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お前に食わせるタンメンは存在しねぇ!(n.c.)


no complyと申します

どうも、サカーファテサカーファトのエレクトリックベースギターを担当しているno complyです。エレクトリックベースギターとは少し大きいエレクトリックギターのことです。エレクトリックベースギターを演奏するほか、本名名義で映像制作も行なっています。本名はあまり明かしたくないのでここでは明かしませんが色々なところから手がかりを辿って予想してみてください。ここしばらくスケートボードを好んでおり、2年前にスケートボードにまつわる映画を制作しそれを映画祭や映画館などで上映してもらいました。

 先日、何かと縁のあるクルート(Clute)というバンドのシミズさんとカツラくんが作るラジオにゲスト出演しました。音楽と映像の二足の草鞋を履く者として適当に喋っております。少し長いですがお暇な時にでも聞き流してみてください。3人とも離れた場所からオンラインで録音をしたのですがシミズさんとカツラくんの口調が穏やかでなんだかみんなで大きなソファーに座りくつろぎながら話しているような心持ちになりました。

no complyの生活

さて、これからno complyの私生活についてお話ししようと思います。かねて私と親しくしてくれている方々にとっては知った話ではありますが改めてお聞かせします。こちら2年ほど前からシェアハウス(同居と言うべきか)をしております。大阪にある一軒家にタムナスという男と住んでいるのです。その名を聞き「あのタムナスさんではあるまいな」と内心訝しみながら私の話の続きを待つ物知りの方も大勢いらっしゃるでしょうね。そうなのです。あのC. S. ルイスの『ナルニア国物語』に登場するタムナスさんと全くの同じタムナスさんなのかは私にもわからないのですが、人の頭と体に獣の脚を持つ、自らタムナスと名乗るタムナスさんと思わしい男と私は一緒に暮らしているのです。

タムナスさんがやってきた日

私はタムナスさんが来る数ヶ月前からその大阪の家に他の人と暮らしていました。その人と私の間には生活における些細な出来事でよくいさかいが起き、ついにその人は私に愛想が尽きたのか出て行ってしまいました。束の間一人暮らしの気楽さを享受しましたがすぐに寂しくなりました。きっとあの人が出て行ったのは私が悪かったからなのです。私は他人の生活を侵して色々の指図をしてしまったのです。私の方がその人よりも少し早くそこに住み込み始めたのをいいことに私は私の生活の規律は誰のそれより優れていると勝手に信じ込み、やれヤカンはここに置け、だの夜は洗濯をするな、だの身勝手に言い放ち振る舞ったのです。私はあの人にしたことを強く後悔するようになりました。そこに彼がやってきたのです。
 ちょうど去年の今頃、まだ日差しが春のように心地良くもじきにうんざりするような熱線に変わっていく予兆をはらみ始めた正午前、ドアベルが鳴り私は玄関に出ました。我が家の庭先の小さな門の前には1人のフォーンが立っていました。
「どうも、いい天気で。」
「ええ、とても。」
私は何かの勧誘かNHKの集金かしら、と怪しみながらそっけなく返事をしました。
「こちらにお住まいの方ですか。」
「ええ、いかにも。」
彼の真意のわからぬまま私は会話をあまり楽しんでいなさそうな表情を作り答えました。
「こちらに住まわせていただけないでしょうか?」
と彼は言いました。
唐突な彼の言いぐさに私はびっくりして必死に言葉を探してなんとか断ろうと吃りましたがその時、去っていく際にこちらを振り返るあの人の最後の一瞥が脳裏に蘇ったのです。私は自分がみみっちい阿呆であったことを思い出しました。気づけば私は泣きながらどうぞこんなところでよければお住みください、と彼に答えていました。突然泣き始める私に今度はフォーンがびっくりしながらしどろもどろに「急にすみません、私、タムナスと申します」と名乗ってくれました。

