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創作「朝はまだか」

「今日って祝日だったんだ。春分の日」
夜勤で一緒の山下さんが、カレンダーを見ながらそうつぶやいた。
警備センターは俺と山下さんの二人きりだ。その呟きは小さかったが、独り言ではないと察した。
「春分の日ってなんか、影薄いっすよね」
眠さのピークを迎えていた俺は、それこそ薄いだけの感想を相槌変わりに返した。

「なぁ、浅田。夜から朝になる瞬間って、お前わかるか?」
俺の答えに満足しなかったのか、話の続きがあるのか、山下さんは俺に聞く。
「なんすかそれ。ポエムっすか」
俺はおどけて、少し山下さんの反応を待った。
「日の出ってさ、水平線から太陽が出る瞬間のことだろ。でも、海がある地域じゃないと見えねぇじゃん。こういう海のない、コンクリートジャングルで生活してるとさ、まだ夜だな、朝じゃねえなと思ってふっと他のことしてる間に、もう朝になってるんだよ」
「まぁそうっすよね」
「春分の日って、朝と夜の時間が同じなんだろ。だったら春分の日くらい、インパクト強く、夜から朝にばちっと変わった方がおもしろくないか」
「別に山下さんを面白がらせるために、春分の日があるわけじゃないですし」

俺がたしなめたところで、山下さんのよく考えてるか考えてないかわからない話題が終わった。まぁ眠気覚ましにはちょうどよかった。俺は伸びをひとつして、監視カメラのモニターをみると、いつもと違和感を感じた。そのモニターを凝視する。
「あれ、何か光った」
モニターの先には会議室が写っている。そこにチラチラと動く微かな光がある。
「山下さん、これなんすか」
二人で確かめる。パソコン機器の電気ボタンよりは大きく、懐中電灯のようなライトよりは小さい光が揺らめいている。その光が徐々に大きくなっていく。でも光の先の正体はこちらからははっきり見えない。
「なんか夜明け前みたいじゃないっすか」
俺は山下さんに声をかける。
この光の正体はなんだろう。退勤までに変なことが発生しないといいんだが、でもこの光を見極めないと俺は今日の業務からは解放されない。俺の朝は来ないのだ。

「いきましょっか、山下さん」
俺は一度ため息をついて、警備帽をかぶり直し、まだまだ朝になりそうにはない深夜の会議室に向かった。

<三題噺の練習/30分>
1つ目は『深夜の会議室』
2つ目は『カレンダー』
3つ目は『聞く』

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