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2005年04月08日(金)

 埋立地、海へと続く道沿いに、何本もの桜の樹が立ち並ぶ。まだ若い木ばかりだから、桜のアーチとまではいかないものの、それでも桜は真摯に花をつけ、その花を掲げるように枝を空へ向かって伸ばしている。
 昨日から続く強い風は、容赦なく花びらを奪い続ける。ふと見れば、石畳の上に次々落ちる花びらが、渦巻く風と共にダンスを踊っている。くるくる、くるくると踊り続ける風と花びら。私はしばらく、その様子を見守る。
 今日初めて、私は彼女を待たせた。付き合い始めてから今日まで、彼女と会う約束をするたび、待つのは私の方だった。いつだって時間ぎりぎりか遅れてくるのが常の彼女だったし、一方私は、いつだって時間前に約束の場所に着いていなければ気が済まない、そんな関係だった。でも今日、私は初めて遅刻した。いつものように目を覚まし、いつものように起きて娘と朝の仕度を終えた私だったのに、気づいたら意識を失っていた。目を覚ますと私は布団にうつぶせになっており、顔のすぐよこには娘が座っていた。ママ、大丈夫? あれ、ママ、どうしたんだろ。あのね、ぱたんってなったの。そっか、ごめんね、今何時だろ、ありゃっ、早く保育園行かなきゃっ。今朝はそんなふうに、私たち二人は慌てて家を出たのだった。
 約束の時間より五分遅刻。彼女はテラスのテーブルに座っていた。駆け寄ろうとして私ははっとする。そこに座る彼女の、顔色も髪型も何もかもが以前と違っていた。知り合ってからいつだって亡霊のように儚くこの世界に立っていた彼女はもうなく、確かに実存しているその大きさと重さをもって、今私の目の前に彼女は在た。あぁ、会わなかった一ヶ月間に、彼女は大きく変わったのだ。そのことを、私は痛感した。でもそれは決して、悪い意味での痛感じゃぁなかった。
 私の前にはじめて口紅をぬって現れた彼女は、口調も以前と違っていた。まるで薬中毒者かアルコール中毒者のようにいつだって呂律が回らない彼女だったのが、今私の目の前で話し出す彼女は、まだ多少舌ったらずなところがあるものの、それでも、ちゃんと焦点を合わせて話していた。私は黙って、彼女の喋るその旋律に、耳を傾けていた。
 あぁ、別れだな。そのことを、私は実感した。彼女の声に耳を傾け、彼女の目が私の目にしかと焦点が合っているそのことをひしひしと感じ、私はただ、黙って、彼女をただ、心の中で見つめていた。
 もう、大丈夫だ。そう、思った。そして私は、今日の私の役目を悟った。私は彼女をここで見送るのだな、と。彼女が歩いてゆくその姿を、見届けるのが私の役目なのだな、と。

 同じ頃、状況は異なれど同じ種類の事件に遭った。偶然にも同じドクターの所へ通い、同じ種類の症状名を冠され、私たちは出会った。それから今日まで、一体何年の付き合いがあったろう。ひとりでは眠れないと言っては私の部屋にやってきて、私の部屋で泥のように眠る彼女の寝顔を、私は一体何度眺めて過ごしただろう。自暴自棄になる彼女の頬をこの手で打ったこともあった。それと同じ手で、泣きじゃくる彼女の背中を夜中じゅうずっと撫でて朝を迎えたことが何度あったろう。永遠に出口のない、迷宮に迷い込んだかのような日々だった。
 早く病気と共存できるようになるよ。目の前で今、彼女が言う。多分そんな言葉を彼女からはっきりと聞くのは、はじめてのことだった。私は黙って頷いた。治るとか治らないとか、そんなレベルの話じゃぁない、一度陥ったら後は、いかに仲良く共存してゆくか、その方法を掴むしかないのが、私たちが事件を経て頂戴した代物だった。開き直りが早かったのは多分、私の方で、彼女は出会ってからずっと、いつだって嘆いていた、羨んでいた、あんな事件なんてなければと、そう嘆いては泣いていた。そんな彼女が今、私の目の前で笑っている。共存できるようにがんばるよと、そう言って。

