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私と音楽#1

 
 自分だけが「何者かになれる」という謎の自信や期待みたいなものが誰にでもあることを最近知った。
 ついでに「自分は何者にもなれない」と気づくことが大人への第一歩だということも悟った。

 ギターを始めてもうすぐ10年目に突入する。(10年分の実力はない。)
 
 小学生時代、ピアノが弾ける子は周りにたくさんいたのだけれど、ギターをやっているのは私だけだったから、自分のことを特別な存在みたいに感じていた。    

 少し弾けるようになったくらいの頃、周りの大人からは「上手!中学生でこれだけ弾けるなんて」とちやほやされていたもんだから、心のどこかで将来私はロックスターになれると思っていた。

 ところが、高校に入って私よりもっと上手い男の子と出会って焦った。さらに大学に入ると、私よりも後で始めたはずなのに自分を遥かに凌駕する実力を持つプレイヤーがたくさんいた。勉強や部活や他の趣味を言い訳にして、自分にしかなかったはずの武器を磨いてこなかったことが恥ずかしくなった。

 納得がいかなくて、今まで勉強に割いていたエネルギーを全部ギターに注ぎ込んだらメキメキ上達した。
もっと早くこうしていればよかった。

 ただ、本気になればなるほどギターは楽しいだけのものではなくなっていった。時間をかけてひたすらストイックに追い込む自分に対して、まるで夏休みの宿題のように練習を先延ばしにし、本番直前に慌てて演奏を仕上げてくる他のパートのメンバーが許せず、モヤモヤした気持ちを抱えながら音楽を続けていた。
 
 それでもあくまで友達としては仲が良かったので、関係を崩すのが惜しくて、ずるずると一緒にバンドを組んでいた。本当に上を目指すのならば、とっとと縁を切って一人で音楽を始めるべきだったのに。

 一つ気づかされたことがある。私は無意識のうちに、自分が出来ることは他人も出来るという前提で物事を考えてしまうのだ。平気で遅刻をしたり、やるべき時に努力しない人の気持ちがわからない。だから、熱量の違う仲間に自分の理想を押しつけてしまっていた。同じことを人からされたら間違いなく嫌いになる。それでも一緒にいてくれた仲間には感謝しないといけない。(本心でどう思われているのかは恐ろしくて考えられない)

 「音楽はコミュニケーション」ならば、いろんな楽しみ方を受け入れなければいけない。単なる演奏技術や知識だけではない、音楽は私に大切なことを教えてくれる。

 ここまで読んでいただきありがとうございました!     物心ついた時からずっと好きだった音楽と少しだけ距離を置くような選択をしてしまったので、気持ちの整理がつけたくてここに書きました。
 長くなりそうなので、#1はこのへんで。#2に続く予定なので、そちらも是非よろしくお願いいたします!

 それではおやすみなさい