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目の前の出来事は、すべて仮想現実だと思えばいいんだ

先日、仕事の合間になんとなくTwitterのタイムラインを眺めていると、とあるツイートが拡散されて流れてきた。元のツイートは見つからなかったけど、「生来恵まれた人」の具体例について語られたもので、それを見つけた私は、うんうん、こういうことってあるよねぇ。と、ぼんやりとした感想を浮かべた。いつもならここで流すのだけど、その日はなぜか、これまたなんとなくこのツイートにぶら下がったリプライ欄まで進んだのだ。

そしたら、この短いリプライが目に飛び込んできて、胸に突き刺さった。

悩みの種である様々な疾患。子どもはイヤイヤ期ど真ん中。あらゆることがスムーズにいかない毎日で、優しく受け止められない自分に罪悪感とイライラが募る。仕事にだって、もっと力を注ぎたいけど時間も体力も有限で。そもそも時間に追われる毎日では、こんな悩みを具体的に列記する余裕もなかったりする。ただモヤモヤだけを抱えて走り続けていたりする。

だけど「所詮、100年以内の仮想現実」なんだ、って。「しんどい劇場」が上映されているVRゴーグルをちょっと外して、いろいろ抱えている自分をふと俯瞰してみると、「あぁ、私なんか大変そうだな〜」って、少し楽になれるような気がした。
(小崎さんの表現される「仮想現実」が本当に意味するところはわからないのだけど)

深刻になっても、深刻になりすぎることはない。だって、しょせん100年以内の仮想現実。

SNSを無為に眺める時間って、非生産的な時間の使い方の筆頭に挙げられるけど、こんな出会いがあったりするから、やめられないのだ。

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