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#文脈メシ妄想選手権

 午前ニ時。大半のひとが眠っているであろうその時間に、わたしはカバンからスマホを取り出した。街灯もない道端にぼうっと浮き上がる見慣れた光に油断して、涙が出そうになる。ぐっとこらえて、指を素早く動かし電話帳から彼の名前を探す。そのまま、受話器のボタンを押した。 
 「―もしもーし?」
 三コール目、かすかなプツッという音のあと、いつもの声が聞こえた。
 「―夜中にごめん。わたし、由紀。……ちょっといまから、そっちお邪魔してもいいかな」
 雅人は最近、昼夜逆転生活をしている。きっといまごろ、家でゲームでもしているだろうと思ったのだ。
 「おお、全然おっけーよ。気をつけて来なね」   
 さすが昔からの友だちだ。理由を一切聞くこともなく、二つ返事でわたしのわがままを受け入れてくれる。ありがとう、とお礼をいって、足早に雅人の家に向かった。そして5分ほど歩いたとき、玄関の前で雅人が手をふりながら立っているのがみえた。 
 「お出迎えにあがりました、お嬢様」
 いたずらっ子のような笑顔を見たその瞬間、ずっとがまんしていた涙がとめどなく溢れてきた。まったく、こんな真夜中にこんなに涙を流しているのはきっとわたしだけだろう。
 「ほら、とりあえず入っとけ」
 雅人は慌てたそぶりもみせず、部屋のドアを開ける。中に入ると、暖かい空気がわたしの体を包み込む。雅人にうながされるまま、ソファに座った。ふとテレビのほうをみると、やっぱりゲーム機がつながれていた。
 「んで、どうしたん?」
 隣に腰掛け、雅人がいつもの落ち着いた声色で聞いてくる。
 「……彼氏と、別れた」
 それだけいうのが精一杯だった。
 「あらま。……お疲れ」
 決して嫌味たらしくはないそのことばに、わたしの目からはまた涙が溢れる。そしてそれが引き金になったかのように、わたしはときには号泣しながら、ときには理不尽に怒りながら、心のうちを吐き出した。
 
 彼のことがすごくすごく好きだったこと。本当は別れたくなかったこと。でもすれ違いには気づいていたこと。立ち直れる気がしないこと。 ……いまでも大好きなこと。

 全部全部、感情のままに吐き出す。そうやって何時間くらいたったころだろうか。もういい加減気持ちが底をついて、いまさら涙を隠すようにそのまま机に顔を突っ伏した。しばらく、静寂な時間が続く。
 
 「ー落ち着いたか?」
 雅人のことばに、顔をあげる。その拍子に目に入ってきた時計の針は、午前三時半をさしていた。
 「わ、ごめん。めちゃくちゃ話しちゃった……」
 どうやら一時間近くも話していたみたいだ。そう考えたら、急にどっと疲れが押し寄せてきた。
 「なんで謝るんだよ。むしろ由紀が一方的に話しててくれたから、俺なんもしないで楽だったもん」
 雅人が笑いながら手をふる。
 「よし、ちょいと待ってて」
 よっこらせ、といいながら雅人が立ち上がり、そのままキッチンのほうへ消えていく。それからなにやらがさがさ音がして十分ほどたったころ。
 「お待た〜」
 戻ってきた雅人の手には、スーパーやコンビニによく置いてある、見慣れたカップ焼きそばがあった。
 「焼きそば……」
 「知ってる?疲れるくらい号泣してさ、すこし気持ちが楽になったときに食べるカップ焼きそばって超美味いんだよね。しかも夜中だから美味さ倍増」
 そういってわたしの前に、とん、とカップ焼きそばを置く。ソースの香りと湯気がわたしの鼻をくすぐる。
 「ほら、食ってみ」
 「……雅人は?食べないの?」
 「俺?俺はあんま腹減ってないし」
 「……半分こして食べたい」
 まるで子どもみたいだな、と思っていたら、「子どもかよ」と笑われた。そしてそのまま立ち上がって、お椀を二つ持ってきた。そこに、ていねいに焼きそばを半分こしていく。
 「じゃ、俺もいただくとしますか。ほら、食べようぜ」
 「うん。いただきます」
 ていねいに手を合わせ、ひとくち、口に運ぶ。その瞬間、濃いソースの味とほんのり甘い麺が口のなかに広がる。なぜだろう。昔よく食べていたカップ麺の焼きそば。もう飽きたなあなんて思っていたはずなのに、いまは特別な味がした。熱々の麺も、なんだかわたしの体をさらに温かくしてくれているような気がする。
 「……おいしい」
 そうつぶやくと、雅人がとてもうれしそうな顔をした。
 「なっ、美味いだろ?こんなときに食べるカップ麺ってさ、なんか自分の味方してくれてるわ〜って感じがして、俺好きなんだよね」
 よくわからないことをいう雅人に、わたしは思わず「ふふっ」と笑ってしまう。そのついでにまだ目に残っていた涙が一粒流れたけれど、構わずもう一口食べる。やっぱり、美味しい。雅人も、満足そうに食べている。その顔はいつもとなんら変わらない、見慣れた光景だった。その姿がわたしをふっと安心させてくれる。

 ーまだ立ち直れるまでには時間がかかりそうだけど、すこしずつ前を向いていく練習をしていこう。すこしだけ、そう思えた。



noteで #文脈メシ妄想選手権  というとっても面白そうな企画を拝見したので、僭越ながら参加させていただきました…!本当はここで主催者様のnoteを載せたかったのですが、埋め込みの仕方がわからずできませんでした…すみません。泣
ちゃんと主旨に沿っているか不安ですが…書いていて楽しかったです。

ちなみにこのあと由紀と雅人がどんな関係になっていくのか…本文には書いていないですが、そこもすこし妄想しながら書きました。笑

楽しかったので、またなにか思いついたら投稿させていただくかもですっ。
それでは、お読みいただきありがとうございました!

最後までお読みいただきありがとうございます✽ふと思い出したときにまた立ち寄っていただけるとうれしいです。