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創作「おだやかを手にいれる」

ふと思い立って、健二は自室にあるリモコンに目をやった。
いつも電源と、温度調整の上げ下げしか使わないリモコンに、なかなかの数のボタンが付いていることに気づく。不意に、このボタンを押したら何かかわるのか気になってリモコンの蓋を開けていじってみることにした。
強風。つけた瞬間、ゴーっと音を立ててクーラーが動く。気合を入れ直したかのようだ。またボタンを押す。
しずか。強風がやみ、電源のついたまま動きを止める。きっと今は適温なのだろう。
誰もいない、誰も入れたことのない部屋に意志を持った生命体が現れた気がして、健二はおもちゃを見つけたようだった。

面白くなってボタンを押し続けていると、そこに「おだやか」という文字を見つけた。おだやかモード。面白いじゃないか。どれだけ穏やかなのか見せてもらおうじゃないか。健二は、ボタンを長押ししておだやかモードに切り替えた。
するとどうだろう。さっきまで規則正しく上下に動いていたエアコンの羽根が、止まった。と思ったら次は、羽根がゆっくり左右に振れだした。その動きは不規則で、ランダムに止まったり動いたりを繰り返す。
「風みたいじゃん」
どこかで聞いたことある。ゆらぎの風だっけ。規則的に動かない自然界の流れが人間にとって心地いいってやつ。
健二は目を瞑った。思いもしないタイミングで、顔に風があたり始める。髪がなびいたかと思うとふとその風は止む。まだかまだかと風を待つ。それでもなかなかやってこない。
しびれを切らしたころに、右の頬を風が撫でる。なんて心地いいんだろう、まるで風の吹き抜ける竹林にいるようだ。竹林の隙間から射す太陽の光まで見えてくるし、鳥がえさをつつく音まで聞こえてきそうだった。

クーラーよ、そんな機能も持ち合わせていたのか。今まで気がつかなくてごめん。それはそんな高い能力があったのに、俺は役不足なことをさせていたんだな。とにかく涼しくなればいい、18度設定が最強と思っていたがそれは自分が子供だったんだな。
風のわびさびがわかるようになった俺は、少し大人になった気がした。この快適風ライフをこれから楽しんでいくぞ、と思っていたのだ。
でも、それでも風はやってこない。ゆらぎの風にしてもタイミングが遅くないか。俺はしびれを切らして、目を開けた。

クーラーが止まっている。電源も落ちてしまっている。リモコンを手にとってもう一度電源を入れるがつかない。リモコンの電池を変えても一緒だった。

製造して20年近くが経っているクーラーだった。あまりに俺が短時間で操作しすぎて、瀕死の状態だったものにとどめを刺してしまったのかもしれない。俺が一時手に入れたおだやかは、あいつの断末魔で放った輝きだったのかもしれない。

<三題噺の練習/30分>
1つ目は『風が吹き抜ける竹林』
2つ目は『クーラー』
3つ目は『つつく』

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