フォーンの厄介

 タムナスという名を聞いて皆さんと同じように私もどこかで聞いたことがあるなと考えました。そしてそういえばタムナスというフォーンは幼少期に読んだ『ナルニア国物語』に出てくる登場人物とそっくり一緒ではないかと気づきました。彼は私の表情から何かを受け取ったのか自らについて説明してくれました。彼曰く『ナルニア国物語』の作者であるC. S. ルイスは彼に会い、彼の話を聞きそれを基にかの物語を書いたのである。あの話に出てくる人物や獣、神の名はほとんどがプライバシー保護の観点から後から変えられたものであるが、出来事は概ね事実であり、タムナスという名のみ敬意と感謝の意を込めて本名のまま残された、とのことでした。一度は有名人のようにもてはやされたものの今は彼も一介のフォーンらしく全ての家畜を見守りながら角笛を吹き暮らしているようでした。私はここまで身の上を隠さず語ってくれるということはきっといいフォーンなのだろう、と同居を始める前から少し安心したことを覚えています。
 とは言ってもフォーンと暮らすのは私も初めてです。フォーンの生態に詳しい友人もおらず、今後何が起こるのかわからないまま共同生活を許してしまいました。だんだんとわかってきたことですがやはり人の暮らしとは違うところがいくつかありました。そもそもフォーンというものに会うのは初めてでしたが中でもこのタムナス氏が特に変わっているのかも知れません。
 だんだんと私とタムナス氏の生活にまつわる希望やそれこそ規律の違いが浮き彫りになっていきました。まずフォーンというものには蹄があるのです。これは初日にはすでに気づいたことなのですが、現代の日本の家屋ではよくみられる柔らかいフローリングや畳と蹄はとても相性が悪いのです。タムナス氏が動けば背後には必ず床に削ったような跡が出来ました。フォーンの蹄は相当硬いようで大概の材質のものも傷つけてしまいました。風呂場のタイルもみるみるうちに擦れてしまいに何枚かは割れてしまいました。これは後々大家さんと揉めることになるぞ、と思い私はやむなく家の床という床全てを鉄板で覆うことにしました。多少の金と手間が要りましたがこのようなことで文句を言っては先の後悔と反省が無駄になります。私は我慢しました。
 またフォーンというものは顔立ちは人のようなのですがよく見ると人とは別の特徴がいくつか見受けられます。額のツノのようなコブ、人にしてはやや長い鼻の下、薄いが自由自在に動く唇、そして顔の下半分にもりもりとしげる長い髭。タムナス氏も例にもれず髭が濃く、普通の器で食事をしているとすぐに髭に食べかすや水やらが付きそこらじゅうを汚してしまいます。こんなことからタムナス氏には私のものよりもひとまわり口が大きい器やコップをあてがわなくてはなりません。

