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散文詩集

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2020年4月の記事一覧

「陽炎の街」

向日葵がぎらぎらと 朝日を乱反射させる 夜明け 東からの光は のびてのびてのびて、 街を真っ二つに切り裂く 見えない亀裂は 人を呑み込み、 影を呑み込み、 気づけば空っぽの 街 残骸と呼ばれる 街 一瞬の空白 ねえ、 ここでの主人公は誰れ? あなた? 君? 私? それとも? 裂傷した街を闊歩する 一番に陽光を浴びた向日葵が 裂傷した街を闊歩する 二番目に陽光を浴びた朝顔が 裂傷した街を闊歩する 三番目に陽光を浴びた油蝉が でも もはや誰も主人公にはなれない

「君と」

幾つ歳を重ねたら うまく歩けるようになるのだろう 幾つ歳を重ねたら うまく歌えるようになるのだろう 駆け上った歩道橋から見えるのは 排気ガスをまき散らして走る車ばかりで 見たかった夕日はもうとうの昔に 地平線の向こう側 消えてた 目覚まし時計に揺り起こされて ふやけた瞼をこじ開けてみたけど こんな曇った眼で一体何が 見えるっていうんだろう それでも通勤ラッシュ もみくしゃにされながら仕事に出掛け 僕は今日を過ごしてく まだ夕焼けがこの眼に ちゃんと見えていたあの頃

眠りの時刻

今、クジラがジャンプした 北の海の沖で おかげでこっちまで地響き ぐぉ ぐぉ ごぐぉぉぉぉ 家人の鼾がひときわ高まる 今、ヒバリがピィィと啼いた 地球の反対側 緑生い茂る草原の真ん中で その真上に寝ている娘が エイヤッと私にキックを喰らわす 咄嗟に右手で受け身 一緒に寝るのもなかなか楽ではない 今、イルカが笑った 東の果ての青い海で 糸電話で繋がっている私の耳の中 青い青い波がくわんとひろがる

「明日も生きておりませう」

スニーカーの踵を踏んづけて 走っていった待ち合わせ先で 大口あけて笑ったら 女のくせに と窘められた 電話を受けて久しぶりに 紅などさして出かけた先で 煙草をぷかっと吸ってみたら 母親のくせに と咎められた 女のくせに 母親のくせに だから何だと言うのでせう ちょっと可愛い靴なぞ履いて 手で口もとを隠しながらほほほと笑って 煙草なんかも吸わず楚々として振る舞って そしたら 女ですか 母親ですか と、 どうもいけない これぢゃいけない こうやっていちいち心の中で 反論し

「実は私、」

実は私、 フラミンゴでした。 一昨々日の夜、 あなたの額の上、片足でずっと立っておりました。 実は私、 チョウチンアンコウでした。 一昨日の夜、 あなたのおなかの中、とぷとぷと泳いでおりました。 実は私、 獏でした。 昨日の夜、 あなたの夢を、たっぷり食べておりました。 でも実は私、 今日はただただ わたくしでした。 ただただひたすら わたくしでした。 実は私、

「それでも言葉はやまない」

石壁の隙間から 水が滲み出してくる じわじわと じわじわと 音もなく 気配もなく でも確かに水は 滲み出してくる わたしの身体も 言葉にそうして侵蝕されて もうすっかりぼろ雑巾 あなたの垂らした言葉が 君の投げた言葉が 私の鎧を貫いて そこから滲み出してくる、赤黒い血 そんな言葉要らなかった あんな言葉知りたくなかった けれどひとたび聴いてしまったら 言葉は消せない 消えてはゆかない じわりじわりと 滲み出すばかり、傷口から そんなあなたの君の私の、 言葉たちに身体を貫

「金魚」

夏の或る日 金魚が水面に浮かぶ 水中で泳いでいたときよりも 黒い斑点がぼやけて見えるのは 気のせい なんだろうか ビニールを被せた手で 掬い上げる 金魚を その瞬間 私の手に 死が へばりついた 土に還そうと 土に埋める その作業を終えて 私は手を洗う、 でも、 洗っても洗っても 洗っても洗っても 洗い落とせない 死が 私の手に へばりついている 錯覚だと分かっている それは錯覚だ、と分かっている のに ここに在るんだ、死が 私の手にまとわりついて 離れないんだ、

「コガネムシ」

コガネムシ 今朝もまた一匹 廊下に ころり 私はサンダルで踏み潰す そこにもはや何の感情もなく 私はサンダルで踏み潰す 育てている薔薇の 根を食べたのはだぁれ 私の育てる薔薇の 根を食べるのはだぁれ おまえ、でしょ だから私は踏み潰す 靴底でくしゃりと乾いた音がする それも一瞬 一瞬の後にはもう 潰れたコガネムシの死骸 生きた欠片はもう 風が何処かへ散らした 残るのは 私の靴底に 小さな痕 コガネムシの体液 ほんの一粒 私はその痕のついたサンダルで 歩き出す