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イヤイヤ期で、捨てた私の些細な信念

イヤイヤ期である。噂には聞いていたが、もう本当に、容赦ない。

お昼はどうしても焼き芋が良いと言うから炎天下の中買いに出たのに
食卓に出すと「食べない!」と泣く。
朝ごはんに出したキウイの切り方が小さかっただけで「食べない!」
自分の好きな方のスプーンじゃなかっただけで「ちがう!青い方!」
ならば、と青い方を出すと「いらない!」。なら、どれを!?
(結局ヨーグルトの景品で付いてきた木のスプーンで手打ち)

ここのところ、万事この調子。
理不尽だよ、とかそういう大人の論理は通用しないね。知ってる。

余裕がなくなる中で頼ることに決めたのは、YouTubeとジュース。
なんだそれくらい、と思われるかもしれないけど
育児書等々で頭でっかちになっていた自分は、YouTubeもジュースもどちらも週末だけ、週に2回までにしようと決めて守ってきた。

けど今や、そんなこと言ってられない状況。
先日なんか、私自身も体調不良×ワンオペだったので日中はYouTubeにおまかせで隣で寝させてもらいました。本当にありがたい。

理想の育児など掲げてきたつもりはないけど、自分のなかでいつのまにか信念みたいなものが育ってきていたんだな。子どもに甘いものはあげすぎないように、遊びの際は双方向のコミュニケーションをメインに、と。

徹底的に死守することもできたかもしれないけど、ルールでがんじがらめになって自分が疲弊して潰れてしまうと、子にももっとイライラをぶつける結果になっただろうし(今でさえ優しくなれないタイミングが多いのに)、もうこの信念いらないや、「これまでありがとう」ということで、いったんお下がりいただきました。我が家は夫とかなり育児を分担している方なので、これをワンオペで対応している方がいるかと思うと、本当に頭が下がる。

子の成長にとって「○○してあげたほうがいい」事柄って溢れている。けど、それをすべて実現できるわけもなく、それらが必ずしもダイレクトな結果となって現れるわけでもなく(育児は、結果を求める気持ちじゃ成り立たないんだろう)。結局は親とはいえ別個の人間であるところの私にできることなんて限られているよな、という気持ちもあり。

じゃあ、どうするのか? 2歳が相手であろうとも、人と人の関係として自分がされたら嫌なことはやらない。それを最低限守ることなのだろうか。自分に余裕がない時は、プラスオンは考えず、少なくとも。だけど2歳と向き合っていると「人と人との関係」などと語るべくもなく、また今日も余裕をなくしたまま寝かしつけになだれ込んでいくしかないのだろうけど。

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