タムナス氏と私の難儀

 床や階段に鉄板を貼ったおかげで難儀も増えました。我々の住む家は2階建てでその1階に私がもとより住んでおり、タムナス氏は前の住人が空けた2階の部屋を自室とするようになりました。共用である台所、トイレ、風呂場、そして食卓は1階にあるので彼は頻繁に階を行き来します。それで階段を降りる際の蹄の音がなんともやかましいのです。私の部屋は食卓のあるリビングの横にあり、2階へとつながる階段の真下にあたるのです。休日、部屋に篭りのんびりと過ごしていると家に爆弾でも落ちたのかというほど大きな物音が部屋中に響き渡り、すぐに彼の用を足す音が部屋の前のトイレから聞こえるのです。フォーンは皆なのか、タムナス氏に限ったことなのかはわかりませんが彼はたいへんな大酒飲みで毎晩酒を飲むせいか用を足す音もなかなかのものです。洪水のような音が5分ほど続くのです。そして日課、というよりも我々にとっての仕事のようなものですが彼は日没前と夜明け前には放牧されている家畜たちが家路につけるよう角笛を吹きます。これはなんでもフォーンである限りしなければならない必須のことらしく、簡単にやめろなどとは言えないのですが、皆様の想像通り大地が震えるほどのそれはそれは凄まじい音量でボオ、ボオと吹くのです。幸い今のところは近隣の住民からも文句を言われずにきていますがいつか叱られまいかとヒヤヒヤしながら過ごさなければなりません。
 しかしタムナス氏が来てからというもの私を最も悩ませるものは他にあるのです。それはタムナス氏が大事にしている仮面のことなのです。その仮面はタムナス氏の部屋の箪笥の上に飾られているのです。これもまたフォーンの嗜好なのかそれともタムナス氏固有のものなのか定かではないですが、どこの国のものとも知れないその古びた仮面が彼、もしくは彼らにとってはとても大切なものなのでしょう。この家に初めて彼がやってきた際の彼の持ち物といえば大きな角笛と絹布に包まれた件の仮面のみでありました。そしてその仮面の何が難儀なのかと私が申し上げると皆様はきっと驚かれることでしょう。夜になると仮面から虫が湧き続けるのです。タムナス氏がきた初めての夜、彼は疲れていたのか早く床についたようなのですが、しばらくするとタムナス氏の部屋からコトコトと小さな音が聞こえることに私は気づきました。翌日になると彼はリビングに降りてきて自室から持ってきたぱんぱんに膨れ上がった袋をゴミ箱に入れていました。私は昨晩の音のことと言い、そのゴミ袋の中身のことも彼に尋ねる気にはならなかったのですが、やはり興味を抑えることができず彼がいない隙をついて袋を開けて見てしまいました。そこには大量の虫の死骸が詰められていました。彼は住み始めてからと言うものの毎日朝になれば虫を捨てるようになりました。謎のコツコツという音も毎晩続きました。先ほど申したように床を鉄板で覆うようになってからはその音は耐え難いものになっていきました。夜になればカンカンと響いては私の眠りを邪魔するのです。彼が酒を飲みに外に出て帰らないある晩に私は音の正体を暴こうと決心しました。私は夜中彼の部屋の襖をそうっと開けました。中に入ると私の部屋から聞こえるよりもさらに大きな音がカンカンと響き回っていました。部屋の窓から差し込む月明かりが目に入りその光に照らされるところを自然と目が追いました。そして月明かりに照らされた壁の仮面から虫が湧いて落ちていくのを見たのです。このように話すと皆様はきっとミミズのようにうねうねとした虫を想像するでしょう。しかしその虫というのはカナブンのような所謂甲虫の類のものでした。それが仮面の目にあたる覗き穴からまるで涙のようにぽろぽろと(より正確にはかさかさかしかしゃこそかさかさこそかさかさこそこしけすけすけすかさかし、といった風に)湧いてはこぼれるのでした。そしてカンカンという音はその無数の虫たちが鉄板に跳ねる音でした。私は怖くなり部屋を出て自室に戻り布団を頭から被り震えているうちにやがて眠りにつきました。

