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2009年11月28日(土)

午前四時半。アラームで目が覚める。丁寧に顔を洗い、化粧水を叩き込み、ベランダに出て髪を梳く。いつもの動作。いつもの時間。それだけでちょっと安心する。
ベランダのマリリン・モンローはまだ咲こうとしない。まるでそこだけ時間が止まっているかのようだ。不思議だ。これほど膨らみ、先が綻んでいるというのに、咲かないなんて。私は目をミミエデンに移す。昨日思い切って病気の蕾も切り落とした。その分寂しくなったけれど、でも、病気が広がってどうしようもなくなってしまうよりずっといい。この時期に蕾を切り落としたからといって、大した問題はないだろう。季節が来ればまた、元気でいてくれるなら、再び蕾をつけてくれるはず。ベビーロマンティカとホワイトクリスマスの蕾は徐々に徐々に膨らんできている。このまま順調に育ってくれたら嬉しい。

何となくおかしかった。気持ちがどんどん堕ちていって、無闇に寂しくなった。切なくなった。たまらなくなった。そうしたらもっと気持ちが堕ちていった。どうしよう、このままじゃへたってしまう。私は窓際の席に座っていた。二階席。煙草を吸う気力もなくなるほど、私はきゅうきゅうになっていた。このまま倒れこんで、何も見ず、何も聴かず、丸くなっていたい、そんな気分だった。
でも、授業の時間が迫っている。とても授業を受けられる心境ではないけれど、このまま授業を受けずに逃げ帰るのはもっといやだった。あっちこっちに散らばる自分の思いに、私は半ば、疲れていた。
こういうときは。電話をかけてみる。繋がった。西の街、遠くの街に住む年上の友人。どうしたー、疲れてるねー。うん、疲れてるみたい。へたってるねぇ。うん、へたってるみたい。だいじょぶかー。うん、まぁまぁ。これから授業でしょ? うん。金もったいないからしっかり受けてくるんだよ。うん。分かってる。
そうだ、私は自分で選んでこの授業を選択し、金を払ってまで授業を受けようと決めたんだった。うだうだ言っている暇はない。私は立ち上がって支度をする。急いで店を出て、教室に向かう。

帰宅した私は、とりあえず横になってみる。眠れなくてもいい、とにかく横になろう、そう決めて。横になっていると、ここ何日かの記憶がどどっと私に押し寄せてくる。特に何があったわけではない。そういったもののあれこれから、少しずつ少しずつ私が疲れてきていたことに気づく。今更だけれども。そうして私は目を瞑ってみる。
うとうとしかけたところで、呼び鈴が鳴る。宅急便。それは、サンタさんの手紙の申込書だ。娘が、サンタさんからの手紙を今年も欲しいと言っていた。迷った挙句、私はインターネットでそれを探し出し、エアメールで届くサンタからの手紙を申し込んだのだった。喜んでくれるかどうか分からない。言ってみればもう娘は、サンタなんていない、と主張するような年頃だ。それでも手紙が欲しいと言った彼女。
三十字以内でメッセージを添えられるという。迷いに迷った挙句、「ママやじじばばとずっと仲良くね!勉強も遊びも頑張ってね!」と添えることにする。
それを持って早速郵便局へ。早く出さないとエアメールじゃなくなってしまうんだそうで。だから私は自転車で急ぐ。ポストに投函。ほっとする。これでひとつ仕事は終えた。あとは届くのを待つのみ。

私は自分でも気がつかないうちに疲れ、傷ついていたのかもしれない。うまく休むタイミングをとれない自分だから、いつだって後になってその状態に気づくのだが。今回もそうだったのかもしれない。
でも。疲れた、とはっきり言ってしまうと、本当に疲れてしまったかのようで。認めたくなかったのだ。疲れていてもまだ大丈夫と思いたかったんだと思う。悪足掻き、だろうが。私は大丈夫、私だったら大丈夫、何とかなる。そう思っていたんだ、いつものごとく。でも。
疲れたなぁ。ちょっと疲れた。切ないし哀しいし虚しいし、マイナスの気がずいぶん心に溜まってきてしまっていたんだなぁ。
今更だけど、そう思う。

込み合う電車の中から見た朝日は、燃え上がり、川面に金色の道を描いていた。一瞬の風景だったけれど、私の心に確かに刻まれた。
扉に寄りかかりながら昇ったばかりの太陽をしばらく見つめている。視界はじんじんと太陽に冒されてゆく。それでも私はじっと見つめる。

思い煩っていても仕方がない。何も変わらないし何も始まらない。それならそういった煩いをすべてかなぐり捨てて、別の位置から物事を見てみればいい。それでもダメなら、一旦保留棚に入れてしまえばいい。
山の稜線に沿って漂う雲の色は、まだ灰色のものばかり。でも今日はきっと晴れる。だから大丈夫。
ママ、ボタン取れちゃったの。出掛ける間際、そう言ってきた娘。急いで針と糸を出して縫い付けてやった。あの時の彼女の笑顔を思い出す。すまなそうな、でもうれしそうな、ないまぜになった表情。
今度はもっとすかんと、笑顔にさせてやろう。そう思う。そして私もそうであれるよう。二人ともがそうであれるよう。

もうじき駅に着く。

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クリシュナムルティの日記やメイ・サートンの日記から深く深く影響を受けました。紆余曲折ありすぎの日々を乗り越えてくるのに、クリシュナムルティや長田弘、メイ・サートンらの言葉は私の支えでした。この日記はひたすらに世界と「私」とを見つめる眼を通して描かれています。

世界と自分とを、見つめ続けた「私」の日々綴り。陽光注ぎ溢れる日もあれば暗い部屋の隅膝を抱える日もあり。そんな日々を淡々と見つめ綴る。

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