが夜ごと売春を行う。彼女はワニをマンションで飼っている。その肉代が欲しい。ファッションも好き。ピンク色のものにたくさん囲まれていたい。だから売春して金を稼ぐ。

そのようなわけなのだが、主人公にはうっそうとした暗さを全く感じない。むしろ明るくて毎晩客をとっているとは思えないような無邪気さがある。

客をとったその金でピンクのバラと肉を買い、ワニの待つマンションへ帰宅する。部屋の中には肉と、花と、シャンプーの匂いがごったがえす。

社会が求める女性性に苦しむその後に待つモノ

バブルのころから女性たちは、性による格差のはざまで苦しんできた。若いOLという立ち位置は世間が望んでいる姿であったと思う。

何の疑問を持たないならそれでもいいのかもしれない。だが、魂が悲鳴をあげている。そんな感覚をPINKは上手く表現している。

彼女たちの可能性をぎゅうぎゅうに押しこめ、「こうあるべき女性像」という理想の箱に押しとどめようとした。

その行き場のない「やるせなさ」が、当時は金で代償を求めるという承認欲求に向かっていた。だが今はもう少し切実に生活の貧しさも加わってきた。

だが、現代も昔もかくも変わらない「承認要求」だけにフォーカスしてみよう。

リアルな話では、2022年度で一度不思議なAV女性のインタビューをコラムで読んだ。彼女はバージンで「AV女優」を目指し、瞬く間に一躍スターとなったそうだ。

不思議とその女優さんも一抹の暗さはあったものの、悲壮感はまったくない。どこにでもいる可愛らしい感じの女性だ。まるでPINKの主人公のように。

このような「普通」にみえるもののなかに闇が深く紛れこんでいる。そんな事は、PINK発表前では斬新であっただろうが、今は当たり前に見える。

バブル期にも少女たちは危うかった。でも大人しくレールに乗っていればある程度までの生活は保障された。だがそれだけでは解決できない、何か決定的な欠陥がこの資本主義のしくみにはあるということなのだろう。

そしてそれはさらに加速し追い打ちの無いところまで来てしまった。風に吹かれてどこまで行くのだろうか。

「すべての仕事は売春である」


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