タンメン

 虫は毎日湧いてはおさまりすぐに全て死んでしまうようで朝方には音も止み、後には大量の死骸を残すばかりでした。なので虫が家中を飛び回ったりそういうことで迷惑になりはしません。しかしやはり毎日音が鳴るとやはり毎日眠れないのです。そこで私は彼に話をすることにしました。毎日君の部屋から音がして眠れない、そして君の出すゴミ袋の中身を見た。もし大量の虫がどこからか現れ床に落ちて音がしているのであれば、バルサンのような燻煙殺虫剤を部屋で焚いてみてはどうか、と。仮面から虫が出てくるところを見たことは伝えませんでした。彼はそれはできないと言いました。「虫がどこから湧くのか分からないが確かにあの音は虫が床に落ちる音である。しかし私の体は人間よりはどちらかというと虫のようなものに近いらしく殺虫剤はどうも具合が悪くなるので焚けない、虫の居所を見つけてそこを塞ぐまでのしばらくの間我慢して欲しい」というのが彼の言い分でした。私は納得がいかないままかといって良い解決策も見出せないまま彼の言葉の通り我慢することにしました。
 ある日の夕べ、タムナス氏がまた酒を飲みに出かけようとしていたので私は質問しました。
「タムナスさん、今夜のご飯はあなたの分も用意しましょうか。それとも外で食べてくるつもりですか。」
最近は日没後の角笛吹きを終えるとタムナス氏はこのように出かけてしまうことが多くなり、もっぱら私が夕飯を作ることが当たり前になっていました。
「今日はそれほど遅くならないと思いますから、もしご馳走になれるなら嬉しい限りです。それではまた8時に。」
彼はそう答えながら外套を羽織り玄関を出ていきました。
私は当時たいへんに中華料理に凝っていて、晩ご飯はタンメンを作ろうと思いつきました。そして食材を買いに出かけ、さながら陳健一にでもなったような心持ちで台所で腕を振い始めました。中華料理の真髄とも礎とも言えるものは要するに温度、つまりは熱です。鍋が最高温度に達した時にそこに食材を放り込み、食材が最高温度に達した時にそこにスパイスやらソースを流し込みそれらが再び最高温度に達した時鍋から皿に移し替え最高温度を保ったまま食す。これが私の当時のこだわりの最たるものでした。ですので私はタムナス氏の言った8時に向けて全ての工程を仕上げました。そして8時ちょうどには彼が帰ってきてドアを開くや否や瞬時に料理を皿に移し替えテーブルに置けるよう待ち構えておりました。
 しかし彼は8時を過ぎても帰りませんでした。長い時が経ち夜も深くなりいよいよカンカンと例の音が鳴り始めた頃、玄関のドアが開き赤ら顔のタムナス氏がどさっとリビングのソファに雪崩れ込んできました。
「いや、思いの外遅くなりました。あいにく飯にありつけず、ご飯は残っていますか。」
彼は酒で気が大きくなり大声で言いました。
カンカン音のせいで寝不足になっていたせいもあったのか私は彼の仕打ちに激怒しました。
「私は8時には最上の料理を、とただその一心で腕を振るったのですよ。そしてあなたと共にその味を堪能すべく私も食べずに待っていたのです。」
彼はばつの悪そうな顔をして謝りました。
「それは申し訳のないことをしました。して、その料理はなんです。今からでも一緒に食べましょう。」
私は答えました。
「今から冷え固まったタンメンを食べるなんて。美味しいわけないでしょう。どこかファミリーレストランにでも1人で行ってらっしゃい。」
彼は私の怒りに触れ慌てふためきながら言いました。
「タンメンですか、これはきっとまた温めさえすればまだうまいに違いない。さあ食べましょう。」
この無神経さにとうとう堪忍袋の尾が切れ、私は彼に言い放ちました。
「お前に食わせるタンメンはねえ! 今まさにこの鍋の中に頑として存在している!お前がすべきことはただ黙々とこの鍋が空になるまで、吐いてでも食べ、全てを食べ尽くすことだ!」と。
すると彼は一目散にコンロの上にある鍋に向かっていき、鍋を持ち上げ一気に口にタンメンを流し込み始めました。顔が見えなくなるほど鍋に顔を突っ込みしばらくごくごくと喉を鳴らしたかと思うと彼はこちらを向きました。奇妙に口を横に歪ませながら口の中に収まった最後の一口、一飲みを噛み砕き飲み込むと、彼は長い、80cmはあるかと思われるべらぼうに長い舌を私の方に出して見せました。すると舌先の上に指輪がありました。それは私が出て行った前の同居人にもらってすぐに失くして探せどもとうとう出てこなかった指輪でした。
「タムナスさん、どこでこれを。」
私が驚きながら指輪を受け取ると舌を戻しようやく口のきけるようになったタムナス氏はぶっきらぼうに言いました。
「部屋に落ちてありました。」
「ありがとう。」
私は言いました。
その時私は再び思い出したのです。私がどれだけ了見の狭い阿呆であるかを。私の目からはあの仮面の虫のように涙がこんこんと湧いては落ちていきました。

それからと言うもの、私とタムナス氏は互いを思いやりながら仲良く穏やかに暮らしております。私はノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォンを買い、それを毎晩耳につけて寝るようにしています。彼は彼の方で、箪笥の下の床にだけゴム板を敷いて虫の落ちる音を多少なりとも軽減してくれます。今後もこうしたいさかいが何度か起きるのでしょうが、その度に私は自らの至らなさを思い知ることになるのでしょう。そして他者と生きるままならなさと喜びを共に味わい続けるのでしょう。
 
最後に私とタムナス氏の近影を同封しておきます。楽しく暮らしているので今度近くを通った際にはぜひお越しよりください。

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