 別れ際、私たちは桜の並木道を並んで歩いた。今年は二度お花見ができるよと彼女は私の隣で笑う。そう、彼女はこれから、北の国へ去ってゆく。引越しを済ませて一段落した頃、きっとそっちでは桜が咲くんだろうね。私が言う。うん、そんな感じだろうな、彼女が答える。
 北の国とは言えど、同じ日本だ。会えないことはない。確かにそうだ。けれど。
 私たちは二度と、会うことはないだろう。今もし、いつかまた会おうねと約束を交わしたとしても、私たちはきっと、会うことはない。何故なら、会えば必ず私たちは、自分たちの身の上に起きた出来事を蘇らせずにはいられないからだ。私たちはあまりに知りすぎた。お互いの傷を知りすぎていた。あれからの日々を、共に過ごし過ぎていた。その日々はあまりに残酷で。
 これまでの彼女だったら、いつだって私のところへ逃げてきた。パニックになった、フラッシュバックに襲われた、そのたびに彼女は私へ電話を鳴らし、私はその電話を受けた。彼女がうちまで逃げてくれば、いつだって私は彼女へと玄関の鍵を開けた。彼女が途方に暮れて私の目の前でさめざめと泣けば、私は彼女の背中をただひたすら撫でた。それでも彼女は、浮上できないでいることを、私はいつだって知っていた。私たちのような状況に陥った者は、周りがいくら手を差し出しても、それだけじゃぁだめなのだ。自分の状況を、それがどんなに受け容れがたい状況であってもそれを正面から受け容れ、そして自分の力で歩を進めなければ、どんな救いもあり得ない。それが私たちが事件を経ることで頂いた唯一の代物だった。そして彼女は長いこと、全てを嘆き、拒絶し、ただ泣きじゃくるばかりだった。
 でも。
 今彼女は、一歩を踏み出そうとしている。確かな一歩を。
 ここをこうして二人で歩くのも、最期かもしれないね。私はとうとう言ってしまう。そう言って彼女に笑いかけると、彼女もくすりと笑う。うん、でも、あなたさえ赦してくれるなら、私、またあなたに会いたいよ、会いにくるよ、元気になって。そうだね、いつかね、そういう日が来たら。でもね、あんたはもう大丈夫。なんかね、今、安心してるんだ、多分、だから安定してるっていうか…。うん、分かってる。うちの両親がね、あなたに会いたいって。ははは、別に構わないけどさ、会っても何も出ないよ。あはは、違うよ、お礼を言いたいんだって。いいよ、お礼なんて、そんなものいらない。そんなものより、あんたが一日一日、元気でいてくれれば、それでいい。うん…。
 そして最期の曲がり角。私は右に、彼女は左に曲がる。この先は別々の道だ。じゃ、またね。どちらともなく私たちはそう言い交わす。それが実現されることがないとしても、私たちはそう言い交わす。うん、またね。そして手を振って、別れる。
 心の中で私は、彼女にエールを送る。彼女の姿が心の中で小さくなってゆく。どんどんどんどん小さくなってゆく。がんばれ。

 私たちはあまりに知りすぎた。お互いの傷を知りすぎていた。あまりに残酷なあれからの日々を、共に過ごし過ぎていた。忘れることなど決してできない、そんな日々をお互いに知りすぎていた。
 だから、顔を合わせれば、私たちは否応なく、自分たちの経てきた過去をつきつけられる。それが助けになった時期も確かにあった。でも。これからは、違う。
 私は初めて振り返る。前へ前へと歩いてゆく彼女はもう、米粒のように私の目の中で小さくなっていた。小さくなり続ける彼女に、私は言う。がんばれ。そして、さよなら。

 散り急ぐ桜の花びらが、交差点に立つ私の足元でくるくると回っている。その花びらの渦を避けて、私は横断歩道を渡る。埋立地から家までの道筋、幾本もの桜の脇を私は通り抜ける。そのたび、花びらがくるくると渦を巻く。
 がんばれ。そして、さよなら。
 私は心の中でそう呟く。
 そして思う。もう二度と、私のところになど来るな。思い出すな。ようやく前へ踏み出した足を信じて、自分を信じて歩いてゆけ。そういえばそんなことがあったねと、いつか笑って話せる日が来るまで、振り向くな。今のあんたにならきっと、それができるはず。それでももし迷うようなことがあったなら、その時は私を思い出して。あんたと同じようにこの場所で踏ん張る私を思い出して。そしたら私はあんたに必ず言うだろう、大丈夫、と。
 がんばれ、そして、さよなら。
 見上げる空を駆け抜けてゆく風、私の目の中で今一度、桜が、揺れる。

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クリシュナムルティの日記やメイ・サートンの日記から深く深く影響を受けました。紆余曲折ありすぎの日々を乗り越えてくるのに、クリシュナムルティや長田弘、メイ・サートンらの言葉は私の支えでした。この日記はひたすらに世界と「私」とを見つめる眼を通して描かれています。

世界と自分とを、見つめ続けた「私」の日々綴り。陽光注ぎ溢れる日もあれば暗い部屋の隅膝を抱える日もあり。そんな日々を淡々と見つめ綴る。

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