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2009年12月02日(水)

窓を思い切り開けて深呼吸する。冷気がぐうっと胸の中に入ってくる。そして息をゆっくり吐き出せば、白く白く、微風に揺れながら流れてゆく。
マリリン・モンローは三分の一ほど花開いた。あとは切花にして部屋の中で楽しむことにする。私は台所から鋏を持ってきて、長く伸びた枝をできるだけ短めに切ってやる。マリリン・モンローはその名前とは裏腹に、棘が大きく、また数が多い。枝を持つ時に位置に気をつけないと、その太い棘が指に刺さってしまう。一輪挿しに飾る時も、中程までの棘は全部とってやった。でないと細い花瓶に入らない。通常の色とは異なるこの花びら、何処まで楽しめるだろう。私はわくわくしながらその花瓶を窓辺に置く。
ミミエデンには今日もやはり病葉が。私は懲りずにまた摘む。摘んで摘んで、摘んで摘んで。これでおしまいかなと思ったところにまた一枚。それもあわせて摘む。今日の天気は多分いいだろう。その間に少しでも回復してくれることを祈るばかり。
パスカリなどの鉢はみな枝をつめてしまったから、心配なことは殆ど無い。水遣りを忘れないようにするだけ。
一通りベランダのことを片付けて、私は髪を梳く。寒いといえば寒いのだが、微風が心地よい。地平線の辺りに溜まっている雲も、流れが速く、ぐいぐいと動いてゆく。明るくなる頃にはきっとちりぢりになっていることだろう。大丈夫、今日は晴れる。

疲れが少し溜まってきているのかもしれない。頭痛や吐き気、眩暈にしばしば襲われる。娘が勉強するのと同時に私も勉強を始めたのだが、うまくいかない。頭がくらくらする。娘に頼んで、10分だけ横にならせてもらうことにする。
ママ、もう私の分、終わったよ。え?! ママ、疲れてるみたいだったから、一人でやった。そうなの? 起こしてくれればよかったのに。もう何分経った? うーん、10分はとうに過ぎてるなぁ。なんだよぉ。ははは。
私は急いで自分の勉強を始める。それを娘が見ている。ねぇママ、こっちのノートって、先生に提出するの? ううん、しないよ。じゃぁなんで書き直してるの? うん、書き直しながら、頭の中整理して、覚えてるの。書くと覚えるでしょう? ふーん。そうなんだ。
私は、先週のノートをひたすら作っていく。字が乱れすぎて読めない箇所があり、あぁここは、私が果てたときなんだな、と思う。二時間ぶっつづけの授業は、私にはまだ長くて、時折こうなる。今週行ったら先生にもう一度教えてもらわないと。私はメモにそう記す。忘れないように。
あっという間に時間は過ぎて、夕焼けももう何処かへ消え去り、闇色の空が広がっている。私はノートを閉じて慌てて夕飯を作り出す。今日はスパゲティにサラダ。簡単だが、仕方ない。娘の塾のある日は殆どとることのできない野菜をとにかくとりたい。そう思って作っていたら、サラダが山盛りになってしまう。まぁ仕方ない。二人で食べれば何とかなるだろう。スパゲティは、私が1としたら娘が2の量。ほら、ご飯できた、用意して! はいはーい。テーブルを拭いて箸を並べてドレッシングを用意して。さぁできた、いただきます。

その日あった友人は、なんだかとても疲れていた。いつも生き生きとした顔を見せてくれる人だからなおさら、そう思えたのかもしれない。生活リズムが大きくこの秋に変わって、そのリズムの中で足掻いているのかもしれない。私には何の手伝いもできない。そのことが歯がゆくて、やたらに私は喋ってしまう。あぁ本来ならあなたの話にこそ私は耳を傾けなくてはいけないのに、とそう思いながら。まったくもって、なってない。
また会おうと手を振って別れる。見上げた空は、からんとして少し寂しげだった。

