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散文詩集

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#言葉

この星の上 ~ 縁

おのずと明ける夜はなく 夜を明かすのはこの 僕らだ おのずと繋がる縁などなく がらくたの中から拾い上げた一本の糸を 繋げたのはこの 僕と君だ 空の中で雲は砕け 海の中で波が砕ける 裂傷を描くかのように伸びる水平線は 君と僕を結ぶ 一本の 糸 今、繰り返すよ 僕が君に 君が僕に 投げつけてきた言葉たちを 掻き集めては投げ、 投げてはまた掻き集めて、 何度でも何度でも 繰り返すよ 僕と君との間に 幾重にも重なる時間の層は 幾重にも重なる言葉たちの屍 幾重にも重

「宛名の無い」

昨夜まで在った コンクリで堰き止められた川縁の 片側の泥地は 翌夕、訪れた今、その跡形もなく 消え去っていた 水位が上がっている 雨が降ったわけでもない 乾いた風の吹く 冬の直中で そう、昨夜 在ったはずの泥地に裸足で降り立ち 体重で沈み込む足跡を幾つも残しながら 行ける所まで行った、そして 投げ捨てた 宛名のないコトバの束は 今頃何処へ沈んだのだろう このまま水位が上昇し続け ヒトの生活を守るために造られた コンクリの堰を容易に越えて 溢れ出したなら 冬の夕暮は足早に

「原風景」

言葉という炎で焼き尽くされた野には 黒こげの屍体が散乱し、 言葉という炎で焼き尽くされた野は 雨あがった今もまだ細く長く 灰燻を吐き続け、 ただひとつ 焼け残ったのは 記憶という椅子 脚が一本折れて立つ 記憶という椅子 この原野の只中に 椅子は 在り続ける 昨日も今日も明日も この原野の只中に 椅子は 在り続ける この椅子に座る者がもはや ここにはいなくとも ―――詩集「胎動」より

「それでも言葉はやまない」

石壁の隙間から 水が滲み出してくる じわじわと じわじわと 音もなく 気配もなく でも確かに水は 滲み出してくる わたしの身体も 言葉にそうして侵蝕されて もうすっかりぼろ雑巾 あなたの垂らした言葉が 君の投げた言葉が わたしの鎧を貫いて そこから滲み出してくる 赤黒い血 そんな言葉要らなかった あんな言葉知りたくなかった けれどひとたび聴いてしまったら 言葉は消せない 消えてはゆかない じわりじわりと 滲み出すばかり、傷口から そんなあなたの君のわたしの、 言葉たちに

「 言の葉の雨に 」

言の葉の雨に降られ 砂丘がその砂紋を失ってゆくよ 言の葉の雨に降られ 傘を持たぬ君の髪が濡れてゆくよ  幾つもの丘を越えて  幾つもの谷を越えて  言の葉の雨に降られながらそれでも  行き着ける先は何処なのか  誰も教えてはくれない   けれど 言の葉の雨に降られ 君はまたひとつ 傷を刻み込む 言の葉の雨に降られ 君はまたひとつ 傷の重さを知る 言の葉の雨に降られ 堤防がその姿を崩してゆくよ 言の葉の雨に降られ 靴も擦り切れた君の足が濡れてゆくよ  幾つもの道に迷い  幾つ

「それでも言葉はやまない」

石壁の隙間から 水が滲み出してくる じわじわと じわじわと 音もなく 気配もなく でも確かに水は 滲み出してくる わたしの身体も 言葉にそうして侵蝕されて もうすっかりぼろ雑巾 あなたの垂らした言葉が 君の投げた言葉が 私の鎧を貫いて そこから滲み出してくる、赤黒い血 そんな言葉要らなかった あんな言葉知りたくなかった けれどひとたび聴いてしまったら 言葉は消せない 消えてはゆかない じわりじわりと 滲み出すばかり、傷口から そんなあなたの君の私の、 言葉たちに身体を貫

「唯一の地図」

昨日 外国のとある町は何十年ぶりかの大洪水に見舞われ、 何前何百の人々が うねり狂う泥水に 慄き震えながら夜を明かした 今日 僕らが立つこの町は鮮やかに晴れ渡り、 空をゆく風に乗って 眩し気に雲が流れる 昨日届いた君からの手紙は 元気です うまくやっているよ そう書いてあった 今日久しぶりに会った君は 笑い合う声も持たず、瞳は黒ずんだ隈の奥深く 沈んでいる ああ、今 見上げる空はこんなにも 青い この星の上 砂粒のようなちっぽけさでもって 産まれ堕ちた僕は 君は 幾重に

「僕らは」

たとえば今   世界は灰色だ と断言してしまえば 僕を取り囲む世界は一瞬にして 灰色になる 君が今日は晴天で どれほど気持ちのいい一日かを 幾千もの言葉を使って僕に 説いたとしても 僕が僕にそう断言した、それだけで 僕の世界は灰色になる そんな、 言葉はひどく傲慢で、 あまりに頼りなく、 ああ、 言葉によって産まれ、言葉によって生き、 言葉によって死せしめられる僕らは、 言葉の海に放り出され言葉の海を漂流し いつ溺れるか知れない 君の青色が 僕の青色とは限らない 僕