母に電話をする。調子はどう? まぁまぁよ。うちのマリリン・モンローがね。マリリン・モンロー??? あ、薔薇のことよ。主語をちゃんと言いなさいよ。はいはい、薔薇の、マリリン・モンローって種類があるんだけど、その花がね、今までと全く異なる色の蕾をつけてるんだよ。あぁ、もしかして、接木して育てた? うん。もとの木の色が出てきちゃったのかしら? どうだろう。まだ分からないけれど。いつもならクリーム色の花びらなのに、ほんのりオレンジがかった色になってるんだよね、今。オレンジならいいじゃない、かわいくて。まぁそうだね。うどんこ病は相変わらずだよ。そっちは? うちは、うどんこ病は一段落ついたけれど、次に黒点病が出てきちゃったわよ。あー、しんどいねぇ。しつこいからねぇ、黒点病は。うちは大丈夫だよ、いつもうどんこ病だけ。羨ましいわ、まったく。
花の話が終わると、後はもう母からの小言がだーっと続く。離れているからこのくらいの小言は大丈夫。聞き流せる。私はうんうんと相槌をうちながらそれを聴いている。なかなか外に、思うように出ることのできない母だ、このくらいどうってことない、何もない方が心配だ。
それじゃ、また電話するわね、はいはい、それじゃぁね。
私は切った電話をしばらく眺めている。母との電話はあと何回あるんだろう。そんなことを考えてしまう。二月の検査結果がどうかいいものでありますよう。それを今はただ祈るばかり。

電車を乗り換えようとしたところで友人から電話が入る。久しぶりによく眠れたんだよ、と彼女が言うのを聴いて私は心底安心する。やっぱりちょっと疲れていたのかもしれない。そうだね。うんうん。今やることといったら煙草吸うくらいしかないけど、まぁゆっくり過ごすね。うんうん。またすぐ会えるよ。そうだね、うんうん。楽しみにしてるよ。
今日は書簡集に行く日。それにしても、道程が長い。混み合う電車を延々乗り継いで、ようやく国立に辿り着いた頃には、へとへとになっていた。とりあえず駅前の喫茶店に避難する。
目の前に広がる窓から見えるのは、ぐるりと回るバスターミナルと、それから右手に銀杏並木。この前見た時よりずっと色が輝いている。陽光はそちらから伸びてきており。だから銀杏の黄金色がいっそうきらきらと輝いて見える。
駅ターミナル。誰もが急ぎ足で過ぎてゆく。ひとところにとどまる人など誰もいない。誰もが行く先を持って、そこに一心に進んでゆく。私はそんな様子を、じっと見つめている。
そういえば、友人に言われた。あなたが頑張ってないなんて言うと、私なんかどうなっちゃうのかしらって思うよ、と。
言われて困った。本当に、大した事はやっていない。やれることを少しずつやっているだけの話。それでも周囲にはそう受け止められることが多い。あなたはいつも何かをやっている、頑張っている、と。いいもわるいも含めて。
でも、多分やっぱり、それは違う。私はまだまだ頑張れてない。まだまだ追いついていってない。やりたいこと、やらなくちゃいけないこと、そういったことがごちゃごちゃになってしまって、どこから取り掛かったらいいのかさえ分からなくなることが多々ある。ふと思った。私の身振り手振りが大きいから、大げさに受け止められてしまうのかしらん、と。それももしかしたらあるのかもしれない。本当に、みなが思うほど、私は頑張れてない人間なんだ。まだまだなんだ。自分でもどかしくなるほどに。そう叫び出しそうになって、私は慌てて口に手を当てる。言ったところで、何もならない。
早く、自分も納得できるくらい、何かをやっている自分になれたらいいなぁと思う。それにはまだまだ、時間がかかりそうだけれども。まぁ諦めなければきっといつか。そう信じて。
赤茶に染まった桜の葉が、ひらり、ひらりと、一枚ずつ風に揺れ落ちてゆく。
私も死ぬ時は、そんなふうに、ひらりふわり、落ちる枯葉のようであれたらいい。

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クリシュナムルティの日記やメイ・サートンの日記から深く深く影響を受けました。紆余曲折ありすぎの日々を乗り越えてくるのに、クリシュナムルティや長田弘、メイ・サートンらの言葉は私の支えでした。この日記はひたすらに世界と「私」とを見つめる眼を通して描かれています。

世界と自分とを、見つめ続けた「私」の日々綴り。陽光注ぎ溢れる日もあれば暗い部屋の隅膝を抱える日もあり。そんな日々を淡々と見つめ綴る。

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